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容疑者
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湖東警察署の捜査本部では、県警からの応援の刑事たちも交えて捜査会議が開かれた。本部長は、県警の刑事部長が別の事件の捜査本部長となっているため、湖東警察署長が本部長となっていた。刑事課長から被害者の身元、刑事たちによる地取り、聞き込みの報告がされた。大林が空木から聞き取った調書の内容と、参考品となる空木からの提出物の説明もされた。
課長からの報告によれば、身元は未だ判明しておらず、行方不明者の届出には該当する人間はいない。死因はロープ様なもので首を絞められた絞殺。死亡推定時刻は六月九日木曜日夜十時から十二時の間。柏原駅は簡易委託駅で駅員はおらず、委託されている方もその時間に駅にはいなかったが、通学の女子高生が登山者風の男二人を目撃している。うち一人は駐輪場から駅を見ていた、とのことであった。醒ヶ井の養鱒場のバス停前の商店の聞き込みで、午後一時過ぎ頃、車が林道方面から醒ヶ井の駅方面に走って行った、との情報が取れたことが報告された。
鑑識の結果で追加の報告がされた。廃屋の裏手でも被害者とは別の靴跡が見つかったこと、被害者のTシャツ、ズボン、ザックからは汗が全く検出されなかったという二点であった。
大林からは重要参考人である空木からの聞き取りの報告がされた。空木健介の住所、年齢、経歴、そして現職を説明した後、仲内和美という名前での依頼文の存在。その依頼により柏原駅から男を尾行し、廃屋の現場で死体を発見したが、それは尾行していた男ではなかった。このことから柏原駅で女子高生が目撃した登山者風の男二人というのは、一人は空木健介、もう一人が空木が尾行した男だと考えられる。つまり駐輪場の男は空木健介だと思われる。写真の男と被害者は同一人物だと思われるが、被害者は山に登って来たとは思えない。空木健介の前夜のアリバイはないが、身元保証人が国分寺警察署の石山田という刑事であることから、容疑者の一人ではあるが、マークする必要性は低いと判断していることなどが報告された。
さらに大林から、依頼人は男女も不明で、筆跡も残さず、携帯のメールアドレスも消していることから、偽名の可能性が高い。この依頼人と、空木健介が尾行していた男が、この事件の最大の鍵を握っており、犯人に最も近いところにいると考えられる、という自分の意見を加えた。さらに参考ながら、山に通じている空木健介から、被害者の履いていた靴の、靴底の溝には花崗岩の粒が挟まっていて、霊仙山には存在しないらしく、直近で花崗岩の存在する山に登っているのではないかとの意見があったことも加えられた。そして、すでに配られている被害者の顔写真、服装、登山靴、ザックそれぞれの写真とともに、空木から預かった、被害者のオフィスビルでの写真と、空木が尾行中に、男を後ろから撮影したものを拡大した写真が刑事たちにそれぞれ配られた。
捜査会議での初動の方針は、被害者の身元の判明と、空木に尾行を依頼した人間と、空木に尾行され、廃屋から消えた登山者を捜すことと確認された。被害者の身元については、マスコミの力を借りることとし、この後、マスコミ各社に公開することとなった。消えた登山者の捜索は、醒ヶ井の養鱒場バス停横の商店での聞き込みで、浮かんだ車を洗い出すことと、柏原駅下り八時三十三分着の電車に乗っていたことから、これの目撃者を捜すこととされた。さらに汗の痕跡が無く、比較的新しいことから、被害者が購入したかどうかを確認するために、ザック販売店の聞き込みと、さらに登山靴が本人のものかどうかも不明なため、御在所岳周辺も聞き込みをすることが確認された。空木に尾行を依頼した依頼者の調査については、手掛かりが全くないため、今後の情報の推移をみることとなったが、空木健介と定期的に連絡を取る必要性もあることから、これには大林が当たることとなった。
捜査本部の疑問は、空木健介が犯人でないならば、何故わざわざ、空木に尾行させたのか。これだけ手掛かりが少なければ、尾行させたことが命取りになりかねない。空木健介はマークしなくていいのか、空木が犯人でないなら、空木に恨みを持っている人間がいて、その人間が彼を事件に巻き込ませようと企んだのではないか。このようなことが疑問としてあがり、大林が空木への対応を一任されることとなった。
空木が国立駅に着いたのは夕方五時半ごろだった。梅雨空だったが日が暮れるにはまだ一時間以上ある。ザックを担いだ空木は、北口の改札を出て、石山田に電話した。石山田も空木からの連絡を待っていたようで、六時半ぐらいにいつもの店で飲もう、ということになった。
空木のマンションまでは歩いて五、六分だ。シャワーを浴びて着替えて、いつもの店なら余裕で間に合う時間だった。
居酒屋「さかり屋」に、石山田はもう来ていた。電話を切った後、すぐに署を出なければこうはいかない。
空木が店に入ると、主人が「いらっしゃい」の声と一緒に、奥を指差した。奥の小上がりに石山田は座っていて、大ジョッキでビールを飲み、もう空になりそうであった。
「お帰り、遅いよ健ちゃん」
「遅くはないでしょう。巌ちゃんが早いだけだ」
二人は挨拶代わりのやり取りをして、空木のビールが来るのを待って、乾杯した。酒の肴はいつもと同じイカの一夜干し、エイひれ、ニラレバ炒めの三品だ。
「健ちゃん、大変だったな」
「ああ、大変だった。というか今も大変の真最中だね。でも昨日、巌ちゃんに電話して良かったよ。あのまま東京に帰って来ていたら、もっと大変なことになっていたと思う」
「そうそう、湖東警察署の大林刑事から連絡があってね、空木健介から目を離さないように頼む、ということだった」
石山田はにこにこしながら言って、ジョッキのお替りを注文した。
「重要参考人だからね、俺は」
「まだ被害者の身元も判ってないようだし、捜査は始まったばかりだから、対象者が少ないし、仕方ないな。それにしても見事に嵌められたな」
石山田は空木を慰めるように言った。
「身元が判ってないって、巌ちゃん、向こうからはどんな話を聞いたの」
空木の問いに、石山田は二杯目のジョッキを口に運びながら。
「本来は、我々には守秘義務があってね、一般人には一切話しちゃだめなんだ。勿論、家族も含めてね。でも今回は健ちゃんの身にもしものことが起きないとも限らないから、話せるところは話すよ。向こうもそれは承知だし」
「俺にもしものことって、どういうこと」
空木は手に取ったジョッキを置いた。
石山田は大林から聞いた、湖東警察に置かれた捜査本部の初動方針と捜査員から出たという意見を空木に説明した。
被害者の身元が不明のため、マスコミに公開する。消えた男、つまり空木が尾行した男の足取り捜査は、走り去った車の洗い出しと、乗ってきた電車での目撃情報の聞き出し。汗を掻いた形跡の無いシャツ、ズボン、ザックの購入先の洗い出し。登山靴の靴底の石をヒントに御在所岳周辺の聞き込み。尾行の依頼者の情報は皆無のため、空木からの情報次第であること。そして、空木に尾行を依頼した不自然さに注目していること、を手帳を見ながら説明した。
じっと聞いていた空木は、聞き終わってビールを一気に飲み干した。
「不自然だよな。俺もそこがどうにも腑に落ちない。わからない」
空木は、芋焼酎のボトルを注文した。
「健ちゃん、月並みな質問だけど、誰かに怨まれるような覚えはないか」
「怨まれる。感謝されることもなかったと思うけど、怨まれることなんか、自分で言うのもおかしいけど、俺、そういう生き方していないつもりだったから、覚えなんかないよ」
空木には、思いもしなかった石山田の質問だった。
「そうだよな、ないよな。でも人間って、人の言葉で傷ついたり、喜んだり、悲しんだりしてるからね」
石山田のその言葉は、覚えが無くても怨まれることもあると、言っていた。
空木と石山田は焼酎を飲み始めた。
「走り去った車があったのか。もしそれに乗って、俺の尾行していた男が逃げたとしたら、廃屋に入っていって、どこからか抜けて逃げ去って行ったということか。そして俺があの廃屋に入ってくるのを見越していて、あの死体を見つけさせたのか」
「走り去った車に、誰が乗っていたか判らないが、その可能性は多いにあるな。第一発見者に仕立てられたということだ」
石山田が続けて言った。
「車で逃げたかどうかは、まだ判らないにしても、初めから健ちゃんの尾行を知っていた。ということは、依頼者と登山した男は、仲間ということだ」
「‥‥‥そういうことだな」
空木は芋焼酎のロックを飲み干した。
「湖東警察の捜査本部もそう読んでいるだろう。尾行の依頼者を探すより、情報の多い、消えた男を捜すことに全力をあげるだろうし、その男を探し出せば、自ずと依頼者も浮かびあがると踏んでるよ」
石山田は新しい氷を注文した。
「健ちゃん、尾行していた男のことで、改めて何か思い出したことはないか。靴底の石粒も捜査のヒントになるくらいだから、どんな些細なことでも捜査の助けになるかも知れない」
「分かってるけど、何せ距離が離れていたから、思い出そうにもどうしようもないよ」
空木は言いながら、もっとたくさんの写真を撮っておくべきだったこと、超望遠レンズだったら良かったのに、と思っていた。
「明日の朝刊で身元不明の死体のことが出れば、捜査本部にもいろいろ情報が集まるだろう。身元が判れば、あっという間に解決するかも知れないよ」
石山田は、また空木を慰めるような言い方をした。
「ところで巌ちゃん、手付金のあの五十万だけど、どうしたらいいと思う」
空木は、このことにも引っかかっていた。
「実際に名古屋に泊まって、尾行したんだから、気にする必要はないよ、警察もそれはノープロブレムだよ」
二人は、ボトルを飲み切り、締めのラーメンを注文して食べた。
「じゃあ、健ちゃん、また何かあったら連絡してくれ、こっちも情報が入ったら教えるよ。ご馳走さんでした」
石山田は今日も金を払うつもりはないと言っていた。
日曜日は朝から雨だった。空木は新聞を取っていない。近くのコンビニで新聞と朝食を買った。部屋で新聞を広げ社会面を見た。事件が出ていた。小見出しは、廃屋で身元不明の男性死体、とあって、滋賀県の霊仙山の登山口に近い、廃村の廃屋で死後十時間位の登山姿の死体が発見され、身元の手掛かりが無い。伸長、体重が記載され、首を絞められたような跡があることから、警察は殺人と断定した。心当たりの方は湖東警察へ連絡を、とあった。
空木は石山田に携帯で電話をした。石山田は国分寺署に出ていた。
「新聞に出ていたね」
「ああ、出ていた。被害者の身元が判らないとどうにもならないからな。これで捜査が進展するよ」
「巌ちゃん、身元がわかったら俺にも連絡頼むよ」
「大丈夫だ。マスコミに公開していることだから、判明したらまた新聞に出るよ」
二人は近々また会うことを約束した。
課長からの報告によれば、身元は未だ判明しておらず、行方不明者の届出には該当する人間はいない。死因はロープ様なもので首を絞められた絞殺。死亡推定時刻は六月九日木曜日夜十時から十二時の間。柏原駅は簡易委託駅で駅員はおらず、委託されている方もその時間に駅にはいなかったが、通学の女子高生が登山者風の男二人を目撃している。うち一人は駐輪場から駅を見ていた、とのことであった。醒ヶ井の養鱒場のバス停前の商店の聞き込みで、午後一時過ぎ頃、車が林道方面から醒ヶ井の駅方面に走って行った、との情報が取れたことが報告された。
鑑識の結果で追加の報告がされた。廃屋の裏手でも被害者とは別の靴跡が見つかったこと、被害者のTシャツ、ズボン、ザックからは汗が全く検出されなかったという二点であった。
大林からは重要参考人である空木からの聞き取りの報告がされた。空木健介の住所、年齢、経歴、そして現職を説明した後、仲内和美という名前での依頼文の存在。その依頼により柏原駅から男を尾行し、廃屋の現場で死体を発見したが、それは尾行していた男ではなかった。このことから柏原駅で女子高生が目撃した登山者風の男二人というのは、一人は空木健介、もう一人が空木が尾行した男だと考えられる。つまり駐輪場の男は空木健介だと思われる。写真の男と被害者は同一人物だと思われるが、被害者は山に登って来たとは思えない。空木健介の前夜のアリバイはないが、身元保証人が国分寺警察署の石山田という刑事であることから、容疑者の一人ではあるが、マークする必要性は低いと判断していることなどが報告された。
さらに大林から、依頼人は男女も不明で、筆跡も残さず、携帯のメールアドレスも消していることから、偽名の可能性が高い。この依頼人と、空木健介が尾行していた男が、この事件の最大の鍵を握っており、犯人に最も近いところにいると考えられる、という自分の意見を加えた。さらに参考ながら、山に通じている空木健介から、被害者の履いていた靴の、靴底の溝には花崗岩の粒が挟まっていて、霊仙山には存在しないらしく、直近で花崗岩の存在する山に登っているのではないかとの意見があったことも加えられた。そして、すでに配られている被害者の顔写真、服装、登山靴、ザックそれぞれの写真とともに、空木から預かった、被害者のオフィスビルでの写真と、空木が尾行中に、男を後ろから撮影したものを拡大した写真が刑事たちにそれぞれ配られた。
捜査会議での初動の方針は、被害者の身元の判明と、空木に尾行を依頼した人間と、空木に尾行され、廃屋から消えた登山者を捜すことと確認された。被害者の身元については、マスコミの力を借りることとし、この後、マスコミ各社に公開することとなった。消えた登山者の捜索は、醒ヶ井の養鱒場バス停横の商店での聞き込みで、浮かんだ車を洗い出すことと、柏原駅下り八時三十三分着の電車に乗っていたことから、これの目撃者を捜すこととされた。さらに汗の痕跡が無く、比較的新しいことから、被害者が購入したかどうかを確認するために、ザック販売店の聞き込みと、さらに登山靴が本人のものかどうかも不明なため、御在所岳周辺も聞き込みをすることが確認された。空木に尾行を依頼した依頼者の調査については、手掛かりが全くないため、今後の情報の推移をみることとなったが、空木健介と定期的に連絡を取る必要性もあることから、これには大林が当たることとなった。
捜査本部の疑問は、空木健介が犯人でないならば、何故わざわざ、空木に尾行させたのか。これだけ手掛かりが少なければ、尾行させたことが命取りになりかねない。空木健介はマークしなくていいのか、空木が犯人でないなら、空木に恨みを持っている人間がいて、その人間が彼を事件に巻き込ませようと企んだのではないか。このようなことが疑問としてあがり、大林が空木への対応を一任されることとなった。
空木が国立駅に着いたのは夕方五時半ごろだった。梅雨空だったが日が暮れるにはまだ一時間以上ある。ザックを担いだ空木は、北口の改札を出て、石山田に電話した。石山田も空木からの連絡を待っていたようで、六時半ぐらいにいつもの店で飲もう、ということになった。
空木のマンションまでは歩いて五、六分だ。シャワーを浴びて着替えて、いつもの店なら余裕で間に合う時間だった。
居酒屋「さかり屋」に、石山田はもう来ていた。電話を切った後、すぐに署を出なければこうはいかない。
空木が店に入ると、主人が「いらっしゃい」の声と一緒に、奥を指差した。奥の小上がりに石山田は座っていて、大ジョッキでビールを飲み、もう空になりそうであった。
「お帰り、遅いよ健ちゃん」
「遅くはないでしょう。巌ちゃんが早いだけだ」
二人は挨拶代わりのやり取りをして、空木のビールが来るのを待って、乾杯した。酒の肴はいつもと同じイカの一夜干し、エイひれ、ニラレバ炒めの三品だ。
「健ちゃん、大変だったな」
「ああ、大変だった。というか今も大変の真最中だね。でも昨日、巌ちゃんに電話して良かったよ。あのまま東京に帰って来ていたら、もっと大変なことになっていたと思う」
「そうそう、湖東警察署の大林刑事から連絡があってね、空木健介から目を離さないように頼む、ということだった」
石山田はにこにこしながら言って、ジョッキのお替りを注文した。
「重要参考人だからね、俺は」
「まだ被害者の身元も判ってないようだし、捜査は始まったばかりだから、対象者が少ないし、仕方ないな。それにしても見事に嵌められたな」
石山田は空木を慰めるように言った。
「身元が判ってないって、巌ちゃん、向こうからはどんな話を聞いたの」
空木の問いに、石山田は二杯目のジョッキを口に運びながら。
「本来は、我々には守秘義務があってね、一般人には一切話しちゃだめなんだ。勿論、家族も含めてね。でも今回は健ちゃんの身にもしものことが起きないとも限らないから、話せるところは話すよ。向こうもそれは承知だし」
「俺にもしものことって、どういうこと」
空木は手に取ったジョッキを置いた。
石山田は大林から聞いた、湖東警察に置かれた捜査本部の初動方針と捜査員から出たという意見を空木に説明した。
被害者の身元が不明のため、マスコミに公開する。消えた男、つまり空木が尾行した男の足取り捜査は、走り去った車の洗い出しと、乗ってきた電車での目撃情報の聞き出し。汗を掻いた形跡の無いシャツ、ズボン、ザックの購入先の洗い出し。登山靴の靴底の石をヒントに御在所岳周辺の聞き込み。尾行の依頼者の情報は皆無のため、空木からの情報次第であること。そして、空木に尾行を依頼した不自然さに注目していること、を手帳を見ながら説明した。
じっと聞いていた空木は、聞き終わってビールを一気に飲み干した。
「不自然だよな。俺もそこがどうにも腑に落ちない。わからない」
空木は、芋焼酎のボトルを注文した。
「健ちゃん、月並みな質問だけど、誰かに怨まれるような覚えはないか」
「怨まれる。感謝されることもなかったと思うけど、怨まれることなんか、自分で言うのもおかしいけど、俺、そういう生き方していないつもりだったから、覚えなんかないよ」
空木には、思いもしなかった石山田の質問だった。
「そうだよな、ないよな。でも人間って、人の言葉で傷ついたり、喜んだり、悲しんだりしてるからね」
石山田のその言葉は、覚えが無くても怨まれることもあると、言っていた。
空木と石山田は焼酎を飲み始めた。
「走り去った車があったのか。もしそれに乗って、俺の尾行していた男が逃げたとしたら、廃屋に入っていって、どこからか抜けて逃げ去って行ったということか。そして俺があの廃屋に入ってくるのを見越していて、あの死体を見つけさせたのか」
「走り去った車に、誰が乗っていたか判らないが、その可能性は多いにあるな。第一発見者に仕立てられたということだ」
石山田が続けて言った。
「車で逃げたかどうかは、まだ判らないにしても、初めから健ちゃんの尾行を知っていた。ということは、依頼者と登山した男は、仲間ということだ」
「‥‥‥そういうことだな」
空木は芋焼酎のロックを飲み干した。
「湖東警察の捜査本部もそう読んでいるだろう。尾行の依頼者を探すより、情報の多い、消えた男を捜すことに全力をあげるだろうし、その男を探し出せば、自ずと依頼者も浮かびあがると踏んでるよ」
石山田は新しい氷を注文した。
「健ちゃん、尾行していた男のことで、改めて何か思い出したことはないか。靴底の石粒も捜査のヒントになるくらいだから、どんな些細なことでも捜査の助けになるかも知れない」
「分かってるけど、何せ距離が離れていたから、思い出そうにもどうしようもないよ」
空木は言いながら、もっとたくさんの写真を撮っておくべきだったこと、超望遠レンズだったら良かったのに、と思っていた。
「明日の朝刊で身元不明の死体のことが出れば、捜査本部にもいろいろ情報が集まるだろう。身元が判れば、あっという間に解決するかも知れないよ」
石山田は、また空木を慰めるような言い方をした。
「ところで巌ちゃん、手付金のあの五十万だけど、どうしたらいいと思う」
空木は、このことにも引っかかっていた。
「実際に名古屋に泊まって、尾行したんだから、気にする必要はないよ、警察もそれはノープロブレムだよ」
二人は、ボトルを飲み切り、締めのラーメンを注文して食べた。
「じゃあ、健ちゃん、また何かあったら連絡してくれ、こっちも情報が入ったら教えるよ。ご馳走さんでした」
石山田は今日も金を払うつもりはないと言っていた。
日曜日は朝から雨だった。空木は新聞を取っていない。近くのコンビニで新聞と朝食を買った。部屋で新聞を広げ社会面を見た。事件が出ていた。小見出しは、廃屋で身元不明の男性死体、とあって、滋賀県の霊仙山の登山口に近い、廃村の廃屋で死後十時間位の登山姿の死体が発見され、身元の手掛かりが無い。伸長、体重が記載され、首を絞められたような跡があることから、警察は殺人と断定した。心当たりの方は湖東警察へ連絡を、とあった。
空木は石山田に携帯で電話をした。石山田は国分寺署に出ていた。
「新聞に出ていたね」
「ああ、出ていた。被害者の身元が判らないとどうにもならないからな。これで捜査が進展するよ」
「巌ちゃん、身元がわかったら俺にも連絡頼むよ」
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