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3章 ― 急追するモノ

第35話-指名手配?

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 衛兵の姿をした男が一人、頭を地につけ綺麗な土下座を晒していた。


「それで? どういう訳か説明してくれるわよね?」


 その眼前に立つのは腰に両手をあてて仁王立ちをしている少女がいる。
 綺麗な桃色をした髪のセリアンスロープの少女、ヨルだった。

 頭に生えた猫耳と尻尾は、絶滅したと言われている猫のセリアンスロープ。
 普段から手入れをして艶がある尻尾は怒りで膨れ上がっており、直ぐにでも土下座をしている衛兵に飛びかかりそうな様子だった。



 ――港街ニザルフ。

 倉庫街に近いこの港は、船が何艘も入港しており、あちこちで荷下ろしをしている水夫がいる。

 時間は夕暮れ。

 眩しい夕日が差し込むレンガ敷の大きな通りで、道ゆく人たちは何があったのかと遠巻きに目を向ける。


『アネさん! あっしに任せて頂ければ黒槍アーテル ランケアで焼――ぐへっらっ!』


 少しテンションが高い様子のサタナキア。
 まだ興奮冷めやらないヨルの背後には衛兵や冒険者などが数十人、正確には二十九人、死屍累々と倒れていた。


「結局何がどうなって、こんなことに?」


 ヨルが土下座を決め込んでいる衛兵の前にしゃがみ込み、顔を上げさせる。
 衛兵の目からはヨルの足の隙間から尻尾がゆらゆらと揺れているのが見えていた。

「そ、そのっ…えぁ……っと」

 衛兵は目を逸らし、しどろもどろに返事をするのでヨルはますます訝しんだ目つきになる。

『あぁっ!! こいつまさかアネさんの下ぎ「流紋撃ライオライトショット!」――ぐぼらっ!』

 ヨルがしゃがんだ姿勢から綺麗に飛び上がり、宙返りをしてサタナキアの頭上から渾身の左拳を叩き入れて黙らせる。



「……はぁ、ほんと何だったの一体」


 今度は衛兵の前に仁王立ちした状態でヨルは頭をポリポリと搔きながら、この状況になってしまった数分前のことを思い返していた。



――――――――――――――――――――



「そこの獣人止まれぇ!」

 山岳地帯を抜け、無事ニザルフに到着したヨルは、宿屋を取ってから街をぶらぶら散策していたのだが、この倉庫街に差し掛かったところで突然衛兵やら冒険者と思わしき集団に取り囲まれた。


「……私に何か用ですか?」


 ヨルが何か事件でもあったのかと、返事をしたところ問答無用で武器を抜き放ち襲いかかってくる。

 その数なんと三十人。

 剣を持って斬り掛かろうとしている冒険者の後ろでは魔法使いまで居て、街中で攻撃魔法まで使おうとしているのが見えた。
 はっきり言って異常な光景だった。普通は凶悪犯ですらこのような荒々しい対応は行わない。


「――ちょっと!」

「よし!一斉にかかれ!」
「死ねぇ!」


 ヨルは抗議の声を上げるが、完全に殺しに来てると感じ、サタナキアをリュックから出して魔法使いの相手をさせる。

「泣かすだけでいいからね」


『へい! お任せくだせえ!』


「っと危ない」

 ヨルは体をひねり突き出された槍を交わし、その勢いで背後から切り掛かってくる衛兵に足払いをする。

「ったく、何なのよ一体――尖晶弾スピネルバレッドッ!!」

 ヨルの拳が、背後から襲い掛かろうとしてたフルメイルの冒険者三人に突き刺さる。

 腹の板金を大きくて凹まして転がっていく冒険者に巻き込まれるように、近くにいた弓兵も飛ばされていった。



「囲め! 全員で取り押さえてから脱がせ!」


「なっ――!!」
『なっ――!!』


 ヨルとサタナキア、両者の反応がハモるがおそらく意味は違うだろう。


 ――プチッ


「ふ、ふふふ、うふふふふ――」 


『ひっ!?』


 突然笑い出したヨルに恐ろしい気配を感じ、サタナキアは咄嗟に近くの荷箱の影に隠れる。



「――慈悲は無いっ! 『瞬間加速アッケレラーティオ』『超加速アクセラレーション』『攻撃分裂インクルシオームルトゥム』!」


 ヨルは瞬時に補助魔法と装備品に付与されている魔法を全て発動させる。


 それは一流の傭兵ギルド員のアルですら知覚するのがギリギリだった速度である。一般の冒険者や傭兵では知覚することすら不可能な速度であった。

「ふっ!」

 ヨルは一足で大剣を振りかざそうとしている戦士風の男との距離を詰め、がら空きの腹に拳を突き入れる。

 パァァンッと鉄と鉄を叩き合わせたような音が響き渡る。

「ぐっ!!」

 男はそれだけ発してあっけなく後ろに倒れ落ち、他の者達はその音で初めて目標がすぐ隣にいると知覚する。

「はぁぁっ!」

 その場でくるりと回転しながら踵で衛兵の顎に一撃を入れた後、武器を抜いている冒険者と衛兵の間を瞬動しながら拳を叩き入れる。


 時間にして数十秒という時間でその場にいた二十五人が全滅した。
 残りの魔法使い四人はサタナキアがあっさりと魔法で束縛していた。



 ふぅ、と一息つき、ヨルは唯一手を出さなかった衛兵を見ると、新人の様な一番若い衛兵は、すでにガクガクと顔面蒼白であった。


「ひっ……!! い、命ばかりはお助けください!」


 そう言って綺麗な土下座を決め込んだのだった。


「なんで私が悪人みたいな言い方なの!」


 ヨルの尻尾が再び苛ついたように逆立つのだった。


――――――――――――――――――――


 綺麗な土下座を晒している衛兵の前に仁王立ちしたままのヨルは、背後の通りから駆けつけてくる他の衛兵の姿を捉えた。


「……お代わりかな?」


 先頭を駆けてくるのは明らかに偉そうな衛兵。さらに後ろに数十人のばかりの傭兵たちが続く。

「――なっ、これは一体!? おい、お前これはどういうことだ!?」

「私忙しいんで、そっちのお仲間に聞いてください」

 走ってきた偉そうな衛兵が一直線にヨルの元に詰め寄って高圧的に質問してくる。確かに仁王立ちを決め込むヨルの前で、自分の部下が土下座をしていればこの行動も頷けるものだった。
 だがヨルは心底面倒な事になりそうだと、なるべくその場から立ち去りたかった。

「うちの部隊の兵に手を出されたのでは、そうですかと返すわけにもいかん!」

 うちの部隊と言うことは隊長なのだろうとヨルは思う。

 だが、いきなり現れて上から目線で威圧してくる偉そうな態度に対し、ヨルは青筋を浮かべ一気にまくしたてる。

「……そこの衛兵と冒険者にいきなり剣と魔法で襲い掛かられたから返り討ちにした。殺人未遂で全員を領主に告発します。ついでに私を全裸に脱がすと言っていたので婦女暴行未遂も追加します。はいこれ私の身分証」


 一気に捲し立ててからヨルは胸ポケットから身分証を取り出して隊長に見せる。


「ふざけふな! 冒険者風情……が……傭兵ギルド!?」

 途中まで言いかけ、ヨルの身分証に目を向けた隊長が一気に青ざめる。
それはそうだろう。この世界においては冒険者ギルドとは違い、傭兵ギルドは一目置かれている。
 冒険者ギルドで実力と功績を示さないと入団試験すら受けることが出来ないエリート集団なのだ。


「じゃ、そう言うことなので、あとは領主からの呼び出しでも待っててね」

 隊長の手から身分証を引っこ抜き、ヨルはもうこれで終わりだと言わんばかりに去ろうとする。

「ちょっ、ちょっとまて! いや、お待ち下さい! せめて! どうしてこうなったかだけでも! こいつに尋ねるので! 一緒に居てくださいませんか!」


(……声がデカい)


 周りを見渡すと、ヨルの居る付近が野次馬によりサークルのように取り囲まれていたので、ヨルは「はぁ」とため息を付き隊長さんの隣に戻る。
 隊長さんは「お手数をおかけします」と、先ほどまでの態度は何だったのかと思えるほど丁寧になっていた。



――――――――――――――――――――


「いや、馬鹿じゃないの?」

 事情というか、あらましを聞いたヨルの一言目がそれだった。



 唯一無事だった衛兵から受けた説明を要約すると、「凶悪なセリアンスロープが身体に爆発物を巻き付けて街を歩いている」と詰め所に通報があったそうだ。

 その時、詰所に居てた彼らは「街の平和を守るため!」と勇んで出動。
 更にそれを見ていた正義感あふれる冒険者が合流したところで、尻尾をフリフリしながら目の前を歩いていたヨルを見つけ、襲い掛かったとのことだ。

「じゃあ"凶悪なら人間が歩いてる"って通報されたら、貴方たちは片っ端から市民に襲いかかるの?」

 この辺で、隊長さんとそのお連れの衛兵さんたちには深々と謝罪をされた。
 それはそうだろう。誰がどう見ても、衛兵と冒険者が一方的に旅人に斬り掛かって返り討ちにされただけなのである。

『おう、兄さんら! うちのアネさんに迷惑かけといて、それだけで勘弁してもらえるとか思っとらんやろうな?』 

「こら、ややこしくなるから、ぷーちゃんはリュック」

『……へい』

「ありがとね」

『!!』



「あの……部下の不始末は、後日お詫びに伺いますので、その、告発は……」


「だめ」


 勘違いとはいえ、街中でいきなり斬りかかろうとする性格の持ち主を放し飼いにしておく訳にはいかない。
 ガックリと項垂れる面々を他所に、ヨルはすっかり空になってしまったお腹を満たすため宿屋に戻ったのだった。
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