雪の都に華が咲く

八万岬 海

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05-Chorus

071話-デートと爆発

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 街の入り口とお城へと続く大通りを歩く。
 昼前ということで人通りは多く、馬車や大きな荷物を背負った行商人、それにお昼の買い物だろうか籠や鍋を持った人もかなり見かける。
 お城の正門を出て真っ直ぐ歩くこと十五分程度。大きな噴水やベンチが置かれているところを曲がり、屋台が立ち並ぶ通りを進むとすぐに目的の建物が見えてきた。

「……ここ?」

 見た目は普通の一軒家といった建物で、普通の扉があるだけで何の看板も出ていない。
 左右や正面の建物にはすべて道具屋や雑貨屋が並んでいるため余計に違和感を感じる。

「六華の話だとここで間違いはないんだけど……入ってみるか」

 六華からの連絡というか記憶で『荒野の星』が泊まっている宿屋までやってきたのだが、どう見ても宿には見えない。
 キョロキョロをあたりを見回してから意を決した俺は扉に手をかけて少しだけ開き中を覗き込む。

「いらっしゃい、ごめんね今日は満室なの」

 扉を開けるとスグにカウンターに座っていたおばさんが声をかけてきた。
 どうやら宿に間違いはないらしい。

「すいません、ここに泊まっている『荒野の星』のものですが」

「あら、ごめんなさいね。じゃあお嬢ちゃんがアイナちゃんが言っていたユキちゃんね?」

「は、はぁ……そうです」

 アイナ……俺のことを女の子だとか言ったんだろうか。
 誰かに「男と女どっちだ?」と言われればはっきりと男だと言うのだが、「女だね」と思われていたら「もうそれでいいや」と否定することすらしていない気がする。

 だが無事にたどり着けてよかったと思い玄関を見回すと、懐かしさを感じる景色が目に入ってきた。

「ここの女将をしているケイよ。さっ、上がって」

 気前の良さそうなケイさんは下駄箱からスリッパを出してきて玄関に並べてくれる。
 なんとこの宿屋、俺がこの世界に来てから初めて経験する靴を脱いで上がる宿屋だった。
 小さな小上がりではあるが、きれいに並んだブーツや靴が並んでいる。

 通りから見た目はただの民家にしか見えないこの宿は部屋数はたった三部屋しかないらしく、穴場の宿だそうだ。

 俺はブーツの紐を外し靴を脱いで玄関に揃えるとケイさんの案内で目の前にある階段を上がっていく。
 人はすれ違えないほどの細い木造の階段。
 狭い階段だが、あちこちから香る木の匂いが気持を落ち着けてくれる気がした。

「さぁここ三つが部屋で全部貸し切りよ、多分誰かいると思うわ。私は下にいるから何かあったら声かけてね」

 女将のケイさんにありがとうと伝え、とりあえず手前の部屋の扉をノックする。

「はーい」
「戻りましたー」

 声をかけるとすぐに中から返事があったと思ったら、直ぐに扉が開きリーチェが顔を出す。
 俺が玄関に来た段階で聞こえてたのだろう。

「ユキ、おかえりなさい。ほら、入って」

 部屋は外からでは想像していなかったぐらい広かった。
 なんとベッドが左右に三つずつ、合計六つも鎮座しており、間にはソファーが向かい合わせに置かれていた。

「お、おぉぅ……広っ!」
「でしょ? ここに泊まるの三回目なんだけど、綺麗だしお風呂も広いからゆっくりできるんだー」

 リーチェは何か作業をしていたのか、ソファーへ座り直し机の上に広げられた羊皮紙をめくり出す。

「ところでみんなは?」
「そこにアイリスが寝てるよ~あとはお買い物」

「気づかなかった」

 言われてみれば確かにひとつだけシーツがもっこりと盛り上がっていた。

「リーチェは何してるの?」
「アイリスが寝ちゃってたので、防犯? あとユキが帰ってくるかも~って思ったからお留守番してた」

 ちなみに隣の部屋ではサイラスも寝ているらしい。
 サイラスは「私も歌いたい!」と言い出したケレスの舞台衣装を夜鍋して作っていたそうだ。

「アイナたちのやつと同じような方向性で作るんだってすごい張り切ってたよ」

 あの巨大で裁縫が得意だなんて今だに信じられないし、実際目の前で見たときは目を疑った。
 何しろ手捌きが素人ではないのだ。

「ただいまーっと、ユキおかえりー!」

 ちょうどその時、控えめなノックと共に帰ってきたのはケレスだった。
 ソファーに座っていた俺に背後から抱きつくと頬擦りしてくるケレス。

「……ケレスってさ」
「んー? リーチェなに?」

「節操ないよね」

「……ぐっ…………ふ、ふふーん、私はユキが好きなんだもん、仕方ないさ!」
「うわ、開き直ったよ」

「それはそうと、リーチェは買い物行かなくて良い? 俺留守番してるから行くなら行ってきていいよ」

「んー買いたいものはあるけど……これも片付けなきゃならないし。ユキとケレスで買って来てくれる?」

「――っ! 行く!」

 凄い勢いでバッと手をあげるケレス。帰ってきたばかりだというのに、元気だな。
 少しウェーブが入った桃色に近い色の髪を手櫛で整え、ケレスは紙袋をベッドへと置くとお手洗いに行ってくると部屋を出て行った。

「リーチェ、買うものって?」
「うーん……じゃあ、料理用のスパイスで何か珍しいのがあればお願い」

 なんだか変な言い方である。
 買うものがあると言っていたのに、あたかも今決めたような言い方だ。

「――わかった。どのあたりに売ってるの?」
「どうだろ……西区のほうか道具屋通りかなぁ、ケレスに聞けば大体の場所はわかるから」

「お待たせーーっ!」

 方向だけ教えてもらっていると、ちょうどケレスが戻ってきたので昼過ぎには戻るからとリーチェに伝え、頭の上に音符が見えそうなほど上機嫌なケレスと共に宿を出た。

――――――――――――――――――――

 宿がある通りは旅行用の道具や剣や防具などが売っている店が立ち並ぶ通りで、人通りはそこまで多くはない。

「ユキ、昨日は陛下とどんな話してきたの?」

 隣を歩くケレスは、なぜか俺のシャツの裾を指先でつまんだまま少し後ろをついて来る。
 普段が大雑把な性格なイメージなので、こういうのは結構グッときてしまうので普通に隣を歩いて欲しい。

(ギャップ萌え半端ない)

「……? ユキー? 大丈夫?」
「あ、ごめん。ちょっとした依頼というかお願いというかそんな感じ。今夜にでも全員に共有しようかな」

「そっか…………」
「ケレス、隣おいで? 話しにくいし……」

「う、うん……」

 そう言って隣に来たケレスは、今度は肘の部分の服をちょこんと摘む。
 色々とアイナと正反対な感じでかなり新鮮だけど、逆に恥ずかしいものもある。

「ケレスはさ……こんなこと聞いてもいいのか分からないけど、俺のどこを好きになってくれたの?」
「えっ、ぇぇ……言わなきゃだめ?」

 俺の方が背が低いのでケレスをじっと見上げていると、口が動いたので何かを言った気がするのだがほとんど聞き取れなかった。


「こめん聞こえなかった……」
「う~……強いとこ! あとみんなに優しくて、なんだか不思議な雰囲気だし……そーいうの全部ひっくるめて……好き……」

 目をギュッと閉じて捲し立てるように一気に言うケレス。
 今度は俺がその顔をじっと見ることができなくなってしまう番だった。


――――――――――――――――――――

「私、チームの中だと一番力が強かったんだ。戦争中もそうだけど、サイラスや座長よりも攻撃力だけだと一番だったの。でもあの伯爵に捕まったとき、上には上がいるんだって思い知らされた」

 テンパったケレスと二人して大通りに設置されていたベンチへと腰掛けてお互い心を落ち着けると、ケレスがゆっくりとこぼし始める。
 それは俺が初めてみんなの裏の仕事を知った事件。いまだにはっきりと覚えている。

 ケレスは自慢の立派な角を折られ、全員があっさりと捕まってしまった。

「でもユキがボロボロになりながら助けてくれたでしょ? 角も……治らないって諦めていた角も直してもらえたし」

 頭の左右から生えた山羊のような角に触れながらケレスは続ける。

「私ね、奇跡ってこういうことなのかなーとか、私は持っていなものを持ってるんだって思ったんだ」

 両手をグッと上に伸ばし、空を仰ぎ見てからベンチについていた俺の手を包み込むように手を重ねる。

「だから、そういう意味では全部好き。アイナやエイミーはちょっと理由は違うと思うけど、私はそんな感じ……」

「ありがとう……ケレスの、みんなの期待に応えられるような大人にならなきゃ」

「それ以上すごい大人になったら、私やることなくなっちゃうよー」

「そんなことないよ。みんながついて来てくれる。俺はそれだけで幸せだから。みんなが安心してついて来てくれるようにもっと頑張ろうって思った」

 自分で言ってて恥ずかしいが、今のは俺の本心だ。自分のこともあるが今はみんなを守れる力をつけよう。
 そして落ち着いたら俺がどうしてこの世界にいるのか調べればいいかと思う。

「じゃあ、買い物済ませちゃおうか」
「はーい。あ、そうだ。エイミーやアイナとも買い物してあげてね? 多分拗ねちゃうからさ」

 アイナとは一度買い物行ったから今度はエイミーかな。クルジュナとも楽器を見に行く約束をしている。

「あ、あとリーチェのこともお願いしたいな」
「リーチェ?」

「だってあの子バレバレなんだもん。でもあの子は自分からそういうことはしないはずだからさ。ユキさえよかったらリーチェのことも気にかけてあげて欲しい」

 リーチェの場合、アイナやケレスとは違って戦争終了後の合流組で戦いとは真逆。
 愛玩用として飼われていた種族だというリーチェがどうしてこの一座に入ることになったのか、俺はなにも知らない。

 いつも元気いっぱいのリーチェだからこそ、心に抱えているものがあるならちゃんとケアをしてあげたい。

「わかった。出来ることは精一杯頑張るから」
「んふふ、ありがとうっ! じゃあ買い物行こっ!」

 この通りをしばらく歩くと目的地というか、食材店が立ち並ぶ一角があるらしい。
 なにを買うかはっきり決まっていないが、まずはそこへ向かう予定だった。
 だが――。


 突如通りの向こう側で激しい爆発音が響き、建物の向こうから煙が立ち込めるのが見えた。

「――なんの音だっ!?」

 右手の建物のさらに向こう。
 人々の悲鳴が聞こえ、俺はケレスの手を引き一気に建物の上まで飛び上がった。
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