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4章 新しい生活から魔法学校の日常まで
36話 美術研と知らない先輩
しおりを挟む「でも、本当に僕まで良いのかな?
まだ、入会する研究会が決まっていないとはいえ
特定の先輩に会いに行くっていう目的のあるアレン君や
研究会に所属しているエレラちゃんと比べて、僕すごく部外者だよ?
なのに、どさくさ紛れに研究棟にまで入れてもらっちゃって
研究棟って、基本的に
研究会に所属する人以外は、あんまり入っちゃダメな所なんじゃ……」
「いいわよ、別に
うちの研究棟、個別のアトリエには鍵が付けられてるから
他の研究会ほど、そこまで外部の出入りを厳しく制限はしてないの
それに、美術魔法を研究している都合上
見学者なんて、そんなに珍しくも無いみたい
だから、他人に見せたくない作品や秘密にしたい技術がある人は
扉に付いてる鍵だけじゃなくて
別個に追加で、防護魔法や遮断魔法をかけたりして
そこらへん、個人でだいぶ気を付けてるんだって
私がこの研究会を選んだ理由の一つは
研究員に与えられる、その鍵付きの個室工房があったからなのよね~
贅沢だと思わない?
だってここでなら、学生寮で出来ないような魔法の製作も
出来上がった魔法の保管も出来るんから
ポコポコ、積み木みたいに部屋が増えちゃう建物なんて
まるで植物か積み木みたい、面白いわよね
………えっと、先輩が借りてくれたフロアは6階の17番だから
うん、たぶんこの上だと思う
足辛いかもだけど、あとちょっとだから頑張ってね」
「確かに、こんな形状の建物を見たことがありません
たくさんの四角形が無尽蔵に広がっていて、それを長い階段で強引に繋いでいる
まるで迷路かだまし絵のようです
このたくさんの小さな部屋
全てが美術魔法研究会の研究員に配布された
一人一人の工房だと考えると、すごい数ですね
ここの部屋は、無尽蔵にどこまでも増えるのですか? 」
「いいえ、さすがに増殖数には限りがあるみたい
でも、研究会の入会制限には
人数の制限なんかはされていなかったから、たぶんすごい数なんだと思う
まあ、増殖し続けるのは個人の工房だけで
展示エリアや資料保管室、画材倉庫なんかは、別でちゃんと上の階にあるんだけどね
でもな~、ちょっと想定外だったこともあったのよ
私、作品に使う材料なんかも
ある程度、研究会から配布や支援があったりするって聞いてたんだけど
そう、うまい話ばっかりなんてありえないって
よく分かったわ、実感したし、実際に体験もした
研究会が所有している材料やこの研究棟で使える設備
どれも使用するには、美術ポイントっていうポイントが必要なんですって
だから、まだ学校に入ったばかりの私達
一年生の研究員は、材料や設備を使うのに支払うポイントがほぼ無いの
上の階に上るエレベーターも、用紙製造機も、資料保管室の貸し出しも
全部ポイントを消費する必要がある
タダの物は無いですよってことね
あ~あ、甘かったな、なんで先輩の言葉を疑わずに鵜呑みにしちゃうかな
ここに入れば工房も貰えるし、材料や豊富な資料も揃ってるよ、なんて
嘘ではないけど、それをするための仕組みを全部隠して説明してる
自分のミスとはいえ、嫌な気分になっちゃう」
「それは、ちょっと意地悪だね
研究員の数が多ければ
それだけ、学校側からの費用も少しづつ上乗せされるから
どの研究会も、新入生の勧誘活動に必死になるとは聞いてたけど
肝心なところを説明してなかったなんて……
エレラちゃん、抗議はしなかったの?
そんな甘い話は無いんだから、疑ってかからない方が悪いなんて
たしかにそれも、一理あるかもしれないけど
それでもやっぱり……」
「したわよ、もちろんしました、最初にしました
いの一番にその先輩を見つけ出して、開口一番に文句を言ってやりました」
「それで、なんと返されたのですか? 」
「書いてあったんだって」
「え? 」
「説明を受けた、教室に設置されていたホワイトボードの隅っこに
小さく黒ペンで、それについての説明がされてあったそうよ
教室内に、説明や研究会紹介に一切使われなかったホワイトボードが
奥の方に置いてあったのはなんとなく覚えてるけど
てっきり、教室内に元々ある備品か何かだと思って
全然見てなかった、だからそこに書かれてあったらしい注意事項なんて
私、何も読んでないし、気が付きすらしなかった
でも、教室内には注意書きしたホワイトボードあったから
自分達は何も悪いことはしてないと言われたわ」
「………エレラちゃん
そんなことされたのに、怒ってないなんて珍しいね
この間、食堂で列に並んでた時
割り込みしてきた人とあんなにすごい喧嘩をしたりしたのに」
「そうです、エレラがそれで怒らないなんて不自然です
実技試験の時には、縄張りに侵入してきた他生徒を
木っ端みじんにしてやろうと、壁にも床にもあちこちに
散弾式の攻撃魔法が発動する魔法陣を仕込みまくっていたのに」
「…………仕返しした相手に
その後もネチネチ怒る程、私の器は狭そうだっての? 」
「「………? 仕返し」」
階段を上り続ける、アレンとテトラは
先頭を歩く彼女の言葉に、少しだけ違和感を覚えます。
先程の彼女の話、エレラの説明した内容の中に
そんな、激しい怒りがあっさりと消えて無くなる様な
清々しい仕返しエピソード等は、まったく無かったはず。
「しました、仕返し
私や新入生の何人かを見事に騙して
研究会側から、ちゃっかりご褒美の美術ポイントを貰っていた3人の先輩に
私から素敵な贈り物をしてあげたの
何か知りたい? 」
「……………気になる」
「ぜひ知りたいです
教えてください、エレラ」
すでに息の上がっているテトラと
人形であるがゆえに、息一つ乱すどころか汗の一滴すらかいていないアレン。
まだ美術ポイントを持っていないエレラの都合上
1階の入り口から、目的の展示フロアまでの長い道のりを
エレベーターではなく、階段を使用した徒歩にて目指す彼らは
何事も無かったかの如く
すました態度で淡々と続けられる、彼女の話の続きを待ちました。
「その先輩達、ここ最近は大会も近かったらしくって
学生寮には帰らずに、ここの工房に寝泊まりしてたらしいの
だから、3人の使用する工房の外壁に
私が昔に設計した、毎夜うなされる程の悪夢を見る
特製の催眠魔法を描いた魔法陣を刻んだの
ちゃんと、ぱっと見では気が付かないように色味にも工夫して
ご丁寧に、工房の四面の壁だけじゃなくて、屋根部分や床裏にもビッシリ
案の定、なかなかも酷い夢を連続で見たみたいで
工房にいるのが怖ったのか、その後、早々に学生寮の方に戻ったみたいだけど
そっちにも魔法陣を刻んだ贈り物を仕込んだから
それ以降も楽しい悪夢の中をさまよったみたいよ
確か、6日目ぐらいだったかしら?
いよいよ起きてる時も幻覚を見始めたみたいで、やばそうだったから
ネタ晴らしをした後、謝罪文書とお詫びの品を買ってもらって
この件はチャラにしてあげたの
私はまだ美術ポイントも無かったから
なんだかんだ、先輩達からのお詫びの品は助かったから 」
「…………………はは……さすがだね」
「エレラ、僕もその魔法陣を知りたいです
どんな構造と構成にしたのですか? 見てみたいです」
時は放課後、場所は美術魔法研究棟。
まだ見ぬ先輩との作品交流という、貴重な機会を手にしたアレンは
同伴者であるテトラ、今回の提案者であるエレラ達と共に
彼女が3人の先輩からお詫びの品として買ってもらった
インク生成分解機、立体描画定規、圧縮プレスアイロンについての話を聞きながら
約束の目的地である、予約制の展示フロア
6階の17番ホールを目指して、階段を上ります。
傍らに、事の発端である小さな魔法のお城を浮かばせたまま。
「お待たせしました、先輩方
お話していた一年生のアレンとテトラを連れてきました」
少し古びた朱色の扉を開き、中の空間へと足を踏み入れたアレン一行。
その先に広がる、大きな天窓から差し込む夕日に照らされた空間の中には
沢山の小さな模型達と、3人の若い生徒が待ち構えていました。
お互い初対面である先輩方との簡単な自己紹介は
名前、学年、所属研究会の発表からはじまり
最後にはお決まりのセリフで締めくくられます。
「「この度はよろしくお願いいたします」」
こんなにも礼儀正しい、かしこまった挨拶を後輩にされては
先輩達も格好をつけずにはいられません。
アレンの新しい杖と噂の爆破事故の原因であるテトラに興味を惹かれ
わざわざこうして、自身の作品を持参してまで、快く参加してくれた
3人の物好きで奇特な先輩方は
1人づつ、作品の簡単な紹介を交えた自己紹介をはじめます。
「それじゃぁ~、トップバッターいくね~
わたしは、今年で在籍4年目のエリーヌ・スプリング
一年生の時から、この研究会に所属してるから
研究員として在籍期間も4年だね~
今回、エレラちゃんがアレンくんに紹介したいって
最初に話してた先輩っていうのは、わたしの事らしいよ~照れちゃうね~
もう~、エレラちゃんからざっくりと話しは聞いてるかもだけど~
わたしはこの研究会で、ドールハウスをモチーフにした
魔法や魔法道具の研究と制作をしてるんだ~
見て見て~、この自慢のドールハウス達!
みんな揃いも揃って、可愛くてきれいなのは変わらないけど~
魔法の発動や効果、構造とか細かい仕掛けはそれぞれ違うんだよ~?
家具、壁、装飾からモチーフのテーマに関わるパーツまで
ドールハウスは、いくつもの細かなパーツが集合した美術品
そこに~、これまで培われてきた魔法付与の技術や~
魔境なんかの特殊な場所から取れる、魔力の宿った不思議な材料を使えば
きっとすごい物が出来るって思って~はじめたんだよね~
ほら~、魔法使ってお仕事してる時にも~
自分の好きな物が傍にあると、テンション上がって幸せでしょ?
しかもそれが、魔法の効果や業務を助けてくれたりなんかしたらさ~
たとえどんなに可愛くて玩具みたいで子供っぽくても~
きっと誰も文句とか言えないかなって、考えちゃった~えへへ」
「好きな物が助けてくれる、大切な物をずっと傍に置いておきたい
この研究会に入会した後、エリーヌ先輩の話をたまたま聞いてね
どんな作品作ってるんだろうって、気になって、試しに会いに行ってみたの
そしたら、細やかで丁寧な仕事ぶりと
ドールハウスの部品、一つづつに同系統の魔法を練り込む技術がすごくって
可愛いのは私も割と好きだったし、すぐ仲良くなっちゃったんだよね
さっきエリーヌ先輩が言ったみたいに
ここに並べられたドールハウス
みんな何かしらの魔法を補助する魔法道具なのよ? もう色々とすごすぎでしょ? 」
「はい、おっしゃる通り何もかもがすごいです
いくつものパーツをここまで精巧に作り上げる技術はもちろん
その中に組み込む魔法の内容や、素材のチョイスにもこだわっていると見ました
この赤色の屋根に温かみを感じるドールハウスには
火属性の加護を持った素材を中心に、魔力強化や火炎系の魔法
それと小さいながらも、たくさん刻まれた攻撃魔法の射出用の陣
愛らしい見た目に反して、攻撃的な性能をした
戦闘目的の内容になっているようです
こちらの緑色を基調とした、ガラス張りのサンルームが眩しいお屋敷には
魔力や加護を宿した魔法石が、家具や植物に扮して中に詰め込まれています
相性の良い属性同士を組み合わせて、植物や風などの属性と
大変相性が良くなるように設計されています
確かに、これを僕の杖のように傍らに浮かべたりして、持ち運べば
通常時とは段違いの魔法を行使することが出来るでしょう
これならば、異なる属性で色別に複数作り
使いたい魔法と場面に合わせて、ドールハウスを切り替えれば
得意な魔法属性に関わらず、その時その場で有利な魔法を使用しやすいはずです」
「それに、一つのドールハウスとして見てみても、出来栄えは一級品だと思う
この多さのパーツや実物にも負けない作り込みもだけど
どのドールハウスもテーマと統一感を持っていて、丁寧に作り込まれている
こっちの青色の家は、構造や見た目から海辺のコテージ的な作品かな?
材料も貝殻や水属性の魔法石など、海を連想しやすい物が使われてる
この葉っぱやドングリ、木の枝を使って作られた小さな家は
たぶん、好奇心旺盛な妖精にとても受けがいいはずだ
それだけで召喚や使役にかかる代償、契約がだいぶ楽になるから
そっち系の魔法を扱う魔法師にとっては、とても助かる代物だろうね
何より、見た目がとにかくかわいくて美しいですね!
すごいです! こんなにすごい物を、どれくらいの時間で作るんですか!? 」
「ん~、大体ね~一ヵ月で一つくらいかな
もっと大きかったり、細かくて複雑なのは二ヵ月から半年かかっちゃった事もあったかも
でも、最近ではね~コンテストで貰った賞金やちょっとした物販なんかで稼いで
道具も良いの揃って来たから、だいぶ楽に早く作れるようになったんだよ~?
だけど~、余裕が出てきたら
これもやろっかなって、欲が出ちゃうから、結局かかる時間はやっぱそれなりに長い~
それはそうと~! 聞いたよ~アレン君が保護者さんと一緒に作ったっていう
新しい魔法の杖、小さなお城型のドールハウス調な構造なんだろ!?
いぃなぁ~いぃなぁ~お城だって~夢みたぁ~い!
わたしだって、補助具ぐらいまでの性能の作品は作れるようになってきたけど
あくまで魔法の発動を助ける補助具であって
魔法発動を指揮する、体の一部とまで言われる杖の機能までは付けられた試しがない
というか、怖くてそんなリスキーな事はなかなか出来ないよ~
しかも参考モチーフはお城だよぉ~? もう、これは嫉妬待ったなし!
参考にさせてもらうっきゃないでしょ~、というわけで、見せて見せて~」
「わ、わわっ! 待ってください、今開きますから
鍵で開けるので、そんなに強引にこじ開けようとしないで……
あわわ、中に指を突っ込まないで、揺らさないで!
揺れても中の物には影響ないですが、なんか怖いので! やめください! 」
薄紫色の柔らかな髪をした、ボブヘアのエリーヌ先輩は
そのおっとりとした口調とゆったりとした物腰からは想像のしがたい
かなりの押しの強さで、アレンの持ってきた魔法の杖をいじくり回します。
珍しい手作り杖の構造や製作のコツを盗み取ろうと
あっちをいじり、こっちをいじり、ガチャガチャと小さなお城をいじくり倒し
アレンから無理やりに、小さなお城を奪還されるまでの間
思う存分、物珍しい手作りの杖を観察したのでした。
「えっと……じゃあ、ボクが二番手だ
エリーヌから招待を受けて、今回この場に参加させてもらいました
学校での在学期間、研究会への在籍期間、同じく今年で5年を迎える
トニー・ワーカリー、よろしくね
ボクも、エリーヌと似たようなモチーフを元に研究しているから
彼女とは一年違いの先輩後輩として、仲良くさせてもらってるんだよ
だから、君達とも、是非仲良くなれたらうれしいな
僕らの作業内容って、部屋で黙々とやる事が多いから
授業以外の時間は、割と工房や寮の部屋に籠っているんだ
だからかな、もう在籍してから5年も経つっていうのに
あまり友人らしい友人も、そんなにいなくてね
同級生の友人って言ったら
今回の集まりに一緒について来てくれた、彼くらい
だから、こんなこと後輩の君たちに頼むのは
なんていうか、すごく恥ずかしい話だし、情けない限りなんだけど……
な、仲良く……お話とか、してくれると、うれしいな」
「はじめまして、トニー先輩
こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いします
先輩の作品は、確かに
実際にある物を、小さくしたスケール感で制作されているという点においては
エリーヌ先輩と共通点も多いかもしれませんが、見た目はだいぶ異なりますね
エリーヌ先輩は、建物をベースとしたドールハウスが元となった物
言うなれば、人が造り上げた人工物でしたが
トニー先輩の作品は、どちらかと言えば自然物
森や滝、海の中や洞窟などの、自然環境を切り取ったかのような物が多めです
こういった物は、たしかジオラマと呼ぶのでしたでしょうか?
エリーヌ先輩の好きを詰め込んだ作品も素敵でしたが
この、ガラスケースに押し込まれた美しい景色を鑑賞できる作品も素敵です
ミニチュア即売会で見た、あの大規模な展示会を思い出します」
「そうだね、しかもこれは魔法かな?
ガラスケースの中に入っている木々や波が揺れて
その度に舞う木の葉や、水面に広がる波紋がとってもきれいだ
生き物こそいないけど、これほどの光景を再現してあるのはすごいよ!
でも、なんだか現実の光景よりも
少し中の様子が違うような? うまく表現できないけど、何が違うんだろう? 」
「あぁ、えっとね
それはたぶん、その中の状態が僕らの住む普通の環境じゃなくて
濃い魔力と特殊な素材で満たされた
魔境と呼ばれる、貴重な環境を目指して作ってあるせいだよ
ほらよく見て、中に生えている小さな植物の形や色相
普段、僕らが見ている物とは少し違うだろ?
最初はね、観賞用や置物として
幻影魔法を応用した作品が出来ないかなと思って作ってたんだけど
だんだん楽しくなっちゃって
それで色々な事を試しだして、今では魔境という不思議で貴重な場所の人工生成
それについての研究や実験も兼ねて、こんな感じのも作ってるんだ」
「その話、詳しく!! 制作内容や作り方の手順も知りたいのです! 」
「え!? あ、アレン君、意外とぐいぐい積極的なんだね
でも、興味を持ってもらえてうれしいよ
うん、僕で良ければ是非教えさせてほしい
特許を申請中だから、まったく同じやり方をされたり
研究データを取られるのは困るけど、参考にしてもらう分には全く問題ないから
ボクとたくさんお話しよう」
「本当に本物みたいですね、トニー先輩の作品もすごい!
ねえ、先輩
先輩はこの作品を作ってて、どんな時が一番楽しかったり
どんな所が一番好きなんですか?
こんなに精巧な作品だもの
きっとエリーヌ先輩みたいに、なかなかの制作時間がかかっているはず
それでも続けられちゃうくらい
このジオラマ作りに感じる、トニー先輩のやりがいって、いったい何なのか
すごく興味があります! 」
「あ、うん! 制作時間は、エリーヌより少し短いくらいだけど
それでもだいぶ時間はかかるし、失敗もするから大変だよ
でもね、完成した作品を
工房に置いた棚いっぱいに並べて、眺めていると
…………なんだか、とっても満たされるんだ
小さく切り取られた、作り物のボクの世界
ボクだけの、美しい世界を、ボクがこの手で作り上げたんだって
所有欲や物欲、支配欲って言えばいいのかな? あの感じ
何も持ってなかった中で見つけた宝物みたいなね
そんな高揚感も相まって、すごく満足しちゃうんだよ
そうだね、何かに例えるとしたら
世界が手に入ったみたいでご満悦、とかかな! 」
「……………えっと、エリーヌ先輩
この方、本当に大丈夫ですよね?
美術魔法研究会に、おかしな方々が割と多めなのは、もう分かってたんですけど
一応、アレンやテトラは、その、友人? みたいな感じなので
ちょっと、なんていうか………不安になってきました」
「トニー先輩はね~たまにこんな感じになるよ~
なんか~本人も自覚しないうちに、ストレスとか貯めてるのかな~?
でも、普段の性格はとっても穏やかだし~
彼らの悪影響とかには、あんまりならないと、思うよ? ………たぶん」
手のひらに乗るくらい小さな
ガラスケースにすっぽりと収まる、人工的な世界の切れ端。
それを作り上げている、制作者の隠れた欲望を垣間見ながら
彼らは引き続き、作品鑑賞を続けます。
「よっし! そして最後の3人目だな!
俺はトニーと同じく、5年生のマーク・スタートだ!
トニーの説明した通り、俺はあくまでこいつの付き添いだけど
でもちゃんと、後輩に見せられる、とっておきの作品は用意してきたさ!
なんたって、俺達はお前らのとっても上の先輩だからな
カッコイイ所は、いくら見せたって足りないくらいだろう
というわけで、ジャーーーーン!!!!
これが俺の作る美術魔法作品
題して、変形型ロマンスゴーレム、筋肉パーツと防護パーツをバージョンアップさせた
筋肉モリモリのビルドタイプ型模型だ!
ここのパーツを外すとな、中から剣が飛び出して来て武器になる
こっちの部位を手でいじくってはめ直せば……
どうだ! 変形してバトルシップに早変わり!
さらにこいつはあと3段階もの変形を隠し持ってるすごすご設計!
どうだ? これこそがロマンと言うものだろ!
ワクワクすると思わないか? 」
「す、すごい! 片手が変形して船底になった!
しかも肩部分に取り付けられていた装飾用パーツが戦艦の砲撃用装置に!?
これはすごいよ! アレン君!
ロマンの塊のような存在だ
これは是非、君のお城に組み込むべき代物だよ! 」
「はい、そのとおりですテトラ
変形する機体、出し入れ可能な武器の数々、そして後に控える奥の手、第三変形
それらをぎゅっと本体ボディーに隠し持っておくという周到さ
今回、先輩方にご紹介させていただいた杖だけにとどまらず
これはもう、僕の本体ボディーの参考にもさせていただきたいです」
「…………………………先輩、あれってただのロボット模型なんじゃ」
「えっとね~制作する過程にね
たっくさん、魔法やら特別な機械をたくさん使用してるんだって
だから、彼の得意はあのクオリティーのフィギュアを
魔法を駆使した作成方法で、早く正確に作り上げる手法の方にあるんだよ~
ぱっと見は、あんな感じの
ダメ少年系の雰囲気になっちゃったけど~
元々、変形ロボットフィギュアにハマる前までは
かなり優秀な学生だったらしよ~面影も無いけどね~」
和気あいあいと、今日はじめて出会い語らう先輩達との
作品を通した楽しい交流会は、何事も無く、無事終わりを迎えていきました。
他者から学んだ、断片的な知識や技術を
持参したノートに、書き込めるだけ書き込んだアレンは
「成果は上々です、素晴らしい体験をしました
早速、帰り次第
今日の体験を全て語らなくては! 」
情報という形のお土産を抱えて
日の暮れ始めた帰り道を急ぎます。
メインストリートを抜け、金色の正門を潜り抜けようと
足早に歩いていた、その時の事。
「あ、やっと来た
待っていたんだよ、アレン・フォートレス君
なんだい、来るのがえらく遅いじゃないか
美術研の奴らとのお披露目会というのは、そんなに面白い物だったのかい? 」
「? こんばんは
えっと、はじめまして、ですよね?
僕の名前を知っていたり、見ず知らずの僕を正門前で待っていた、というのは
どうしてでしょうか? お名前をお伺いしてもよろしいですか? 」
「あぁ、そうか、それもそうだね
確かに、僕は君の事を知ってはいるけど、こうして直接対面するのははじめてだし
ましてや、まだこの学校に入ったばかりの君にとっては
先輩の事なんて、知っているはずがないよね、悪かったよ」
そういって、物腰の柔らかそうな青年は
にこやかにほほ笑むと、訳の分からなさそうな様子のアレンに対して
自らの名前を名乗ります。
「僕の名前はヘンリー・デリジェント
学年で言えば、君より二つも上の3年生だ
是非、君とお話がしてみたくてね
こうしてわざわざ、正門前で日暮れまで待たせてもらったんだよ
少し時間を貰えないかな? 」
そう言って、先日の昼休みに
談笑するアレン達を、少し離れた物陰からこっそりと見つめていた
灰色の短い髪の、アレンよりも少しだけ背の高いヘンリー先輩は
何の企みも秘めていない様な、紳士的で優し気な微笑みを浮かべるのでした。
(おまけ)
〔昔、どこかの子供が書いた作文より抜粋〕
お題:自分の名前の由来について
僕の名前はヘンリー・デリジェントと言います。
今回の作文のお題を聞いた時、僕はとてもうれしくなってしまいました。
何故なら、僕の名前の由来は
いつもお仕事を頑張っているお父さんから、よく聞かせてもらっていたからです。
僕には二人の弟がいて、僕は最初に産まれた長男に当たります。
だから、カトクや仕事、技術など、僕たちのご先祖様が頑張って積み上げて来た遺産を
守りコウセイに伝えていくという、大切な役目があるそうです。
ヘンリーとは、家の支配者
カトクを継ぐ男の子として、代々うちの家に産まれた長男に付けられる
伝統的で大変名誉な名前なのです。
僕は、このヘンリーと言う名前と
勤勉な労働者としての意味を持つ、デリジェントという名に恥じない
紳士的で、博識で、いつもお母さんや子供の僕らを導いてくれる
かっこよくて正しい父のような、素敵な大人になりたいと
この名前を呼ばれるたびに、いつも思っています。
(このページはここで終わっている)
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