雪の都に華が咲く

八万岬 海

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05-Chorus

067話-陛下の依頼

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「『荒野の星』の諸君、大儀であった」

 城にある会議室。
 会議室と言っても真っ赤なカーペットが敷かれた床に、天井からはシャンデリアが吊り下がっており、目がチカチカしてしまいそうな部屋だった。

 アイナたちはこの部屋に入ったことがあると言っていたが、初めて入る俺としてはこの椅子に座ってもいいのかと躊躇してしまうほど豪華な物だった。



 俺の目の前に座るのは、この国の王である初老の男性。
 名をミハエル・オブ・エイスティンと言うらしい。
 いかにも王様という感じの偉そうな話し方なのだが嫌な気持ちにはならない、不思議な人だった。


「諸君らが護送してきた犯罪者たちは我々の方で責任を持って取り調べを行う。アペンドの街についても委細承知した。任せておけ」

「ありがとうございます」

 この部屋に到着して担当者を呼んできますとメイドさんに言われ待っていたのだが、現れたのはまさかの国王様だった。
 流石にこれにはアイナやアイリスまでもが口を閉ざし、エイミーやケレスに視線を向けても目を伏せられる始末。
 俺が座長として説明するしか無いと察して事件の始まりから今日に至るまでの流れを全てミハエル陛下へと説明する羽目になったのだ。

 最初は初めてお会いした他社の社長といった感じを意識して話をしていたのだが、背後に控えた剣を携えた騎士が威圧感抜群なのだ。
 何度も言葉をつまらせながらなんとか説明し終わるまで数十分以上かかってしまった。
 だが、俺が話し終わるまで陛下はじっと俺の説明を頷きながら聞いてくれていたのだった。





「ユキと言ったな。その成りでなかなかやりおるの。あいつが座長に指名したのも肯ける」

「恐縮です」

 俺の見た目のせいか実力を認めてもらっているのかはわからないが、ミハエル陛下の目尻はずっと下がりっぱなしだった。

「どうだこのあと。少し二人で話をしないか?」
「はっ、承知いたしました」

 内心、全力で断りたかったのだが社会人たるもの……いやむしろ国王の誘いを断る者はいないだろう。
 まだ胴体と頭を別けられるのは勘弁してほしいい。

「アイナ、みんなと先に宿に行っておいてくれる?」

「うん、了解」
「ちなみにさ……」

 アイナに手招きをすると顔を近づけてくるので、頭の上の耳に口を近づける。
 なるべく小さな声で「陛下との話ってどれぐらいかかる?」と聞いてみたら、アイナの答えは無情な内容だった。

「座長の時だとすぐの時もあったし、翌朝帰ってきたこともあったよ」

「翌朝……まじか…………」

「ユキ、こっちじゃ」

「はい、伺います――じゃあ、みんな先に戻っておいて。何かあったら伝言頼んでもらえれば」
「了解」
「はーい。ユキ……って、宿までの道わかる?」
「なんとか覚えてるし、迷ったらアイナの幻影でも作って案内してもらうことにするよ」

 ぞろぞろと会議室を出ていくみんなを見送り少し心細くなる。
 まるで猛獣の檻に一人取り残された気分だった。

「ではユキ様、こちらへ」

 俺はメイド服の女性二人に連れられミハエル陛下が出ていった扉をくぐり城の奥へと向かった。

――――――――――――――――――――

 会議室から歩くこと数分。
 何度か階段を上り辿り着いたのは天井まで届く大きな扉の前だった。


 ここまで俺も陛下も無言。
 すぐ隣を歩くメイドさんも目を伏せたまま何も言葉を発しない。

 それなりに営業経験はある俺だったが、この雰囲気で気軽に天気の話とかできる奴がいるなら見てみたい。
 シーンとした通路に絨毯を踏む僅かな音と、窓の外からの声だろうか訓練中の兵士だろう声が遠くから聞こえてくるだけだった。

 そして一つの扉の前で陛下が立ち止まると、メイドさんがスタスタと前に出て扉を左右に開く。

「入ってくれ」

 チラリと俺の方を振り返った陛下はニヤリと笑い部屋へと入っていった。
 俺も遅れないようにと少し小走りで部屋へと入ると、扉を空けてくれたメイドさんは入室することなく扉を閉めたのだった。


 二十畳ぐらいの部屋だろうか。
 ヨーロッパの宮殿図鑑でみたことのあるようなイメージで、天井がありえないぐらい高い。
 部屋のど真ん中には十人以上がゆったりと座れそうなソファーセットとテーブル。
 ソファーの下に敷かれた毛の長い絨毯は靴を脱いで上がりたくなるレベルだった。

「さ、座ってくれ。飲み物は何がいい?」

「ではお茶を頂ければ」

「なんじゃ、酒は飲めんのか?」

「えっと、嗜む程度ですが……」

「ほう、では一杯付き合ってもらえるか?」

「……承知しました」

 コの字形に置かれたソファーに陛下が座り、俺も正面へと座ると直ぐに酒を進めてくるミハエル陛下。
 俺の中身はともかく見た目は小学生レベルなのに、平気で勧めるんだなと苦笑する。

 この国も帝国も飲酒は十五歳から。
 だがその決まりができたのもつい最近だそうで、親に付き合って酒を飲む子供も普通にいるとアイリスに聞いたことがある。

 王様がテーブルにあるベルを鳴らすとメイドさんが入室してきて、飲み物を頼むと一礼して退出するメイドさん。
 ほとんど見かけたことがない黒髪で、ポニーテールに結んだ薄い眼鏡の女性だった。
 なお、プロポーションが半端なかった。
 
(なにあの胸……腰細すぎるし……王様の趣味かな)


 身体が沈むほどのふわふわソファーに座るが、足がつかずにすこし浮いている感じになってしまう。
 向かいに座った陛下は何か話してくれればいいのに、じっと酒が届くのを待っているように目を伏せたままだった。

(なんかうちのプロダクションの会長みたいな雰囲気があるんだよな)

 少し話しただけだが、ミハエル陛下は豪快で繊細。
 部下の気持ちを汲み取り、何か起これば矢面に立ち問題を解決する。
 全然人物像を知らないし想像でしかないが、そんなやり手ビジネスマンのようなイメージだった。



「失礼いたします」

 そろそろ間が持たないなと思っていたら先程のポニーテールのメイドさんが茶色い液体の入ったボトルを持ってきて、テーブルへゆっくりと置く。
 そしてグラスを並べ、チーズのような食べ物や焼き菓子のようなものを次々と並べていく。

「お注ぎします」

 王様がボトルを手に取ろうとするので、とっさに手を伸ばし奪い去ると、少し驚いた表情をした陛下がグラスを持ち上げる。
 俺はゆっくりと瓶を傾け、グラスへと茶色い酒を注いでいく。

「すまんな。では、お主にも注いでやろう」

「ありがとうございます。いただきます」

 言葉遣いも動作も正しいのかどうか全くわからないが、こういうのは気持ちの問題だと自分に言い聞かせれグラスを両手で持ちテーブルの上に差し出す。
 茶色い液体をゆっくりと口に含み喉へと流し込んでいく。

「なかなかいい飲みっぷりじゃの」

「とても美味しいです」

 実際このウイスキー……呼び方はウシュクだったかな。
 久しぶりというのもあるが、一口飲んだだけで胃がカッと暑くなるのを感じる。
 ストレートでも飲めるが、先が長い場合せめて水割りかロックがありがたい度数だ。

「陛下……氷など入れても良いでしょうか?」

「……? 氷は流石に用意できていないの……雪解けの季節なら用意できるんだが今は食材を冷やすものしか残っておらん」

「私が魔法で氷を作れます……こうやって……」

 空いているグラスにデキャンタから水を入れ、手をかざして魔力を流すと直ぐに水が凍っていく。

「ほう、鮮やかに凍らせることができるんじゃの……普通はグラスまで割ってしまう奴が多いが」

 陛下がいうのも「氷=水を冷やし続ければ出来上がる」という考えがあるからで、案外この世界では普通の考えだ。
 それはそれで正しいのだが、魔法で氷を作るなら「冷やす」を意識するだけではグラスや入れ物が持たないのだ。

 陛下のグラスにも作った氷を入れ、ロックでウシュクを頂く。



「もしよかったら、あとで貯蔵庫の氷を増やしてもらえるか?」

「はっ、それぐらいでしたら問題ありません」

「ユキ、お主にまだ十三歳だと聞いたが、到底そうは思えんのだが、もう少し砕けても構わん。ここには誰もおらん。腹割って話がしたい」

「……わ、わかりました。それで今日はどう言った御用ですか?」

「まだ硬いが……ふふ、まぁいい」

 陛下が一気にグラスを煽ってウイスキーを飲み干したので、氷の入ったグラスへ再びウシュクをを注いでいく。



「アーベルからどこまで聞いている?」

「どこまで……とは、暗殺業のことでしょうか?」

「暗殺……暗殺のう……少し違うが意味的には間違っておらんか」

「こちらの巻物は譲り受けました」

「ふむ……『嘆きの星』という名については?」

「戦争中、座長の部隊のコードネーム……呼び名から付けた名前だと予測しておりますが」

「その通り……じゃ」

 当時の国王が帝国に戦争を仕掛け、それを目の前にいるミハエル陛下と帝国の偉いさんが戦争を止めようとした。
 そして座長が両国の間を取り持ったと聞いている。


「アーベルは……『荒野の星』の座長は戦争が終わった後もこの国のために動いてくれておる。腐敗の元を断ち、少しずつだがこの国の膿も減りつつある」

「はい……」

「じゃが、まだこの国の闇が残っておっての……」

「闇……?」

 膿を減らしたが闇が残っている。
 陛下の言葉をそのまま受け取るなら、今まで座長たちが暗殺してきたような生易しいものではない敵が残っていると言うことだろうか。




「前国王を崇めていた連中が処刑された前国王は神となったと信じておる。そしてとある組織と共にその神を降ろそうとしている……荒唐無稽な話だがな」

「それは……もしかして俺たちが捕まえてきた道化商会ジョクラトルの話でしょうか?」

「あぁ、アーベルにも昔、奴らの一掃を頼んだんじゃがな。まだ残っておったとはの。アーベルは帝国に戻り皇帝とともに調査にあたるそうだ。そして王国は……この国の調査はお主に頼みたい。再びこの国を戦火に巻き込むわけにはいかないのだ」

 道化商会ジョクラトルはかなり古くから各地で目撃されており、凶悪犯罪が起こった場合大体こいつらが原因だったそうだ。
 長い間、所属も国もバラバラのため首謀者と目される人物が全く見つからなかったが、三年前その本拠地と目される場所が見つかり『荒野の星』と王国騎士団によって全滅させた……はずだった。

 だが最近になって再び怪しい動きをしているものが国内外各地で確認されているらしい。
 やつらはいくつかの部隊に分かれており、それぞれが干渉すること無く世界各地で暗躍をしている。
 今回の話に出ている奴らは武器を集めたり戦士を集めるというようなものではなく、怪しげな術師を集め身寄りのない子供を拐い儀式めいたことをしているとのことだ。


 俺はグラスに残ったウシュクを飲み干すと、陛下自らが注いでくれたので恐縮しながらもありがたく頂戴する。

「……お言葉ですが私は見た目も少年で、そのような責任のある仕事を安易に引き受けるのには不安が……あります。もし失敗したら……」

「構わぬ」

「えっ?」

「奴らの捜索は雲を掴むような話。もし首謀者を見つけることができたら……という話だ。奴らの何人かを捕まえることができるだけでも助かる。何しろ実態が全く掴めない奴らでの」

「わかりました。我々でできる範囲にはなりますが精一杯やらせていただきます」


 王国としても座長から報告を受けた時からこの件についての調査は進めており、帝国も自国と周辺国の調査を進め始めたるらしい。

『荒野の星』に求められているのは、国の兵士たちでは捜査ができないような場所それらしいものを見つけたら逮捕してくれというもの。
俺はまだ不安が多々あるが『荒野の星』としてこの依頼を引き受けることにした。
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