霊山の裁き

聖岳郎

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真相

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 滋賀県警湖東警察署に移された伊村は、浅見豊殺害の全てを供述した。
 五月下旬から六月の初旬にかけて、浅見の女性関係を調べることを目的に、登山をする時以外は、浅見の周辺を嗅ぎ回っていた。当然自分の顔は浅見に知られているので、空木に尾行を依頼するための下準備だった。この時は、殺して恨みを晴らそうとは思っていなかった。女性関係の証拠を掴んで、それを東京の留守宅に送ることで浅見の家庭を破壊しようと考えていた。
 六月の第一週だったと思うが、浅見のマンションを見張っていた時、浅見は深夜にタクシーで帰宅し、女を部屋に連れ込んだ。それを見た時、義妹の好美があまりにも可哀想に思え、浅見の女性癖は許すわけにはいかない、殺そうと決意した。
 浅見は、週のうち木曜日はほとんど飲んで帰ること。帰宅した時は必ずマンションの自分の駐車場に、別の車が無断駐車していないか確認する習慣があることが分った。そこに車を止めておけば、必ずあの暗い駐車場の奥深いところまで浅見は来る。そこで殺せると確信した。
 六月九日木曜日の夜を殺害日と決め、行方不明の妻の名前で、空木さんに尾行の依頼の文書を現金と一緒に郵送した。空木さんは承諾してくれたが、尾行相手の正体を教えて欲しいとメールしてきた。自分はこれには答えなかった。これで、空木さんは来なくなるかも知れないと思った。
 空木さんをこの事件に巻き込んだのは、自分の独りよがりであり申し訳ないと思っている。空木さんのことは、私と同じ業界にいたこともあり、以前から知っていた。尊敬できる人だと思っていた。たまたま空木さんが会社を辞め探偵事務所を開いた事を知り、この人に自分の思いを解かって欲しいという気持ちで巻き込んでしまった。
 六月九日当日、名古屋市内の登山用具店で、自分の服に良く似た服、ザック二つ、そしてザイルを購入した。その後、車で大垣のビジネスホテルに移動し、チェックインを済ませた。この時は偽名、偽の住所でチェックインしたが、どんな名前、住所でチェックインしたか覚えていない。
 そして名古屋に戻り、浅見のマンション付近に駐車し、暗くなるのを待った。夜になり、浅見のマンションの駐車場に車を移動させ、浅見が帰宅するのを待った。浅見は予想通り飲んで帰宅した。女が一緒だったら別の手順を考えなければいけなかったが、その必要はなかった。
 浅見は、夜十時過ぎにタクシーで一人で帰宅した。そして予想通り、駐車場の自分の駐車スペースを確認するため近付いて来た。
 浅見は「俺の駐車場に無断で停める不届き者め」とわめくように言いながら、運転席を覗いた。自分は助手席側から回り込み、浅見の背後からザイルを首に巻き力一杯、思いっ切り首を絞めた。
 「好美の恨みだ」と言ったが、浅見は「グワー」と低い声を出しただけで、十秒程でぐったりした。自分も首を絞めたまま、車の横に座り込んでいた。
 浅見の死体を黒のRV車に乗せたが、予想以上に浅見は重かった。
 駐車場を出たのは十時半近かったように思う。霊仙山の麓の、くれが畑の廃村に向かった。この廃村、廃屋の存在は、以前名古屋に居た時から知っていた。醒ヶ井さめがいの養鱒場から林道に入り、登山道入口についたのは夜中の十二時過ぎだったと思う。
 車の中で、浅見の服、靴を着替えさせ、廃屋までヘッドランプを点け運んだが、浅見の体は異常な程重かった。廃屋の梁にぶら下げるつもりだったが、重さで梁が折れるかも知れないと思い、柱の袂に座らせ、首に巻いたザイルを梁に通すだけにした。浅見が着ていた服などは何日か後に、東京でゴミとして捨てた。
 浅見の死体を置いた後、車を登山口付近の林道脇に駐車し、林道を、ヘッドランプを頼りに醒ヶ井の駅を目指して歩いた。醒ヶ井の駅前に着いたのは午前二時前だったと思う。タクシーを呼んで、大垣のビジネスホテルまで戻り、仮眠を取った。翌朝、大垣駅からJRで柏原の駅に向かった。
 空木さんが駐輪場の横に陰にいるのを確認した時は、浅見を殺害した時の昂ぶりよりさらに興奮した。空木さんを巻き込むことが出来た嬉しさが込み上げてきたのだと思う。今思うと異常だった。
 浅見豊の振りをして、霊仙山に登り、そして槫が畑の廃村に下山した。空木さんは、決して近づかず、依頼通りに尾行してくれた。廃屋に入り、そのまま裏手から抜けて林道に出た。林道脇に停めてあった車で逃げ、そのまま東京に向かった。次にしなければならないことがあると心に決めていた。出頭することも、捕まる訳にもいかなかった。
 乗っていた車は、東京で売り、新たに中古車の白いスポーツワゴンを購入し、移動、宿泊に使っていた。
 東京の荻窪の部屋には、警察が宿泊の確認に来てからは戻らず、衣類を含めた生活道具を車に詰め込み生活していた。何故、荻窪のマンションが分ったのか不思議だった。この時からいつか捕まると覚悟した。その間、行方不明の妻、そして妻の家族の情報がないか探し回った。ボランティアもした。登山もしていた。
 山梨に入ったのは、七月二十七日水曜日だった。山梨の塩山えんざんの奥にある温泉に泊まり、翌日に竹宇駒ケ岳神社近くの、尾白川渓谷キャンプ場の駐車場に車を停め、テントを担いで笹ノ平まで登りテント泊をした。
 翌日、早朝にテントをたたみ、国友が登って来るのを待った。国友が登ってきたら、後ろを歩き刃渡りの岩場で呼び止め、ののしりの言葉を浴びせ、そして突き落とそうと考えていた。自分はさらに上まで登り頂上が見える八合目辺りで滑落して死のうと思っていた。
 まさか空木さんが登ってくるとは思わなかった。空木さんの顔を見て、国友への殺意は萎えていった。

 江島照夫の転落事故の経緯についても伊村は供述した。
 七月八日金曜日に休暇を取って月山に登ることは、東亜製薬の内勤社員から聞いた。当日早朝、月山スキー場の駐車場で江島を待っていた。月山は八合目の中宮からのルートもあるが、山好きで今年、甲斐駒ケ岳に登るつもりでいる江島は、間違いなく姥沢小屋のルートで登ると踏んでいた。やはり江島は月山スキー場の駐車場に現れた。八時前だった。支度を整え姥沢小屋の裏手から登り始めた。自分は五分ほど遅れて後ろを歩いた。江島が休んだ時に、話をしようと考えていた。江島が紹介した仲内好美が、浅見の子を生み、そして浅見に裏切られたことをどう思っているのか聞くつもりだった。
 ところが、三つ目位の雪渓で江島に追いついてしまった。話をすることになったが、江島は何かに怯えるように後ずさりした。危ないと声を掛ける間もなく江島は後ろ向きに転落した。這い上がってくるだろうと思って見ていたが、江島は十メートル程下の、沢の手前のところで動かなかった。救助要請すべきであることは分っていたが、出来なかった。死んでも構わないという悪魔の気持ちが、その時の自分にはあったのだと思う。と供述した。
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