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3章 ― 急追するモノ

第69話-ヨルとヴェル②

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「んあ……?」

 ヨルはふわふわと揺蕩たゆたうような意識の中、突然妙な気配を感じて目を覚ました。
 大勢の人の気配がするのに声が聞こえない。そんな気配を感じた。

「ねむ……」

 ヨルは自分が一体いつから眠っていたのか思い出せず、癒着してしまっているのではないかと思うような重い目蓋まぶたを少し持ち上げる。

 そこに見えるのはシャンデリアが淡く輝く温かな光に包まれた、どこかで見た天井。神と悪魔の戦いを表現しているような絵があしらわれており、直ぐにどこかの施設だと分かった。

「え……大聖堂……?」

 ヨルは目を擦り、久しぶりに感じる光の眩しさに片目を閉じて自分の手を見る。

「怪我は治ってる……何この服」

 袖しか見えないのだが、赤色の袖に金糸で刺繍が施されており、かなり重みを感じる。腕を下ろし、片目が光に慣れてきたヨルは両眼を開け、改めて天井を眺めるとあり得ないものが目に映った。


「パン……ツ?」

 天井との間にガラス板のようなものがあり、そこに仁王立ちしているヴェルだと気づくのに数秒を要した。

「――――!」

 ヴェルが目を覚ましたヨルに気づき、何かを言っているがヨルに声は届かない。

 あれ?と思い、頭を持ち上げ周りを見てみると、周囲が分厚いガラスで区切られていることに気づく。

「何、ここーっ!?」

 ヨルの頭が急速に覚めてゆく。

 そこはまるで美術館に展示されている品のように、ガラスケースに囲われた寝台だった。
 その寝台の上で、ヨルがぺたんと座り込んで辺りを見回す。
 周りを取り囲むのは数百を超える人の大群。

 数百の瞳が全てヨルへと注がれていたのだが、ヨルが目を覚まし辺りを見回すと、前列に座っているものから順に地に額を付けてゆく。

「なっ……なにっ……」

 ヨルが改めて自分の姿を見ると、真っ赤なベルベットのような生地に金糸刺繍がされた派手なローブを羽織っていた。
 その下はいつぞや着せられた事がある白襦袢のような格好だった。

「おはようヨルちゃん」

 ヴェルが仁王立ちしていたガラスケースを、水を通り抜けるようにちゃぽんと音を立てヨルのベッドに着地する。

「ヴェル、まさかとは思うけれど――」

「あはっ、ヨルちゃんの正体バレちゃった☆」


 舌をちろっと出して自分の頭をコツンとするヴェルだが、その目を見ると明らかに確信犯だった。

「とりあえず簡潔にっ! 今の状況説明して!」

 ヴェルの尻尾を掴みながら半眼で詰め寄るヨル。ヴェルは小さくため息をついて今の状況を話しはじめた。


――――――――――――――――――――


 あの後、ヴェルに抱えられたヨルはアサヒナやアルと合流し、気絶しているエイブラムを連れて街へと帰還した。

 それが二週間前の出来事だった。

 ヨルは宿屋に運び込まれサタナキアとアサヒナ、それにヴェルが身の回りの世話をしていた。
 一方、教会の独房で意識を取り戻したエイブラムは、その罪を告白するようにエトーナ火山での出来事を洗いざらい上層部に伝えた。



 ――ヨル様は神ヨルズの生まれ変わりであります!
 私のような凡人であっても感じ取ることのできるあの神力!
 そして伝説の幻獣デュポーンを一撃で屠るお力は疑う余地はありません!



 そこに自分の悪事について一切言及されていなかった。
 しかし急進派のエイブラムも、穏健派の他の信者と同じく、神ヨルズの復活が目的だったのだ。
 彼らにしてみれば数千年前からの悲願が叶い、心中はそれどころではなかったのだろう。

 それを聞いたティエラ教会上層部もエイブラムなどそっちのけで、一目散にヨルの元へと駆けつけたのだった。


――――――――――――――――――――


「エイブラムがそういうことを言うのは予想してたけど、どうしてあっさりと信じちゃうの? 私ただのセリアンスロープなんだけれど」

「んと、それは運の悪い偶然が重なったというか、なんというか……えへ」

 ヨルが無言で尻尾を強く握る。

「んにゃっ!! えっと、教会の人たちが宿に来る前にね……」


――――――――――――――――――――


「なぁ、ヴェル殿がヨルの友達だと言うのは先日伺ったのだが、貴公は何者なのだ?」

 ベッドに寝ているヨルを横目で見ながらアサヒナがヴェルに尋ねた。

「何者って?」

 ヴェルはソファーに座り足をぶらぶらさせながら、どこかで手に入れてきたワインをラッパ飲みしている。
 アサヒナはこの幼女が見たままの人物ではないと理解していたため、飲酒がどうこう言うこともなかった。

「私は人の魔力を色で見る事ができるのだ。以前ヨルにも聞いたのだが、はぐらかされてな。はっきり伺いたい。貴公もヨルも魔力が真っ白にしか見えない。こんな色の人は見た事がないのだ」


 ヴェルは指を口に当て「んー」と少し考えたあと、その瞳を天色スカイブルーに光らせてアサヒナに視線を向けニヤリと笑う。

『――それは私もヨルちゃんもこの世あらざるものだからだよ』

 ――コンコン

 まるでそのセリフを言い終わるのを待っていたように扉がノックされる。

「失礼いたします。アサヒナ様――申し訳ございません。先ほどのお声は……!」

 部屋の入り口でヴェルの姿を見て、次々と膝をついて頭を垂れるティエラ教会の高官たち。

「んふふ、盗み聞なんて、悪い人たちだね」

 そのままヴェルは、なし崩し的にアサヒナと教会の高官たちにヨルの正体について語って聞かせたのだった。

――――――――――――――――――――

「ねぇ、そのタイミングで言ったの、わざとだよね」

「違うよ?」

 ヴェルが眼をパチクリしながら変事をするが、視線は完全にヨルの方を向いていなかった。

「なんで、そこまで言っちゃうの」

「んと、信仰を集めるためよ」

「信仰……?」

「ヨルちゃん、冗談抜きで危なかったんだよ。神力も尽きていて消滅寸前だった」

「えっ……」

 ヨルもあのとき「魔力切れだなー」とは思っていたが、自分には魔力がない。魔力だと思っていたのは神力だったということを改めて思い出した。

 神にとっては生命力と同義である神力。
 それは魔力とは違い、自然回復するには気が遠くなるほどの長い年月が必要となる。しかし、神を信仰する人々の祈りによって早急に回復する性質があるとのことだった。

「それでここに座所を作ってヨルちゃんを寝かせたんだけど、流石にこれだけ信者が居るとあっという間だったね!」

「そっか……それでペドラドラゴンを倒した時もすぐに……」

 あの時も確か、気絶して目を覚ました時、祭壇のような場所に寝かされていたなとヨルは思い出した。
 改めて周りを見ると、ヨルのいる寝台に向かい数百名が祈りを捧げており、入り口近くには聖騎士団の姿も見て取れた。

「ヴェル、このガラス消せる?」

「とーぜん」

 ヴェルが指を鳴らすと風鈴のような鐘の音が響き寝台を覆っていたケースが光の粒となって消え去った。
 その瞬間、突然音声がONになったように祈りの声がヨルの耳に聞こえだした。

 ヨルは襟を正して布団の上に正座をしてペコリと頭を下げたのだった。

「――皆さん、ありがとございました」

 一瞬頭が痛くなるほどの静寂が訪れ、その直後割れんばかりの大歓声が起きる。
 居並ぶ信者たちは涙を流し、喜びのあまり気を失い倒れるものが続出したという。


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