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3章 ― 急追するモノ

第36話-闇に潜むもの

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「なんだか初日から疲れたわ」

『アネさん、あっし考えてたんですが、言ってもいいですか?』

 宿屋に戻り軽く食事を取った後、部屋で食後の休憩と床に寝そべってゴロゴロしていたヨルにサタナキアが話しかける。

「なぁに?」

『あいつらの言ってた事、少々おかしくありやせんでしたか?』

「やっぱりそう思った?」



 ヨルは床に仰向けになり天井を見上げながら返事をする。
 この宿屋、二階の部屋は天井部分と屋根が吹き抜けになっており、梁が剥き出しで雰囲気が良くヨルは気に入っていた。



『へい、人の習性を完全に理解している訳ではありやせんが、考えが少々飛躍し過ぎているような気がしやした』


 つまり、通報があって偶然"衛兵の使命"に燃えてしまった。
 そして、偶然"正義感に燃えている冒険者"が近くにいた。
 そして、偶然"直ぐ近く"にセリアンスロープが歩いていた。


 流石にこれだけ重なると全てが偶然とは考えられない。それに――。


『しかも奴ら、いきなり斬りかかってきやした。この街はそこまで治安が悪いようには見えやせん』


 そう、それが一番おかしいとヨルも引っかかる。

 仮にヨルが通報された人物と全く同じ容姿であったとしても、治安を守る衛兵が突然街中で剣と魔法で襲いかかるという非常識極まりない行動に出ている。

 例え思い込みだとしても、あの場にいた三十人が誰も疑問を抱かず攻撃に参加していたのだ。


『……まるで誰かに洗脳されているような気配も感じやした』

「つまり、誰かが私を狙っていて、あいつらを使い攻撃させたってこと?」

『想像でしかありやせんが、そう考えると辻褄が合うかと思いやした』

 確かにサタナキアの言うことは筋が通っていたが、ではその犯人はいったい誰なのかという問題が出てくる。
 ヨルは今日この街に着いたばかりである。まだ数時間しか滞在しておらず、あの時点でヨルの事を知っているのは門番とこの宿屋の人ぐらいだった。




「――教会とやらかな?」


『そこまでは何とも。でもアネさん、気をつけるに越したことはありやせん』


「そうね、特に予定も無いし、明日になったら次の街に向かおうか」


 ヨルはそう言ってあっさりとこの街を離れる事にした。

 目の前に敵がいればぶん殴るだけだが、影でコソコソ動かれるのはかなり気分が悪い。そんな奴ら無視して距離を取るに限る。

「じゃあそゆことにして、今夜はもうお風呂に入って寝るわ」

『へい、承知しやした』


 ――――――――――――――――――――


 ギィ――

 微かな軋み音を立て、部屋の扉が僅かに開く。

 ほんの指先ほどの隙間しか開いていない扉から、全身黒い装備に身を固めた人影が音も立てずに侵入してくる。

 部屋の中はカーテンが閉められた窓から月明かりが僅かに差し込んでいた。

 その人影は部屋を見回し、ベッドが僅かに盛り上がっているのを確認すると手首につけている魔道具を起動する。


黒槍ダークスピア


 僅かな空気の揺れと共に、ベッドの上に漆黒の槍が形成され、そのまま布団を突き破り底板まで突き破ったところで消えた。
 
 それを確認し、その人物はそっとベッドサイドに近寄り布団に手を伸ばす。




「『鉄縛絞首フルカ フェルム』――いらっしゃい、暗殺者さん?」




 暗殺者の頭上から声がした瞬間、首に五本の鉄鎖が巻き付き、あっさりと天井へ引っ張り上げられる。


「来るかもと思っていたけれど本当に来るなんて……『光灯ルークス』!」


 屋根裏の梁に眩い光が灯り、部屋の中が照らされた。
 
 部屋の真ん中に備え付けられていたベッドは、布団から底板までぽっかりと穴が空いており、布団の綿があちこちに散らばっていた。

 ヨルは梁の上から身を半分乗り出し、突き出した手から伸びた鎖が暗殺者を釣り上げていた。



「――ぐぐっ」

「暴れない方がいいわよ。締まるから」


 首を絞められ吊り上げられている人物に暴れるなというのも無理な話だろう。
 その人物は手足を振り何とか抜け出そうと暴れるが、そのたびに動く場所目掛け鎖が巻き付き、結果ますます動けなくなってしまう。



「じゃ、ぷーちゃんよろしく」

強制簒奪デートラヘレ

 ヨルの言葉を受け、サタナキアが暗殺者の頭に着地し、魔法を発動させる。

 その瞬間、暗殺者が身につけていた真っ黒い布が冗談のようにバラバラに千切れて床に落ちていく。

 ――そして黒い布の下につけていた防具や衣服、下着に至るまで全て千切れ、その暗殺者は素っ裸で首吊りをしているという奇妙な状態となってしまった。



『む……?』

「あれ、おっさんかとら思ったら女の子じゃない」

「くっ……ころ「はいストップ」――グッ」


 何かを言いかけたところでヨルが締める力を強め、気道を塞ぎ黙らせる。


「その先は言わない。なんかヤな予感がするから」

『アネさん、そろそろ堕ちますぜ』

「部屋を汚されても嫌だし、首の鎖は体に巻きつけなおそうかしら」


 ――――――――――――――――――――


 ヨルは暗殺者の首を絞めている鎖を緩め、両手首を身体の後ろで縛り足首も縛ると床に下ろして床に転がす。

「で? 何者?」

「殺せ……」

 裸のまま鎖で簀巻きにされ転がされている暗殺者は、頭から麻袋を被されており表情までは判らない。だが暴れようとしないところを見ると、観念しているようにも見える。

 こういう訓練されているような暗殺者は情報が漏れることを恐れ自ら死を選ぶ可能性が高かった。
 しかしこの暗殺者は死を選ぶどころか、恐怖のせいか身体が小刻みに震えていた。




『このまま絞めた方が早く無いですかい?』

 サタナキアがそう言いながら、ヨルに視線を向け片目をパチリと閉じる。
 ヨルはそれを見てニヤリと笑みを浮かべ、一つ演技をすることにした。

「――――そうね」

 少し考えたように見せるため、ヨルは時間を一拍置いて立ち上がる。

「どうせならこいつの家族も調べ上げて、全員後をついて行ってもらいましょう」

「なっ、貴様! なんて事を!」

 暗殺者の女が驚愕の声を上げるが、それには耳を傾けず二人は淡々とした声色で話を続ける。

『では、まずはこいつの血液から親族全員調べ上げて連れて参ります。赤子も連れてきても?』


「当然」


「や、やめろ! 悪魔め!」

 ヨルがなるべく悪人っぽい声を出してそう答えると、暗殺者の女が激昂して大声を出すが、悪魔サタナキアだけだよとヨルは少し心の中で思った。

 尚この部屋はどれだけ騒ごうが、声は外には漏れないようにサタナキアが対策済みである。


 ヨルは無言で裁縫道具からマチ針を取り出し、女の二の腕にチクッと突き刺した。

「……――ひっ!?」

「はい、この血で探してきなさい」

『御意』

「まっ、まて! まってくれ!」

 その途端、女が焦った声を上げるのを聞いて、ヨルはサタナキアと目配せをして確認するように頷く。

「……あんたはどこの誰で、誰の頼みでこんな事をしたのか話しなさい。嘘が混じっていると、この悪魔にはすぐにバレるわよ」


「わかった……だから私の命だけで許してくれ。妹や両親のことは見逃してくれると約束してくれ」

「偉そうね――サタナキア?」

「まっ、まって、待ってください! すいませんでした! 家族のことは見逃してください!」

(――思ったよりチョロかった)

 ――――――――――――――――――――

 ヨルは女の頭から被せている麻袋はそのままに、後ろ手で縛ったまま床に正座させる。足首も鎖が巻きついているので少し痛そうだったが、その辺は知ったことではない。

 側から見れば、明らかにヨルが悪人側に見えるシチュエーションなのだが、この女は寝ているヨルをいきなら魔法で串刺しにしようとした暗殺者なのだ。

「で?」

「わっ、わたっ、私は聖ビフレスト国、てぃ、ティエラ教会 執行部のシオンだ――です」

 余程怖い目にあったのか、完全に声が震えてしまっており身体はガクガクと震えている。


(ここでその名前が出てくるの……)

 ヨルはその感想が最初頭をよぎった。
 アルが所属していると話していたビフレスト国の教会。その教会の執行部とやらがどうしてヨルを狙ってこの部屋に侵入してきたかがわからなかった。
 
 アルの手紙では教会の一部勢力が勇者を自陣に取り込もうとしていると書いてあったが、それがこの執行部とやらなのかとヨルは考える。

 そしてヨルは感情を悟られないよう、なるべく平坦な言葉で尋問を続ける。

「それで? そのシオンは何で私を?」

「わからない……です。上からの命令で桃色髪のセリアンスロープが邪教徒で、悪魔を連れているから処分するように命令されたのです」



 ヨルは「ふむ…」と顎に手を当て色々と考える。

 桃色髪のセリアンスロープと言う部分はヨルの特徴と一致する。悪魔を連れているというのも意味一致するが、それを知っている人はほとんど居ない。

 つまり、その命令をしたやつはヨルとサタナキアが一緒にいるのを知っており、サタナキアの正体も知っているか気づいている人物ということになる。



「それで、この街に居るから殺せと?」

「いえ、各街に居る我々の仲間全員に通達があったようです。見つけたら即座に実行せよと」

「それで今日私を見かけた貴方が動いたわけね」

 彼女が言う事を信じるなら、ガラムの街でヨルとサタナキアが一緒に居るところを知っている人物が黒幕、もしくはその情報を黒幕に漏らした犯人ということになる。

 しかしヨルの事を知っている人物というだけで考えると、ほんとに少数だ。

 村から出てきてガラムの街で数日間過ごしただけで、その間に接触して話をしたことがある人物なんて限られてしまう。


(私が知り合った人の中に黒幕が……?)


 ヨルは心の不安を悟られないように平静を保ちながら尋問を続けるのだった。
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