上 下
76 / 175
第二幕

昔話・後編(紙本臨夢)

しおりを挟む



「――と、いう訳じゃ。だからもし、そういう欲にまみれた者たちから逃げ延びたとしても、彼らは今もひっそりと暮らしているじゃろう。もし、この村にいるとしてもワシはもう、何もしたくない」
「…………」

 何も言えない。シオンはおじいさんの最後の部分の意味を理解してしまったから。


 おじいさんはその欲にまみれた者の一人だということを。


「どうじゃ、シオンよ。思うことはあるか?」
「…………人間は愚かな生き物ですね」
「そうじゃな。間違いない。しかし、自分は人間としての生を受けてしまったから、最後まで全うしないといけないからな。お主のような若い奴は特に。老い先短いワシとは違い、人生長いからの」
「そうですね。わかっています。昔話をありがとうございます。それでは失礼しますね」

 シオンは帰るために背を向ける。

「待つのじゃ!」
「は、はいっ!」

 大きな声をかけられたので、ビクつかせながらも返事をして、慌てて体ごと振り返る。

「話はまだ終わっとらん」
「わ、分かりました」
「と言いつつも二つくらいじゃがな」
「はい。どうぞ」
「一つはお主は強く生きるのじゃ。お主ならきっとできる。もし、普通はダメな欲に襲われた時はワシのことを思い出すのじゃ。欲に従って、落ちぶれた者がいることをな」
「わかりました。そうさせていただきます」
「うむ。よろしい。次は二つ目じゃ」
「…………」
「…………」
「…………?」

 言うかと思えばおじいさんはなにかを探すように辺りの様子を伺っている。その行動に疑問しか浮かばないので、苦笑いを浮かべている。

 おじいさんは辺りを見終えたのか、まっすぐシオンのことを見ている。その表情は真剣そのものだ。何を言われるのかと思い、彼は直立不動になってしまう。そんな彼を見かねてか、おじいさんは手招きしてきたので、近づく。

「あまり大きな声では言えないが、今はこの近くに遺跡がある。行くなら行ってみるといい。そこでもし、一族の血縁らしき人がいればかくまってやってくれ。くれぐれも誰にもバレないようにの」

 声に出さない方がいいと感じたシオンはコクリと首を縦に振る。そのシオンの反応を見て、おじいさんはにこやかに頷く。

「それじゃあ、お家に帰りなさい」
「色々と貴重なお話をありがとうございます」

 お辞儀をすると、背を向けて歩き出す。



 空を見上げると完全に日が落ちかけている。あと数分もしないうちに夜になる。

「ノアさん激おこだろうなぁ。早く帰らないと」

 ノアが怒っている姿が簡単に目に浮かぶ。恐らく彼は約束を破る存在が嫌いだろう。なんとなくそんな気がする。だからこそ、シオンは歩きではなく軽く走りながら帰ることにした。

(それにしても、遺跡が出現したか。嘘っぽい気がするな。でも、ホントの可能性もあるよね。ホントならこんな機会は滅多にないだろうね――)

 シオンは帰路の最中、遺跡について考える。

(だけど、罠の可能性もあるし、一人で行くのは危険だなぁ。そうだっ! トウラを護衛の代わりとして連れていけばいいんだ。もし、罠だとしても特訓になるからね。
 こんな時にシェロがいたら、きっと大喜びで付いてくるんだろうなぁ。でも、はしゃぎ過ぎるかも――)

 やがて、もし仲間たちが遺跡について来たならどんな反応だろうか、を想像し始めた。

(シュートは……付いてきても普通の反応だろうね。まぁ、はしゃぐだろうけど。ノアさんは面倒くさがりそうだなぁ。でも、楽しんでくれそう――)

 シェロは間違いないだろうけど、それ以外は、彼が想像しただけだ。だからこそ、誰がどんな反応をするのか、気になって仕方がない。

「っ!?」

 ふと、妹であるヒマリの姿が浮かんでしまう。

 ずっと一緒にいたヒマリ。後ろについて来ていたヒマリ。周りがうらやむほど仲が良かったヒマリ。そして、叡智の梟──大賢人・オウルニムスの魔法によって見た、可愛らしい服を着せられていて、豪華な部屋に見せかけた牢屋に閉じ込められていたヒマリ

「ヒマリ……お兄ちゃんが絶対に助けるから、無事でいて」

 ヒマリのことは、今の彼では無事を祈ることしかできない。一刻も早く彼女を助けるために鉱石を魔鉱石に変えるしかない。力のコントロールをできるようにならないといけない。でも今のままでは、まだまだ。もし、彼女が危険な目にあっていても、今のままではその危険をさらに大きくするだけだ。

 自分の無力さで彼は唇を噛み締めている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

処理中です...