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2章-少しずつ前へ
20話-一度あることは二度ある
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「………………ナザックさん」
「何も言うな」
「…………」
「…………」
「あの…………」
「…………」
「すいません……今から死にます」
「まてまてまて!」
「ですが…………」
話せば長くなるのですが、審議所のロビーで私は泣くのを必死に堪えていました。
全てはヤツのせいです。
貴族外へと向かう途中、ナザックさんが「見られるとまずいから」とバッジを外すように言いました。
私は胸に付けていたバッジを外しました。
すると丁度そこにヤツが……猫の野郎が襲いかかってきたのです。
私は撃退するため『分別』を使おうと魔力を込めました。
――結果がこれです。
「まぁ……もう一度行くか……」
「ぐすっ……ぇぐっ……」
ナザックさんは私の手を引いて街を出て、シンドリの街へ向け飛びました。
結局、シンドリの宿へと戻ったころには深夜となっていたのでした。
空の上ではナザックさんは何度も話しかけてくれたのですが、私は涙を止めるのに必死になっていました。
後半はずっと懺悔でした。
さすがに生きているのが申し訳なくなりました。
シンシアさんにあの言葉をもらっていなかったら、今頃この世にいなかったかもしれません。
「リエ、眠くないか?」
「…………」
私はふるふると頭を振ります。
いくら眠くたって、ナザックさんなは三回も王都とこの街を往復させてしまったのです。
仕事もそのせいで遅れています。
眠いから寝たいだなんて言えるはずがありません。
「じゃあ、建物の調査だけ行こうか。バッジは今から外しておけよ」
和ませようとしてくれたのか、笑いながらナザックさんがそんなことを言いました。
ですが、心にぐさりと刺さりました。
つらいです。
「ほれ」
ナザックさんが差し出した手をギュッと握り、横に並んで深夜の街を歩きます。
「…………」
自分から手を握ったのは初めてでした。
ですが、ナザックさんの手に吸い込まれるように私は手を差し出しました。
「あれだな……あっちの向かいの屋敷の屋根に登ろうか」
貴族街と呼ばれる一角は、街の丘の上にありました。
入り口から一番遠い区画です。
偉い人たちが住む場所なのにこんなに不便な場所にあっていいのでしょうか。
なんとか男爵の屋敷は周りを大きな壁に囲われていて中が見えません。
道からは屋根が少しだけ見えるぐらいでした。
その隣に立つ尖塔がついたお家。
こちらは誰の家かわかりませんが、窓からは明かりなどは見えませんでした。
「えっと、抱っこする? それとも背中におぶさるか?」
正直どちらでもいいです。
背中の方がナザックさんの手間が省けるでしょうか。
「……背中で」
私がそう言うと苦笑したナザックさんが反対向いてしゃがみました。
私は少しだけ躊躇して、思ってたよりも広いその背中に体重を預けます。
「立ち上がるよ?」
「はい……」
太腿の裏にナザックさんの手が回り、視界が一気に高くなります。
「…………すごい」
「リエちゃんって結構…………よっと」
結構……なんなのでしょうか。
足を持っている手を動かさないで欲しいです。
抱き抱えられるのも恥ずかしかったですが、これはこれで恥ずかしいものだと今更ながらに気づきました。
「じゃ、飛ぶから捕まってて――『飛翔』」
しかしナザックさんは私のそんな気持ちを無視するように魔法を使いました。
もはや慣れてしまった身体が浮く感触がして、夜風が前髪を揺らします。
(ナザックさん……あったかい……)
ふわふわとした浮遊感と心地よい他人の体温。
急激に重くなる瞼に抗いながら落ちないように私はナザックさんの首に抱きついていました。
「着いたよ……」
「…………すぅ……」
「おーい……リエ? あれ?」
遠くでナザックさんの声が聞こえます。
思えば深夜に起きて城に行き、いろいろあってすでに深夜。
小さな私の身体ではそんなに体力が持つはずもなく……。
気がついたときには翌朝でした……?
――――――――――――――――――――
「……おはよう?」
「…………?」
目が覚めると、どこかで見たことのある宿屋の部屋でした。
私はどうしてこの男と同じ部屋で目が覚めたのでしょうか?
「よく眠れた?」
「…………はい」
ベッドへ入った記憶がありません。
昨日はこの街に戻ってきて夜中のうちに下調べと言われ、ナザックさんと二人で貴族街へと向かったはずです。
「あー、うん、覚えてない感じだね。昨日俺の背中で寝たんだよリエ」
「…………っ!?」
記憶を辿ると確かにそんなシーンを思い出しました。
しかしその先が全く覚えていません。
まさかいくら疲れているとは言え、仕事の最中に寝落ち……。
しかも初仕事……。
なんということでしょうか。
2度も間違えて王都に戻ってしまい、下調べの仕事すらまともに出来ない。
これでは完全にお荷物じゃないですか。
「ま、まぁ失敗は誰にでもあるから」
「……申し訳……ありません……」
「ほら、気を取り直して今日は頑張ろう」
「うぁ……すいません……ごめんなさい……」
「とりあえずご飯でも食べるかい?」
「あの……怒らないんですか?」
ナザックさんは昨日の散々な失敗をした私を一度も怒りませんでした。
怒ってくれないと私の気が済みません。
しかしよく考えてみると、私には怒るほどの価値もないのでしょう。
本来怒るのは期待の裏返し……怒られないということは特に期待もされていないということです。
「怒って育つなら怒るけれど、そうじゃないだろ?」
「…………そうですか」
やっぱりそうでした。
私は何も期待されていなくて、怒っても育たないと思われている方でした。
でも……シンシアさんの言葉を思い出しました。
いつもならここで、どうすれば謝罪できるかを考えるところでした。
でも、違います。
今私がするべきことは、謝罪の言葉を考えることでも、自分がどれだけ使えないかを卑下することでもありません。
どうすれば仕事を全う出来るか。
どうすればフレイアさんが安心してもらえるか。
「……ナザックさん」
「んー?」
「行きましょう、仕事」
それを行動で示すのが、今の私がすべきことです。
「朝飯はいらないのか?」
「終わってから食べましょう」
「朝飯前ってやつだな。いいぜ、行こうか」
いつものボロに着替え、いつもの靴にゴミ掃除用の籠に箒、袋を取り出してもらい、いつもの服へ着替えます。
「――っ!? ちょっ、リエっ!?」
着ていた服を綺麗に畳み、ベッドの上へ。
靴をしっかり履いて籠を背負い、箒を手にしたら準備完了です。
「…………? ~~~~っ!? な、な、な、な……っ!」
やってしまいました。
ナザックさんがいるのに堂々と着替えてしまいました。
今度は前しか見ていなかったようです。
「……ご、ごめん……見てないから」
手で顔を覆い、指の間から瞳を覗かせたナザックさんが何か言っています。
「…………本当は?」
「リエって意外に発育い――いでぇっっ!?」
ナザックさんの靴の上からムギュっと指先を踏みつけます。
私が悪いのですが、これぐらいは許して欲しいです。
(男の人に見られた……見られた……肌……見られちゃった……)
もはや脳が正常に動いていません。
先ほどまでの決意は一瞬で何処かへと逃げてしまいました。
「ほ、ほらっ、ナザックさん、お腹すいたから早く終わらせましょう!」
照れ隠し半分で床を転げているナザックさんに声をかけて、宿屋の一階へと向かったのでした。
「何も言うな」
「…………」
「…………」
「あの…………」
「…………」
「すいません……今から死にます」
「まてまてまて!」
「ですが…………」
話せば長くなるのですが、審議所のロビーで私は泣くのを必死に堪えていました。
全てはヤツのせいです。
貴族外へと向かう途中、ナザックさんが「見られるとまずいから」とバッジを外すように言いました。
私は胸に付けていたバッジを外しました。
すると丁度そこにヤツが……猫の野郎が襲いかかってきたのです。
私は撃退するため『分別』を使おうと魔力を込めました。
――結果がこれです。
「まぁ……もう一度行くか……」
「ぐすっ……ぇぐっ……」
ナザックさんは私の手を引いて街を出て、シンドリの街へ向け飛びました。
結局、シンドリの宿へと戻ったころには深夜となっていたのでした。
空の上ではナザックさんは何度も話しかけてくれたのですが、私は涙を止めるのに必死になっていました。
後半はずっと懺悔でした。
さすがに生きているのが申し訳なくなりました。
シンシアさんにあの言葉をもらっていなかったら、今頃この世にいなかったかもしれません。
「リエ、眠くないか?」
「…………」
私はふるふると頭を振ります。
いくら眠くたって、ナザックさんなは三回も王都とこの街を往復させてしまったのです。
仕事もそのせいで遅れています。
眠いから寝たいだなんて言えるはずがありません。
「じゃあ、建物の調査だけ行こうか。バッジは今から外しておけよ」
和ませようとしてくれたのか、笑いながらナザックさんがそんなことを言いました。
ですが、心にぐさりと刺さりました。
つらいです。
「ほれ」
ナザックさんが差し出した手をギュッと握り、横に並んで深夜の街を歩きます。
「…………」
自分から手を握ったのは初めてでした。
ですが、ナザックさんの手に吸い込まれるように私は手を差し出しました。
「あれだな……あっちの向かいの屋敷の屋根に登ろうか」
貴族街と呼ばれる一角は、街の丘の上にありました。
入り口から一番遠い区画です。
偉い人たちが住む場所なのにこんなに不便な場所にあっていいのでしょうか。
なんとか男爵の屋敷は周りを大きな壁に囲われていて中が見えません。
道からは屋根が少しだけ見えるぐらいでした。
その隣に立つ尖塔がついたお家。
こちらは誰の家かわかりませんが、窓からは明かりなどは見えませんでした。
「えっと、抱っこする? それとも背中におぶさるか?」
正直どちらでもいいです。
背中の方がナザックさんの手間が省けるでしょうか。
「……背中で」
私がそう言うと苦笑したナザックさんが反対向いてしゃがみました。
私は少しだけ躊躇して、思ってたよりも広いその背中に体重を預けます。
「立ち上がるよ?」
「はい……」
太腿の裏にナザックさんの手が回り、視界が一気に高くなります。
「…………すごい」
「リエちゃんって結構…………よっと」
結構……なんなのでしょうか。
足を持っている手を動かさないで欲しいです。
抱き抱えられるのも恥ずかしかったですが、これはこれで恥ずかしいものだと今更ながらに気づきました。
「じゃ、飛ぶから捕まってて――『飛翔』」
しかしナザックさんは私のそんな気持ちを無視するように魔法を使いました。
もはや慣れてしまった身体が浮く感触がして、夜風が前髪を揺らします。
(ナザックさん……あったかい……)
ふわふわとした浮遊感と心地よい他人の体温。
急激に重くなる瞼に抗いながら落ちないように私はナザックさんの首に抱きついていました。
「着いたよ……」
「…………すぅ……」
「おーい……リエ? あれ?」
遠くでナザックさんの声が聞こえます。
思えば深夜に起きて城に行き、いろいろあってすでに深夜。
小さな私の身体ではそんなに体力が持つはずもなく……。
気がついたときには翌朝でした……?
――――――――――――――――――――
「……おはよう?」
「…………?」
目が覚めると、どこかで見たことのある宿屋の部屋でした。
私はどうしてこの男と同じ部屋で目が覚めたのでしょうか?
「よく眠れた?」
「…………はい」
ベッドへ入った記憶がありません。
昨日はこの街に戻ってきて夜中のうちに下調べと言われ、ナザックさんと二人で貴族街へと向かったはずです。
「あー、うん、覚えてない感じだね。昨日俺の背中で寝たんだよリエ」
「…………っ!?」
記憶を辿ると確かにそんなシーンを思い出しました。
しかしその先が全く覚えていません。
まさかいくら疲れているとは言え、仕事の最中に寝落ち……。
しかも初仕事……。
なんということでしょうか。
2度も間違えて王都に戻ってしまい、下調べの仕事すらまともに出来ない。
これでは完全にお荷物じゃないですか。
「ま、まぁ失敗は誰にでもあるから」
「……申し訳……ありません……」
「ほら、気を取り直して今日は頑張ろう」
「うぁ……すいません……ごめんなさい……」
「とりあえずご飯でも食べるかい?」
「あの……怒らないんですか?」
ナザックさんは昨日の散々な失敗をした私を一度も怒りませんでした。
怒ってくれないと私の気が済みません。
しかしよく考えてみると、私には怒るほどの価値もないのでしょう。
本来怒るのは期待の裏返し……怒られないということは特に期待もされていないということです。
「怒って育つなら怒るけれど、そうじゃないだろ?」
「…………そうですか」
やっぱりそうでした。
私は何も期待されていなくて、怒っても育たないと思われている方でした。
でも……シンシアさんの言葉を思い出しました。
いつもならここで、どうすれば謝罪できるかを考えるところでした。
でも、違います。
今私がするべきことは、謝罪の言葉を考えることでも、自分がどれだけ使えないかを卑下することでもありません。
どうすれば仕事を全う出来るか。
どうすればフレイアさんが安心してもらえるか。
「……ナザックさん」
「んー?」
「行きましょう、仕事」
それを行動で示すのが、今の私がすべきことです。
「朝飯はいらないのか?」
「終わってから食べましょう」
「朝飯前ってやつだな。いいぜ、行こうか」
いつものボロに着替え、いつもの靴にゴミ掃除用の籠に箒、袋を取り出してもらい、いつもの服へ着替えます。
「――っ!? ちょっ、リエっ!?」
着ていた服を綺麗に畳み、ベッドの上へ。
靴をしっかり履いて籠を背負い、箒を手にしたら準備完了です。
「…………? ~~~~っ!? な、な、な、な……っ!」
やってしまいました。
ナザックさんがいるのに堂々と着替えてしまいました。
今度は前しか見ていなかったようです。
「……ご、ごめん……見てないから」
手で顔を覆い、指の間から瞳を覗かせたナザックさんが何か言っています。
「…………本当は?」
「リエって意外に発育い――いでぇっっ!?」
ナザックさんの靴の上からムギュっと指先を踏みつけます。
私が悪いのですが、これぐらいは許して欲しいです。
(男の人に見られた……見られた……肌……見られちゃった……)
もはや脳が正常に動いていません。
先ほどまでの決意は一瞬で何処かへと逃げてしまいました。
「ほ、ほらっ、ナザックさん、お腹すいたから早く終わらせましょう!」
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