106 / 175
第二幕
[ヒマリside]依存戦争・前編(清瀬啓)
しおりを挟む「アインス。今、なんと……」
「戦争です! 西の――基本世界の者どもが今、この国に……!」
肩で息をするアインスの言葉に、クイーンは拳を握りしめた。その後ろでは幼いフィフスが困ったような顔をして立ち尽くしている。
「基本世界の者どもめ……」
トゥエルブがそう呟く。それから、はっとしたように視線を泳がせ、小さくクイーンとヒマリに手招きをする。何事かとヒマリが問うと、トゥエルブはチラリと視線をハートのほうへ向ける。
「ハート……様がどうしたのですか?」
ヒマリが取り乱した様子のトゥエルブに問う。隣のクイーンも状況を察したようだ。
「ハートは愛する人を奴らの手で奪われている。彼女の傍に居てやらねぇと」
顔を見合わせる二人。おそらくはどちらかが鎮圧、どちらかがハート様の元へ居るつもりなのだろう。騎士一人お守りにつけるほどハートは取り乱しているようには見えないが、きっと今、彼女の心のなかには様々な感情が渦巻いているのだろう。ヒマリはそんな風に察する。それから、おずおずと手を挙げる。
「私がハート様、いえ、ハートの側に付きます」
「いえ、まだ幼い子には任せられないわ、一国の女王のお守りなん……」
ヒマリを制しようとしたクイーンの言葉が止まる。彼女の瞳が強い正義感に揺れていたからだ。
「愛する人……ジョーカーさん、ですよね。ハートはその人が殺されたことを、とても悔しいと言っていました。分かるんです。私も大好きな人と、離れてしまったから……」
小さく肩を落とすヒマリの脳内には今は会えない、兄の優し気な掌が映る。
「今街を、このダイヤシティを守れるのはお二人なんです!」
「そうは言っても、“大革命”によって私たちに残された力は……」
それこそこの間トゥエルブが言っていたではないか。取り締まりの際にも返り討ちになるような騎士もいるのだと。そんな力でこの国は守れない。そんなこと、ヒマリにだってわかる。
「お姉ちゃんたちならできるよ!」
いつからそこにいたのか、フィフスが小さな声を張り上げた。その姿はもう、先程までの自由奔放な少女ではない。ダイヤの騎士としての家系に生まれた強い女性のそれだ。クイーンがそんなフィフスの頭を撫でる。
「やりましょう。私たち姉妹で、この国を守るのです」
そんな言葉に感心する面々とは裏腹に、アインスが戸惑うような表情で二人の様子を見ている。狼狽えたように自分が来た道を見つめるアインスに何事かと聞こうとするクイーンは、すぐに違和感に気づいた。
「おいアインス、ハートは!?」
「すみません、気づいたら姿が無く……」
「だったら一人でも追わんか!」
トゥエルブは一度そう言ってから、心を落ち着け、アインスに命じた。
「ヒマリと、ハートの元へ行け。きっと一人で城にでも向かってるんだろう。私たちは基本世界の者どもの鎮圧に向かう。こんな所で、この街を壊されては堪らん」
アインスがその言葉を聞いて、クイーンの方を見る。本当に良いのだろうかと聞いているような目だ。
「もう『折れぬ純潔』も『微睡む睡蓮の芳香』もありません。私たち、『ダイヤの騎士』は法から解き放たれ、商人たちとも手を取ってこの国を改新するのです」
その言葉を聞いて、アインスが一瞬ホッとしたような素振りを見せた。恐らく騎士の誰もが、クイーンとトゥエルブの派閥争いに心をすり減らしてきたのだろう。
「わかりました。ではヒマリ様、行きましょうか」
「はい。でも、フィフスは……」
「私が守るよ! 小さいからって舐めないで! 私だってお姉ちゃんたちの妹なんだから!」
胸を張るフィフス。その姿に思わず場の雰囲気が綻ぶ。
「では」
ヒマリを連れたアインスが来た道を戻ってゆく。それに続くようにトゥエルブとクイーンも駆ける。一人残ったフィフスは、二人の背を見ながら小さく「頑張れ」と呟いた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません
柊木 ひなき
恋愛
旧題:ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
【初の書籍化です! 番外編以外はレンタルに移行しました。詳しくは近況ボードにて】
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。
どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。
kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。
前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。
やばい!やばい!やばい!
確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。
だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。
前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね!
うんうん!
要らない!要らない!
さっさと婚約解消して2人を応援するよ!
だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。
※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。
【完結】転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~
おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。
婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。
しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。
二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。
彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。
恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。
ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。
それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。
【完結】可愛くない私に価値はない、でしたよね。なのに今さらなんですか?
りんりん
恋愛
公爵令嬢のオリビアは婚約者の王太子ヒョイから、突然婚約破棄を告げられる。
オリビアの妹マリーが身ごもったので、婚約者をいれかえるためにだ。
前代未聞の非常識な出来事なのに妹の肩をもつ両親にあきれて、オリビアは愛犬のシロと共に邸をでてゆく。
「勝手にしろ! 可愛くないオマエにはなんの価値もないからな」
「頼まれても引きとめるもんですか!」
両親の酷い言葉を背中に浴びながら。
行くあてもなく町をさまようオリビアは異国の王子と遭遇する。
王子に誘われ邸へいくと、そこには神秘的な美少女ルネがいてオリビアを歓迎してくれた。
話を聞けばルネは学園でマリーに虐められているという。
それを知ったオリビアは「ミスキャンパスコンテスト」で優勝候補のマリーでなく、ルネを優勝さそうと
奮闘する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる