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一通の手紙
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一人の中年のハイカーが、初夏の明るい陽の中を、東京奥多摩の御嶽神社からの杉の大木で鬱蒼した参道を下っている。この昔からの御嶽神社への急坂の参道は、今は舗装されて御嶽の宿坊への運搬道となっている。ケーブルカーを使わずに下るハイカーは滅多にいないが、この中年ハイカーがこの参道を下るのは何度目だろう。およそ九百本の杉の大木の中を歩くのが好きなのか、ケーブルカーに乗る金が惜しいのか定かではないが、歩くのが苦ではないことは確かなようだ。
この男の名前は、空木健介、空木と書いてウツギと読む。中央アルプスにある名峰の名前と一緒だ。彼はこの姓を大いに気に入っている。この姓であるがゆえに、自分は山を趣味とすることになったのだと思っている。年齢は四十二歳、厄年を終えて後厄を残すのみとなった年である。今年の三月、勤めていた会社を辞め、探偵業という仕事を始めた。「スカイツリー万相談探偵事務所」と、自分の姓「空」スカイ、「木」ツリーから命名した。事務所名は時を衒っているが、事務所は自分の住むマンションの一室で、電話もファックスも無い。事務員も当然いない。管理人の許しをもらって郵便受けに「スカイツリー万相談探偵事務所」の張り紙を出しているだけ、それを見たマンションの住人は首を傾げている。
その日、いつもは広告チラシしか入っていないその郵便受けに、珍しく郵便封筒が混じっていた。差出人の名前は「仲内和美」住所の記載は無かった。空木は封筒をチラシと一緒に握り四階の部屋に向かう。大岳山から御嶽山、御嶽駅まで歩いた足は心地良い疲れはあるが、エレベーターは使わずに階段を登る。よほど歩くのが好きらしい。
部屋に戻ると、汗の染みた登山服を脱ぎ、シャワーを浴び、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取出し一気に渇いた喉に流し込む。喉が鳴り思わず声が出る。山の頂上に登りきった満足感、景色に会えた喜びもさることながら、山を終えた後のこの一杯は格別だと空木はいつも思う。
ビールを飲みながら、白い封筒を開けた。封筒の中には、ワープロで書かれた、一枚のB5用紙と「スカイツリー万相談探偵事務所」のホームページが印刷されたA4のコピー用紙が入っていた。ワープロで書かれた文章は、ある男性を尾行してもらいたいが、引き受けてもらえるか、という内容の依頼文で、そこには携帯電話のメールアドレスだけが書かれていた。返事をメールでよこせという意味だろうと空木は思った。
この事務所を開いて以来、仕事の依頼は、ペットの猫探し一件、病院への付き添い一件の都合二件だけ、暇を絵に書いたような状況であった。だからこそ平日にも関わらず、山登りに行けるのだったが、内心焦っていた。空木は依頼の手紙を見て、事務所のホームページを苦心して開設した甲斐があったと思った。
封筒の消印は、都内千代田区で昨日の五月二十四日だった。
早速、空木は自身の携帯から、依頼者と思われる携帯のメールアドレスに、引き受ける旨の返事をメールし、おおよその料金も付け加えた。通常の探偵が尾行料として請求する料金よりかなり安い金額を書いた。少々安くてもこの仕事を請けたかった思いがそうさせた。
空木にとって今日は良い日となった。ビールをもう一缶飲み、芋焼酎をロックで四、五杯飲んだ。この男は、山も好きだがアルコールも大好きだ。
依頼主の仲内和美から返信メールが来たのは、翌日の昼近くであった。受けてくれた御礼と、後日改めて依頼の詳細は送る、という簡単な内容だった。調査内容の詳細が分からない不安感はあったが、探偵業を開設してから初めての、探偵らしい仕事の依頼を受けたという喜びの方が勝っていた。
ほろ酔いの空木が、今度はどの山に登ろうか考えていた時、携帯にメールが入った。発信者名は土手と出ていた。それは空木が勤めていた会社である万永製薬の後輩で、山仲間でもある土手登志男だった。
土手とは空木が名古屋支店の勤務時代に山仲間となり、年に二、三度は山行していた仲だった。北アルプスの槍ヶ岳、穂高、表銀座縦走、南アルプスの甲斐駒ヶ岳、仙丈が岳、そして八ヶ岳の赤岳。最も思い出深いのは残雪の五月の奥秩父金峰山から雲取山までの四泊五日の縦走だった。
その土手からのメールの内容は、久し振りに一緒に山行しましょう、という誘いだった。今度の土曜日に霊仙山に行きませんか、ということで、空木は断る理由も無いというか、渡りに船である。早速、オーケーの返信を出し、五月二十八日土曜日に現地の登山口で合流することとした。
関西地方は梅雨入りが報じられていたが、関が原の空はうす曇。午前八時三十分過ぎ、東海道線柏原駅で下車したのは空木を含めハイカー姿の男三人。土手は一本前の電車で到着、すでに駅の待合室で待っていた。土手とは仕事で一年前ぐらいにあっているが、山行するのは瑞牆山以来五年ぶりだった。
二人は舗装された道路をしばらく歩き、砂利道の林道に入る。杉と檜の鬱蒼とした道で、新緑の季節ではあるが、この林道は新緑の木々はまばらで大部分は杉と檜の針葉樹だった。
霊仙山の名は、日本唯一の三蔵法師と言われる高僧の名前が由来で、高さは1094メートル、鈴鹿山脈の最北部に位置し、山体は石灰岩で頂上部はカルスト地形の特徴であるカレンフェルトを形成している。春から夏にかけては福寿草から始まり、トリカブト、リュウノギクなどが咲き、花の百名山に上げられている。ただ夏はヒルが多く発生することでも有名で、空木も一度だけヒルの被害に遭っている。
二人は新緑の薄緑色に染まる一合目で休憩し、非難小屋のある四合目からは伊吹山を眺める。過去、春夏秋冬何度もこの山に登っているが、この景色は何年ぶりかと空木は思った。
北霊仙山の手前の、立て直されて新しくなった非難小屋で、登り始めてから三時間が経った。昼食のラーメンを食べ頂上へ向かう。近江盆地、琵琶湖の景色が一望出来る頂上には、今ブームの、カラフルな出で立ちの山ガールもいて、喜びの声を上げている。空木も土手も久し振りの霊仙山に満足した。下山路は北霊仙山に戻り、お虎ヶ池から槫が畑の廃村を抜けて、林道を五キロほど歩き醒ヶ井の養鱒場へ下った。
バスで醒ヶ井の駅まで出た二人は名古屋まで戻り、久し振りの山行を酒の肴に、杯を交わした。土手は、空木が何故会社を辞めたのかという話を聞きたかったのだろうが、空木が言葉を濁した事で遠慮したようだった。
名古屋から東京に戻った翌日からは、梅雨空が続いた。
六月に入った小雨まじりのある日、郵便受けに数枚の広告チラシと一緒に、やや大きめの封筒が速達で入れられていた。差出人は「仲内和美」とあり、消印は前回同様千代田区であったが、ただ違うのは前回の封筒の厚みよりかなりふっくらしていた。
空木は中身を見て、驚いた。何と新券の一万円札が五十枚入っているではないか。それと一緒に、いやこちらが本来待っていたものであったが、男の写真とワープロで作成された依頼の詳細が入っていた。
依頼の内容は、写真の男が来週の六月十日金曜日、朝八時半ごろから、鈴鹿の霊仙山に登るので尾行してほしい。東海道線の滋賀県と岐阜県の境近くの柏原という駅から女性と一緒に登るはずだから、何枚か証拠の写真がほしい。絶対に気づかれないようお願いする。という内容で、撮った写真の送り先はまたメールで知らせる。同封のお金は手付金で、写真が送られてきたら交通費実費とともに残りを支払う、という文章が添えられていた。五十万という金は空木が提示した額の数倍であり、この五十万に加えてさらに払うという。空木はきな臭さを感じたものの、やはり仕事を請け負った喜びが勝っていた。
写真の男は二十メートルほど離れた場所から撮影されたらしく、紺色のスーツ姿で顔は鮮明ではないが、眉は薄く、唇は比較的厚い。銀縁の眼鏡をかけて目は細い。年齢は五十歳で伸長は一七三センチ位とある。空木より五センチほど高い。これ以上の情報は書かれておらず、男性の名前も住所も、仲内和美との関係も何も分からなかった。空木は仲内和美の携帯メールに承諾したことと、この男性の名前、住所、関係を教えて欲しい旨、書き添えたが、返信は無かった。
その日の夜、空木は、友人のある男とJR中央線国立駅のすぐ近くの居酒屋で焼酎を酌み交わしていた。
国立市は東京都国分寺市と立川市の中間にある。国立の名前は「国」と「立」から命名したと言われている。安易なつけ方の街だ。国立駅の南側が国立市、北側が国分寺市で、その居酒屋は南側の国立市にある。
その友人は、空木の高校時代の同級生で石山田巌といい、国分寺警察刑事課1係刑事、階級は警部補である。出世は決して早くはない。空木は石山田とも山行経験があり、何年か前の夏の奥穂高岳にテント泊をしたが、石山田の鼾はテント場中に響き渡り、空木はほとんど眠れなかった。それ以来、石山田とは泊まりの山は行っていない。
その石山田が勤務する国分寺警察署管内もここしばらくは、平和なようで、非番の石山田からの呼び出しに空木が応じた。
二人は「健ちゃん」「巌ちゃん」と呼び合う仲で、空木は、石山田に初めて探偵らしい仕事が入ったことと、依頼内容、そして現金五十万円が同封されていたことを話した。石山田は胡散臭いし、偶然かも知れないが、先週登った山にまた登るというのも不思議な話だ。いずれにしてもうますぎる話だから「健ちゃん用心した方がいいよ」と赤ら顔で忠告した。空木は承知顔で「そうだな」と答えたが、不安感は無く、アルコールが入った今は、好奇心が勝っていた。
二人で四合瓶の芋焼酎を一本空けたところで、石山田が「健ちゃんご馳走さん、気をつけなよ」と言って席を立った。飲み代を払う意志はないようだ。お金が入ったんだから当然という顔付きだ。時刻は夜の十時を回っていた。
部屋に帰った空木は、石山田が言った、先週登った山と同じ山、というのが気になった。そんな偶然があるのだと。送られて来た写真の男性はどこに住んでいるのか、「霊仙山」に登るということは、恐らく名古屋から大阪の間に住んでいるのだろう。いずれにしても下山後、尾行を続ければ分かるだろうと考えた。
来週の木曜から二日間の宿を、以前宿泊した名古屋駅近くに取り、時刻表で柏原駅に八時半までに到着する電車を調べ、名古屋発六時四十五分、柏原着七時四十九分を確認した。天気予報は前線が南下するようで、来週の現地の天気は木曜から金曜は、雨は無さそうだった。雨が降っても写真の男は女性を連れて登るのだろうかと思ったが、自分はとにかく依頼を果たすだけだと思い、余分な事は考えることは止めにした。
翌日からは連日の梅雨空だった。空木は、近くの体育センターに行き、連日汗を流し、山行に備えながら石山田からのお誘いへの準備をしたが、毎日一人酒ならぬ一人焼酎であった。
この男の名前は、空木健介、空木と書いてウツギと読む。中央アルプスにある名峰の名前と一緒だ。彼はこの姓を大いに気に入っている。この姓であるがゆえに、自分は山を趣味とすることになったのだと思っている。年齢は四十二歳、厄年を終えて後厄を残すのみとなった年である。今年の三月、勤めていた会社を辞め、探偵業という仕事を始めた。「スカイツリー万相談探偵事務所」と、自分の姓「空」スカイ、「木」ツリーから命名した。事務所名は時を衒っているが、事務所は自分の住むマンションの一室で、電話もファックスも無い。事務員も当然いない。管理人の許しをもらって郵便受けに「スカイツリー万相談探偵事務所」の張り紙を出しているだけ、それを見たマンションの住人は首を傾げている。
その日、いつもは広告チラシしか入っていないその郵便受けに、珍しく郵便封筒が混じっていた。差出人の名前は「仲内和美」住所の記載は無かった。空木は封筒をチラシと一緒に握り四階の部屋に向かう。大岳山から御嶽山、御嶽駅まで歩いた足は心地良い疲れはあるが、エレベーターは使わずに階段を登る。よほど歩くのが好きらしい。
部屋に戻ると、汗の染みた登山服を脱ぎ、シャワーを浴び、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取出し一気に渇いた喉に流し込む。喉が鳴り思わず声が出る。山の頂上に登りきった満足感、景色に会えた喜びもさることながら、山を終えた後のこの一杯は格別だと空木はいつも思う。
ビールを飲みながら、白い封筒を開けた。封筒の中には、ワープロで書かれた、一枚のB5用紙と「スカイツリー万相談探偵事務所」のホームページが印刷されたA4のコピー用紙が入っていた。ワープロで書かれた文章は、ある男性を尾行してもらいたいが、引き受けてもらえるか、という内容の依頼文で、そこには携帯電話のメールアドレスだけが書かれていた。返事をメールでよこせという意味だろうと空木は思った。
この事務所を開いて以来、仕事の依頼は、ペットの猫探し一件、病院への付き添い一件の都合二件だけ、暇を絵に書いたような状況であった。だからこそ平日にも関わらず、山登りに行けるのだったが、内心焦っていた。空木は依頼の手紙を見て、事務所のホームページを苦心して開設した甲斐があったと思った。
封筒の消印は、都内千代田区で昨日の五月二十四日だった。
早速、空木は自身の携帯から、依頼者と思われる携帯のメールアドレスに、引き受ける旨の返事をメールし、おおよその料金も付け加えた。通常の探偵が尾行料として請求する料金よりかなり安い金額を書いた。少々安くてもこの仕事を請けたかった思いがそうさせた。
空木にとって今日は良い日となった。ビールをもう一缶飲み、芋焼酎をロックで四、五杯飲んだ。この男は、山も好きだがアルコールも大好きだ。
依頼主の仲内和美から返信メールが来たのは、翌日の昼近くであった。受けてくれた御礼と、後日改めて依頼の詳細は送る、という簡単な内容だった。調査内容の詳細が分からない不安感はあったが、探偵業を開設してから初めての、探偵らしい仕事の依頼を受けたという喜びの方が勝っていた。
ほろ酔いの空木が、今度はどの山に登ろうか考えていた時、携帯にメールが入った。発信者名は土手と出ていた。それは空木が勤めていた会社である万永製薬の後輩で、山仲間でもある土手登志男だった。
土手とは空木が名古屋支店の勤務時代に山仲間となり、年に二、三度は山行していた仲だった。北アルプスの槍ヶ岳、穂高、表銀座縦走、南アルプスの甲斐駒ヶ岳、仙丈が岳、そして八ヶ岳の赤岳。最も思い出深いのは残雪の五月の奥秩父金峰山から雲取山までの四泊五日の縦走だった。
その土手からのメールの内容は、久し振りに一緒に山行しましょう、という誘いだった。今度の土曜日に霊仙山に行きませんか、ということで、空木は断る理由も無いというか、渡りに船である。早速、オーケーの返信を出し、五月二十八日土曜日に現地の登山口で合流することとした。
関西地方は梅雨入りが報じられていたが、関が原の空はうす曇。午前八時三十分過ぎ、東海道線柏原駅で下車したのは空木を含めハイカー姿の男三人。土手は一本前の電車で到着、すでに駅の待合室で待っていた。土手とは仕事で一年前ぐらいにあっているが、山行するのは瑞牆山以来五年ぶりだった。
二人は舗装された道路をしばらく歩き、砂利道の林道に入る。杉と檜の鬱蒼とした道で、新緑の季節ではあるが、この林道は新緑の木々はまばらで大部分は杉と檜の針葉樹だった。
霊仙山の名は、日本唯一の三蔵法師と言われる高僧の名前が由来で、高さは1094メートル、鈴鹿山脈の最北部に位置し、山体は石灰岩で頂上部はカルスト地形の特徴であるカレンフェルトを形成している。春から夏にかけては福寿草から始まり、トリカブト、リュウノギクなどが咲き、花の百名山に上げられている。ただ夏はヒルが多く発生することでも有名で、空木も一度だけヒルの被害に遭っている。
二人は新緑の薄緑色に染まる一合目で休憩し、非難小屋のある四合目からは伊吹山を眺める。過去、春夏秋冬何度もこの山に登っているが、この景色は何年ぶりかと空木は思った。
北霊仙山の手前の、立て直されて新しくなった非難小屋で、登り始めてから三時間が経った。昼食のラーメンを食べ頂上へ向かう。近江盆地、琵琶湖の景色が一望出来る頂上には、今ブームの、カラフルな出で立ちの山ガールもいて、喜びの声を上げている。空木も土手も久し振りの霊仙山に満足した。下山路は北霊仙山に戻り、お虎ヶ池から槫が畑の廃村を抜けて、林道を五キロほど歩き醒ヶ井の養鱒場へ下った。
バスで醒ヶ井の駅まで出た二人は名古屋まで戻り、久し振りの山行を酒の肴に、杯を交わした。土手は、空木が何故会社を辞めたのかという話を聞きたかったのだろうが、空木が言葉を濁した事で遠慮したようだった。
名古屋から東京に戻った翌日からは、梅雨空が続いた。
六月に入った小雨まじりのある日、郵便受けに数枚の広告チラシと一緒に、やや大きめの封筒が速達で入れられていた。差出人は「仲内和美」とあり、消印は前回同様千代田区であったが、ただ違うのは前回の封筒の厚みよりかなりふっくらしていた。
空木は中身を見て、驚いた。何と新券の一万円札が五十枚入っているではないか。それと一緒に、いやこちらが本来待っていたものであったが、男の写真とワープロで作成された依頼の詳細が入っていた。
依頼の内容は、写真の男が来週の六月十日金曜日、朝八時半ごろから、鈴鹿の霊仙山に登るので尾行してほしい。東海道線の滋賀県と岐阜県の境近くの柏原という駅から女性と一緒に登るはずだから、何枚か証拠の写真がほしい。絶対に気づかれないようお願いする。という内容で、撮った写真の送り先はまたメールで知らせる。同封のお金は手付金で、写真が送られてきたら交通費実費とともに残りを支払う、という文章が添えられていた。五十万という金は空木が提示した額の数倍であり、この五十万に加えてさらに払うという。空木はきな臭さを感じたものの、やはり仕事を請け負った喜びが勝っていた。
写真の男は二十メートルほど離れた場所から撮影されたらしく、紺色のスーツ姿で顔は鮮明ではないが、眉は薄く、唇は比較的厚い。銀縁の眼鏡をかけて目は細い。年齢は五十歳で伸長は一七三センチ位とある。空木より五センチほど高い。これ以上の情報は書かれておらず、男性の名前も住所も、仲内和美との関係も何も分からなかった。空木は仲内和美の携帯メールに承諾したことと、この男性の名前、住所、関係を教えて欲しい旨、書き添えたが、返信は無かった。
その日の夜、空木は、友人のある男とJR中央線国立駅のすぐ近くの居酒屋で焼酎を酌み交わしていた。
国立市は東京都国分寺市と立川市の中間にある。国立の名前は「国」と「立」から命名したと言われている。安易なつけ方の街だ。国立駅の南側が国立市、北側が国分寺市で、その居酒屋は南側の国立市にある。
その友人は、空木の高校時代の同級生で石山田巌といい、国分寺警察刑事課1係刑事、階級は警部補である。出世は決して早くはない。空木は石山田とも山行経験があり、何年か前の夏の奥穂高岳にテント泊をしたが、石山田の鼾はテント場中に響き渡り、空木はほとんど眠れなかった。それ以来、石山田とは泊まりの山は行っていない。
その石山田が勤務する国分寺警察署管内もここしばらくは、平和なようで、非番の石山田からの呼び出しに空木が応じた。
二人は「健ちゃん」「巌ちゃん」と呼び合う仲で、空木は、石山田に初めて探偵らしい仕事が入ったことと、依頼内容、そして現金五十万円が同封されていたことを話した。石山田は胡散臭いし、偶然かも知れないが、先週登った山にまた登るというのも不思議な話だ。いずれにしてもうますぎる話だから「健ちゃん用心した方がいいよ」と赤ら顔で忠告した。空木は承知顔で「そうだな」と答えたが、不安感は無く、アルコールが入った今は、好奇心が勝っていた。
二人で四合瓶の芋焼酎を一本空けたところで、石山田が「健ちゃんご馳走さん、気をつけなよ」と言って席を立った。飲み代を払う意志はないようだ。お金が入ったんだから当然という顔付きだ。時刻は夜の十時を回っていた。
部屋に帰った空木は、石山田が言った、先週登った山と同じ山、というのが気になった。そんな偶然があるのだと。送られて来た写真の男性はどこに住んでいるのか、「霊仙山」に登るということは、恐らく名古屋から大阪の間に住んでいるのだろう。いずれにしても下山後、尾行を続ければ分かるだろうと考えた。
来週の木曜から二日間の宿を、以前宿泊した名古屋駅近くに取り、時刻表で柏原駅に八時半までに到着する電車を調べ、名古屋発六時四十五分、柏原着七時四十九分を確認した。天気予報は前線が南下するようで、来週の現地の天気は木曜から金曜は、雨は無さそうだった。雨が降っても写真の男は女性を連れて登るのだろうかと思ったが、自分はとにかく依頼を果たすだけだと思い、余分な事は考えることは止めにした。
翌日からは連日の梅雨空だった。空木は、近くの体育センターに行き、連日汗を流し、山行に備えながら石山田からのお誘いへの準備をしたが、毎日一人酒ならぬ一人焼酎であった。
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