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第20話-告白

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「ぐすっ……心配をかけてごめんなさい」
「何を言ってるんだ……私たちこそお前を守りきれなくてすまなかった」

 お父様――アレックス・フォン・ガメイ伯爵が人目もはばからず、両目一杯に涙を浮かべている。
 お母様――セシリー・フォン・ガメイ伯爵夫人もハンカチを握ったまま涙を零していた。

 隣に視線を向けるとリンも涙目で鼻をグスグスとすすっていた。
 マルさんは片目のまわりが何故か真っ赤に腫れていた。


(えっ……マルさんどうしたの……)


 しかしそんな私の疑問をよそに、マルさんが全員に座るように伝えてくる。

「みなさま、一度情報の共有をしたいと思いますので、ご協力をお願いいたします」

 私は三人用のソファーの真ん中に座り、両側から両親に挟まれた。

「ではまずクリス嬢がここに来るまでの経緯をお二人に説明してくれますか?」
「えっと、はいわかりました……そのまえに一ついいでしょうか……その目どうしたんですか……?」

「お父ちゃんがお二人のこと、うちらに黙ってたから」
(あぁ、そういう……)


 ◇◇◇


 私は、気を取り直して今日までのことを話し始めた。
 気がついたら独房に入れられてたところから、フレンダに逃してもらいマイクさんに出会って身分証を手に入れ、リンと一緒にこの村へと辿り着いたところまでを説明した。

 途中、何度かお母様が嗚咽を漏らしながらも最後まで話を聞いてくれた。
 お父様も途中、唇を噛みしめ過ぎて口端から少し血を流していた。

「――クリス、そのフレンダというのは?」
「えぇっと、フレンダ・フォン・オーガストという女の子で……」

 私は胸ポケットに大事にしまってあるフレンダのネームカードを取り出した。
 血の滲んでいるそのカードを恐る恐る手に取ったお父様はその名前を確認して深いため息をついた。

「……オーガスト辺境伯の娘……か」
「あなた、クリスが昔、三番目の娘さんを家に連れて帰ってきたことがありますわ」
「なるほど……なぜオーガスト家の娘が監獄で働いて居たのかは追々調べよう」

 お父様からフレンダのネームカードを受取って胸ポケットに戻す。

「それにマイクにも会ったのか……懐かしい……この恩はどうやって……」

 お父様はまた目頭を抑え、涙をこらえているようだった。
 お母様がその背中をポンポンと叩く。


「リンさん、改めて娘をありがとう。貴女がいなかったら私たちは会うことも出来なかっただろう」

 リンはいつもの調子で手をフリフリとして気にしないでくださいと返事する。

「それで、その、お父様達はどうしてここに」
「そうですね、では伯爵ご面倒だとは思いますがご説明をお願いしてもよろしいでしょうか」
「無論だ。クリス……娘が屋敷から忽然と消えたのが始まりだ」

「消えた……?」
「そうだ。だが、伯爵令嬢が行方不明になったなど公にすることも出来なかったんでな。マルを呼んで内密に調べてもらっていたのだ」

「私がガメイ伯爵から依頼を受けたのは、今から六十日ほど前のことです」
「えっ……六十日?」

 私は自分の耳を疑った。六十日ということは二ヶ月も前になる。
 脱獄してから二十日ぐらい。あの独房には八日ほど居てた記憶がある。

 ――残りの三十日、私はどこで……
 私はクリスの記憶を思い出そうとするが何も思い出せない。

「うっ……」

 こめかみがズキンと痛んだ。

「一旦、続けてもいいでしょうか」
「あ、はいお願いします」

 次にマルさんがガメイ伯爵から依頼を受けたことを話し出した。

「最初は機密性の高い依頼ということで、私一人で動いていました。しかし十日経ってもクリス嬢の足取りが全く掴めずにいたのです」

 けれど、その後も私のことを調べ続けてくれていたらしい。

「それで、村で信頼できるものにだけ声をかけ、首都スルートとスルツェイを中心に調べ回っていたのですが――そんなとき」
「第二王女が殺されたと一報が入ったのだ」

 お父様がマルさんのセリフを引き継ぐように説明を続けた。

「陛下に今期の報告をするため、貴族たちが集まっての御前会議の最中だったのだが……」

 ――陛下の前で突然ホド男爵がガメイ伯爵を糾弾したそうだ。

 曰く、一緒に殺された公爵の長男にクリス嬢が付き纏っていた。
 曰く、学園で他の生徒たちを手段を選ばす当たり散らしている。
 曰く、自分の娘も大怪我を負い、屋敷から出れなくなってしまった。
 クリスが犯人であることは明白だと。親もその罪を背負うべきだと。

「ほとんど話をしたことがないホド男爵が、いきなりあそこまで堂々と話し出すと違和感しかない」

 確かにこうやって話を聞いているだけでホド男爵の行動は「ここぞとばかりに」という単語がピッタリと当てはまるようなものだ。

「私はその時に、娘は少し前から行方不明だと正直に伝えたのだが……」

 陛下も娘を殺され、動転していたこともあるだろう。
 ガメイ伯爵夫婦にしばらくの屋敷からの外出禁止を言い渡した。

 お父様とお母様はそれでもマルさんたちの手を借り、家で情報を整理し私の手がかりを探し続けていたそうだ。


 そして十日後、犯人逮捕の通達と国家反逆罪でクリス処刑の連絡があった。



「クリスが犯人など信じられなかったし、法をねじ曲げてまで処刑を急ごうとする動きに、流石に我慢ならず妻と二人で陛下に直訴しに向かったのだ」

 しかし城までの道中、馬車が謎の集団に襲われた。
 その時、殺されかけていたところをマルさんに助けられたそうだ。

「それからは、この村の隅にある家に匿ってもらい、情報を整理してから陛下の元へ上がろうとしていたところにクリスが脱獄したそうだと話を受けてな」

「そうだったんですか……」
「何人もの冒険者に声をかけ、探し回っていたんだが見つからず……諦めかけていたのに……こうしてよくぞ無事で……」

 お父様に抱きしめられ、お母様も反対側から抱きついてくる。
 両親に抱きしめられると、胸の奥底で温かいものが湧き上がってきた。
 お父様の手は安心するし、お母様の手はほっこりする――。

「お父様も、お母様も無事でよかったです。行方不明だと聞いた時は……」

 最後の方は涙がぽろぽろと溢れ、言葉にはならなかった。


 ◇◇◇


「いま、我々が集めた情報をまとめておりますので、明日もう一度お時間をもらえますでしょうか」

 私が泣き止むまで静かに待ってくれていたマルさんは、コホンと咳払いをしてそう締めてくれた。

 リンは「カリスよかったね~」と最後まで涙目だった。
 私も目に涙を浮かべながら「ありがとぉぉ……」と掠れた声で伝えぎゅっと抱きしめあった。

 その後、ミケさんがお茶と軽食を持ってきてくれた。
 今日は私達家族でこの部屋を使ってくださいとのことだった。

 ミケさんの説明によると、この村はその性質上、ある種の治外法権のようになっているそうだ。王国の兵士であっても簡単には捜索は出来ず、ここにいる限り安全だとのことだった。


 ◇◇◇


 その日は三人でたっぷり話をした。

 フレンダのこと、途中で出会ったドスという兵士のこと、身分証を作ってもらって、カリスという名前を名乗ってたこと。
 リンに出会ってエアハルトに出会って、いろんな人に助けてもらった。

 二人は終始頷きながら私の話を聞いてくれた。

 手の傷も見せた。
 お母様は悲痛な顔で腕の傷跡を撫で、自分の髪留めを私の左手に巻いてくれた。



 それから――それから……



「あの……私はクリス・フォン・ガメイです。でも実は半分だけ違う人間なんです……」
「……どういうことだ?」

 私は「信じてもらえないかもしれないけれど」と前置きをし、自分が前の世界でどういう人物だったのか、気がついたらクリスになっていたということを両親に伝えた。

 この世界の人に、伝えるのは初めてだった。
 しかし両親は馬鹿にすることもなく、口を挟むこともなく最後まで話を聞いてくれた。

「それで、気がついたら……独房に」 
「…………」


 両親が腕を組み目を閉じたまま長い沈黙が続く。

(言わない方が……良かったかな……)

 そんなことを考えていると、お父様が口を開いた。

「仮にその話がが本当だったとしよう。でも君はクリスの記憶も持っているし、見た目もクリスで、私達のことを両親だとちゃんと理解してくれている」
「はい……」

「なんの問題がある?」
「え……?」

「クリスであることに変わりはないんだろ?」
「はい……お父様のこともお母様のこともちゃんと解りますし、昔のこともちゃんと覚えています」

「では何も気にすることもない。クリスはクリスで私たちの大事な娘だ」
「でも……」

「それに、だ……。半分違う人間が混ざってしまったというが、そのお陰でクリスはあの状況から逃げ出し、ここにたどり着けたんだろう」
「……」

「それこそ感謝しかない。そのもう一人の名前は何というのだ?」
「……真昼まひるです。雪下ゆきもと真昼まひるです。真昼というのは、太陽が一番高くなる時間のことで……」

「真昼……か。良い名だな」
「うふふ、クリス……貴女の洗礼名のクリスティエラは大地の神様の名前を貰ったのよ。太陽と大地。どちらも良い名前よ」

「ありがとうお母様……お父様も信じてくれてありがとう……」
「クリスにはその真昼という子の記憶もちゃんとあるんだな?」

「はい……田舎の家でしたが、両親と祖父母と……友達も学校のことも全部覚えています」
「……そうか」

「真昼ちゃん……寂しいかもしれないけれど、今は私たちがいるから。寂しかったらいつでも甘えなさい。貴女は私たちの娘だもの」
「ぅぇ……ぐすっ…………ぅぅぅぅ」

 お父様とお母様は全て知った上で私のことを受け入れてくれた。
 その事実に私の涙腺は決壊し、お母様の胸に顔を埋め泣きじゃくった。

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