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第06話-食糧
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あれからどれぐらい歩いただろう。
日はすっかりてっぺんを通り過ぎ、そろそろ夕方に差し掛かろうとしている。
私は途中で見つけた木の実を口に含みつつ、森の奥へ奥へと進んでいく。
足には藤の蔓のようなものを巻きつけてある。靴代わりにはならないが、靴下で歩くよりは良いと思った。
水を飲んでいないので意識が朦朧としてきて、今にも倒れそうだ。
「どこかで眠って…………魔力を回復させて…………それで……」
一人でそんな事を呟きながら、ガサガサと茂みをかき分ける。
そして奥にいたソレと目があってしまった。
それは本当に唐突だった。
(……っ!?)
一瞬、何がそこに居るのか脳が理解出来なかった。
それは全身がまだら模様に覆われている巨大な蛇。
持ち上げて伸ばせば私の三倍以上ありそうなサイズで、太さも腕の何倍も太い。
それが地面でとぐろを巻き、頭を持ち上げて『フシュー!』と威嚇の音を鳴らしていて、今にも飛びかかって来そうな姿でそこに居た。
普段の私ならどうしていただろうか?
恐らく音を立てずになるべく興奮させないよう後ずさって逃げるかな。
普段のクリスならどうしていただろうか?
多分、悲鳴をあげつつも魔法を浴びせかけて退治するかな……?
だがこの時、私の頭の中は別のことで一杯だった。
(食べ……もの……!)
私は半ば朦朧とする意識で、近くに落ちているなるべく太い棒を手に持ち蛇に向ける。巨大な蛇は一瞬頭を引っ込めるが、再び飛びかかろうとする体勢を取る。
「……こっちだって必死なの!」
棒を蛇の頭に向け振り下ろす。
しかし巨大蛇も、その隙きを狙ったのか、突然口を開け私を目掛けけて飛びかかってくる。
「あぁっっ!!」
ギリギリで体を横に向け攻撃を避けると、巨大蛇はその全身を長く伸ばしたまま地面に着地する。
私は咄嗟にその頭の付け根を足で踏みつけた。
「――【昏倒雷】! ぐぐっっ……っ!!」
足から発生させた魔法で蛇に雷撃が伝わると、グネグネと体を左右に激しく動かし、やがて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……足から魔法なんて……はぁっ……出せるんだ……よかった……」
一体どういうイメージを働かせれば足から魔法を出せるのか、無意識でやってしまったので理屈が自分でも判らなかった。
ただ――これで食料が手に入った。
「火を使うとバレるよね……」
私は足元に転がっていた手頃な石を持ち上げて、地面の岩にぶつける。
――ガァンッ
岩にぶつかり四つに割れる岩。
「ふぅ……だめか、もっかい」
――ガァンッ
――ガァンッ
――ガァンッ
何個目かの石を持ち上げ岩に叩きつけると、それが目的の石だったのか鋭く尖った形に割れた石。
それを更に何度か小さな石でたたき、石器のように尖らせることが出来た。
◇◇◇
(うぅ……やるしか無い……)
せっかくフレンダに貰った服は既に汚れ始めていたが、これ以上汚したくない。
私は上着を胸の下まで捲くり上げてぎゅっと結ぶ。
ズボンも太ももまで捲りあげて蛇の隣にしゃがむ。
動かなくなった蛇の頭に石器をあて、ぎゅっと目を閉じて石器を押し込んだ。
――ぷしゅっ
生暖かいゴムの感触に手に持った石器が埋まる感触。
(蛇の血って飲めるんだよね……)
切り口から止めどなく溢れている液体に直接口を抜け、それを啜る。
口の中に生暖かく、生臭いものが広がるのを目を瞑り鼻を押さえて飲み込んだ。
「うえぇぇ……まずい……臭い……」
嚥下した後も喉の奥から生臭い匂いが上がってくるようで、吐き気をもよおす。
「でも……うぐっ……吐いたら勿体ない……」
私は片手で口を抑え、吐き気が止むのを我慢する。
暫くして嘔吐感が無くなってきたのを確認して、蛇の肉を切り分けた。
最初はなるべく小さく切って、飲み込めるサイズにしてから震える手で恐る恐る口に放り込んだ。
「んぐ……ん……(もぐもぐ)」
硬かった。とてつもなく硬かった。
最初噛み締めたときはじゅわっと体液が溢れ出てきて「お?美味しい?」と思ったがすぐに味がなくなり、まるでゴムを食べている感じがする。
「んっ……んっ……(ごくん)」
ひとくち食べてみた感想は「食べられないことはない」「味はしないがまずくはない」だった。私は次々と蛇の肉を切り分け口に放り込んでいく。
何しろ四日ぶりの食事で、肉を食べたのはこの世界にきて初めてだった。
身体がタンパク質を欲していたのか、脳が急激にはっきりしてくるのを感じる。
「あっ……手が真っ赤だ……あはは、これじゃあ口の周りも血だらけね」
両手が突っ張ってきた感じがしたので手を広げてみたら、蛇の血が乾いてどす黒くなっていた。仕方がないので、地面に広がっている腐葉土を掘り返し、僅かな水分で手をゴシゴシと擦る。
暫く擦っていると、ある程度は血が落ちたが、臭いは流石に落ちなかった。
私は地面に座りながら残った四分の三ほどの肉を眺める。
「蔦でカゴとか編めるかな……そこに入れて少しでも持ち歩こう」
周りの太い木に巻きついている蔦を引き石器で切断する。何本か用意して試行錯誤しながら、不格好ながらも小さなカゴを作り上げた。
「んっしょっと……」
移動に体力が余計にかかるが、手元に食料があると言う安心感が気分を前向きにしてくれる。
「よし、夜になるまでになるべく離れよう」
私は獣道すら無い藪の中を重いカゴを持って、再び移動を開始した。
(まずは……はぁはぁ……あの山のほうへ……行こう……はぁはぁ……)
◇◇◇
「うー、流石に真っ暗だ」
日が落ちると、辺りは昨日の夜と同じように暗闇に閉ざされる。
巨大蛇のような魔獣に遭遇すると、死ぬことはなくても大怪我を負ってしまう。
火も焚けないので、今日はここで野宿をすることにした。
「……木の上? それとも藪の中……洞窟とかあれば」
どこで寝ようかと、付近をウロウロするが、虫や何かの獣の鳴き声だけが響く薄暗い森が続いているだけだった。
「あっ、そうだ――」
私は木の枝を拾い上げ、地面に窪みを掘り始める。
半分は腐葉土が積もっているようで、意外にサクサクと掘ることが出来た。
ある程度大きな窪みが出来上がると、周りからなるべく濡れていない葉を集めて底に敷いた。
そこにうつ伏せで潜り込み、隣に積んだ葉っぱを体の上にかける。
葉っぱのついたままの木の枝を頭に載せ、なるべく地面と同化するようにモゾモゾと隠れるようにして寝る準備を整えた。
「これで……少しは安心かな……足痛い……」
そしてそのまま虫の声を聞いていると、泥のように眠りに眠った。
――――――――――――――――――――
「クリスだな」
「――っ!?」
眠ったと思った瞬間、突然耳元で誰何する野太い声と剣を鞘から抜く音がした。
意識が一瞬で覚醒し、急に全身から冷や汗が噴き出て、手足がガクガクと震えだす。
「ちっ、ちがっ……」
私は咄嗟に否定の言葉を言おうとするが、舌が痺れたように言葉がうまく出ない。
頭を持ち上げ周りを見ると、既に辺りは薄明るくなっていた。
そして私を取り囲むように剣を向けている三人の兵士と、その背後に魔法使いの格好をした女性。
「立て……!」
そのうち一人の兵士が剣の先を頬に当てる。
私の頬からスーっと細糸のような血が流れる。
「二度は言わんぞ?」
私は震える足を押さえながら、窪みから這い出した。
女の魔法使いが何かの魔法を使っているような気配が立ち込めていた。
(そっか……魔法で見つかっちゃったのか……)
私が肩を落とし俯いていると、敵意なしと捉えたのか兵士の一人が剣を収めた。
そして腰につけた革袋から何かを取り出しもう一人の兵士に手渡した。
「おっし、後ろで手を縛れ! 魔封だからな気をつけろ!」
それを手渡された兵士が背後に周り、私は後ろ手に手錠のようなものを嵌められ、その痛く冷たい感触に顔をしかめた。
「まっさか、こんなとこまで逃げてるとはなぁ」
(やばいやばいやばい――――)
考えをまとめようとするが、そればかりが頭の中を支配して何も考えつかない。
「ほれ! 歩けぇ!」
「――ぐっっ!!」
鳩尾を蹴られて地面に転がされ、口の中に血の味が広がる。
――でも女の人がいるってことは、いきなり強姦されたりしないよね。と、そんな考えが頭を過ぎる。
(だめっ! 何か考えて! ――魔法はだめ、体当たり? ―きっと取り押さえられる。 一目散に逃げる? ――後ろから斬られるか焼かれる……)
頬に感じる腐葉土の生暖かい感触を感じながら、私は必死にこの場を切り抜ける言い訳を考え続けるのだった。
日はすっかりてっぺんを通り過ぎ、そろそろ夕方に差し掛かろうとしている。
私は途中で見つけた木の実を口に含みつつ、森の奥へ奥へと進んでいく。
足には藤の蔓のようなものを巻きつけてある。靴代わりにはならないが、靴下で歩くよりは良いと思った。
水を飲んでいないので意識が朦朧としてきて、今にも倒れそうだ。
「どこかで眠って…………魔力を回復させて…………それで……」
一人でそんな事を呟きながら、ガサガサと茂みをかき分ける。
そして奥にいたソレと目があってしまった。
それは本当に唐突だった。
(……っ!?)
一瞬、何がそこに居るのか脳が理解出来なかった。
それは全身がまだら模様に覆われている巨大な蛇。
持ち上げて伸ばせば私の三倍以上ありそうなサイズで、太さも腕の何倍も太い。
それが地面でとぐろを巻き、頭を持ち上げて『フシュー!』と威嚇の音を鳴らしていて、今にも飛びかかって来そうな姿でそこに居た。
普段の私ならどうしていただろうか?
恐らく音を立てずになるべく興奮させないよう後ずさって逃げるかな。
普段のクリスならどうしていただろうか?
多分、悲鳴をあげつつも魔法を浴びせかけて退治するかな……?
だがこの時、私の頭の中は別のことで一杯だった。
(食べ……もの……!)
私は半ば朦朧とする意識で、近くに落ちているなるべく太い棒を手に持ち蛇に向ける。巨大な蛇は一瞬頭を引っ込めるが、再び飛びかかろうとする体勢を取る。
「……こっちだって必死なの!」
棒を蛇の頭に向け振り下ろす。
しかし巨大蛇も、その隙きを狙ったのか、突然口を開け私を目掛けけて飛びかかってくる。
「あぁっっ!!」
ギリギリで体を横に向け攻撃を避けると、巨大蛇はその全身を長く伸ばしたまま地面に着地する。
私は咄嗟にその頭の付け根を足で踏みつけた。
「――【昏倒雷】! ぐぐっっ……っ!!」
足から発生させた魔法で蛇に雷撃が伝わると、グネグネと体を左右に激しく動かし、やがて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……足から魔法なんて……はぁっ……出せるんだ……よかった……」
一体どういうイメージを働かせれば足から魔法を出せるのか、無意識でやってしまったので理屈が自分でも判らなかった。
ただ――これで食料が手に入った。
「火を使うとバレるよね……」
私は足元に転がっていた手頃な石を持ち上げて、地面の岩にぶつける。
――ガァンッ
岩にぶつかり四つに割れる岩。
「ふぅ……だめか、もっかい」
――ガァンッ
――ガァンッ
――ガァンッ
何個目かの石を持ち上げ岩に叩きつけると、それが目的の石だったのか鋭く尖った形に割れた石。
それを更に何度か小さな石でたたき、石器のように尖らせることが出来た。
◇◇◇
(うぅ……やるしか無い……)
せっかくフレンダに貰った服は既に汚れ始めていたが、これ以上汚したくない。
私は上着を胸の下まで捲くり上げてぎゅっと結ぶ。
ズボンも太ももまで捲りあげて蛇の隣にしゃがむ。
動かなくなった蛇の頭に石器をあて、ぎゅっと目を閉じて石器を押し込んだ。
――ぷしゅっ
生暖かいゴムの感触に手に持った石器が埋まる感触。
(蛇の血って飲めるんだよね……)
切り口から止めどなく溢れている液体に直接口を抜け、それを啜る。
口の中に生暖かく、生臭いものが広がるのを目を瞑り鼻を押さえて飲み込んだ。
「うえぇぇ……まずい……臭い……」
嚥下した後も喉の奥から生臭い匂いが上がってくるようで、吐き気をもよおす。
「でも……うぐっ……吐いたら勿体ない……」
私は片手で口を抑え、吐き気が止むのを我慢する。
暫くして嘔吐感が無くなってきたのを確認して、蛇の肉を切り分けた。
最初はなるべく小さく切って、飲み込めるサイズにしてから震える手で恐る恐る口に放り込んだ。
「んぐ……ん……(もぐもぐ)」
硬かった。とてつもなく硬かった。
最初噛み締めたときはじゅわっと体液が溢れ出てきて「お?美味しい?」と思ったがすぐに味がなくなり、まるでゴムを食べている感じがする。
「んっ……んっ……(ごくん)」
ひとくち食べてみた感想は「食べられないことはない」「味はしないがまずくはない」だった。私は次々と蛇の肉を切り分け口に放り込んでいく。
何しろ四日ぶりの食事で、肉を食べたのはこの世界にきて初めてだった。
身体がタンパク質を欲していたのか、脳が急激にはっきりしてくるのを感じる。
「あっ……手が真っ赤だ……あはは、これじゃあ口の周りも血だらけね」
両手が突っ張ってきた感じがしたので手を広げてみたら、蛇の血が乾いてどす黒くなっていた。仕方がないので、地面に広がっている腐葉土を掘り返し、僅かな水分で手をゴシゴシと擦る。
暫く擦っていると、ある程度は血が落ちたが、臭いは流石に落ちなかった。
私は地面に座りながら残った四分の三ほどの肉を眺める。
「蔦でカゴとか編めるかな……そこに入れて少しでも持ち歩こう」
周りの太い木に巻きついている蔦を引き石器で切断する。何本か用意して試行錯誤しながら、不格好ながらも小さなカゴを作り上げた。
「んっしょっと……」
移動に体力が余計にかかるが、手元に食料があると言う安心感が気分を前向きにしてくれる。
「よし、夜になるまでになるべく離れよう」
私は獣道すら無い藪の中を重いカゴを持って、再び移動を開始した。
(まずは……はぁはぁ……あの山のほうへ……行こう……はぁはぁ……)
◇◇◇
「うー、流石に真っ暗だ」
日が落ちると、辺りは昨日の夜と同じように暗闇に閉ざされる。
巨大蛇のような魔獣に遭遇すると、死ぬことはなくても大怪我を負ってしまう。
火も焚けないので、今日はここで野宿をすることにした。
「……木の上? それとも藪の中……洞窟とかあれば」
どこで寝ようかと、付近をウロウロするが、虫や何かの獣の鳴き声だけが響く薄暗い森が続いているだけだった。
「あっ、そうだ――」
私は木の枝を拾い上げ、地面に窪みを掘り始める。
半分は腐葉土が積もっているようで、意外にサクサクと掘ることが出来た。
ある程度大きな窪みが出来上がると、周りからなるべく濡れていない葉を集めて底に敷いた。
そこにうつ伏せで潜り込み、隣に積んだ葉っぱを体の上にかける。
葉っぱのついたままの木の枝を頭に載せ、なるべく地面と同化するようにモゾモゾと隠れるようにして寝る準備を整えた。
「これで……少しは安心かな……足痛い……」
そしてそのまま虫の声を聞いていると、泥のように眠りに眠った。
――――――――――――――――――――
「クリスだな」
「――っ!?」
眠ったと思った瞬間、突然耳元で誰何する野太い声と剣を鞘から抜く音がした。
意識が一瞬で覚醒し、急に全身から冷や汗が噴き出て、手足がガクガクと震えだす。
「ちっ、ちがっ……」
私は咄嗟に否定の言葉を言おうとするが、舌が痺れたように言葉がうまく出ない。
頭を持ち上げ周りを見ると、既に辺りは薄明るくなっていた。
そして私を取り囲むように剣を向けている三人の兵士と、その背後に魔法使いの格好をした女性。
「立て……!」
そのうち一人の兵士が剣の先を頬に当てる。
私の頬からスーっと細糸のような血が流れる。
「二度は言わんぞ?」
私は震える足を押さえながら、窪みから這い出した。
女の魔法使いが何かの魔法を使っているような気配が立ち込めていた。
(そっか……魔法で見つかっちゃったのか……)
私が肩を落とし俯いていると、敵意なしと捉えたのか兵士の一人が剣を収めた。
そして腰につけた革袋から何かを取り出しもう一人の兵士に手渡した。
「おっし、後ろで手を縛れ! 魔封だからな気をつけろ!」
それを手渡された兵士が背後に周り、私は後ろ手に手錠のようなものを嵌められ、その痛く冷たい感触に顔をしかめた。
「まっさか、こんなとこまで逃げてるとはなぁ」
(やばいやばいやばい――――)
考えをまとめようとするが、そればかりが頭の中を支配して何も考えつかない。
「ほれ! 歩けぇ!」
「――ぐっっ!!」
鳩尾を蹴られて地面に転がされ、口の中に血の味が広がる。
――でも女の人がいるってことは、いきなり強姦されたりしないよね。と、そんな考えが頭を過ぎる。
(だめっ! 何か考えて! ――魔法はだめ、体当たり? ―きっと取り押さえられる。 一目散に逃げる? ――後ろから斬られるか焼かれる……)
頬に感じる腐葉土の生暖かい感触を感じながら、私は必死にこの場を切り抜ける言い訳を考え続けるのだった。
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