上 下
97 / 175
第二幕

[ヒマリside]終固一定(宵蜜糺)

しおりを挟む


「一体どこに向かっているのよ」
「市だよ?」
「僕はどうしたら良いんですか……」
「あー? お前は後ろの護衛よろしくな!」

 フリップが若干不憫である。女性4人の中に男性1人という謎の構成。しかも自分は付いて行くだけだ。


 やがて、フィーアの案内により着いた市は、昼頃という事もあって、人でごった返していた。

「凄いわね……」
「えー? いつもこんな感じだよ?」

 フィーアとツヴァイは慣れている様子でするするとひとの間をすり抜ける、成程、すぐ迷子になってしまうという意味が分かった。これは、手を繋いでいて正解だったかもしれない。

「ほら、ここだよ」

 フィーアが立ち止まったところは、カフェなどではなく、まるで酒場の様な雰囲気のある定食屋だった。

「ここは?」
「今ちょうど昼頃だし、腹減ったろ? 食ってから観光しようぜ」

 案内された席は、ちょうど角の席。食堂内全体が見渡すことのできるような位置であった。ハートが成程、と呟く。

「……なるほどって、どういう事?」
「騎士の名も伊達じゃないって思ったのよ。私の意図を理解しているわ」
「いと?」
「ふふ、えぇ。市民の様子を見てみたかったの」

 酒場と並行して営まれている定食屋は、情報集めにしたらうってつけの場所なのだという。騎士二人が注文に行っている間に、ハートはざっとまわりをうかがう。

「どうやら、そうねぇ……あまり影響は出ていないように見えるわね」
「表だっては、ですけれどね。水面下ではそうでもないらしいです」
「あらそうなの?」

 和気藹々として居る食堂内を見て、ハートは首を捻った。

「はい、皆、不安がっているんです。ですがそれ以上に今までの生活様式を変えることが怖いのですよ」
「騎士が何とかしてくれるっていう?」
「あ……まぁ、そうなりますね」

 その時、カウンターでお酒をあおっていた二人組の男が零す愚痴が聞こえた。

「この街はどうなっちまうのかねえ」
「あぁ、今騎士同士で揉めているんだろ? 今の制度を変えるとかどうとかで……」
「今のままでいいのになぁ」
「とはいっても騎士の力が無いんじゃ俺たちの安全も確かなもんじゃ無いだろ」

 ため息交じりに男が言えば、片方の男もまぁ……と曖昧な様子で同意した。

「ともかく、何時もみたいに騎士が何とかしてくれるだろ」

 だからその考えが駄目なんじゃない、とハートが声を低めた。

「ハート?」
「貴方たち」

 まさか声を掛けに行くとは思わなかった。止める間もなく席を立ったハートは一直線にカウンターへ向かい男たちに声を掛ける。

「んぁ? ……どうした、嬢ちゃん? お母さんとはぐれたか?」
「違うわよ。さっきの話、聞こえていたけど。貴方たちは自分の安全を自分たちでなんとかしようとは思わないの?」
「……」
「なんとかなぁ……俺たちはもう他人の手で齎される完全な安全に慣れちまってんだ」
「だから? 動かない理由にはならないわ」
「……難しい事言う嬢ちゃんだ」



「あれ? ハート様は?」

 注文が終わって、帰ってきた二人は空いた席をみて不思議な顔をする。目線でハートのいる方を示せば、フィーアは熱心だよねぇ、と苦笑して席に着いた。

「でも、まぁ、ハート様って一人で国収めてきたんだもんね。凄いよねぇ」

 そういえば騎士たちには、スノウから情報が伝わっているのだった。

「駄目だったわ」
「おつかれさま」
「何かわかったか?」
「ええ、トゥエルブの改革が相当難航しそうなことはね」

 まぁそうだろうなぁとツヴァイが零す。騎士たちも自覚しているのか、諦めかけているのか少々投げやりだった。

「私、商人たちと話してみたいわ」
「じゃあ、ご飯食べたら行く?」
「ええ」

 丁度良く、注文した料理が運ばれて来る。この先何処に向かうかも決まった事なので、ゆっくり食事をしようというツヴァイの一言により、異国の食事を二人は目いっぱい楽しんだのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「有力商人、と言うと、一番近いのは……プランサス・ドゥ・セルかな」

  地図を広げながら、フィーアはここ、と一点を示す。

「大体ね、4つほどあるんだよ。絵画、工芸、伝統品を手掛ける“バルブブリュー”。美容用品、服飾を手掛ける“サンドリヨン”。金や砂金、宝石などを手掛ける“ラ・ランプ・ドゥ・ラ・フラム・ブリュー”。菓子や食事、娯楽を手掛ける“プランサス・ドゥ・セル”」
「その4つに協力を仰いでるのよね?」
「そう、でも状況は知っているとおり芳しく無いの」
「全員に会う事は出来る?」
「今日は会議がある日だから、全員が1箇所に集まるけど………行くの?」

 まさか、とでも言いたげな様子のフィーアを不敵に見るハート。嫌な予感がするとツヴァイが呟くが、お構い無しに、もちろん、と言った。

「でもまだ、時間じゃないよ?」
「ならもう少し市を見ましょう」

 その時、食堂の一角に集まっていた集団がわっと声を上げた。

「なんだぁ?」

 沸き立つ人だかりをツヴァイが覗き込むと、同じように覗き込んだフリップがあっと声を上げる。

「ゼクス隊長………!! あっドライ隊長も居るじゃないですか!」
「あ? お、フリップ」

 フリップの悲鳴に近い声でバレてしまった。ゼクスは椅子に座り大揚にチケットを擦り、その傍らでドライは怯えたように肩を震わせる。

「あれ? フィーアとツヴァイもいるのか」
「気付かなかったよ。何紛れ込んでんだお前」
「潜入調査だよ。せんにゅうちょうさ! オラァ! 上がり、オレの勝ちだぜご両人?」
「………ゼクス隊長、仕事中に賭博はやめて下さい。ドライ隊長も止めてください……」
「ぼ、僕はちゃんと止めたんですよ……っ? でもゼクスはやるって聞かなくて」

 もう泣きそうである。段々と可哀想になってくるので、フリップも強く言えずにわかりました、と降参した。
 こんなに気が弱くて騎士が勤まるのだろうか。同じことをハートも思ったようで、この街は本当に大丈夫なのかしら、と呟いた。

「んで? これからどこに行くんだ? 飯は食べたんだろう?」
「会議に参加したいらしい。連れて行くつもりだ」
「ほーぉ……会議に参加する気なのか、ハート様は」
「えぇ。聞きたいのよ、商人達の意見を」
「そうやって、他国の情勢に首突っ込む理由は何だ?」

 ゼクスの試すような視線が絡みつく。同じ様に、受けて立ったハートは目を眇めた。

「貴方たちに、協力して貰わなければならない事があるのよ。絶対に、やらなければならないの」

 だから突っ込むのよ。こんな状態が長く続くのも良くないでしょう、と言い放つハートに、ゼクスは目を見張った。

「小さいのにしっかりしているんだな……」
「小さいは余計よ! こう見えても貴女より何倍も生きているんだから! 余り無礼な事を言う様なら、その口を縫い合わせたって良いのよ」
「おお怖っ。それは大変な年長者だ。敬わなくては」
「貴女馬鹿にしてるでしょう」

 胡乱なハートの視線を受け流し、低く笑ったゼクスは勝ったお金を店員に渡すと皆の酒代にしてくれと言う。色めき立つ衆を横目に、ゼクスはひとつ、手を打った。

「それなら、おれ等も付いて行こうかな」
「行き先は同じですからね」
「商会の会長たちの紹介でもしながら向かおうや」


 行くかとさっさと店を出て行ってしまうゼクスを慌てて追いかける。今まで会った騎士の誰よりも自由人であった。

「紹介ね、4つの商会がそれぞれ得意としている商品と名前なら聞いたわ」
「ああ。他には?」
「知らないわ」

 ゼクスはなら、と4枚のカードをハートに手渡した。

 ハートが裏返したりしながら見ているのを一緒に見ていると、カードにはそれぞれの紋様らしきものが描かれている。
 青いインクで描かれた髭を生やした紳士を描いたカード、ドレス姿の女性のシルエットとかぼちゃの葉が描かれたカード、城とランプ、炎だけ青いインクで描かれたカード、一匙分粉の様なものが盛られたスプーンに花の様な形の結晶を描いたカード。どう見てもこれは、それぞれの商会が使っている紋様だ。よく見てみれば、そこかしこに城とランプの旗が上がっていた。

 ハートは詰まらなそうにカードを纏めた。

「それぞれの贈り物ギフトをもとにしているのね」
「そう、バルブブリューのおっさんは厳つい顔してるから初めて会うのはちょっと怖いかもな、全然笑わないしいつも仏頂面してんだ。サンドリヨン商会のアッシェン夫人は優しい方だよ。全ての女性は美しくなる事が出来るっていつも言ってる。フィーアと仲が良い。ラ・ランプ・ドゥ・ラ・フラム・ブリュー商会は最近頭が変わったばかりだ。今はダリアスという若いやつがやってる。プランサス・ドゥ・セル商会のユリアーナ嬢は強かな人だよ、商人らしく」
「女性でも商会を立ち上げてここまで大きくすることが出来るのね」

 感心しながら聞いていると、ドライが笑いながら答える。

「ここでは女性、男性はあまり関係ありません。商売に性別の壁は必要ないですからね。ですので、店を出す者に特別な規約はございません」
「手形さえあれば未成年でも店を構えることが出来るからねぇ。後見人は必要だけど」

 なるほど、商業都市として栄えるわけである。
 ヒマリは改めて周りを見渡し、その店主に女性の姿や自分より少し上かどうか位の歳の子がいるのを見つけた。

「自由、なんですね」
「その代わり決まりを破った者には厳重な処罰が下されますよ」

 その役目はダイヤの騎士が請け負っているらしいが、厳重な処罰と聞くと少し怖かったので気になったがヒマリは聞かないことにした。

「そら、着いたぞ。ここが今日、会議が行われる場所だ」
「ここが……」

 見上げた建物の入り口には先程見たばかりの紋様が刻まれた旗が刺されていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

40歳おっさんの冒険譚〜解雇されてからスキルが覚醒したので、世界を旅することにしました〜

真上誠生
ファンタジー
40歳のおっさん、リッドはクラン『天空の理想郷』の倉庫番。 持ち合わせのスキルは『ラベル貼り』。ただ綺麗にラベルを貼れる、それだけであった。 そんな彼はある日、ついにギルドからクビを言い渡されてしまう。 元々冒険者を志していた彼は、一度冒険に出てみようと思い立つ。しかし、近場のモンスターですら苦戦を強いられてしまい冒険者の道を諦めようとした。 その時、頭の中で声が響く。その声はスキル覚醒……人生逆転への兆しだった。 『ラベル貼り』。そのスキルの真価とは…… これは、チートスキルだけどチートになれない、でも少しチート。そんな能力を持ったおっさんが織りなす物語。

音楽とともに行く、異世界の旅~だけどこいつと一緒だなんて聞いてない~

市瀬瑛理
ファンタジー
いきなり異世界転移させられた小田桐蒼真(おだぎりそうま)と永瀬弘祈(ながせひろき)。 所属する市民オーケストラの指揮者である蒼真とコンサートマスターの弘祈は正反対の性格で、音楽に対する意見が合うこともほとんどない。当然、練習日には毎回のように互いの主張が対立していた。 しかし、転移先にいたオリジンの巫女ティアナはそんな二人に『オリジンの卵』と呼ばれるものを託そうとする。 『オリジンの卵』は弘祈を親と認め、また蒼真を自分と弘祈を守るための騎士として選んだのだ。 地球に帰るためには『帰還の魔法陣』のある神殿に行かなければならないが、『オリジンの卵』を届ける先も同じ場所だった。 仕方なしに『オリジンの卵』を預かった蒼真と弘祈はティアナから『指揮棒が剣になる』能力などを授かり、『帰還の魔法陣』を目指す。 たまにぶつかり合い、時には協力して『オリジンの卵』を守りながら異世界を行く二人にいつか友情は生まれるのか? そして無事に地球に帰ることはできるのか――。 指揮者とヴァイオリン奏者の二人が織りなす、異世界ファンタジー。 ※この作品は他の小説投稿サイトにも掲載しています。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

黒狼の牙 〜領地を追われた元貴族。過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめて下さい、黒狼会は真っ当な商会です〜

ネコミコズッキーニ
ファンタジー
 世界から魔法の力が失われた新鋼歴の時代。ルングーザ王国の大貴族であるディグマイヤー家。主人公のヴェルトハルトはその家の長男として生を受けた。  だが12年後のある日、父の政敵が領地に侵攻してくる。ヴェルトハルトは敵兵から逃れるうちに、気づけばまだ魔法の存在していた過去の時代……幻魔歴の世界へと迷いこんでしまう。  そこで傭兵団に拾われ、12年の時を過ごし、ある日魔法の祝福を受ける事に。  紆余曲折を経て元の時代へと帰還するのだが、その時彼は、現在では失われたはずの魔法の力を持っていた。  今日もヴェルトはその力で暴力組し……真っ当な商会を営み、仲間たちと共に帝都で「自分達らしさ」を活かした生活を送る。 ◼️同タイトルでカクヨムでも連載しております。

収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい

三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです 無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

前世で眼が見えなかった俺が異世界転生したら・・・

y@siron
ファンタジー
俺の眼が・・・見える! てってれてーてってれてーてててててー! やっほー!みんなのこころのいやしアヴェルくんだよ〜♪ 一応神やってます!( *¯ ꒳¯*)どやぁ この小説の主人公は神崎 悠斗くん 前世では色々可哀想な人生を歩んでね… まぁ色々あってボクの管理する世界で第二の人生を楽しんでもらうんだ〜♪ 前世で会得した神崎流の技術、眼が見えない事により研ぎ澄まされた感覚、これらを駆使して異世界で力を開眼させる 久しぶりに眼が見える事で新たな世界を楽しみながら冒険者として歩んでいく 色んな困難を乗り越えて日々成長していく王道?異世界ファンタジー 友情、熱血、愛はあるかわかりません! ボクはそこそこ活躍する予定〜ノシ

処理中です...