人形弟子の学習帳

シキサイ サキ

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4章 新しい生活から魔法学校の日常まで

45話 ショッピングモールと旅行客

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ライル・クラフトが王都への出張に出かけてから6日目の昼下がり。

魔法学校側から、授業の予備日として定められている週末のこの2日間は
常日頃から不足なく、必要な授業の単位数を計画的に取得している多くの生徒にとって

休日という目的に費やす事の多い、特別で開放的な曜日に当たりました。

お休み、という言葉の通りに
日頃の疲れを癒す為、家で静かに過ごす者や普段は出来ない遊びに興じる者
または、所属している研究会の活動に取り組み、成果を残そうと励む者まで

選ぶ内容こそ皆様々ではありますが
この娯楽も選択肢も豊かな空中都市で、休日という名の自由を与えられた生徒達は

基本的に、各々の目的や状況に応じて、それぞれの週末を好きに楽しむ事が多いようです。

そして、それは只今絶賛お留守番中である
魔法士ライルの弟子こと、人形アレンも例外ではなく。

この日も彼は、外に出られない屋敷の使い魔、ノッポさんに代わって
消耗品や食料品の買い出しをする為に出掛けていました。

学校と屋敷の往復時だけでは、なかなか目にする機会の少ない
昼間の太陽に照らされた観光都市ならではの、活気ある様子を気ままに眺めながらの買い物は

彼にとって、まだ住みはじめたばかりの町で繰り広げる
ちょっとした冒険気分の長めなお散歩。

普段はなかなか立ち寄れない、少し遠めの大型スーパーにまでその足を伸ばし
買い物メモに書かれた内容以外にも、まだ食べた事の無い、物珍しい食べ物やお菓子を探して

お土産にいくつか購入して帰るのが
好奇心旺盛な人形なりの楽しみ方です。

そして、師匠不在時であるこの日も
アレンはいつも通り、品ぞろえの豊富なショッピングセンターの一階に店を構える

有名チェーン店の広いスーパーへと出掛けては
綺麗に陳列された食べ物の並ぶショーウィンドウを眺めながら

「かわいい坊や、さっきはワシの落とした杖を拾ってくれてありがとう
 お顔が綺麗なだけじゃなくて、心まで綺麗だなんて、すごいね~えらいね~立派だね~

 これはぜひ、坊やにはうちの孫娘の婿さんに来てもらいたいね~
 孫は少しとろいが、気立てが良くて慎ましやかな子でね~きっとお前さんも気に入るはずじゃ

 どうじゃ? これからワシと孫とお前さんで、ワシの家に来てお茶でもせんか?

 お前さんみたいな美形の婿が来てくれれば
 ちと不細工なうちの孫からも、たいそうベッピンな孫が産まれてくる事間違いなしじゃ

 早速、茶菓子でも買ってうちに来んさい
 ほら、お前さんもそんなにたくさん食べ物を買ってくれているのは

 ワシらへの手土産とかそういうのじゃろ?

 あ~、ワシは野菜は嫌いじゃからそれは買わなんでえぇ
 それよりも買うなら芋じゃ、芋
 芋は良いぞ~、煮て良いし焼いて良いし、最悪そのままかじってでも食える

 ワシの若い頃は、配給で芋が出ただけでもう、子供達は狂喜乱舞して……」

「ぼ、僕は、お婿とか結婚とか、そういうのはするつもり無いですし
 そ、そそ、それにさっきおばあさんが落とした杖を拾って手渡しただけで

 その、お、お孫さんとは一度も会ってませんし
 この食べ物も、けしておばあさんへのお土産とか、そういうのでは、けしてなくて……」

「あとワシは甘い物が好きじゃ、昔はこんな贅沢品はなかなか手に入らんかった
 こんなちんけな店でホイホイ買える世の中になるなんて思いもせんかったわい

 この時代の子供は恵まれとるの~ワシらの時なんてその日食べるのも精一杯で
 毎日生きるのに苦労した、それもこれもこの国を豊かにするため、発展させるための基礎を

 ワシらの世代が、日々泥だらけになって築いていたからで
 なのにお前たちのような若者が考える事といったら、いつも自分が一番優先の勝手ばかり

 少しは、ワシらの頃のように、一人でも多くの子供を作って
 この国の為に貢献しようとは……」

「ヒ、ヒェ………」

絶賛、初対面の老人に絡まれている真っ最中でした。

たまたま行ったスーパーで、親切心で助けただけの人から
こんな絡まれ方をするとは、この人形もつくづく運の無いタイミングです。

血も涙も無い代わりに、体の中を特殊な液体金属が循環する人形は
出るはずのない脂汗を額に浮かべながら、懸命に老婆から離れようと

当たり障りのない返事でその場を離れますが
老婆の猛攻は止む事をしりません。

離れては近づいて、断っては話を続けて
否定の言葉など耳にも届かず、話は次第に最近の若者批判へと舵を切り始めました。

傍から見たその絵面は、厄介な相手に絡まれる可哀そうなお客さんそのものなのですが
それを目にした他の客は、揃って目をそらし、静かにその場を離れるばかり

それもそのはず、だってこの場で彼を助ける為に間に入ったら
今度は自分が絡まれるかもしれないのですから、容易に手を出せるはずも無く。

(うぅ……この押しの強さ、あの先輩のようでとても苦手です
 しかも先程から、会話が全然通じていないようですし……

 僕の声が小さいからとか、お歳を召していて耳が遠いとか、そういった理由なのでしょうか?
 何はともあれ、もうそろそろ限界です、精神的に辛いですし、何とかして振り切らなくては

 ………このくらいの元気があるのなら
 いくら老人とはいえ、少しくらいなら殴っても死なないのでは? )

追い詰められたアレンが、ライルから教わった必殺気絶チョップを繰り出そうと
おもわず、その細腕を振り上げた、その時。

救いの手は、唐突に彼の元へとやってきます。

「店員さん、あそこですよー
 あのおばあさん、さっきからずっとあの子に絡んでいるんです」

「お、お客様! 困ります!
 他のお客様への迷惑になる行為はお控えくださいと、何度も言ってるじゃないですか!! 」

どこかのお客さんが呼んできてくれた店員さんの手腕によって
あれほど切羽詰まっていた事態は、あっさりと解決へと至りました。

そして、店員からの謝罪を受け、目的の買い物を無事済ませたアレンは
意気揚々と屋敷へ帰宅……出来るわけも無く。

買い物を終えた後、ショッピングモール内に設けられた休憩エリアのソファに座り
自身の無力さに打ちひしがれていました。

(なんだか最近、あの手の方々にやたらと絡まれるような……
 たまたまなのか、運が悪いのか……、それとも僕自身にも原因があったりするとか?

 なんにせよ、先輩の件といい今回といい、度重なると、気分がその都度落ち込んで辛いです
 ………お買い物は諦めて、屋敷に引っ込んでおくべきだったでしょうか?)

「君も災難だったね
 これをあげるから、元気出しなよ」

「…………すみません、ありがとうございます、イタダキマス」

そう言って、項垂れるアレンに近づき
自動販売機で購入したであろう、小さな棒状のアイスを手渡したのは

先程、初対面の老婆に絡まれていたアレンを助けるべく
店員さんを呼んできてくれた、親切なお客さんその人。

落ち込む彼を気の毒に思ったのか、どうなのかは定かではありませんが

一目見ただけで、金持ちの旅行客である事が分かるような
身なりの良い恰好をした、アレンよりも少しだけ年上に見える少女は

元気のない彼の隣に座ると、自分用に買ってきていたもう一つのアイスを左手に持ち直し
パッケージを剥がして、パクパクと美味しそうに食べ始めます。

(鞄の類は持っていないようですが、観光客の方、ですよね?
 僕よりも年上である事は間違いないですが、まだ子供であることは変わりないのに

 なんでしょう、この落ち着きと大人な対応は
 人形の僕とは大違いで、もう立派な大人じゃないですか、うらやましいです

 彼女のような風格や堂々とした対応の仕方は、どうすれば身に付くものなのでしょうか?
 やはり場数とかたくさん踏んだらこうなる、とかですかね?

 でも、あんな経験を何回もするのは嫌なのです
 いったい、僕はどうすれば………)

そんな事をぼんやりと考えつつ
貰ったばかりのストロベリーアイスをかじりながら

それでも、最低限の礼儀や義理ぐらいは果たそうと
隣で共にアイスを食べてくれている、見ず知らずの少女に対して

アレンは話を振りました。

「えっと……先程は助けていただき、ありがとうございます
 とても助かりました、しかも、こうしてアイスまで奢ってもらって、もうしわけないです

 何か、僕に出来そうなお手伝いなどはありませんか?
 恩返しや挨拶の類は大切なのだと、以前に師匠が言っていました

 なので是非、僕に貴方へ恩返しをさせてほしいです
 力仕事とか得意ですよ」

「そうだね、僕はその場で見た事を
 近くにいた店員を探して報告しただけだから

 労働力的には、別に大した事はしていないのだけれど

 でも、確かに
 僕が君を助けたという事には変わらないね

 しかも、僕は、まだこの都市に来たばかりで
 正直に言うと、助けてくれる手なら猫でも犬でも借りたいくらいだったんだ

 これは渡りに船かもしれない

 ありがとう、少年
 では遠慮なく、君に何か助けてもらうよ

 でも残念な事に、僕は君の事をほとんど何も知らないし
 何か頼もうにも、何を頼んでいいのか全く分からない

 今の所、君の情報は顔が可愛くて絡まれやすい、力が少し強いらしい小さな少年
 という程度だ、これじゃ何も頼めない

 だから少し会話をしようか
 ここで会ったのも何かの縁だろう、お姉さんとお散歩でもしながらお話とかしよう

 その会話から得た君の情報を元にして
 僕は君に、何を助けてもらうかを決めようと思う

 君、時間的に余裕はあるかい?
 急を要する要件とかがあるのならば、無理は言わないしお礼も無理にする必要はないよ

 あれは僕が軽い気持ちでやった行いだからね
 ぶっちゃけると、君がそんなにかしこまって僕に恩返しする程の行為ではないんだ」

「時間は……はい、大丈夫です、問題ありません
 買い物も終わって、もう帰るだけだったので、特別な用事は特に有りません」

「そうか、じゃあ少し歩こう
 いつまでも、この休憩用のソファを占領しているのも悪いしね

 せっかく、こんなに大きいショッピングモールなんだから
 ブラブラと歩きながら親睦を深めよう」

そういって、旅行客と思われる少女は
食べ終わったアイスの棒やゴミを近くのゴミ箱に捨てると

アレンに向かって、早く来るようにと無言の催促をしてきます。

本来であれば、寄り道などせず、まっすぐに屋敷へと帰り
購入した食品や雑貨を、所定の場所にしまうのが最善の選択なのですが

せっかくの休日に、こんな嫌な気分のままで帰宅するのも勿体ないと思い
アレンは、同じく食べ終わったアイスのゴミをゴミ箱に突っ込み

食品や雑貨品でパンパンになった大き目のリュックを背負い直してから
少女の背中を追いかけて行きました。

幸い、今回買った食品類の中には
すぐに冷蔵庫へ入れる必要のある、生ものや冷凍食品系の物は入っていませんでしたから

買った荷物の重さを考慮しなければ
まだ時間帯の早い今の時点からの寄り道など、大した問題でもありません。

そして、人形であり人間よりも遥かに高い身体能力を備える彼に取って
この程度の荷物の重さなど、有っても無くても変わらないくらいの物なのですから

ショッピングモール探索という、面白そうな提案を断る理由など
はじめから有りはしなかったのです。

学園都市としての役割だけでなく、空に浮かぶ観光都市としての目的も合わせたこの都市には
様々な娯楽施設が所狭しとひしめき合う、商業施設密集地帯ではありましたが

その中でも、この度彼らが訪れていたショッピングモールは
いくつもある集合商業施設の中でも、一際大きな規模に分類される巨大な物でした。

1階部分にドラックストアやスーパー、有名チェーン店のお土産販売店
2・3階には値段のお高めなコスメや宝飾品、ブランドバックなどの値段の高い品を集めた高級品エリア。

続く4から7階にも、手頃な雑貨から便利な魔道具、専門的なスポーツ用品に品ぞろえ豊富な家具屋など
より取り見取りのラインアップを取り揃える徹底ぶり。

最上階には映画館、通路を抜けた先には
イベント会場やビアガーデンとしても使用される、広々とした屋外テラスも用意されています。

買い物に便利、遊ぶに満足、一日歩いたって飽きる事は無い
見どころ満載の大型ショッピングモールでの休日。

そんな中で、今日あったばかりの少女とアレンは
先の宣言通りに、宛てもなく目的も無く、ただ興味と通路の赴くままに

大きくて広い、照明と天窓からの日差しが眩しい館内を
おしゃべりをしながら、のんびりと回っていく事にしました。

「いや~驚いた、噂や資料なんかで先に知っていたから
 事前情報はあるつもりで来たんだけど、やっぱり自分の目で見るのとは段違いだね

 ここまで大きな建物だなんて思いもしなかった

 しかも、真ん中に吹き抜けを設けて、中央の天窓から外部の光を取り込むことで
 屋内かつ高い密集具合にもかかわらず、すごく開放的で過ごしやすい

 利益目的だけに固執すると、周辺の環境なんかが疎かになる事も多いのに
 ここを作り上げた人たちは、高い技術力と周りへの配慮が出来る考え方を持ち合わせてたんだね

 しかも、このレベルの商業施設や娯楽エリアが
 この都市にはゴロゴロと数えきれないぐらいあるって言うじゃない

 これは驚くべき事だ
 王のお膝元である王都ですら、ここまで高水準な環境はなかなか整えられない

 その分、他よりもだいぶ物価は高いようだけど
 それでも、これだけ整った環境を維持できているのはすごいよ

 君もそう思わないかい? 」

「はい、人の流れやお店側のアピールポイントを押さえ内部構造など
 近所のスーパーを思い出してみても、この都市の建物や商業、技術に関するレベルは

 まだ知らないことの方が多いであろう僕でも理解できるほど
 とても高い事が分かります

 僕も、師匠とこの都市に来て、まだ一カ月ほどしかたっていないため
 全てを見て回ったり、把握したりは出来ていませんが

 それでも、まだ整備されていない裏路地などが多く残る王都よりも
 こちらの技術レベルが高いのだなと感じました

 ……こうして考えてみると不思議ですね、何故なのでしょうか?

 普通、王様のいる国の中心をまず先に整備しようと
 考えるのが一般的なのではないですか?

 僕が読んできたお話に出てくる表現でも
 首都となる国の中心都市に当たる場所は、その国の象徴であったり

 重要な国の拠点として、国内のどこよりも整った整備がされていると
 描き表されている物が多かったように思いますが……

 あ! お姉さん、あれを見て下さい
 出来立てドーナツのショップですよ、香ばしい小麦とバターの匂いがたまりません

 先程のお礼にごちそうさせてください
 テイクアウトで10個程、いえ、僕とお姉さんで食べるので20個くらい選びましょう」

「多いな!? え、君、そんなにドーナツ好きなのかい?

 僕も別に、甘い物は結構好きな部類だけれど……
 さすがにこの場で10個食べろとか言われたらきついぞ!? 」

「いえ、お姉さんはお好きな物を満足する分だけ食べて下さい
 残りは僕が食べますので、ご心配はいりません

 店員さん、テイクアウトでドーナツください
 お姉さん、どの味にしますか? 」

「え、えっと、じゃあ………
 チョコとミルクと、イチゴも捨てがたいな……メープルも……」

結局、合計で20個以上という
大量のドーナツをお持ち帰り用のバラエティーパックで購入した彼ら。

手荷物になるだろうにという、少女のごくごく当たり前の心配を裏切り
休憩用のソファに腰を掛けた彼女と、食に対しての加減が狂っている人形により

大量のドーナツは、ものの15分と経たぬうちに完食されました。

もちろん、食べた個数は少女が4個、アレンが18個という
驚異的な差の開いた結果ではありましたが

まあ、これはアレンと食事を共にした誰もが
最初は度肝を抜かれる恒例行事ではありますので、取り立てて騒ぐような事態でもありません。

エレラやテトラ達と、入学初日に入った帰りのカフェでも
同じように起こった現象です。

「あー………さっきの話ね
 なんで国の中心である王都よりも、この空中都市がここまで先に発展しているかって内容

 一応、筋だけは通った説明が付くんだ」

「? それは何ですか? 」

「この空中都市、国内でもっとも大きな魔法学校を中心に栄える学園都市は
 いわゆる〈国の実験場〉みたいな目的も兼ねているんだと思う

 初めて使う技術とか、新しい試みや仕組みって
 次への可能性を秘めている面も確かにあるけれど

 それと同時に、失敗と言うリスクも背負っているからね

 だから、まずは観光客という
 実験に参加してくれる利用者が、年がら年中絶えないこの都市で実験する

 うまくいけば、それはいずれ王都にも取り入れていけばいいわけだし
 問題点が見つかれば、それの解決策や課題を解消するための方法を探し始められる

 最悪、失敗してしまったのならば
 それはそこでお終い、被害はこの都市内でこじんまりと抑えられる

 事故とか起きても、ここは空中都市で
 なおかつ海とや草原と言う、民家が少なめの広い都市に面した位置にあるから

 近くの港町への接触さえ避けられれば、被害は最小限に抑えられる

 都市が出来てから、そう考えはじめたのか
 はたまた、この人工的な浮遊都市をつくる前から、そういった計画があったのか

 さすがにそこまでは予想出来ないけど
 まあ、この都市が王都よりも発展している理由付けくらいにはなっただろう

 新しい事は、まず小規模で試してから次へと進む
 実験なんて言い方をするから、人間味の無い冷たい言い方に感じるけど

 理屈的には、筋の通った考え方ではあるよね」

「はい、僕も特におかしな点は感じません
 ただ、このことをこの都市に住む人々が聞いたとしたら

 大なり小なり、不信感や怒りと言った
 負の感情などに分類される感情は抱くのでしょうね」

「そうだね、だからこそ、そんな事は誰も表立っては言わない
 思ってても気が付いていても、黙ってる

 だって、無きゃ無いで困るもの、この場所
 まだリスク内容や詳細も分からない新技術を、検証も無しに本番で試すなんて

 そんな恐ろしい事は誰もしたくないからね

 それに、もしも住民にばれる時が来てしまっても、と
 そう考えての、この都市の充実した環境があるんじゃないかな?

 便利で、綺麗で、居心地のいい安全な住処だ
 たとえ、ここの発展した都市計画の訳を知ったところで

 この豊かさを体験してしまっては、そう簡単に手放させるわけじゃない
 一度上がった生活レベルを下げる事は、怠け者な生き物にとっては一番難しい事だ

 もっと充実した生活を、もっと安定した環境をと
 望み続ける人間の考え方こそが、この都市に積み上げて来た技術の原動力だからね」

「人間の皆さんはすごいですね
 たまに、怖くなったり理解が追い付かないことも多いですが

 それでも、より高いレベルを目指し望み続けるという欲求の強さには
 尊敬を覚える程の強い何かがあるのだなと、僕でも分かります

 ご覧くださいお姉さん
 あの期間限定、ラズベリーホイップスペシャルというドリンクだって

 本来であれば、あそこまで過剰に生クリームやチョコをはじめとした
 糖分の塊のような素材達で彩る必要性はありません

 しかし、あれこそが
 もっと甘く、もっと美味しく、ついでに見た目にもこだわろうと

 より上を目指し続けた人間の真骨頂の表れなのです

 ちょっとあれ買ってきますね
 お姉さんはどれがいいですか? 」

「……甘いのは、さすがにもうお腹いっぱいかな
 ドーナツ4個って、よく考えなくても十分食べ過ぎだし

 僕は、何かさっぱりしたものがいいや
 お砂糖なしのアイスティーをお願いできるかな? 」

「かしこまりました、では少し待っていてください
 僕は少し物足りなかったので、ドリンクと一緒にホットドックも買ってきます」

「君のお腹どうなってるの!?
 僕よりも体小さいのによく入るね!? 」

こうして、追加で買ったホットドック(三種類)もあっさりと完食して
一行は近くの書店へと立ち寄りました。

理由なんて特に無いけれど、近くに寄ったら立ち寄りたくなる
それが書店の魔力という物です。

「何を探されるのですか?
 観光ガイドや周辺のお店特集のされてある雑誌などでしょうか?

 僕のオススメは、小説エリアと絵本エリアと料理本エリアです
 図鑑なども捨てがたいですが、見ていてワクワクするのはこの3ジャンルです」

「……こんなに短時間で、性格やら趣味嗜好やらが丸わかりな子も珍しいな
 なんか逆に驚きだよ

 あと、僕はこんなに浮かれた白いワンピースやら
 レースのあしらわれたカンカン帽まで被っちゃいるが、観光客という訳じゃないんだ

 だから、探しているのもガイドとかじゃなくて
 この都市一体が記された地図の類だ

 入門の時に無料の地図は貰ったんだけど
 別行動するって言って、連れのメイドに持って行かれちゃったからね

 自分専用の、出来れば取られた地図よりもうんと詳しくて
 それでいて分かりやすい、詳細な物が欲しいんだ」

「でしたら、隣の棚に置かれている
 羽ペンのマークが目印のあの地図がいいと思います

 あの出版社は一月に一回、この都市の地図を更新して発行してくれています
 色分けや地図記号などで道順も分かりやすいですし

 裏面には、新しくオープンした店の情報や
 その月に開催される催し物のお知らせなどは記載されています

 師匠がこの都市に来て、最初に立ち寄った本屋さんでおススメされていました

 実際、同じ出版社の発行する別の地図帳も、後に購入していたので
 使いやすいのは確かなようです、僕も一冊はいつも持ち歩いています」

「………びっくりした
 ただの無表情な食いしん坊化と思ったら、意外な場面で役に立つじゃないか

 ありがとう、ではそちらを一つ、いや、二つ買っていこう
 連れもきっと、僕が持っているのを見たら欲しがるだろうから、前もって買っておく事にするよ

 そういえば、君は最初の方にも
 その師匠さんとやらの話題を出していたね
 
 ここに住み始めて一ヵ月くらい、とも言っていたし
 もしかしなくても、この都市の中心部に位置する魔法学校の生徒さんだったりするのかな? 」

「はい、その通りです
 僕は、国内最大の魔法職養成学校である〈ログリウム〉にて勉学に励み

 自身の能力向上や生活魔法などの技術技術習得を目的として
 師匠と共に、王都からこちらに移動し住んでします

 ……お姉さんも先程、こちらには観光では来たわけでは無い、とのお話でしたね
 では、移住者でしょうか? 」

「う~ん、移住っていうか、期間限定の仮住まいって感じかな

 成人までの残り数年は、遊んでていいっていう許可が出たからさ
 噂にまで聞いた、この巨大な空中都市とやらを

 国を出る前に見ておきたいと思ってね
 1、2年こちらに住む事にしたんだ、住んでみなきゃ分からない事ってあるだろ? 」

「? 国を出る前にって、成人したら国を出るのですか?
 すみません、まだ国の風習や決まりごとなどには疎くて……」

「いや、僕がたまたまそうなだけだから
 皆がみんなそうという訳ではない

 僕がたまたま、お家の都合上
 国を出て他国に行く感じになっただけだ、しかもその道は自分で選んでいる

 だから、これはこの国の常識とか風習とかは関係ないよ
 君、風習に疎いって事は、もしかして外国からの移住の子だったりするのかい?

 まあ、この国は移住者も多いし、全然珍しくは無いけど
 …………よく考えたら、まだ名前も聞いていなかったな

 少年、君の名前を聞かせてもらってもいいかい? 」

観光客ではなく、移住者でもなく
成人までの数年をこの都市で暮らすと決めた少女からの要求に対して

人形は抗理由など特になく
求められたとおりに、自身の名前を打ち明けました。

「僕の名前はアレン・フォートレス
 師匠の弟子として様々なことを学び続ける、魔法職養成学校の一年生です」

「アレン………アレン……フォートレス
 ……あはは、そうかそうか、君、アレンと言うのか

 なんだ、ならはじめから聞いておけばよかった」

少しだけ不思議な反応を返した少女は
アレンの名前を何度か口ずさみながら、どこか楽しそうに会計へと進みます。

そんな彼女の様子に訳も分からぬまま
人形は、見知らぬ少女とのなんてことない休日を過ごしました。

歩いては遊び、見ては話し、飽きる事も終える事も無く
楽しい時間は、あっという間に過ぎ去っていきます。

「アレン・フォートレス
 いや、フルネームを呼ぶのも長ったらしいから、これからはアレンくんと呼ばせてもらうよ

 アレンくん、今日は僕の暇つぶしに付き合ってくれてありがとう
 そして、君に頼みたい事がやっと決まったよ

 聞いてくれるかい? 」

「はい、僕に出来ることでしたら
 是非お手伝いさせてください、今日のお休みは僕も楽しかったです」

それは良かったと、少し目を伏せてから
少女は、アレンの手に先程購入した地図の一つを手渡してきました。

先程購入したばかりの新品であるはずのその地図は
外装の保護用フィルムが剝がされた状態で、アレンの手にすっぽりと収まります。

「明日、僕の住む家に来て、引っ越し作業を手伝ってほしいんだ
 場所や時間は地図の中に書き込んでおいたから、後で確認してくれ

 力仕事、得意なんだろ? 」

そして、短い挨拶と時間厳守を念押しした少女は
近くに通りかかったタクシーを呼び止めると

アレンをその場に残して、さっさと帰って行ってしましました。

(なんだろう、最後の方は慌ただしかったな
 何か急ぎの用事でもあったのでしょうか? )

その場にポツンと取り残された人形。

夕日に照らされた町中で佇む彼は
渡されたばかりの地図を開き、中に書き込まれていた内容を

その場で確認しはじめます。


『明日、朝の9時に集合
 動きやすい服装でお越しください ルシア』



(おまけ)

〔国に広まっている童話集より抜粋〕

国造りの章
外からの来訪者

星の祝福と輝きだけが満ちた土地に
神様だけが住んでいました。

美しい空、澄んだ水
豊かな恵みに、穏やかな気候。

まるで楽園と呼べるような
草木生い茂る争いの無い理想郷でしたが

そこには神様しかおらず、ただ平和なだけの孤独な時間が流れていました。

しかし、そんな祝福された大地に
ある日、外の世界から来訪者がやって来たのです。

平穏に暮らせる場所を求めてやって来た
『人間』と呼ばれるその生き物を、神様は心から歓迎すると

その人間が、ここに心地よく住む事が出来るように
様々な加護や贈り物を授けました。

神様からの、手厚い歓迎を受けた人間は
土を耕し、水を引き、食べ物を育てて、家を建てます。

そして、次第にその周辺に住む
古い精霊や陽気な妖精たちの手を借りて

星の祝福の満ちるこの土地に
人の住む、豊かな国を築き上げたのです。

最初から住んでいた神様は
「これでもう、寂しい思いをする事は無い」と大層喜び

その国に、溢れんばかりの祝福を授けました。

やがて、神様と人間が手を取り合い
新たな命が数多く産まれ、この国はより一層活気づいていきました。

様々な恩恵を受けた人間は
国民を代表する王として、星の神様に誓います。

「私たちは止まりません
 よりこの国を豊かにするため、それぞれの道を進み続けます

 そしていつまでも、自らの行く先を探し続けます
 
 荒れた波を越えるように、嵐の中を彷徨うように
 迷う事もあるでしょう

 しかし、そのような困難にも負けない
 強い船を作り、私たちはこの先を進み続けます

 どうか神様、私たちの先を見届け下さい」

神様は星となり、繁栄する国を見守り続ける事にしました。

いつまでも、末永く、彼らがここで平穏に暮らせますように
そう祈りながら、神様はいつも私たちを見ています。


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