雪の都に華が咲く

八万岬 海

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03-Bridge

055話-木乃伊取りが木乃伊

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 俺が使った『愛 のリーベ・ 虜グファン』の効果が一瞬で現れてバタバタと倒れるように眠り始める女の子と男ども。六華には当然効果が無いようで、男の下敷きになってしまった女の子を引っ張り出している。


「ぐっ……てめぇ何様だ!」

「まさかっ! 抵抗レジストされた?」

 一番危なそうなやつだと思っていたスキンヘッドのアドルフに魔技が通じていなかった。洗脳に抵抗するための魔具を持っているのか、本人の資質が原因なのかは解らない。

「まぁてめぇが誰でもいい。どうせ下の奴らに雇われた殺し屋風情だろう。残念だったな! 俺にはそういう魔技は効かねぇんだ!」

 激高するアドルフはベッドの脇から巨大な戦斧バトルアクスを取り出し、多少ふらつきながらも刃先を俺へと向ける。



「貴様も商品の餌だ。なぁに二百人の美女の食料にされるんだ。嬉しいだろう?」

 アドルフが手にしている戦斧バトルアックスだが、明らかに本人より大きなサイズでこんな部屋の中で振り回せるとは思わない。
 もしここで戦いになったら女の子たちにも被害が出てしまう事は明らかだった。


 だが当のアドルフはニヤニヤと笑みを浮かべたまま今にも俺へ切りかかってきそうな様子だった。
 
 俺はフードの下でアイテムボックスから短剣を二本取り出す。これは前の街で座長から念のために持っておけと買ってもらった二振りだ。
 相手の出方が分からない以上、剣で斬りかかるフェイントをして魔技で倒す――!


「……死ねっ! 『魂の束縛オプリガーディオ』!」

 一瞬でもすきを作れないかと思い、腰を深く落とし走り始めるような姿勢をとってから、俺は再び『魂の束縛オプリガーディオ』を発動させた。
 卑怯でもなんでも効率的に相手を倒せればそれで良いのだ。
 俺の紡いだ魔技の真言ワードに従い、なにも無い空中から現れた赤黒い鎖がアドルフへと左右から襲いかかった。


「あめぇ! 『腐肉の華カリオンフラワー』」

 だが魔法や魔技を使えなくするための封魔の効力を持つ赤黒い鎖がアドルフへ到達する寸前、アドルフが自らの魔技の名を口にした。
 アドルフの手首から戦斧バトルアックスの柄に鎖が巻き付いたのとほぼ同時のよううに見えたのだが、一瞬だけアドルフが早かったのだろう。
 『腐肉の華カリオンフラワー』という名の魔技が発動し、ベッドに倒れ込んでいるディックの姿がブレてすっと起き上がったのだった。

――――――――――――――――――――

 魂が抜けたように音も立てず立ち上がったディック。だが眠らされたままのディックはそのままの状態で眠ったままなのだ。

(これが殺しても死なない人攫いの種明かしか)

 既に魔封の鎖はアドルフと戦斧と腕に巻きついており、これ以上アドルフの魔技で味方を増やされる事はなさそうだ。
 俺は二本の短剣を構え近い方のディックに狙いを定める。背後からにいる六華のほうがアドルフを背後から攻撃するため『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』を発動させるために手帳を出現させた。

 だが、ディックの幻影が出現した瞬間、先に動いたのはアドルフだった。

「やれ! ディック!」
「『見世物小屋フリークショー』!」

 アドルフの声が上がるのとほぼ同時にディックの幻影が魔技の名前を口にした。その真言ワードに応じるように再び腰布が広がり、俺へと向かってくる。

(魔具だと思ってたのに、まさかこいつの魔技が人を捕らえる効果なのか!)

「『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』!!」

 俺は咄嗟にアイナの魔技を口にし全てが加速する中で一度ディックから距離を取ろうとしたのだが、灰色になった景色の中でそのスピードを落とす事なく俺を包み込むように襲いかかるディックの腰布。

(まさか追尾なのか!? 発動の瞬間に確定しているのか!?)

 そんなことを考えながら、俺はあっさりとディックの魔技に飲み込まれたのだった。

――――――――――――――――――――

「ぐっ……」


 高いところから落とされた衝撃を感じ、暗転しかけていた意識を無理やり引き戻す。


「…………」
「…………」
「…………」

 すぐに死ぬようなトラップでなかったことに安心しながら辺りを見回すと、そこは薄暗くなにも遮るものがない部屋だった。

「…………」
「…………」

 広さ的には体育館ぐらいだろうか。遠くの方に壁が見え、そのまま遥か上空までそびえ立っている。そのまま視線を上空へと向けると、百メートルほど上で壁は直角に折れ曲がり屋根部分を形成していた。

「…………」
「…………」

 なにも無い箱のような空間。

 異様なのは、床の至る所に付着した乾き切った血液の跡。
 それと隅っこに肌を重ね合うよう、集まっている女性たちの姿だった。


「…………」

 平服の子もいれば、ボロボロの服を見に纏った子や、裸のままあちこちに青痣をつけた子もいる。
 全員が身体を寄せ合い、なにも言葉を発しないまま俺の方をじっと観察するように視線を送ってくる。
 時折チャラチャラと首に繋がれた鎖の擦れる音がするだけのなにも無い、薄暗い空間だった。

 さて、どうやってここから出ようかと上を見上げた時、天井部分に光が刺してふたりの人物が降ってきた。

「……アドルフ……あとディックだったか」

 ふわりと重力を感じさせずに着地するスキンヘッドと傷顔の男二人。ディックの方は、先ほどアドルフが作った幻影だろう。



「へっ、ここでバラせばあいつらの食料にもなるし一石二鳥ってやつよ。ほら、抵抗してみろよ」

 巨大なバトルアックスを振りかざし構えをとるアドルフと、どこからともなく直剣を取り出すディックの幻影。
 対する俺は魔技で狙い撃つために腰を低く落とす。

「『影の旋風チエーニ・ヴィールヒ』!!」

狙うは幻影使いのアドルフだ。実態のない風の矢がいつまのように射出され、相手へと突き進む――ように思えたが。


「発現しない…………?」
「ふはははっ、ここはディックが許可した人間以外は魔法も魔技も使えねぇんだ――よっ!」

 獰猛な笑みを浮かべながら、その見た目からは想像できないような速度で切り掛かってくるアドルフ。
 横なぎに襲いかかってくるバトルアックスを身体をひねりギリギリで避けるが、ローブが引きちぎられシャツの一部とともにボロ布になってしまう。


「ああん? てめぇ上にいた……ちっ、お前も幻影系の魔技使いか。だが残念だったな! ここは俺の領域だ!」

 再び紡がれるアドルフの魔技となにもない空間から現れたのは三人の男は、外で眠りこけているアレックス、ファース、シモンの幻影だった。


「ほれほれ、いつまで頑張れるかな……ガキだからって容赦しねぇぞ! やれ!」

 本人は高みの見物を決めたようで、ディックを先頭に全員が剣を手にして襲いかかってくる。


(やばいやばいやばい――魔技が使えないなんて! 剣での近接戦なんて勝ち目が……!)

 魔技が使えない俺にとってはただの剣を握っただけの子供にすぎない。そもそもリーチからして負けているのだ。
 ディックの振り下ろす剣をなんとか避け、横なぎに襲いかかる誰かの剣を見を引いてかわす。

 だが躱せたのはそこまでだった。連続して襲いかかる剣劇は二度避けたところで、肩から横腹にかけて袈裟斬りにされあっさりと吹き飛ばされた。


(いっでぇぇっっ!)

 警報が鳴り響く脳内はまさにパニック状態で、どうやってここから逃げれば良いのかという情けない考えに埋め尽くされる。
 忘れていたように切られた胸元から血が流れ始め、手のひらで抑えても止まる気配がない。

(止まれ! くそっ! このままじゃ殺される! 止まれよ!)

 温かな血液が指の間を抜け手の甲へと染み出してくる。

「はっ、よえぇな……よっと!」

 いつのまにか隣へと移動してきていたアドルフが俺の手首を掴み持ち上げる。俺の体重なんて気にも留めない様子であっさりと宙吊りにされるが、ボタボタと流れ落ち続ける血のせいで意識が朦朧としてくる。


 アドルフは俺の引きちぎられたボロ服を皮を剥ぐように引きちぎり床に放り投げられた。


「ああん? んだよ、てめぇ男かよ……ちっ、おい、もうバラせ」

 素っ裸に剥かれ、男とバレた俺はあっけなくぶん投げられる。
 ゴミクズのように宙を舞う俺の身体はそのまま床に叩きつけられ、女の子たちのいる方へと滑っていく。

「…………っ!」

 ぼやけた視界に映ったのは、心配そうに泣きそうな顔で覗き込んでくる数人の女性と女の子の顔だった。そのなんとも言えない表情を見て落ちそうな意識をなんとかつなぎとめようと奥歯を噛みしめる。

(くっ……そっ! こんなところで死ぬわけには……っっ!)


 震える手を胸の傷に押し付け身体の芯から魔力を絞り出すように意識するが、魔技はもとより魔法すら発動する気配がない。
 眼球だけ横に動かすと俺の方へと向かってくる四人の男の姿が見えた。

 俺は無心に治れ治れと祈るように念じながら自分の体内から魔力を引き出し続けるが、一向に魔法が使えるという感覚にすらならない。
 むしろ身体の感覚も、胸に当てている自分の腕の感覚すら感じなくなってくることに気づきますます血の気が引いてゆく。

 そんな足掻きをしているうちにも俺の足元へとたどり着いたディックは、容赦なく剣を振り上げたのだった。
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