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 私は現在、この魔族国であるレンダレル国の宰相として働いていますが、6年前までは人間の国アンデリック国のとある伯爵貴族の長男として暮らしていました。
 
 私だけ両親の薄茶色の髪と違う白髪で産まれたため、父は母の不貞を疑い、母はそんな私を嫌い、伯爵領に住む民にも疎ましく思われておりました。
 ですが、そんな私にも婚約者がいました。
 相手は王太子でした。
 王太子が婚約に乗り気だったそうです。
 私はこの婚約は嫌でしたが。
 
 しかし、婚約発表をしてから変な噂が広がりました。
 私の薄気味悪い白くて長い髪や血の気のない白い肌は、人間を誘惑し喰う悪魔だからだと。
 だから、悪魔が王太子を誘惑したと。
 すぐに噂の出所を探り出し、止めなければいけないところを、私は当時妃教育や高等教育で忙しくてそれどころではありませんでした。
 そんな噂なんてほっといておけばいいと気にもとめていませんでした。
 ですが、それがいけなかったようです。
 
 実は、私に嫉妬した実の妹が徐々に手引きしていました。

 
 遂には、学園の卒業式の日に王太子と妹から王太子毒殺未遂の冤罪をかけられました。
 当時は、もうすぐ成人する15歳のときのことでした。

 妹はその時ついでと言わんばかりに、泣く演技をしながら王太子に嘘の罪を告発しました。

 妹を王太子の目が届かぬ物影で他人を使って虐めさせていたり、暴言を吐いていた……など身に覚えのないものばかりを。

 妹と恋仲であった王太子は、妹の嘘の発言を信じました。
 両親に無実だと伝えても聞く耳を持ってくれませんでした。
 交流があった貴族の同級生にも見捨てられ裏切られました。
 国からも正式に婚約破棄と国外追放処分を言い渡されました。
 
 ですが、予定とは違う場所に捨てられました。
 予定では、獣人国の神殿で働くはずでした。
 
 私は魔獣が多く彷徨うレンダリルのとある荒れた土地に1人捨てられました。
 
 
 
 手錠を付けられたままだったため、魔法を使用することができず困り果てていたところに、黒い髪のショートヘアに赤い瞳を持ち、赤黒い角を2つ生やした我が魔王様が翼を広げ、空から舞い降りて下さったのです。
 
 魔族は長寿のため、具体的な歳の感覚は分からないが、魔王様は人間でいうと20代前半のように見えた。
 
 魔王様はそのまま何も言わず、無言で私を拾って城に連れ帰りました。

 魔族の部下たちによると、魔王様はたまたま国境を警備巡回していたらしいです。

 

 そして今に至ります。

 あぁ、ちなみに魔王様は翼ですが、普段はお仕舞いになられております。
 日常生活では、歩く時物に当たって不便ですからね。

 
 
 私を抱き抱えて飛ばれているとき、私は貴族だったディオンス=ローマイアではなく、ただのディオンとして私は新たに生き、この恩人である魔王様に絶対なる忠誠を誓うと決意しました。
 その私の仕える魔王様の名はアルファスだそうです。
 
 魔王様は私の能力を評価してくださったのか、宰相という立場になれと私に御命令して下さいました。
 私は魔王様に幻滅されぬよう、始めはバリバリと仕事一筋の生活をしていたのですが、魔王様はそんな私の為に休憩時間を強制的に作られました。
 
 なので休憩時間は趣味のお菓子作りに使っています。
 ちゃんと魔王様からキッチンの使用許可は得ております。
 すんなり申請が許可されたのは、料理長が使うキッチンは別の階にあるためだと思いますが。

 
 そんな生活をしていたらですね、我が魔王様がやたらと私の手元を見つめることが増えていったのです。
 魔王様は寡黙の方であまりお喋りにならないので、すぐには気付きませんでした。

 
 そういえば、視線を感じる時は手作りお菓子を持っている時だと気付き、あまりにも凄く見つめるものですから
 
 
「私の手作りで見た目は悪いですが、一口如何ですか?」


 と綺麗な紙にその日の手作りお菓子であるマカロンを包んで、お渡ししたことがあります。
 すると魔王様はその場でマカロンを紙から出して食べてくれました。

 なので、私は
 
「それだけですとお口がパサつくと思いますので、よろしければご一緒にコーヒー如何ですか?」
 
 と頑張ってお誘いしましたところ、なんと頷いてくれたのです。
 あの時の自分を褒めたいぐらいです。

 
私はその日から自分と魔王様の2人分のお菓子を作って仕事部屋に持って行くようになりました。
 仕事部屋といっても私と魔王様しかいませんが。

 
 私はウキウキしながら魔王様がいる仕事部屋である書斎の扉にノックする。

「ディオンです。」
 
 寡黙の方でご返事は無いのは知っているので、そのまま扉を開け中に入る。

 部屋の中にはやはり魔王様がいらっしゃいました。
 魔王様の机と椅子は扉から入って真正面に設置しており、その斜め前の壁沿いに私のために用意された机と椅子があります。
 反対の斜めには机のみ設置していて、その机の上には処理済みと未処理の紙が分かれて大量に置かれております。
 ちなみに、これでも減らしたほうです。

 
「魔王様、お勤めご苦労様です。本日は紅茶をお持ちしますね。」

 
 魔王様は手に持っている書類から目線を外し、私を見て

 
「あぁ……」

 
 静かに呟く。
 
 
「では、ご許可をいただいたので早速準備してきますね。」

 
 私はニコリと微笑みながら書斎部屋の中にある2つあるうちの一つの扉から簡易キッチンに向かう。
 そこには紅茶などの葉やコーヒー豆など様々な物が置かれている。
 私が来てから置かれた物たちだ。
 魔族は基本空気中に漂う魔力で生きているので食事は必要としない。
 娯楽目的で嗜む程度だ。
 ただ私は人間なので食べないと生きていけないが。

 2枚のお皿にクッキーを盛り付け、お湯が冷めない魔道具ポットとカップ2個と紅茶茶葉、砂時計をトレーに乗せる。
 そして、こことは反対のもう一つの扉に向かう。

 その扉を開けて入ると、いつも通り魔王様はソファにちょこんと座って待っていました。
 私を待つ後ろ姿が可愛らしいです。
 

「お待たせいたしました。」
 

ソファの前のテーブルにお菓子皿を置き、ポットの中に茶葉を入れ砂時計をひっくり返しておく。
 砂が落ち切る頃がちょうどいい濃さと温度だからだ。
 
 紅茶ができるまで待っているこの間は、よく魔王様とお喋りする。
 実は魔王様はとても聞き上手なのだ。
 といっても、実際は魔王様はあまりお話にならないため、私が一方的に話す感じになってしまうが。

 
「私は、手作り料理や特にお菓子作りが好きでしてね。仕事終わりの紅茶やコーヒーに、自分で作ったお菓子を食べながら、今日は頑張ったなーと自分を褒めながらリラックスするのがいいんですよ。」

 
「ほぅ……」
 
 
「近衛騎士団長殿に『俺は、仕事終わりは酒がいい。お前は飲まないのか?』と言われたことがありますが……。実は私はお酒は飲めるのですが、一度飲むと量が多くて確実に明日に響くんですよね。」
 

「そうなのか……」

 
 そんなこんなで、お喋りしているうちに砂時計が落ち切ったのでカップに紅茶を注ぐ。
 私たちは甘いお菓子を食べる時はミルクや砂糖を入れず、ストレートで飲む。
 まぁ、私の好みに魔王様が付き合っている可能性があるので魔王様の好みは分からないのだが。
 

 2人で紅茶を飲みホッとしていると、魔王様はすかさずクッキーを掴んで食べだす。
 私はそれを見て密かにニヤつく。

 
 (我が魔王様に餌付けするのはほんと楽しいですねぇ。それに、私の手作りだと良く食べるんですよね魔王様。部下からお菓子を貰っても別の部下にあげるのに。)
 

 魔王様はただ無言でモキュモキュとクッキーを頬張っている。
 いつもの凛とした姿とは違い、ギャップが凄い。
 そんなに私のクッキーが美味しいのか。
 

「……本日のクッキーはお口に合いましたでしょうか?」

「あぁ美味い。」

「それはそれは。よかったです。」


 魔王はカップを口元に運び、目を閉じて紅茶のよい香りを感じながら味わう。
 その動作でも魔王自身の気品の良さが滲み出る。
 夕方の光を浴びる魔王様のお姿は、美しい絵画作品を観ているかのようだ。


 
 魔王様のご両親からマナーを教わったと聞きました。
 ご両親とは一度もお会いになったことがなく、魔王様にこの前
 
 「御目通りをしたく存じます。」

 と試しに聞いてみたことがありますが、

 「まだその時ではない……」

 と照れながら不思議なことを口にしていました。

 ご両親に魔王様の小さきときのことを聞けたらと思っていたのですが、残念でした。



 
 そんなこともあったと思い出しながら魔王様を眺めていたところ、ふと疑問に思ったことが……。

 
「……ふと思ったのですが、魔王様には将来を約束したお相手はいないのでしょうか?」

「ん"く"っ。」

 魔王様は動揺したのか、静かにゆっくり深呼吸をしている。

 
 私だって生まれる前に両親によって契約された許嫁がいた。
 魔王様がもし人間だったら、数多の候補者がいたに違いない。

 
 だが、魔族は恋人の定義が人間とは少し違っているようだ。




 
 全種族共通として、魔力の相性が合えば合うほどいい。
 相性がいいと魔力を多く持つ優秀な子が産まれやすいとのこと。
 それに、大昔は産めるのが女性体のみだったが、今では男性体でも産める魔術が開発された。
 それにより、相性がいい相手とマッチする確率も上がり、魔力量が多い者が昔より増えた。
 だが、相性がいい相手と出会える確率は物凄く低いが。


 
 人間は魔力の相性を確認し合うには、まずお互い触れ合った状態での魔力を流すことにより拒否反応があるか確認する。
 相性が良くない相手だと、特に粘膜接触に不快感を感じる。
 体液には魔力が含まれているためだ。
 最悪極度のパニック発作のような精神状態になり、最悪意識を失うことになる。
 
 相性確認は種族によって様々な方法がある。
 獣人は匂いを頼りに。
 精霊族は魔力を見て判断する。

 
 魔族は獣人と同じく匂いで相性の良い相手が分かり、精霊族のように魔力としても見えるらしい。
 魔族の先祖が竜だったからだとか。
 魔族は獣人や一部の亜人みたいに完全に獣化できないが、翼と角を持っていて、個体差はあるが尻尾も持つ者もいると聞いたことがある。
 それに、魔族は精霊族のように魔力を多く持っているので、相手の魔力を見ることができる。
 
 結果的に、匂いが魔力として見えるらしい。

 
 だが、これらはお互い近くにいなければいけないが、比較的簡単な確認方法はある。
 
 何の魔力が入っていない魔法石を用意し、石にお互いの魔力を流したら確認してほしい相手に石だけ送る。
 それだけだ。
 相手はもらった石に触れ、自身との魔力反応を石に感じさせる。
 石が輝いていたならば相性が良く、砕けたら拒絶反応であるとみる。

 しかし、魔法石を用意し人を1人ずつ確認させるのは、たくさんの人と財力が必要である。
 簡単に遠出ができない王族がこの方法をする。
 ほとんどの人は自力で探す。
 
 ちなみに、人間以外の種族は結婚相手のことを[番]といい、魔力の相性が最高に良い相手のことを[運命の番]という。
 そして、人間と違い一度[番]が成立したら解消するのは困難になる。
 どうしても解消したいのならば、神殿に行って神から許しを得なければならないのだ。
 


 

 ……だが、魔王様の番探しの素振りは見たことがない。

 
「もう、既に見つけているのですか?」

 それならば、一度お会いしたいです。
 私の仕えるお方なので。

 
「……」

 
 魔王はただこちらを無言で見つめる。

 も、もしや既に……。
 生き別れをしたのだとしたら、悪いことを聞いてしまいました。
 嫌な冷や汗が背中に流れた気がする。
 
「いえ、失礼でしたよね。急にすみません。」
 

 このことには今後、触れないでおかないよう注意しとかないとですね。

 …………。

 気まずい空気が流れているように感じる。
 
 私は話をかえるため、わざとゴホンッと咳き込み、無理やり仕事の話をすることにする。
 
 リラックスタイムの時にこういう話はしたくなかったが、そうも言ってられない。
 

「魔王様、人間の国に潜伏している者から報告があがっています。どうやら、国王が大々的に高位魔力保持者を集めているとか。何をしようとしているかはまだ掴めてないので、引き続き監視をしているところです。」

「……そうか。」

「一度、私が人間の国に訪問しま――」

「だめだ。」

「わかりました。」

 魔王様は私を何故か魔族領から出そうとはしない。
 使者としてでも使おうとはしないのだ。
 私は母国に裏切られた身なので、今更あの国に帰りたいとは思わないのですが。


 

 魔王様は種族間での争いがない世界を目指していらっしゃる。
 人間以外の種族はそれに賛同してくれた。
 まぁ、人間以外の他種族は弱肉強食というのがセオリーなので、最強に近い魔王様がそう言うのならば賛同するものらしいが。

 
 私も、魔王様とこのまま何事もなくこの国で暮らしていきたいですね。
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