全能定理、またの名をグレート・ゲーム

美作為朝

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エントロピー反転円境界線+1メートル

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 一回分のレーションを食べただけで、残念ながら、和才が担ぐ装備は軽くならなかった。多分、内容は知らないが、最小のグラム数で最高のカロリーが得られるように作られているはずだ。
(よくわからないし、知らないけど)
 和才准教授の専門は残念ながら食物学ではなかった。
 装備を置いていって、境界線を越えようかと思ったが、そこに装備を置いたまま戻れなくなる可能性もあるので、やめた。
 しかし、相変わらず、境界線は見えない。頼りはこの手のひらサイズのGPSローケーターだけ。
 和才は、陸自のM26手榴弾も数発持っていた。これを投げ込んで見るというのも考えてみたが、やめた。
 89式小銃の5.62ミリを連射しながら踏み込むのは、、、。射撃訓練は、ワン・マガジンだけ応急の射撃場を造った陸自岐阜分屯地で行った。
『姿勢がいいですな』そう岐阜まで派遣されている習志野の空挺師団の特務曹長は言っていた。
 やめた。
 やめてばっかりだ。和才の人生そのものである。就活をやめて修士過程へ。そしてそこには、いつでもどこでも富士林《ふじばやし》教授がそばに居た。今も居る側に。
(怖ぇー)
 そう思うと心底怖かった。
 なにかをちょこっとだけエントロピー反転円境界線にテストとして挿入してみたい。
 科学者として、博士号保持者として、怯える一国民として、反応をみたい。
 小枝が視界に入ったのですぐに候補にあがったがエントロピー反転円境界線上でしっかり植物が生存しているのでやめた。
 銃剣にするか陣地設営用の簡易スコップか、89式小銃か迷ったが、結局、連射出来る小銃という文明の利器に頼ることにした。当然、銃剣は着剣。織田信長もこれで武田の騎馬隊に勝ったのだ。飛び道具は携行出来る武器として未だに最強だ。歴史が証明している。
 この境界線を越えて帰ってきたものは、社会的知的生物、知的動物 哺乳類、爬虫類、有機物、無機物、ケイ素を含んだシリコン製の半導体物質を含め、いまのところ皆無。
 境界線内部で健在かどうにか生存しているかどうかも一切不明。最初は、地元の岐阜県警生活安全課と地域警備課の警察官が軽い感じで遭難した富士林教授を助けるため捜索に入り、帰ってこなかった。
 次は、災害派遣された普通科の陸自隊員。横列に展開した一個分隊が入っていったが、やっぱり帰ってこなかった。
 次は、楔形体型のミニミの分隊支援機関銃まで装備した普通科一個小隊が入っていったが、やっぱり帰ってこなかった。
 続いて、鶴翼の陣、逆V字体型に展開した普通科一個中隊が入っていったが、予想通り帰ってこなかった。
 この辺で、災害派遣されたにすぎない普通科の大隊長の三佐も気づいたはずだ。
『こりゃ、まずいな』と。
 ここらへんで権限が岐阜県から内閣府へと移譲し、内閣総理大臣が指揮を取り出し、ここで、大方針転換が行われ、生物から無機物へと切り替えられた、死体が確認されたわけでは、ないが、これ以上行方不明者がでるのは、一般常識のラインで考慮しても、まずかった。 空自が米国にも秘匿しつつ衛星探知を避けるため完全に屋内で開発した、ドローンを投入したが、結果は人と全く同じだった。
 宇宙探査と同じように、シグシグという名の犬や、霊長類を先に送り込んでおくべきだったかもしれない。
 もしかすると成功したかもしれない。今となっては遅いが。
 この話を聞かされたとき、和才はこう言った。
『実験用マウスあたりが適当だったんじゃないですか』
 帰ってきたのは、失笑、冷笑の類ではなく、内閣府と防衛省官僚の怒りに満ちた硬い表情だった。
 和才は、冗談のつもりだったのに。
 和才は、境界線を目の前にして、言った。

「おれは、ハムスターじゃないぞ」

 和才の台詞は変化し続ける。
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