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4章 新しい生活から魔法学校の日常まで
43話 作戦会議と解決法
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「あははは! え? 結局何よ?
あんなに威勢よく、お留守番対策もこれでばっちりです! とか言ってたのに
2日目にして、寂しさに耐えられなくなって眠れなかったって?
も~、アレンって思ってたよりもだいぶお子ちゃまなのね
そんなことで朝から調子が悪いなんて、しかも残り日数はあと6日もあるんでしょ?
まだ結構あるじゃない、今からそんな調子で大丈夫なの~?
あはは、あ~おかしい、笑いすぎてお腹痛くなっちゃった
私の女子寮で良ければ、寮母さんに相談してあげましょうか?
訳を話したら憐れんで、一時的に泊めてくれるかもよ?
まあ、その時はもちろん、女子寮なんだから女装でも何でもしてもらうけどね~」
「エ、エレラちゃん、そんなに笑っちゃ可哀そうだよ
だってアレン君は、これがはじめての留守番になるんだろうし
そりゃ、今まで誰かがそばにずっといるのが当たり前だったのが
急に一人になったって言ったら、誰だって不安にくらいなるよ
アレン君、大丈夫そう?
もし、どうしても無理そうなら、僕の借りてる部屋に泊まりに来る?
僕は寮住まいじゃなくて、学校敷地外の町でアパートを一室借りて住んでるから
アレン君がしばらく泊る場所としては、特に問題ないと思う
少し手狭かもだけど、部屋なら何個か使ってないのがあるし
もしアレン君さえ良ければ
残りの6日間は一緒に過ごそうよ」
「うぅ、ありがとうございます、テトラ
意地悪なエレラと違って優しすぎです、天使です
……でも師匠と、夜は早くお家に帰るという約束をしていますし
僕まで屋敷を不在にしてしまうと、使い魔のノッポさんが寂しがるかもなので
申し出はすごくすごくありがたいのですが
今回はお断りさせてください
でも、テトラのその優しさは、僕の心の栄養になりました
ありがとうございます
こうして、みんなとワチャワチャしてる時には
そんな感じ全く無いというのに
師匠との定時通信を終えた辺りから
急にこう、ぐわっとくるのです、あの、なんとも形容のしずらい、空っぽな感じの……」
「さ・び・し・さ、でしょ~?
もう~ちゃんと言葉で言い表せる感情じゃない、はっきり言って見なさよ~アハハ」
「う、うわぁ~ん! エレラが僕をいじめます~! 」
「だ、ダメだよエレラちゃん
意地悪され過ぎて、アレン君なんだか幼児退行し始めてるし
でも、寂しいって単語すら聞きたくなくなるほどの症状って
なかなか重症なんじゃない?
それって、名前も言いたくない程嫌いな生物
例を挙げるなら、ゴキブリとかと同じ扱いってわけでしょ?
確かに、寂しいなんて感情、誰も好き好んで味わいたいものでは無いけど
それはそれで、今回のアレン君の症状もなかなか重い気がするよ」
「う、うわぁ、ゴキブリと同じぐら寂しさが身に染みて嫌いになってるって
そう考えると、少し可哀そうに思えなくもないわね
わ、悪かったわよ、少し意地悪し過ぎたわ
撫でてあげるから泣き止んでちょうだい、よしよし」
「うぅ、エレラのなけなしの優しさすら身に沁みます」
人形にしては珍しく、寝苦しい夜を何とか乗り越えた翌日
その日の昼休み、アレンよりも早くに来て席を確保してくれていたテトラと
アレンよりも少し遅れて、いつもの菓子パンと牛乳を片手にやって来たエレラに対して
見知った顔と人との関わりによる安心感から
彼は昨晩に起こった事を、洗いざらい全て余す事無く事細かに喋ってしまっていました。
等身大人形でのおままごとのくだりまで、全て。
ちなみに、午前中の授業で会った顔見知りのクラスメイトや
ペアのハンスに対してには、何故甘えず耐えられていたのかと言うと
普段からお子様だチビだと言われる事の多いアレンなりの
ちょっとした見栄や意地で頑張っていたからという理由に他なりません。
自分を大きく見せたい、かっこよく思われたい
複雑なお年頃の小さな人形、それが今のアレンなのです。
しかし、そんな薄っぺらな張りぼての虚勢も
親しい仲であると言ってしまってもいい、彼らの前では無駄な事。
会った瞬間、声を聴いた次の時には
もう、涙腺やら感情やらの防波堤的な色々な物が見事に崩壊し
膝から崩れ落ちて泣きつくという大胆な醜態をさらしてしまったのです。
彼らの食事するスペースが
食堂のテラス席、木陰の差す隅っこの席であった事は幸いでした。
おかげで、そんな恥ずかしい姿を
テトラやエレラ以外には、なんとか見られずに済んだのですから。
「ずずっ! ……ぐすっ、でも、これは困ったことになりました
今日の朝やった、師匠との定時通信の時には
なんとか平静を装えましたが、それでも、少し違和感を感じ取られたような気がします
師匠相手に、この手の内容でごまかしが効いたことなんて一度もありません
お菓子をこっそりと盗み食いして、隠そうとした時ですら
僕の細かな仕草や言葉の端々から、真実を見抜いてしまうお方なのです
油断も隙もありません、とにかく師匠はすごいのです」
「それ、もしかしてアレンの口の端に
お菓子の屑が付いてたから気が付いた、とかの理由なんじゃない?
今もほら、コロッケの衣やソースが口の端にベッタリ付いてるもん
どうせ、お菓子を食べた後に慌てていたから口を拭き忘れたとかでしょ
……しかし、どうやったらそこまで大胆に付けれるのかしら?
口から離れたほっぺたにまで付いてるし、アレンは顔でコロッケを食べるの? 」
「そ、そういう訳では………
え、えっと! とにかく、このままではいずれ
師匠にばれてしまうのも時間の問題なのです!
そうなれば、僕を心配した師匠は予定を前倒しにしてでも
急いで帰って来てしまうかも、いえ、それ自体は僕にとって嬉しいことなのですが
でもでも、そうなれば、このお留守番が成功したとは
とても言えなくなってしまいます!
だって、師匠が出張を切り上げて急ぎ帰るということは
目的であったお仕事を取りやめてきちゃうということですし
当初の目的を何も果たせず、ただ僕がダメダメな弟子であるということを
証明しただけになって、計画が全部台無しです!
それだけは回避しなければ、そしてこの、さ、寂しさ? とかいう
厄介な感情への解決策を見付けないことには、今後の活動にも影響が出かねません!
お二人とも、是非お力をお貸しくださいませ
なんか、二人とも普段から僕より大人っぽくて
こういう問題への対策とか、何かいっぱい知っていそうなような
そんな雰囲気を、僕の第六感がビシバシと感じ取っているのです
どうかご慈悲を
僕のお小遣いで許す範囲であれば、今日はお好きな物を何でも奢りますから!
何ですか? ハンバーグサンドとかですか? それともゴロゴロ牛筋カレーでしょうか?
新作の濃厚豚骨ラーメンの場合は、是非僕にも一口分けてほしいのです
なにとぞ、なにとぞ~」
「わたし! オムライスとクリームシチューが食べたい!
デミグラスソースで大盛りの奴がいい! あれ美味しそうだから一回食べてみたかったのよ!
やった~ラッキー! 解決策なら、このエレラさんにドーンと任せなさーい! 」
「あはは、も~、エレラちゃんはちゃっかりしてるな~
あ、アレン君、僕はコーヒー牛乳っていうのが飲んでみたいから、それでお願い
僕で良ければ、いくらでも相談に乗るよ
みんなで頑張って、アレン君の寂しさ克服方法を見付けよう!」
「ありがとうございます、二人とも
ちょっと待っていてください、オムライスにクリームシチューとコーヒー牛乳
あと、僕のお替り用のラーメンと食後のプリンを5つ程買ってきますから」
かくして、昼休みのテラス席で開催された
『第一回 アレンのお留守番対策、緊急会議』は幕を開けました。
彼らは、広いテーブルの上に並べられた料理を平らげながら
寂しさや人間の感情、苦手克服の時に良く用いられる代表的な方法などを話題にあげつつ
各自、自らが要望した食事をペロリと平らげます。
そして、昼休みも後半戦に突入した頃
食後のプリンを突きながら、彼らは一つの、明確な結論へとたどり着くのでした。
「結局、慣れちゃうのが一番楽だよね」
「そうね、辛さも怖さも
とりあえず場数踏んだり、もっとすごい物を見ると大抵慣れちゃうもの
2、3回とかじゃまだまだきついかもだけど
5回目くらいになると、もうだいぶ慣れて来るんじゃない?
つまりアレン、5日目くらいまでが勝負よ! 頑張んなさい! 」
「それじゃ、単なる根性論じゃないですか
魔法協議研究会の筋肉先輩と言い、人間は根性や筋肉、力でごり押しするのがお好きですよね
山のようにそびえる、たくましい筋肉がそこまで好きですか」
「いや、だれも筋肉の話なんてしてないけど……」
解決策を募る為に、わざわざ食後のプリンまで購入したアレンからしてみると
それは身も蓋も無い、絶望的な答えの一つです。
慣れるまで、耐えるしかない
一度慣れてしまえば大丈夫、繰り返せばいつかは慣れる。
そんな事、誰かに言われるまでも無く
当然、一番最初に思いつくような無難な着地点ではあります。
しかし、彼の問題はそこではありません。
いつか慣れる、いずれ慣れる事は分かりますが
肝心の今、慣れていない今現在が辛いのですから、知りたいのはその解決策。
もっと言えば、それに慣れるまでの、緩和措置的な秘策が知りたいのです。
辛いのは今、時間の流れる現在真っ最中であって
ギリギリいっぱいいっおぱいの彼にとって、慣れた後の未来の事など知ったこっちゃありません。
半分以上、誰かにすがり吐き出したいという思いで始まったこの会議でしたが
忍耐による慣れを待つ、という方法が話の結論になってしまうのかと
半ばどこか諦めたような面持ちで
3つ目のプリンに手を出そうとしたアレン。
しかし、彼のその弱々しい右手は
エレラの静止によって止められました。
「でも、その寂しさを少しでも軽くするために、気を紛らわせる方法くらいなら
今ここでだけでも、いくつか思いつくんだけれど
アレン、私のとっておきの秘策、聞きたい? 」
「!? き、聞きたいです!
はじめから、この厄介な感情を全て打ち払う方法なんて
そんな虫のいい方法が無いことは分かっていました
でも! それを少しでも楽にできる方法
もしくは、師匠が戻るまでの間のこの残り6日間だけでも、乗り越えられる方法があるのならば
何でもいいです! 是非、僕に教えてください、エレラ! 」
「そう、殊勝な心掛けね、懸命だわ
それじゃ、この最後のプリンは私が貰っていいのよね? 」
「あ………は、はい、も、もち、もちろんです
ど、どうぞ…………お召し上がり、ください」
「アレン君、今回はさすがにあきらめよう
一応、君もう既に2個もプリン食べてるんだから……」
そしてエレラは、食い意地の張ったアレンから貰った、2個目のプリンを綺麗に食べ終えると
また、その大きな瞳に涙を溜めはじめたアレンに対して
彼女の思いつく、とっておきの秘策とやらを説明してくれます。
その方法は、最後のプリンを取られたアレンが
プリンくらい安いものかと、あっさり割り切れてしまう程には、役に立ちそうな内容でした。
「それじゃ、私から今回教えられそうなことはこれくらいだし
後は自分で頑張ってね、オムライスとかプリンとか、色々ごちそうさまでした
また何かあったら、次も相談に位は乗るわよ
そうね、この次はハヤシライスとかがいいな~」
「あんまり求めたらアレン君が可哀そうだよ
ごちそう様、奢ってくれてありがとね、また今度お礼するから
あと、慣れるしかないって言っても無理は禁物なんだから
もうだめ、無理そうってなったら、我慢せずに相談してね
最悪の場合、僕が使い魔の精霊さんを連れて、君のお屋敷にお泊りにも行けるから
その時は、一晩中ゲームをしたりお菓子を食べたりして一緒に遊ぼう
そうすれば、きっと寂しさもどっか行っちゃうよ! 」
「はい、ありがとうございます、エレラ、テトラ
でも、これで何とかなりそうな気がしてきました
もう少し、僕だけでお留守番を頑張ってみます
良い知らせを待っていて下さい
今日は相談に乗ってもらってすみませんでした
それでは二人とも、また明日」
こうして、お昼休みに行われた緊急対策会議は無事に終了。
午後の授業に備えた移動時間や授業準備の為に
会議を終えた彼らは、テーブルの上に置かれた空の食器やプリンのゴミを片付けて
それぞれの教室へと戻ります。
そして、友人から授かったとっておきの奥の手を
自身のノートにしかと書き留めた人形は
午前中までの憂いや不安など初めから無かったような顔をして
意気揚々と、次の選択授業で使う教材を取りに行くのでした。
そして、時間は進み午後8時45分。
今日は買い物の予定も特になかったアレンは
まっすぐ家へと帰り、夕食や入浴を早めに済ませると
決められていた予定よりも少しばかり早い時間に
師匠であるライルへと、定時連絡の通信を行うことにします。
調特急の列車で王都にたどり着いたライルに対して
その晩、アレンが通信機越しに話した内容は
もちろん、今日のお昼に友人と共に考えた今晩の秘策についてでした。
「………という内容でお話は進みました
最後には、エレラからとても良い案を教えてもらえましたし
これでもう、今日の夜から寂しさに負けることはありません
僕は自分の感情に負けない強いお人形に進化するのです
師匠、今朝は通信時の返答内容で不具合を起こし
余計な心配をお掛けしてしまいごめんなさい、でも、もうこれで大丈夫です」
「そっか、学校のお友達とも楽しそうで何よりだよ
面白い事も思いついて、確かに朝よりは元気になってるみたいだし、良かった良かった
……でも、アレンに寂しい思いをさせた事実は変わらないからな
やっぱり、だいぶ心配ではあるよ、心配だし、なんだか申し訳ない気がする
その、皆と考えた方法だって
気を紛らわす方法としては最適だと俺も思った、でもたぶんそれでも
途中で必ず、ふと気が付いた時に、またアレンが寂しいなって思う時があると思う
それを思うと、どうしても心配しないなんて事は出来ないよ
ごめんな、まだ学校にも慣れ始めたばっかりで大変なこの時期に
色々と我慢させるような事態になっちゃって
こっちからも、全然約束を守ってないハンスには電話をかけてみる
今日はもう無理だと思うけど、明日からは必ず屋敷を訪ねてもらうようにするから
アレンもあんまり無理しないで、少しでも気を楽にして過ごしててくれ
仕事の方も、出来るだけ早く片付けて、予定よりも早くそっちに戻れるようにガンバ……」
「わー!わー!わーー!! だめ! ダメなのです師匠!
それやっちゃ本末転倒で当初の目的を何にも果たせず、このお留守番が失敗になってしまいます!
それでは、エレラやテトラに手伝ってもらって考えた作戦もパーになって
僕がダメダメ人形のレッテルを頂戴しただけの最悪な数日間になります
それだけはなりません! だから早く帰るとか無しなのですよ! 師匠!
お仕事とかお掃除とか頑張って、予定通りに無事で帰ってきてください! 」
「いや……掃除はほとんどエコーがやってくれてたから
部屋は驚くほど綺麗なんだけど………むしろ出かける前より綺麗になってるんだけど……
そ、それよりも、アレンに辛い思いをさせる時間は
出来るだけ短いに越した事は無いし……
ただでさえ、つい最近騒動があったばかりなのに……」
「そ、それでは! こたびのお留守番による苦難も
人形である僕に与えられた、成長への試練だとお考え下さい、師匠
前回の僕の小さなお城をきっかけに起こった上級生との揉め事
その状況と似たものなのだと、必要な困難で、これを乗り越えることが必要だと
大丈夫です師匠! 前回は、僕のふがいない所をたくさんお見せしましたが
今回はその逆、名誉挽回の為にアレンはとても頑張るのです! 」
顔も見えない、通信機越しのライルに対して
人形アレンは、力強い必死の熱弁を続けます。
言葉足らずで分かりにくい、まだ幼さの強く残る言葉の数々ではありましたが
その言葉からも現れている、彼の人間的で必死な声からは
人形アレンの身に起きた、短期間での変化や成長の気配を、鮮明に感じ取ることが出来ました。
そして、まだ幼いアレンは
受話器の向こう側で、未だ判断に困っている心配性の師匠を納得させる為
最後のダメ押しと言わんばかりに、大きな見栄を張って見せます。
「師匠がこのお屋敷にお帰りになられた際には
きっと、僕の成長しまくったビックな姿を目の前にして
驚きのあまり、腰どころかあごや背骨さえも引っこ抜かせてしまうでしょう
なので、どうぞ心配し過ぎずに
この人形、アレン・フォートレスの勇姿を想像しながら
お城でのお仕事、頑張って下さいね、師匠
師匠の弟子である僕も、たくさん頑張るので」
友人と考えた秘策を片手に
アレンはライルとの定時連絡を今日も終える事が出来ました。
彼の夜はまだまだこれからです。
(おまけ)
〔国内で良く出回っている童話集より抜粋〕
「そりゃ、お前さん捨てられたんだ、子供じゃあるまいし、そんな嘘なんて
誰に説明されるまでも無く、最初っから分かってた事だろう
子供は大人になって、それで俺らはお役御免、そこで与えられた役目はお終いなのさ
良いじゃねえか、それで十分満足じゃねーか、俺達は子供の時期っている貴重な時間を
玩具として影ながら支えて、成長した子の門出を見送る、それはとても名誉な事だろーが
それなのに、お前はこれ以上何がしたいんだ? 」
嵐によって押し流された、町のようだった残骸の山を目の前にして
ブリキさんは、傍らに横たわるぬいぐるみの質問に答えます。
彼の意見を、肯定する事も、否定する事もなく
ただ淡々と、無機物の様に答えました。
「玩具なんて、最初から全て作り物で、偽物だろう
それならば、自身の信じたい嘘を、本当の事の様に信じたかったのだ
信じて、信じたまま進み続けて、ずっとずっと信じていれば
いつかふと気が付いた時には、それが現実になっているかもしれない
それに、もし、吾輩の理想の町とやらが、本当に完成して
いつかあの子に、見せてやれるような出来栄えになれれば
大人になったあの子が、いつか大人である事に疲れた時に
もしかしたら、少しは助けになるんじゃないかと
昔の様に、喜んでくれるのではないかと、そんな事を思ってしまうと
どうしても、止まる事が、出来ぬのだ」
くたびれたぬいぐるみは、それ以上、錆びたブリキの玩具を問い詰めませんでした。
しばらく雨は止みませんでしたが、それでも数日後には綺麗な晴れの日が訪れて
濡れてぬかるんだゴミ捨て場を、温かな日差しで綺麗に乾かしてくれます。
そして、ブリキさんは自身の宣言通りに、止まる事無く動き続けました。
建てては崩れて、崩れては建て直して
材料を集めては組み方を変え、落ちていた本や雑誌を参考にして、新たな構造を学んでいきます。
時にはこっそりと、人の町まで降りて勉強もしました。
夜の街を散策し、捨ててあるチラシや雑誌をかき集めたり
外灯に照らされた暗い街並みの僅かな視界からでも
彼らは必要な技術を学び持ち帰ろうと必死です。
そんな無意味で無駄な努力や作業に対して
くたびれたぬいぐるみが、ブリキさんに苦言を申す事も
時がたつに連れて、段々と減っていましたが
日々忙しく過ごしていた彼らには、気が付く暇すらありません。
ただ忙しく、歩む事をやめず、夢を忘れず過ごしているうちに季節は巡り
次の年の嵐が、また去年と同じように、彼らの築き上げてきた町を襲いましたが
町に車輪を取り付けて、動かせるようにしていたブリキさん達のアイデアにより
物陰に隠された彼らの町が、再び嵐で吹き飛ばされる事はありませんでした。
気が付けば、彼らの作ったガラクタの町は
最初の頃に作った物よりも、ずいぶんと大きく立派で便利な町になっていましたが
ブリキさんは、まだ足りないと溢すばかり。
やがて、広かったゴミ捨て場も手狭になってきた頃
動く町と、たくさんの仲間を引き連れて、ブリキさんは旅に出る事にします。
ゴロゴロ、ガタン、ギコギコ、ガタガタ
彼はまだ、止まりません。
(このページはここで終わっている)
あんなに威勢よく、お留守番対策もこれでばっちりです! とか言ってたのに
2日目にして、寂しさに耐えられなくなって眠れなかったって?
も~、アレンって思ってたよりもだいぶお子ちゃまなのね
そんなことで朝から調子が悪いなんて、しかも残り日数はあと6日もあるんでしょ?
まだ結構あるじゃない、今からそんな調子で大丈夫なの~?
あはは、あ~おかしい、笑いすぎてお腹痛くなっちゃった
私の女子寮で良ければ、寮母さんに相談してあげましょうか?
訳を話したら憐れんで、一時的に泊めてくれるかもよ?
まあ、その時はもちろん、女子寮なんだから女装でも何でもしてもらうけどね~」
「エ、エレラちゃん、そんなに笑っちゃ可哀そうだよ
だってアレン君は、これがはじめての留守番になるんだろうし
そりゃ、今まで誰かがそばにずっといるのが当たり前だったのが
急に一人になったって言ったら、誰だって不安にくらいなるよ
アレン君、大丈夫そう?
もし、どうしても無理そうなら、僕の借りてる部屋に泊まりに来る?
僕は寮住まいじゃなくて、学校敷地外の町でアパートを一室借りて住んでるから
アレン君がしばらく泊る場所としては、特に問題ないと思う
少し手狭かもだけど、部屋なら何個か使ってないのがあるし
もしアレン君さえ良ければ
残りの6日間は一緒に過ごそうよ」
「うぅ、ありがとうございます、テトラ
意地悪なエレラと違って優しすぎです、天使です
……でも師匠と、夜は早くお家に帰るという約束をしていますし
僕まで屋敷を不在にしてしまうと、使い魔のノッポさんが寂しがるかもなので
申し出はすごくすごくありがたいのですが
今回はお断りさせてください
でも、テトラのその優しさは、僕の心の栄養になりました
ありがとうございます
こうして、みんなとワチャワチャしてる時には
そんな感じ全く無いというのに
師匠との定時通信を終えた辺りから
急にこう、ぐわっとくるのです、あの、なんとも形容のしずらい、空っぽな感じの……」
「さ・び・し・さ、でしょ~?
もう~ちゃんと言葉で言い表せる感情じゃない、はっきり言って見なさよ~アハハ」
「う、うわぁ~ん! エレラが僕をいじめます~! 」
「だ、ダメだよエレラちゃん
意地悪され過ぎて、アレン君なんだか幼児退行し始めてるし
でも、寂しいって単語すら聞きたくなくなるほどの症状って
なかなか重症なんじゃない?
それって、名前も言いたくない程嫌いな生物
例を挙げるなら、ゴキブリとかと同じ扱いってわけでしょ?
確かに、寂しいなんて感情、誰も好き好んで味わいたいものでは無いけど
それはそれで、今回のアレン君の症状もなかなか重い気がするよ」
「う、うわぁ、ゴキブリと同じぐら寂しさが身に染みて嫌いになってるって
そう考えると、少し可哀そうに思えなくもないわね
わ、悪かったわよ、少し意地悪し過ぎたわ
撫でてあげるから泣き止んでちょうだい、よしよし」
「うぅ、エレラのなけなしの優しさすら身に沁みます」
人形にしては珍しく、寝苦しい夜を何とか乗り越えた翌日
その日の昼休み、アレンよりも早くに来て席を確保してくれていたテトラと
アレンよりも少し遅れて、いつもの菓子パンと牛乳を片手にやって来たエレラに対して
見知った顔と人との関わりによる安心感から
彼は昨晩に起こった事を、洗いざらい全て余す事無く事細かに喋ってしまっていました。
等身大人形でのおままごとのくだりまで、全て。
ちなみに、午前中の授業で会った顔見知りのクラスメイトや
ペアのハンスに対してには、何故甘えず耐えられていたのかと言うと
普段からお子様だチビだと言われる事の多いアレンなりの
ちょっとした見栄や意地で頑張っていたからという理由に他なりません。
自分を大きく見せたい、かっこよく思われたい
複雑なお年頃の小さな人形、それが今のアレンなのです。
しかし、そんな薄っぺらな張りぼての虚勢も
親しい仲であると言ってしまってもいい、彼らの前では無駄な事。
会った瞬間、声を聴いた次の時には
もう、涙腺やら感情やらの防波堤的な色々な物が見事に崩壊し
膝から崩れ落ちて泣きつくという大胆な醜態をさらしてしまったのです。
彼らの食事するスペースが
食堂のテラス席、木陰の差す隅っこの席であった事は幸いでした。
おかげで、そんな恥ずかしい姿を
テトラやエレラ以外には、なんとか見られずに済んだのですから。
「ずずっ! ……ぐすっ、でも、これは困ったことになりました
今日の朝やった、師匠との定時通信の時には
なんとか平静を装えましたが、それでも、少し違和感を感じ取られたような気がします
師匠相手に、この手の内容でごまかしが効いたことなんて一度もありません
お菓子をこっそりと盗み食いして、隠そうとした時ですら
僕の細かな仕草や言葉の端々から、真実を見抜いてしまうお方なのです
油断も隙もありません、とにかく師匠はすごいのです」
「それ、もしかしてアレンの口の端に
お菓子の屑が付いてたから気が付いた、とかの理由なんじゃない?
今もほら、コロッケの衣やソースが口の端にベッタリ付いてるもん
どうせ、お菓子を食べた後に慌てていたから口を拭き忘れたとかでしょ
……しかし、どうやったらそこまで大胆に付けれるのかしら?
口から離れたほっぺたにまで付いてるし、アレンは顔でコロッケを食べるの? 」
「そ、そういう訳では………
え、えっと! とにかく、このままではいずれ
師匠にばれてしまうのも時間の問題なのです!
そうなれば、僕を心配した師匠は予定を前倒しにしてでも
急いで帰って来てしまうかも、いえ、それ自体は僕にとって嬉しいことなのですが
でもでも、そうなれば、このお留守番が成功したとは
とても言えなくなってしまいます!
だって、師匠が出張を切り上げて急ぎ帰るということは
目的であったお仕事を取りやめてきちゃうということですし
当初の目的を何も果たせず、ただ僕がダメダメな弟子であるということを
証明しただけになって、計画が全部台無しです!
それだけは回避しなければ、そしてこの、さ、寂しさ? とかいう
厄介な感情への解決策を見付けないことには、今後の活動にも影響が出かねません!
お二人とも、是非お力をお貸しくださいませ
なんか、二人とも普段から僕より大人っぽくて
こういう問題への対策とか、何かいっぱい知っていそうなような
そんな雰囲気を、僕の第六感がビシバシと感じ取っているのです
どうかご慈悲を
僕のお小遣いで許す範囲であれば、今日はお好きな物を何でも奢りますから!
何ですか? ハンバーグサンドとかですか? それともゴロゴロ牛筋カレーでしょうか?
新作の濃厚豚骨ラーメンの場合は、是非僕にも一口分けてほしいのです
なにとぞ、なにとぞ~」
「わたし! オムライスとクリームシチューが食べたい!
デミグラスソースで大盛りの奴がいい! あれ美味しそうだから一回食べてみたかったのよ!
やった~ラッキー! 解決策なら、このエレラさんにドーンと任せなさーい! 」
「あはは、も~、エレラちゃんはちゃっかりしてるな~
あ、アレン君、僕はコーヒー牛乳っていうのが飲んでみたいから、それでお願い
僕で良ければ、いくらでも相談に乗るよ
みんなで頑張って、アレン君の寂しさ克服方法を見付けよう!」
「ありがとうございます、二人とも
ちょっと待っていてください、オムライスにクリームシチューとコーヒー牛乳
あと、僕のお替り用のラーメンと食後のプリンを5つ程買ってきますから」
かくして、昼休みのテラス席で開催された
『第一回 アレンのお留守番対策、緊急会議』は幕を開けました。
彼らは、広いテーブルの上に並べられた料理を平らげながら
寂しさや人間の感情、苦手克服の時に良く用いられる代表的な方法などを話題にあげつつ
各自、自らが要望した食事をペロリと平らげます。
そして、昼休みも後半戦に突入した頃
食後のプリンを突きながら、彼らは一つの、明確な結論へとたどり着くのでした。
「結局、慣れちゃうのが一番楽だよね」
「そうね、辛さも怖さも
とりあえず場数踏んだり、もっとすごい物を見ると大抵慣れちゃうもの
2、3回とかじゃまだまだきついかもだけど
5回目くらいになると、もうだいぶ慣れて来るんじゃない?
つまりアレン、5日目くらいまでが勝負よ! 頑張んなさい! 」
「それじゃ、単なる根性論じゃないですか
魔法協議研究会の筋肉先輩と言い、人間は根性や筋肉、力でごり押しするのがお好きですよね
山のようにそびえる、たくましい筋肉がそこまで好きですか」
「いや、だれも筋肉の話なんてしてないけど……」
解決策を募る為に、わざわざ食後のプリンまで購入したアレンからしてみると
それは身も蓋も無い、絶望的な答えの一つです。
慣れるまで、耐えるしかない
一度慣れてしまえば大丈夫、繰り返せばいつかは慣れる。
そんな事、誰かに言われるまでも無く
当然、一番最初に思いつくような無難な着地点ではあります。
しかし、彼の問題はそこではありません。
いつか慣れる、いずれ慣れる事は分かりますが
肝心の今、慣れていない今現在が辛いのですから、知りたいのはその解決策。
もっと言えば、それに慣れるまでの、緩和措置的な秘策が知りたいのです。
辛いのは今、時間の流れる現在真っ最中であって
ギリギリいっぱいいっおぱいの彼にとって、慣れた後の未来の事など知ったこっちゃありません。
半分以上、誰かにすがり吐き出したいという思いで始まったこの会議でしたが
忍耐による慣れを待つ、という方法が話の結論になってしまうのかと
半ばどこか諦めたような面持ちで
3つ目のプリンに手を出そうとしたアレン。
しかし、彼のその弱々しい右手は
エレラの静止によって止められました。
「でも、その寂しさを少しでも軽くするために、気を紛らわせる方法くらいなら
今ここでだけでも、いくつか思いつくんだけれど
アレン、私のとっておきの秘策、聞きたい? 」
「!? き、聞きたいです!
はじめから、この厄介な感情を全て打ち払う方法なんて
そんな虫のいい方法が無いことは分かっていました
でも! それを少しでも楽にできる方法
もしくは、師匠が戻るまでの間のこの残り6日間だけでも、乗り越えられる方法があるのならば
何でもいいです! 是非、僕に教えてください、エレラ! 」
「そう、殊勝な心掛けね、懸命だわ
それじゃ、この最後のプリンは私が貰っていいのよね? 」
「あ………は、はい、も、もち、もちろんです
ど、どうぞ…………お召し上がり、ください」
「アレン君、今回はさすがにあきらめよう
一応、君もう既に2個もプリン食べてるんだから……」
そしてエレラは、食い意地の張ったアレンから貰った、2個目のプリンを綺麗に食べ終えると
また、その大きな瞳に涙を溜めはじめたアレンに対して
彼女の思いつく、とっておきの秘策とやらを説明してくれます。
その方法は、最後のプリンを取られたアレンが
プリンくらい安いものかと、あっさり割り切れてしまう程には、役に立ちそうな内容でした。
「それじゃ、私から今回教えられそうなことはこれくらいだし
後は自分で頑張ってね、オムライスとかプリンとか、色々ごちそうさまでした
また何かあったら、次も相談に位は乗るわよ
そうね、この次はハヤシライスとかがいいな~」
「あんまり求めたらアレン君が可哀そうだよ
ごちそう様、奢ってくれてありがとね、また今度お礼するから
あと、慣れるしかないって言っても無理は禁物なんだから
もうだめ、無理そうってなったら、我慢せずに相談してね
最悪の場合、僕が使い魔の精霊さんを連れて、君のお屋敷にお泊りにも行けるから
その時は、一晩中ゲームをしたりお菓子を食べたりして一緒に遊ぼう
そうすれば、きっと寂しさもどっか行っちゃうよ! 」
「はい、ありがとうございます、エレラ、テトラ
でも、これで何とかなりそうな気がしてきました
もう少し、僕だけでお留守番を頑張ってみます
良い知らせを待っていて下さい
今日は相談に乗ってもらってすみませんでした
それでは二人とも、また明日」
こうして、お昼休みに行われた緊急対策会議は無事に終了。
午後の授業に備えた移動時間や授業準備の為に
会議を終えた彼らは、テーブルの上に置かれた空の食器やプリンのゴミを片付けて
それぞれの教室へと戻ります。
そして、友人から授かったとっておきの奥の手を
自身のノートにしかと書き留めた人形は
午前中までの憂いや不安など初めから無かったような顔をして
意気揚々と、次の選択授業で使う教材を取りに行くのでした。
そして、時間は進み午後8時45分。
今日は買い物の予定も特になかったアレンは
まっすぐ家へと帰り、夕食や入浴を早めに済ませると
決められていた予定よりも少しばかり早い時間に
師匠であるライルへと、定時連絡の通信を行うことにします。
調特急の列車で王都にたどり着いたライルに対して
その晩、アレンが通信機越しに話した内容は
もちろん、今日のお昼に友人と共に考えた今晩の秘策についてでした。
「………という内容でお話は進みました
最後には、エレラからとても良い案を教えてもらえましたし
これでもう、今日の夜から寂しさに負けることはありません
僕は自分の感情に負けない強いお人形に進化するのです
師匠、今朝は通信時の返答内容で不具合を起こし
余計な心配をお掛けしてしまいごめんなさい、でも、もうこれで大丈夫です」
「そっか、学校のお友達とも楽しそうで何よりだよ
面白い事も思いついて、確かに朝よりは元気になってるみたいだし、良かった良かった
……でも、アレンに寂しい思いをさせた事実は変わらないからな
やっぱり、だいぶ心配ではあるよ、心配だし、なんだか申し訳ない気がする
その、皆と考えた方法だって
気を紛らわす方法としては最適だと俺も思った、でもたぶんそれでも
途中で必ず、ふと気が付いた時に、またアレンが寂しいなって思う時があると思う
それを思うと、どうしても心配しないなんて事は出来ないよ
ごめんな、まだ学校にも慣れ始めたばっかりで大変なこの時期に
色々と我慢させるような事態になっちゃって
こっちからも、全然約束を守ってないハンスには電話をかけてみる
今日はもう無理だと思うけど、明日からは必ず屋敷を訪ねてもらうようにするから
アレンもあんまり無理しないで、少しでも気を楽にして過ごしててくれ
仕事の方も、出来るだけ早く片付けて、予定よりも早くそっちに戻れるようにガンバ……」
「わー!わー!わーー!! だめ! ダメなのです師匠!
それやっちゃ本末転倒で当初の目的を何にも果たせず、このお留守番が失敗になってしまいます!
それでは、エレラやテトラに手伝ってもらって考えた作戦もパーになって
僕がダメダメ人形のレッテルを頂戴しただけの最悪な数日間になります
それだけはなりません! だから早く帰るとか無しなのですよ! 師匠!
お仕事とかお掃除とか頑張って、予定通りに無事で帰ってきてください! 」
「いや……掃除はほとんどエコーがやってくれてたから
部屋は驚くほど綺麗なんだけど………むしろ出かける前より綺麗になってるんだけど……
そ、それよりも、アレンに辛い思いをさせる時間は
出来るだけ短いに越した事は無いし……
ただでさえ、つい最近騒動があったばかりなのに……」
「そ、それでは! こたびのお留守番による苦難も
人形である僕に与えられた、成長への試練だとお考え下さい、師匠
前回の僕の小さなお城をきっかけに起こった上級生との揉め事
その状況と似たものなのだと、必要な困難で、これを乗り越えることが必要だと
大丈夫です師匠! 前回は、僕のふがいない所をたくさんお見せしましたが
今回はその逆、名誉挽回の為にアレンはとても頑張るのです! 」
顔も見えない、通信機越しのライルに対して
人形アレンは、力強い必死の熱弁を続けます。
言葉足らずで分かりにくい、まだ幼さの強く残る言葉の数々ではありましたが
その言葉からも現れている、彼の人間的で必死な声からは
人形アレンの身に起きた、短期間での変化や成長の気配を、鮮明に感じ取ることが出来ました。
そして、まだ幼いアレンは
受話器の向こう側で、未だ判断に困っている心配性の師匠を納得させる為
最後のダメ押しと言わんばかりに、大きな見栄を張って見せます。
「師匠がこのお屋敷にお帰りになられた際には
きっと、僕の成長しまくったビックな姿を目の前にして
驚きのあまり、腰どころかあごや背骨さえも引っこ抜かせてしまうでしょう
なので、どうぞ心配し過ぎずに
この人形、アレン・フォートレスの勇姿を想像しながら
お城でのお仕事、頑張って下さいね、師匠
師匠の弟子である僕も、たくさん頑張るので」
友人と考えた秘策を片手に
アレンはライルとの定時連絡を今日も終える事が出来ました。
彼の夜はまだまだこれからです。
(おまけ)
〔国内で良く出回っている童話集より抜粋〕
「そりゃ、お前さん捨てられたんだ、子供じゃあるまいし、そんな嘘なんて
誰に説明されるまでも無く、最初っから分かってた事だろう
子供は大人になって、それで俺らはお役御免、そこで与えられた役目はお終いなのさ
良いじゃねえか、それで十分満足じゃねーか、俺達は子供の時期っている貴重な時間を
玩具として影ながら支えて、成長した子の門出を見送る、それはとても名誉な事だろーが
それなのに、お前はこれ以上何がしたいんだ? 」
嵐によって押し流された、町のようだった残骸の山を目の前にして
ブリキさんは、傍らに横たわるぬいぐるみの質問に答えます。
彼の意見を、肯定する事も、否定する事もなく
ただ淡々と、無機物の様に答えました。
「玩具なんて、最初から全て作り物で、偽物だろう
それならば、自身の信じたい嘘を、本当の事の様に信じたかったのだ
信じて、信じたまま進み続けて、ずっとずっと信じていれば
いつかふと気が付いた時には、それが現実になっているかもしれない
それに、もし、吾輩の理想の町とやらが、本当に完成して
いつかあの子に、見せてやれるような出来栄えになれれば
大人になったあの子が、いつか大人である事に疲れた時に
もしかしたら、少しは助けになるんじゃないかと
昔の様に、喜んでくれるのではないかと、そんな事を思ってしまうと
どうしても、止まる事が、出来ぬのだ」
くたびれたぬいぐるみは、それ以上、錆びたブリキの玩具を問い詰めませんでした。
しばらく雨は止みませんでしたが、それでも数日後には綺麗な晴れの日が訪れて
濡れてぬかるんだゴミ捨て場を、温かな日差しで綺麗に乾かしてくれます。
そして、ブリキさんは自身の宣言通りに、止まる事無く動き続けました。
建てては崩れて、崩れては建て直して
材料を集めては組み方を変え、落ちていた本や雑誌を参考にして、新たな構造を学んでいきます。
時にはこっそりと、人の町まで降りて勉強もしました。
夜の街を散策し、捨ててあるチラシや雑誌をかき集めたり
外灯に照らされた暗い街並みの僅かな視界からでも
彼らは必要な技術を学び持ち帰ろうと必死です。
そんな無意味で無駄な努力や作業に対して
くたびれたぬいぐるみが、ブリキさんに苦言を申す事も
時がたつに連れて、段々と減っていましたが
日々忙しく過ごしていた彼らには、気が付く暇すらありません。
ただ忙しく、歩む事をやめず、夢を忘れず過ごしているうちに季節は巡り
次の年の嵐が、また去年と同じように、彼らの築き上げてきた町を襲いましたが
町に車輪を取り付けて、動かせるようにしていたブリキさん達のアイデアにより
物陰に隠された彼らの町が、再び嵐で吹き飛ばされる事はありませんでした。
気が付けば、彼らの作ったガラクタの町は
最初の頃に作った物よりも、ずいぶんと大きく立派で便利な町になっていましたが
ブリキさんは、まだ足りないと溢すばかり。
やがて、広かったゴミ捨て場も手狭になってきた頃
動く町と、たくさんの仲間を引き連れて、ブリキさんは旅に出る事にします。
ゴロゴロ、ガタン、ギコギコ、ガタガタ
彼はまだ、止まりません。
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