人形弟子の学習帳

シキサイ サキ

文字の大きさ
上 下
37 / 46
4章 新しい生活から魔法学校の日常まで

37話 夕方の待ち合わせとはじめての先輩

しおりを挟む

「そっか、じゃあ美術魔法研究会の先輩達との交流は
 何事も無く、無事終わったって事だな?

 良かったじゃないか

 杖の追加パーツ製作に関する
 新しいアイデアに繋がったのはもちろんだけど
 
 それだけじゃなくて、新しい先輩の知り合いも出来たって事だろ?

 人脈や人との繋がりは、いざという時の命綱だ
 それが才覚や伝手、技術を持つ人物であればなおさらな

 だから、自分や周りに
 ひどく害を及ぼさない程度の人とは
 なるべく良好な関係性を保つのが望ましいよ

 まあ、便利なだけじゃなくて、厄介な事を招くのも
 えてして人との縁が原因だったりするから、良い事ばかりじゃないけ

 何にせよ、アレンはまだ人や人の生活に触れはじめて日が浅いし
 色々な事を経験して、周りから様々な影響を受けるのは良い事だと思う

 危なくない程度に、見極めながら進もうな」

「はい、師匠
 見極めとか、良し悪しとか

 僕にはまだ、全然ピンとこないので
 いざという時、正確な判断が出来るかどうかは定かではありませんが

 でも、僕には師匠の作ってくれたこの体や
 いざという時の通信機型ブローチなどもありますし

 今はとりあえず、気になったら飛び込んでみようと考えています

 師匠、いざとなったら
 僕を助けて下さいますか? 」

「あぁ、もちろんだ
 こうして屋敷で業務をしてはいるが、アレンの状況はいつも確認してるし

 少し手荒な方法ではあるけど
 ちょっとした防犯対策も、こっそりと仕掛けさせて貰ってる

 だからアレンも、周りの様子や状況を見て判断するのは
 まだ少し難しいかもしれないけど

 俺とのこうした日常的な会話だけは、やめたりしないでくれよ?

 細かな報告や体験した話、そしてその時感じた事とか
 なんでもいいから、俺にアレンが思った事をたくさん教えて欲しい

 何か困ってるなら、俺も手助け出来る所はしていきたいし
 何か怖い思いをしたなら、それへの対策を一緒に考えよう

 約束できそうか? 」

「もちろんです、師匠

 僕はアレン・フォートレス
 学習の記録と師匠への報告を欠かさないお人形です

 学校での体験談から日頃のおしゃべり
 絵本の音読にお昼ご飯の食レポまで、なんでもござれです

 ………歌唱などの音楽系機能も
 追加していくべきでしょうか? 」

「はは、まあそれも追々な
 音符系は俺の方がダメダメだから、なかなか手を出しずらいんだ

 あの譜面の上であっちこっち泳ぎ回るオタマジャクシが
 俺にはまったく読み解けない

 追加機能といえば、あれだな

 杖の防犯とか盗難防止なんかも兼ねて
 警備用の魔法を何か用意しなくちゃな

 当初の計画より、だいぶ性能を上げ過ぎちゃった所もあるし

 何かあってからじゃ遅いんだから
 気を付けておく事に越した事はないだろう
 
 ついでに、お城の中の掃除や保管物の維持管理とかもやってくれる
 お手伝いゴーレムとか、どうだろう? かっこよくないか? 」

「素敵だと思います、小さなお城を守護するゴーレム
 
 規則正しく働き続けるお人形と考えると
 なんだかとても頼もしいですし、なにより親近感を覚えます

 師匠、僕もその、ゴーレムという物を見てみたいですし
 作り方も教わって覚えたいです

 今日帰ったから教えてくださ……………あ」

「? どうした? 急に黙りこくって
 何か忘れ物か? 提出物とか道具の準備とかか? 」

朝食のバターロールをかじりながら問いかけるライルに対して
両手にナイフとフォークを握ったままのアレンは

細い首を小さく横に振り、彼の立てた予想を否定します。

「約束事をしていたのを忘れていました

 本当は、昨日の放課後に僕を待ってくれていたそうなのですが
 美術魔法研究会の先輩方とのお話が長引いてしまい、時間も遅かったので

 日を改めてもらっていたのです
 なので、今日の放課後はその方とお話をして帰りますので

 帰る時刻が遅くなります」

「そっか、そうだな、約束は守らないとな
 でも、アレンが約束とか予定を忘れる事って、なんだか珍しいな

 その様子や口ぶりからだと、テトラ君やエレラちゃんみたいな
 事前に知り合っている相手ってわけでも無さそうだし

 今日の放課後、待ち合わせをしている相手っていうのは
 いったい誰なんだ? 」

師匠から投げかけられた二度目の質問。

その問いに対して適切な答えを返すべく

人形は、飲みかけの牛乳が入ったグラスを、一度テーブルに置き直し
しばらく考え込んでから、短く簡潔な答えを、ライルに対して返しました。

「全く知らない、一度も会ったことの無い先輩でした」

いつもと同じように、彼らの朝は過ぎていきます。

見ず知らずの先輩から
一方的に決められた約束の時刻は、全ての授業が終了した放課後。

日も暮れはじめ、赤く染まる校内にいくつも点在する
綺麗な中庭の一つでの合流でした。

位置的にも、メイン校舎からは少し離れた
他の休憩所や庭よりも少し小さい、だけどよく手入れの行き届いた区画。

そして、今日も何事も無く
いつも通りに、一日の学業に勤しんだアレンは

言いつけられた待ち合わせの約束を果たす為に
美しい季節の花々が植えられた、手狭な庭の中を進みます。

どんなに立派な学校内の庭とはいえ
メイン校舎に近い庭園の大きさから比べれば、三分の一も無いのですから

その中から、昨日会ったばかりの先輩を見つけ出す事そのものは
アレンにとって、そんなに難しい事でもありません。

(………さすがは魔法学校です
 こんな綺麗なだけのお庭にも、色々な魔法の痕跡が見受けられます

 古い物から、新しい物まで
 中には、現在進行形で作動している魔法もあるみたいですが

 お庭の防犯対策、とかなのでしょうか?

 それよりも、昨日のあの先輩はどこに………あ、いました)

アレンがその小さな庭にたどり着いてから、約2分。

お目当ての、灰色の短い髪をした先輩は
どうやら、屋根のある休憩スペースでアレンを待っていたようです。

ガゼボと呼ばれる、屋外に設置された簡易的な休憩場所。

その屋根の下に設けられた
木製のテーブルと金属製の古びた椅子に腰を掛けて

昨日の放課後に、正門前でアレンを待ち続けていた
ヘンリー・デリジェントと名乗る、少しだけ背の高い先輩は

今日も今日とて、一人アレンの到着を待ち続けていました。

「あぁ、やっと来た
 待っていたよ、アレン君

 いや、待ちくたびれていたと言った方が正しいかな

 見てごらん、もう向こう側の空は夕日を通り過ごして
 夜の時刻を知らせる紺色に差し掛かってきてしまっている

 だいぶ日も長くなったとはいえ、さすがにこの時刻では仕方がないね

 まあいいさ、何せこの時期の新入生、つまり君達一年生は
 グループ内での団体行動期間でもあるから

 何かと時間に余裕も無く、忙しのはよく知っているからね
 僕も、一年目のこの時期はそんな感じだった

 気持ちは良く分かるよ

 むしろ、待ち合わせの時刻や場所を指定したのはこちらの方なのだから
 これくらい待たされるのは当然なのかもしれない

 この忙しい時期に無理を言ってしまってすまなかった
 さあ、そこの席に座ってくれ

 夕暮れ時のこんな時間帯だから、あまり長くは過ごせないけれど
 学校内に何個かある庭園の中でも、ここは他と比べて利用者が少ない

 つまり、僕ら二人がゆっくり話した所で、誰も困らないという事だ

 まだ僕らは出会ったばかりではあるけれど
 せっかく、こうして同じ学校に通い、先輩後輩という間柄になったんだ

 会話をし、交流を深め、仲良くなろう

 というわけで、僕の向かい側の椅子に座ってもらえるかな?

 顔立ちがそこそこ整った
 まだ入学したばかりの、右も左も分からない
 一年生のアレン・フォートレス君」

「はい、大変お待たせしてしまってすみません
 本日はよろしくお願いします、ヘンリー先輩」

長かったヘンリーの前置きを聞き流し
アレンは、彼の座る席の真向かいに位置する、古びた椅子に着席します。

そして、そこから時間にしておよそ20分程
アレンは、一人でよく喋る彼との
何の意味も無い、どこにでもありそうな世間話を繰り広げました。

もっと詳しく、そして正しく表現するとするならば
それはヘンリーからアレンへの、質問攻めであったと言えます。

この期間で受講した科目は何か、どの分野の修了証明を目指しているのか
学生寮には住んでいるのか、保護者は同伴かどうか、家柄はどこか

所属クラス、ペアを組んでいる生徒の特徴、交友関係、家族関係
休日の過ごし方からはじまり、果ては研究会への所属の有無まで。

ヘンリー自身の情報も、合間に細々と挟みながら
彼はアレンへの話を続けます。

そんな先輩からの、一方的な交流に対して

人形であり人間ではない、人間関係の経験が著しく乏しい
生後数カ月程の、アレンから彼への返答はというと………

「…………ど、どうだったかな~
 よく、覚えてないな~、忘れちゃいました~」

彼にしては珍しく、そしていかにも人らしい
あやふやで、なおかつ曖昧な答えばかりを返していました。

それもそのはず

アレンは、この浮遊する学園都市であるこの地に来る前
受験を目指し、日々夜な夜な行われた、とあるの銀髪メイド主催の特別レッスン

その授業内容の一つであった

『人の世の中に紛れて生活する上で
 絶対に忘れてはいけない事、気を付けなければいけない』という内容も

ちゃんとその身を持って、きちんと覚えていたのですから。


・知らない人に付いて行かない
 無闇に話を信じない、初対面の相手に持ちかけられる良い話は全部嘘

・出来る限り、人通りが多く、人目の多い場所や通りを利用する
 特に夜や夕方、早朝などは気を付ける事

・家や拠点の戸締り、安全確認を怠ってはならない
 扉や窓の戸締りはもちろん、室内に侵入された形跡が無いかどうかの確認
 物の移動の有無、重要書類の位置確認、潜伏可能な場所の点検を怠らない

・建物内の安全が確認でき次第、手洗い、うがい、洗顔、ブラッシングを行う
 外出着のまま部屋でくつろがない、必ず室内着に着替えてから動く

・セールスや勧誘、怪しげな誘いには応答しない
 出来れば無視、無理そうであるのなら言葉を濁しつつその場を退散
 強引な誘いにはハッキリとした言葉で断る

・移動中、背後や周りには特に気を付けておく
 見られている感じや付けられている様子があれば
 焦らず、気付かないふりをしたまま道を変える
 または立ち止まり様子を伺うか、先に行かせる

・相手が攻撃的な態度を取り始めたらとりあえず逃げる
 倒す事や迎え撃つ事は考えず、距離を取る事をまず優先する

などなど、etc.


あげていけばきりが無い程、教え込まれた数々の防犯意識と対処法。

そんなありがたい教えの中の一つである
『信用できない奴に、不用意に自身の情報を教えてはならない』

という内容を、アレンは忠実に実行していたのです。

(エコー様、やりました
 僕はちゃんと、貴方の教えを実行できてます、ありがとうございます

 ………でも、そろそろ
 ごまかす会話のレパートリーが、底を尽きてしまいそうです)

たとえ教えられた事を覚えていても

肝心の対処法である、会話を濁す、場をやり過ごす
その場を取り繕う、といった方法に未だ疎い人形。

ではなぜ、まだ人を疑う事や害意のある人物の見分け方
そんなことすら、まだよく知らない初心なアレンが

このたった数十分程の会話しか交わした事の無い
昨日会ったばかりの、人の良さそうな人物を警戒しているのか。

それは、目の前の人物
ヘンリー・デリジェントという青年の会話内容に原因がありました。

「あの子もきっと、僕に話しかけるのが気恥ずかしかったんだと思う
 だからね、そこは僕が気を利かせて声をかけてあげたんだ
 
 こういった、相手の態度から感情や思考を読み取る力も
 世の中で生きていくのには必要な能力の一つだからね

 その点、君はまだこの学校に入ったばかりで社会経験も対して無いだろうから
 あまりそちらの能力が育っているとは言い難いかな

 まあ、僕は長男として家族のみんなとふれあう日々の中で
 自然と社交性とかが身に付いた部類の人間だから
 
 一人っ子である君と、同じ基準で成長速度を比較するのは
 少し意地悪だったかもしれないね、まあそこは許してくれ

 君もこれから、少しづつこの学校で経験を重ねて行けば

 いずれは僕みたいに
 会話の中ですぐに次の返答を思いついたり、相手を思いやったり

 そういった一般的なコミュニケーションが出来るようになるはずだ

 まだ入学したばかりで大変だろうけど
 これからも頑張ってね、影ながら打はあるけれど、僕も君の事を応援しているよ

 それに、何かあれば僕に相談する、という方法もある
 僕で良ければ、後輩である君の手助けをさせてほしい

 僕は君よりも長くここで学んできた分
 何かとここでの要領も心得ているからね

 僕から学べる事は、きっと君が思うよりも、ずっと多くあるんじゃないかな? 」

500字にも満たない言葉の中で
『僕』という自身を指し示す単語を使用した回数は計9回

その間、自分を褒めた回数は5回程
話し相手であるアレンをさり気なく悪く表現した回数は2~4回程。

言葉の受け取り方には個人差が生じやすいとはいえ
彼のこんな会話内容が、かれこれ20分も続いているのですから

人間関係のあれこれにまだ疎いアレンですら
この会話から感じる違和感は、なかなか強い衝撃だったのです。

いえ、むしろ限られた人間としか接してこず
本や教本などでばかり、知識を増やしてきたアレンであったからこそ

この違和感に気が付かされたのかもしれません。

(この方、会話の中で自分自身を褒めるために
 周りの人物をけなす内容しか話していません、こんな人は初めてです)

他人に対しての評価を
優劣ではなく能力内容や傾向で表現するライル。

口は悪いが、それは相手が単に嫌いであるからで
決して自身の評価を上げる為ではないエコー。

言葉が柔らかく、人当たりも良い
コミュニケーション能力に優れたテトラ。

他者に対して攻撃的だが
自分に対して無害だと分かれば沈静化するエレラ。

他者にも自身にも厳しく
言葉もきついが、相手を嘲笑したりする事が無いハンス。

他にも、言葉を交わした人間は多くいますが
幸いな事に、アレンの周りには、会話や対話が十分に可能な

比較的、温厚な人物が集まっていたようです。

だからこそ、浮き彫りになるのは
目の前の人物に見え隠れする不確かな異常性。

今のアレンに、その違和感を表現できる程のうまい言葉は
残念な事に思いつきません。

(心拍数、脳波、瞳孔の動き、魔力操作によす不自然な動き……
 どれを調べても、嘘などをついている様子は無いのに

 この方から感じる違和感は何なのでしょう? )

しかし、そんなアレンの疑問は
彼の口から発せられた、次の話を聞いていれば

不思議と説明が付くようになります。

「………という事だから、アレン君

 君が、ああいった物を
 今の時期から持つのは、僕はあまりよろしくないんじゃないかと思うんだ

 いや、よろしくないなんてものじゃない
 むしろ悪影響だ、君にとってあの道具は

 悪い影響しか与えない、害悪と言ってもいいかもしれない代物なんだよ」

「……………え? 」

突然の言葉に、呆気にとられたアレンになど気にも留める様子も無く
ヘンリーという男は、他者が間に言葉を挟む余地すら与えず、自身の話を続けます。

もはや演説と呼ぶ方が適切な、彼の考えなりから生じる
先輩から後輩へのありがたいお説教を。

「君が持ち歩いている、あの小さな城が浮遊しているような魔法道具
 あれが君の新しい杖だという事は、僕もすでに聞いている

 あぁ、あれはとても素晴らしい杖だ、そんな事は僕程にもなると見ればすぐ分かる
 なにせ、君よりも長くこの学校に所属し、日々研鑽を続けてきた身だからね

 経験の差、知見の差と言ってしまってもいいかもしれない
 あの杖は、そんじょそこらの素人が持っていてはいけない性能をしている

 大方、君の家や親はとても立派な人なのだろう
 それで経済状況がとても裕福で、こんな代物を君の様な子供にも与えられる

 あんなにも立派な魔法道具や衣服、学習状況を買い与え、揃えているのだろう

 それはとても愛のある行為だ、幸せの代名詞だ
 それ自体には何も問題もありはしない

 富の尽きぬ限り、金の許す限り
 目いっぱい甘やかすのも、与えるのも、貢ぐのも

 全てその判断は、その子供の親の役目であり、親の自由だ
 いくらでも好きにやればいいさ、何も悪い事じゃない

 悪い事どころか、むしろ周りにいる君と似たような年代の子供からしてみれば
 それはとても幸運な事で、望んでいる事で、恵まれた事だろう

 素晴らしいじゃないか、良かったね
 確かに僕も、自身の産まれはとても幸運な部類にカテゴリーされる状況だから
 君の事は良く分かる、恵まれた環境というのは大切だ

 でもね、ここで問題になってくるのはね、アレン君
 それを君が、自覚も無く、ただ当たり前に、当然の物として持っている事なんだ

 しかも、それが当然の事の様に
 今、現在進行形で成長途中の君が所有している

 これは由々しき事態なんだ

 なぜそうなのかって?

 考えても見てごらん、不相応だろう?

 例えるとするのならば、小さな子猫を
 巨大で豪華な宮殿内にて、放し飼いにするようなものだ

 傍から聞く分にだけでは、広々とした場所で
 子猫も伸び伸びと生活出来るし、いいじゃないかと思うだろ?

 でも実際はそうじゃない、相手はまだ子猫だよ?
 どれだけ豪勢な餌を用意しても、余りあるほどの時間と自由を与えても

 まだそれを使う、本人自体が未熟ならば意味が無い
 いや、むしろ成長を妨げる、所有者の健やかな日々を奪う毒にもなる

 先程の子猫の例えで話してみようか

 雨も風も凌げる美しい宮殿、いつまでも限りなく続く自由な時間
 子猫はきっと喜ぶだろうね、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様に

 でも、それはほんの最初のうちだけ
 すぐに問題に直面するよ

 何が問題って、与えられた物が大きすぎて
 まだ未熟で経験もろくに無い子猫には、それを使いこなせないから

 広いお城で飼われても、小さな体では精々そこら辺をウロチョロする程度だ 
 どんなに時間があろうと、大人の猫の様にあちこちを冒険できるわけじゃない

 そうだね、たかだか子猫に出来る事といえば
 そこら辺を駆け回って、揺れるカーテンの端にじゃれつく程度だ

 それだけすごい物を与えられても、所有者がまだその与えられた物に追いつけない

 むしろ、広すぎる宮殿内では子猫は迷子になってしまうかもしれないね
 長い階段を転がり落ちて、怪我をしてしまうかもしれない

 高いシャンデリアに上って、降りられなくなってしまったら危ないだろう?

 それに、最初から何もかも他者から与えられていては
 子猫自身が自ら身に付けるべき本能や技術、成長がいつまでたっても育たない

 むしろ、恵まれ過ぎた環境に甘んじて、怠惰になっていくだろうね

 いつでも用意された餌を好きなだけ食い散らかして
 柔らかなカーペットやクッションの上で、昼間からゴロゴロと惰眠を貪る

 天敵もいなければ外敵もいない
 環境も整えられているから病気や怪我の心配も少ない

 好きな時に寝て、好きなだけ食べられる、何をしたって良い、誰も起こらない

 そんな甘くて、贅沢で、恵まれた環境下に
 まだ成長過程の子猫を囲い込み、保護に見守り育てるんだよ?

 そりゃ、可愛くて愛くるしい子猫が
 醜く肥え太った小さな子豚に成長するのは、もう目に見えて分かっている事だろう?

 何が言いたいかって、経験の浅い若い君達には
 自身の成長スピードに合わせた、現時点での能力に丁度いい道具が一番って事

 僕も君の先輩として、まだ蕾の様にまっさらで美しい君が
 周りの環境や恵まれた状況に溺れ、ブクブクと太った豚になる様子は見たくない

 出来る事なら、君達後輩にも、僕らの様な様々な経験や体験を重ねて
 のちの後輩たちに胸を張って、先輩としての威厳を示せるような

 そんな大人になってほしいと、先人として思うわけだよ

 だから、君がこれから健やかな成長を遂げていくには
 君の持つ、あの素晴らしい杖は少しオーバースペック過ぎると思うんだ

 君の様な未熟な一年生には不相応、あまりにも性能が良すぎれ、優れ過ぎて、恵まれ過ぎて
 まだ発展途上の君のこれからの成長を妨げる危険性が高いと、僕は感じたんだよ

 それを君の親子さんが、君に与えたのは紛れもなく愛からくる行為だと僕も理解できる
 でもね、幼い子の成長を促すには
 時に与えるばかりではなく、奪う事も必要だと僕は思う

 しかし、君の事を愛してやまない君の親子さんに
 かわいい我が子に敢えて試練を与えるような、そんな行為は難しいだろう

 君は確かに表情は少し乏しいけど、それを払拭して余りある程の

 整った顔立ち、素直な物腰、意欲的な学習態度
 無垢で穢れを知らないあどけなさを持ち合わせている

 君の様な子供を、愛さずにいられる親がどこにいるだろう?
 きっと僕が君の親でも、君のことを心から可愛がり愛していただろうね

 だからこそ、君の親御さんにそんな酷な事は頼めない
 目に入れても痛くない程に可愛い子供に厳しく接しろだなんて言えない
 
 きっとできないだろうしね、仕方がないよね

 だからここは、一年生である君の先輩である、三年生のこの僕が
 君の親御さんに代わり、その辛い役目を引き受けてあげようと考えたんだ

 遠慮なんてしなくていい、後輩を気にかけてあげる事くらい
 先輩として当然の行為なのだから、当たり前だ

 君はただ、僕たちのような立派な学生として成長し
 いずれ来る新たな後輩たちに、僕らにしてもらったような親切をしてあげればいいんだよ

 それが僕へのお返しだと思って、是非実行してみてくれ
 僕もその時が来るのを心から持っているし

 君がそうなれる様、協力してあげる事を誓ってあげよう」

「え……、あ、……え? 」

止まらないマシンガントーク。

流れるように続けられた彼の中独特の持論を
長々と人の文章に落とし込んだ説明文。

何が何だか、どこをどうしたらこうなったのか
まだよく理解できていない人形は、目の前の先輩に対して当然の疑問を投げかけます。

「つまり………ヘンリー先輩は、何をどうしたいのですか? 」

目の前の後輩から発せられた、たった一つのその問かけに対して
ヘンリー・デリジェントという男は、静かに答えを返しました。

「君のその杖は、僕が貰ってあげる事にしたんだ」

そう彼が言葉を発した、次の瞬間
彼らが座っている、ガゼボの周辺に配置されていた、いくつかの真新しい魔法陣が

淡い光を発しながら、周辺に漂う魔力を吸収し起動します。

複雑に交差する文字列の中に組み込まれていたのは
対象物を拘束、または捕縛する為に使用される事の多い

人体の機能を一時的にマヒさせる、呪い系や妨害系に分類される魔法でした。

息をつく暇も無く、アレンの周りを瞬時に取り囲んだ魔法の光は
激しい光の渦で、彼の小さな体をすっぽりと覆い隠してしまいます。

敷地内の隅っこにポツンと設けられた、小さな庭で起きたひと時の出来事を
他に目撃していた人など、誰もいるわけがありません。


(おまけ)

〔ある青年の過去の成績表より抜粋〕

生徒名:ヘンリー・デリジェント

所属クラス:2-2

所属研究会:魔法遊戯研究会

所属委員会:該当無し

受講済科目:古代魔法科目、魔法歴史科目、魔法交戦科目

大会成績表:自作魔法カードコンテスト 入賞 2回

担任教師
からの評価:積極的に学び、他者との交流を行える。

      魔法遊戯研究会での活動も積極的に行っている。

      しかし、やや他者とのコミュニケーション方法や
      物事の考え方に偏りがあるようにも思う。

      喧嘩へと発展した事例が6回程確認できる。

      一度、校内カウンセリングを受ける事を推奨する。


(このページはここで終わっている)

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑
ファンタジー
8歳のクロエは魔物討伐で利き腕を無くした父のために、独学で「自分の意思で動かせる義手」製作に挑む。 その功績から、平民ながら貴族の通う魔法学園に入学し、卒業後は魔法省の魔道具研究所へ。 エリート街道を進むクロエにその邪魔をする人物の登場。 人生を変える大事故の後、クロエは奇跡の生還をとげる。 大好きな人のためにした事は、全て自分の幸せとして返ってくる。健気に頑張るクロエの恋と奇跡の物語りです。 本編終了ですが、おまけ話を気まぐれに追加します。 小説家になろうにも掲載してます。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

最弱賢者の転生者 ~四度目の人生で最強になりました~

木嶋隆太
ファンタジー
生まれ持った職業によって優劣が決まる世界で、ロワールは僧侶という下級職として生まれた。下級職だったため、あっさりと死んでしまったロワールだったが、彼は転生した。――最強と呼ばれる『賢者』として。転生した世界はロワールの時代よりも遥かに魔法のレベルが落ちた世界であり、『賢者』は最弱の職業として知られていた。見下され、バカにされるロワールだったが、彼は世界の常識を破壊するように大活躍し、成り上がっていく。※こちらの作品は、「カクヨム」、「小説家になろう」にも投稿しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...