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3章 ― 急追するモノ
第44話-好事
しおりを挟む――コンコン
――コンコンコン
まだ朝ご飯には少し早い時間帯。
部屋の入り口をノックされて、ヨルは隣に寝ているヴァルを起こさないように入り口に向かう。
「エンポロス様から手紙をお持ちしました」
扉の向こうから、支配人の声がしたのでヨルは扉を開ける。
「こちらをどうぞ」
相変わらず流れるような所作で手紙を手渡してくる支配人。だが視線はわずかに右下に逸れている。
「ありがとうございます……どうしました?」
「いえ、なんでもございません。失礼いたします」
扉を閉めたヨルは後頭部を掻きながら手紙を開き、目を通す。
「ふぁ~。ヨルおはようございます」
「ヴァル、おはよう」
その時ヴァルが眠そうな目を擦りながら起きてきた。
シャツから肩がはみ出しズボンも少しずれ下着が見えている。
その姿を見て改めてヨルは自分の姿を確認する。
なるほど支配人さんが目を逸らした理由はこれかと、ぼけーっと考えながらヴァルに声かをけ、出かける準備を始めた。
――――――――――――――――――――
「いらっしゃいませ、ヨル様」
ヨルは昨夜のことを多少なりとも気にしてキョロキョロと周りに意識を向けながら歩く。
最近すっかり寒くなってきたためか、まだ朝の早い時間のためか王都の大通りにしては人影がまばらだった。
ヨルは近くに見える無残な姿となった大聖堂を眺めながら店まで向かうと、彼は入り口でヨルを待っていた。
「連絡ありがとうございました。あと、ホテル豪華すぎてびっくりしました」
「お気に召したようで何よりです。それではこちらにどうぞ」
ホテルの代金のことなど全く気にしていない様子のエンポロスがまだ開店していない店内にヨルを案内する。
ヨルが通されたのは以前とは違う応接室で、窓もなく扉も妙に分厚い部屋だった。
「ここは盗み聞きなどされないようにと作った部屋でございます」
ヨルがソファーに座るとエンポロスも向かいに座り、書類を二枚取り出してヨルに見せる。
「私の方で探しました物件です」
ヨルは二枚の書類を手に取り見比べてみる。
(一戸建て……王都で庭付き一戸建て……)
金額を見る前にその内容だけでクラクラしそうだった。
恐る恐る金額を確認すると、金貨五千枚、もう一枚は金貨一万枚と記されていた。
「エンポロスさん、すいません私、寮のような借家をお願いしていたのですが……」
「ええ。ですがヨルさんが仰ってた、宿屋のような部屋を月々契約で提供しているものはございませんでした」
ヨルはいつ遠くに移動しても良いように、毎月家賃を支払うマンションのような部屋を希望として伝えていた。
値段は宿に長期間泊まるよりも安く、すぐに解約して旅に出れるようにと。
しかしエンポロスに渡された書類は、希望の正反対を行く超高級住宅である。
広い庭や客間、応接室、書斎まであり、到底一人で住むには広すぎてヨルが一人で住むには今のホテル以上に分不相応である。
そもそもヨルの手持ちでは全く足りない。
今の手持ちの金貨三千枚ですらゴミ掃除の結果、運良く手に入れたものである。
やっぱり今のホテルを出たら、その辺りの宿屋で長期宿泊でいいかと考えるヨルに、エンポロスは意外なことを言う。
「ヨルさんが仰ってた仕組みの住宅を私共のほうで作り、販売させて頂けないでしょうか」
「えっ……っと……え?」
最初何を言われているのか理解するのに時間がかかった。
詳しく話を聞くと、王都で一戸建ての借家は年に金貨百二十枚が平均相場らしい。
ただし、王都の外れのほうで門からも商業街からも遠く不便な場所にしか無い。
大通り沿いや商業街に宿屋はあるが、人に貸している戸建ては無い。
中心部は貴族や商人が自分たちの家を建てて暮らしている。
どちらも住人が居なくなると売りに出され、すぐに別の金持ちに買われるらしい。
つまり王都の中央付近でマンションを作って商売をしたいということだった。
宿屋か一戸建て以外の選択肢が無い王都で、宿屋に三十日泊まるより安上がりになる値段設定なら確実に借り手は着くと判断らしい。
「学園などには寮があるので、それの一般人向け住居だと言えば受け入れられることも容易いでしょう」
「えぇっと、私は特に拘りが無いので、どうぞ……それよりも、そういうのを作るのでしたらそこに住みたいのですが」
ヨルの希望するような規模の部屋を作るのであれば、出来るまでの間は宿屋で、完成したら引っ越せばいい。
そう思っての話だったのだが。
「ありがとうございます。では後ほど契約書をご用意いたします」
「建物が完成して引っ越す前でいいですよ」
「いえ、こちらは商売権利の契約書です」
「……商売権利?」
ヨルはエンポロスが言っている意味がわからず聞き返す。
「この形態の住宅販売の方法を仰られたのはヨルさんです。それが利益を生むのでしたら当然受け取る権利がございます」
「うぇっ!? い、いやそういうつもりで言ったんじゃないんですが」
「そういうわけにもいきません。利益が出たらという形で構いませんのでお受取りください」
結局何回か押し問答の後、利益の一割を受け取るという形でヨルが押し切られた。
「それとこちらの住宅ですが、好きな方をお選びください」
「えっと、どちらも素敵な家なのですが、手持ちだと払えないので…」
ヨルは書類をテーブルに戻しながら苦笑いで手持ちがない旨を伝えるのだが、エンポロスの口から出たの言葉はまたしてもヨルの想像を超えるものだった。
「お好きな方を差し上げます」
「――!?」
――――――――――――――――――――
エンポロスはヨルの反応が予想通りだったのか、ヨルの驚いた表情を見て悪戯が成功した子供のように「ふふっ」と笑った。
「実はヨルさんの希望に会う家が無いかと、中心部まで含めて探しておりました」
王都の中心部は貴族が多く住んでおり、情報を手に入れるためにも「誰が何のために家を探しているのか」を管理する人に伝える必要がある。
では「貴族街・中心部」の不動産情報を管理しているのはどこか?
「それで王城に確認しましたところ、この様なお返事がありまして」
エンポロスは蝋印が押された封筒を取り出し、中身をテーブルに置く。
「拝見します……」
ヨルが手紙を手に取り目を通していく。
そこには仰々しい書体で挨拶文から始まり、傭兵ギルドのメンバー確認と照会が確認完了した旨が記載されていた。
これは恐らくヨルが本当にギルドに所属しているのかを確認したものだろう。
続く二枚目には先程エンポロスから渡された物件の情報が記載されていた。
そして三枚目に目を通す。
「――これらの住居を含め、金貨一万枚までの物件に限り、ヨル・ノトーへ下賜するものとする…………?」
「王都で長年商売をしておりますが、女王陛下からの直筆を頂いたのは初めてでございます」
エンポロスが嬉しそうに語るが、ヨルは青ざめた顔で手紙を持った手をプルプルとさせていた。
――――――――――――――――――――
結局ヨルは一時間以上悩んだ末、金貨一万枚というおおよそ人生ではお目にかかれない金額の家に決めた。
決めたと言っても、半ば決めさせられたようなものである。
女王から下賜されたものを断ると、大変なことになる。
今度は不敬罪と言われても仕方がない。
選んだ家は王都の中心にある貴族街のすぐ近く。
大通りから少しだけ外れたところにある庭付きの豪邸だった。
以前は男爵やら子爵が住んでいたらしく、近くに衛兵の詰め所もあり治安は言うことなしだった。
「とは言っても……私一人……じゃないかヴァルも居るから二人……だけど広すぎる!」
ヨルは今度フレイア女王にあったら礼と文句を言ってやろうと心に決め店を後にした。
ヨルを見送ったエンポロスはその後姿を店の前で見つめていた。
(ヨルさん……これではまた礼をしなくてはならなくなります……)
その手にはずっしりと袋に詰められた高級食材。
この国では一つ金貨十枚で取引されている黒トリュフがぎっしりと詰まっていた。
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