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2章-少しずつ前へ

16話-やられる前にやります

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 私はパン屋さんへ戻り、ロイさんに仕事でしばらく街を離れると伝えました。
 まだお店が開いていたのですが、ロイさんはお店をほっぽりだして屋根裏まで来ました。

「いやいや、シンドリって、なんだってそんなとこへ……一人でか?」

「いえ、ナザックさんと二人です」
「ナザック……? まさか男か?」



 私は荷物を纏めながら……と言ってもほとんどありませんが、石鹸やタオルを大きい目の布で大事に包みます。

「男の人です」

 私は正直に答えます。
 ロイさんが腐敗したゴミを見つけてしまった様な時の顔をしていました。


「リエちゃん、仕事だろうから止めはしない。だが、気を付けろよ。同僚だとしても隙を見せるんじゃない」


 今回の仕事……はじめてのフレイアさんからのゴミ掃除の依頼。
 しかもフレイアさんの命を狙おうとした超級の粗大ゴミです。
 いつでも見つけ次第処分できる様に隙を見せない様にしなくてはいけません。



「はい、いつでも殺せる様にしておきます」



 私は宣言の様にロイさんへ胸を張って答えます。
 だって私がフレイアさんの役に立てるのです。
 こんな名誉なことはありません。


「い、いや! 流石にそこまでしなくても良いと思うが……まぁリエちゃん、気をつけるに越したことはない。男は狼だからな」

「ダメです。その時はキュッと息の根を止めて静かにさせてからきっちり身体も各素材に分けなければなりません」

「そんな危ねえ奴なのか……ナザック……か」



 私は小さな包みを両手で持って、ロイさんに頭を下げてパン屋さんを後にしました。

 ロイさんが最後まで「ナザック……」と呟いていたのが気になります。

 しかしそろそろ日も傾いてきました。
 待ち合わせの北門へと急がなくてはなりません。

 私はいつもとは反対の道へ進み、遠くに見える城壁に向かって駆け出しました。

――――――――――――――――――――

「リエ様」

 私が北門へとたどり着くと、シンシアさんトラマーガレットさんが待っていました。


「シンシアさん……マーガレットさん?」

 シンシアさんが小さなリュックの様なものを、マーガレットさんが小さめのスーツケースの様なものを持っていました。

 ナザックさんの姿はまだありません。
 もしかして既にナザックさんはバラされてあのスーツケースに入っているのかもしれません。



「リエ様、私の趣味で申し訳ありませんがこちら下着や日用品が入っています。これはリエ様に差し上げるので旅の間使ってください」

「こちらは着替えの服とか寝袋が入っています! 持てますか? 一応背負える様になっているのでナザック様に持ってもらってください」



 どうやら私の予想は外れた様です。

「えっと……あの……」

 小さなリュックを受け取ると新品のような布の香りがします。
 まさか私が服とかを持っていないのを知って、二人で買ってきてくれたのでしょうか。

 私なんかのために……。
 その辺のゴミ箱から拾ったもので事足りるというのに。

 こういう時、お礼の伝え方を私は一つしか知りません。



「シンシアさん、マーガレットさん……ありがとうございます。大事にします」

「――っ!」
「せ、せ、せんぱいっ! リエ様可愛い……なにこの小動物……可愛すぎますっっ!」


 マーガレットさんに小動物と言われてしまいました。
 確かに身体はかなり小さいですが……。

 しかし私なんかより可愛い人は沢山います。
 むしろマーガレットさんの方が可愛らしいです。

 抱きつくときっと良い匂いがするでしょう。
 女性らしい感じも、すごく柔らかそうです。

 どちらにせよ、感謝が少しでも伝わったので良かったです。



「先輩……? 先輩っ?」
「あ、鼻血……尊死するところでした」

「そんし? 尊師? 先輩たまに意味不明なこと言いますけれど大丈夫ですか? やはり最近の連日勤務辛いのでは?」
「な、なんでもありません。それより来ましたね」


 シンシアさんがハンカチで口元を隠しながら通りの方へ視線を向けました。
 そこにはスーツ姿の黒髪短髪のちょい垂れ目の男が向かってきていました。



「おまたせ致しました」
「本当です。ナザック様、リエ様がずっとお待ちでしたよ」

 そんなに待ってません。
 むしろ来たばかりです。


「あぁ、すいませんでした。ちょっと寄り道していたもので」
「……ナザック様? 道中、リエ様のことよろしくお願いいたしますね?」

「もちろんです、リエにとっては初仕事ですしね。リエ、よろしくね」


 また呼び捨てにされました。
 しかも手を差し出されました。

 上下関係をはっきりさせておこうということでしょうか。

 しかし一緒に仕事をする以上は大事なことです。
 ナザックさんからすれば私は新人で使い物になるかもわからない小娘です。

 私はナザックさんの掌に手を置くと頭を下げました。
 しかしその瞬間、手をギュッと握られました。



「きゃっ……」


 なんですか今の声は。
 私から出たのですか?

 ナザックさんが驚いた顔をしていました。
 いきなり手を引いてしまってびっくりさせてしまったようです。


「…………リエ?」
「すいません……『お手』をしたのに握られてびっくりしました」

「お手…………」
「お手って犬じゃあるまいし……」
「いや、マーガレットそこじゃありませんよ」

「いやっリエ、握手だよ、握手」
「悪手……? すいません、私はどうすれば……」

「いや、こうやって普通に……」

 ナザックさんがマーガレットさんと手を握り合いました。
 お手本でしょうか。

 悪手……いえ、握手ですか。
 シェイクハンド……。

 そういえばそんな挨拶もありました。
 15年生きて初めてのような気がします。

 私は恐る恐るナザックさんへ手を差し出します。
 シンシアさんがハラハラとした顔をしていますが……。


 ナザックさんは先ほどと同じように手を差し出し、私の手をキュッと優しく握ってきました。


「リエ、よろしくね」
「…………あたたかい」

 他人の手……男の人の手ってこんなに大きくて暖かいんですね。
 初めて知りました。


「まぁまぁ……リエ様、何度も言うようですが、お気をつけください」
「そーですよー。一週間も二人旅……何かあってからでは遅いですからね」

 先ほどもロイさんに散々言われました。

 分かっています。
 気を抜くことはありません。
 気を抜くと殺されるのは私の方です。

 そうなるとフレイアさんからの命令に逆らうことになります。
 そんなことになる前に、先制攻撃はいつでもできる様にしておきます。

 しかしそうは言っても『分別』さえしてしまえばどうとでもなります。
 あとはいたぶるなり『焼却』するなり、こちらのものです。



「分かっています。ヤられるまえにヤります」
「…………っっ!?」
「ちょ、ちょ、ちょ、リエ様っっ!?」

 シンシアさんがすごい動きでナザックさんの首に腕を回し、門の向こうへと連れて行ってしまいました。
 もう出発でしょうか?

 マーガレットさんは両手を口元に当てて真っ赤な顔をしていました。


「…………大丈夫ですか?」
「いや、いやいやっ、それ私のセリフですよ。ヤりますってなんですかっ!」


「……? あ、すいませんでした。はしたない言葉でした」


 私はペコリと頭を下げます。
 良家のお嬢様方が多いお城の侍女さんたちです。
 汚い言葉を使ってしまいました。



「言いなおします。何かあったら殺します」
「リエ様っっ!?」

 私はマーガレットさんに改めて頭を下げました。
 ちょうどシンシアさんも戻ってきたので、改めてお礼と感謝を伝えます。

 私なんかのためにありがとうございます――と。



「リエ様、ご自分を卑下するお考えはそろそろ卒業いたしましょう。リエ様は陛下とナザック様がお認めになった力をお持ちです。そんなリエ様が自分を卑下されると、お二方のことも卑下しているのと同じことです」


 そんなシンシアさんの言葉は、なぜか心にスッと染みるように入っていきました。
 自分がダメだと考えると、自分を良いと言ってくれた人のこともダメだと言っているのと同じこと……。

 それは考えたことがありませんでした。



「ではお気をつけて、無事に戻ってきてくださいね」

 そう言ってシンシアさんとマーガレットさんは街へと戻って行きました。
 ありがとうございます。

 シンシアさんの言葉、よく考えて少しずつ直していきます。

「ほら、受付終わったから行くぞ、リエ」
「…………はい」


 そうして私はナザックさんと二人、門を出て街の外へと出ました。

 初めての外の世界。

 大きな外壁で守られていた街とは違います。
 この世界には魔獣と呼ばれる、突然変異した野生生物がゴロゴロしているのです。

 奴らは淡々と自分のテリトリーから獲物を狙っています。
 普通、街の外へ出る時は傭兵の人や冒険者と呼ばれる人たちを雇うのが普通だと聞きました。

 こんなにも良い夕暮れなのに、背筋がゾクゾクとします。

 一瞬たりとも気を抜けない。
 そう思うと足がうまく動きません。


「リエ? いきなりか……はぁ……ほれ手、貸しな」

 私がゆっくりとおっかなびっくり足を動かしていると、ナザックさんが隣に来て手を握ってくれました。

「あ…………」

 不思議なことにそれだけで街中にいる様な気持ちになりました。

 大きな壁に守ってもらえている。
 そんな気持ちになりました。


「日が暮れるまえに北の森だけは抜けておきたい。少し早足で歩けるか?」
「は、はい……大丈夫です」

「今日はそこで野営せずに、小休止を繰り返してなるべく進みたい。行けそうか?」

 今朝はフレイアさんのベッドで朝ごはんの時間まで眠ってしまいました。
 だから、少しぐらい眠らなくても大丈夫な気がします。

「はい」
「その代わりキツくなったらすぐに言えよ? いつでも休憩はするからな」

 そうして、親子連れの様にも見えなくない私はナザックさんと二人、王都を出て北の森へと向かったのです。
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