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2章 旅行から入学試験まで
9話 緑の少年とペンダント
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「ジョン、二等車両の見回りは終わったか? 」
「はい! こちらの見回り終了しました!
先輩も、お疲れ様です~もう春なのに、夜はまだまだ冷えますね
早く戻って、コーヒー淹れてもらいましょうよ!
あ、先輩はカフェイン飲んだらダメでしたね、お腹を壊しちゃうんでした
なら、また僕がホットミルク作ってあげますよ!
ホットミルクは、たしかお好きでしょ? 」
「うるさいぞ、大きい声を出すな、お客様を起こしたらどうするんだ
チャッティー2号にでもなりたいのか、お前は
一等車両の見回りをしている、デックと合流してから戻るぞ
あと、お前にこの間ホットミルク作らせたら、沸騰させ過ぎて鍋から吹きこぼしただろ
俺は自分で作るから、お前は俺の手本を見て学んでおけ」
「ちぇー、失敗は成功のもとなのに、先輩は頭が固いんだぁ~
あ、そうだ! デック先輩、たしかチョコレート持ち込んでたはずですよ!
ちょっともらって、牛乳に溶かして~ ホットチョコレートにするのはどうですか? 」
喋ってないで早くいくぞ、と
駅員の制服の上からコートを着込んだ、二人組の持つランプの灯りは
狭い通路をコツコツと進んでいき、やがて他の車両へと消えていきました。
「………………………………もう、さすがに大丈夫ですよね」
そう言って、先程からずっと列車の天井にへばり付き、隠れ忍んでいたアレンは
身をひるがえすようにして、床へと着地します。
「夜中でも皆さん、お仕事を頑張っていたんですね、すごいです
危うく見つかるかと思いましたが
貴重な業務内容の一部を知れて、良い経験になりました」
赤いチェック柄の毛布を肩にかけ直すと
アレンは、壁にかけかけられている、車両内見取図へと目を移します。
金色に揺らめく、普段と異なる二つの瞳は
魔法士ライルによる特別製。
たとえ、闇夜の中であろうとも
金色の眼球に、パーツを取り替えたアレンであれば
昼間と変わらず、周りの光景が鮮明に見ることが可能でした。
「エコーさんとの鬼ごっこの経験は
こういった隠密行動の必要な場面などで、役立ってくるのですね
てっきり僕は、ただ僕の口にからしを塗りたくるのが楽しくなって
遊んでいたのかと思っていましたが
城に戻ったら、お礼を言わなければ」
特製の激辛からしを突っ込まれた記憶を、懐かしそうに思い返すアレン
しかしこの記憶、つい数日前の出来事である為
懐かしむような、そんな遠い過去の記憶ではもちろんありません。
比較的、新しめの辛い思い出でした。
さて、話を見取図に戻して
「二等車両内は、一通り見て回れました
次に見て回るとしたら、二等車両に隣り合う、一等車両か三等車両ですが
一等車両は、これから警備の方々が集合して
先頭の車両に移動するそうなので、後にした方が良さそうですね
なので、先に三等車両
続けて、レストラン車両に座席車両、貨物車両などを見て回ることにします
夜明けまでに、どこまで見て回れるかは分かりませんが
いけるところまで行ってみましょう」
今後の探検ルートを定めたアレンは
ガタガタと揺れ続ける、列車内の散策を続けていきました。
・三等車両にて
「小さなたくさんの部屋が、厚手のカーテンで仕切られています
簡易的個室って、こういう事だったのですね
ここの車両は、二等車両と違って、まだ電気の付いている個室が多いようですが……
カーテン越しに見える、人影の様子から
読書や荷物整理など、各々の過ごし方をされているようです」
「お? 三等車両に子供がいるなんて、珍しいな
おい坊主、お父さんやお母さんはどうしたんだ? もう真夜中だぞ」
「こんばんは、お邪魔しています
僕は今、こっそりこの車両内を探検しています、宿泊はもっと前の方の車両です」
「なんだ、ガキの探検ごっこかよ
やんちゃなのも良いけどな、いくら警備がしっかりしているとはいえ
危ない奴なんて、そこら辺にごろごろいるんだぜ?
怖い思いをする前に、さっさと切り上げて寝ちまいな、遊ぶなら昼間に遊べ
明日はレストラン車両で、楽器の演奏があるらしいぞ、どうだ? 楽しみだろ? 」
「楽器…それはとても楽しみです、是非、僕も師匠と見に行きたいです
あぶないやつ、というのは……
危険人物、という意味でしょうか? 危険なのは、良くないです
わかりました、もう少し見て回ったら、早めに宿泊部屋へ戻ります
教えてくださりありがとうございます」
「そうしとけ
レストラン車両は、午前4時までの営業中だし
その隣の座席専用車両までなら、見回りも行われているから
比較的安全だろう、行くならそこまでにしろ
貨物車両の方は、いろんなもんあってあぶねーから、寄り付くんじゃねーぞ」
「ありがとうございます
そういえば、お兄さんはご旅行ですか?」
「いや? 俺はここに永住なんだ」
親切な青年に手を振り返して
アレンは次の車両へと進みます。
・車両接合部のお手洗いスペースにて
「……dousite,hairenaino?」
「…………………」
「……ireteyo,izimenaide
iziwarusuruyatuha,kiraidayo?」
「…………………」
「oreha,erainnda,sugoinnda,bokuha,tokubetunasonnzainannda
nanoni,mawarihasorewomitomenai,omaemoorenisiltutositeirundarou?」
「…………………」
「orehaokasikunai,mawarigaokasiinda
namaikinamedana,eguridasiteyarouka?
orenohougatuyoinda,zultutoomaeyorituyoindayo!!」
「…………………」
背の高い男が
壁に装飾されている、花の模様に向かって話し続けています。
アレンにはわからない言語であったため、その内容を理解する事は出来ませんでした。
(…………あぶないやつ、なるほど、理解しました)
物音を立てないように
人形アレンは、そそくさとその場を後にします。
・レストラン車両にて
扉の横に設置された看板
『深夜営業中 未成年の方はご入場をお控えください』
この国の成人年齢は15歳
そして、アレンは製造から、まだ一年たっていない為
15歳どころか1歳にすらなっていません。
アレンは少し悩んだ後、辺りをよく観察しながら考えます。
車両内の天井部付近には、電気設備や換気設備の点検用に設けられた
小さな蓋が、取り付けられていました。
「…………よし」
人形アレンは、自身の手足や肩などの
一部のパーツを体から取り外し、非常用に|隠《ルビ》し持っていたロープを、お腹の収納から取り出します。
そして、そのロープを使用して、外したパーツを本体の腰辺りからぶら下げてみる事にしました。
手足の短い子供の体が、ロープでつながれた手足を引きずっているという
大変、恐ろしい見た目にはなってしまいましたが
この形状ならば、なんとか、あの小さな空間に体をねじ込めそうです。
アレンは指先のパーツで、蓋のネジを回し、天井内の空間へ器用に侵入していきました。
「清掃が困難な場所のせいでしょうか、クモの巣と埃がすごかったです
でも、換気用の隙間から見える光景は、きれいでした
成人と思われる方々が、様々な色の飲み物を、小さなグラスに入れて楽しそうに飲んでいました
せっかく楽しそうなのに、成人していないと入れないなんて、残念です」
カチャカチャと、取り外していたパーツを元の位置にはめ直し
衣服に付いた埃や蜘蛛の巣をはらいとります。
賑やかな光に背を向けて
人形アレンは、次の扉に手を掛けました。
・座席専用車両にて
広い窓、並ぶ座席に、チラチラと天井からぶら下げられた広告用ポスター
座席専用車両の名にふさわしく、そこは座って待つ為の空間そのものでした。
「………」
途中下車までの待ち時間を、快適に過ごす為の待機場所。
その使用目的の都合上
使用時間は早朝5時から夜8時までの時間に限られます。
この列車が、こんな真夜中に停止する必要のある駅なんて
路線のプログラムには、組み込まれていないからです。
「………………」
その為、深夜である今の時間帯に、この車両が使用されることはありません。
人など本来はいるはずもありませんでした。
「……………………ここにも無い、どこにいったんだろう」
「何か探しモノですか?」
「はい、なかなか見つから…………っ!!!??!」
座席と座席の間、暗い隙間に片腕を突っ込みながら、床にはいつくばっている
いるはずのない子供に、アレンは声をかけました。
驚きのあまり、言葉を失い
後ろ側へと飛びのいて、壁に背中を打ち付けてしまった
緑髪の少年を、アレンはちゃんと覚えています。
彼は、アレンが大きなピスタチオのケーキを頭からかぶるという
美味しい経験のきっかけを作ってくれた
体調の悪そうだった、緑髪の少年その人だったのですから。
翌日の深夜、アレンは再び二等車両を抜け出し、三等車両に向かいました。
昨日の親切な青年は
昨日と同じ場所に、昨日と同じ服装で、同じように立っています。
「こんばんは、お兄さん
昨日は危ないことや楽しそうなことを、教えて下さりありがとうございました
お昼に師匠と楽器の演奏を聞いてきました
静かなものから、賑やかなものまで、様々な楽器の演奏を聴くことが出来て、とても面白かったです」
「おぉ、昨日のくそ坊主じゃねーか
なんだよ、わざわざ礼を言いに来てくれたのか?
楽しそうでよかったな
それともなんだ? 今日も探検か?
昼間に遊べって言ってんのに、最近のガキはなかなか反抗的だな
そのポシェットの中身はなんだ? 昨日はそんなもん、持ってなかっただろ?
探検だけじゃ飽き足らず、おもちゃでも持って行って遊ぶのか? 」
「これの中身はおもちゃではなく
師匠から教えてもらって。一緒に作った魔法道具です
|急《ルビ》なことだったため、簡単な物とのことなのですが
これを持っていると、糸の先に付けた宝石が揺れて、探し物の手助けになるそうなのです
なので今日は探検ではなく、探し物に行くんです」
「……なんか、落とし物でもしたのか? 」
「はい、僕ではなく知り合いが
大切にしている物を、座席専用車両のどこかに落としてしまったとの事で
探すのをお手伝いすることになりました」
「…………怖そうな奴がいたら、すぐに逃げるか、隠れるかするんだぞ
ところで、そいつはいったい、何を失くしたんだよ? 」
「はい、ペンダントを落としてしまったそうです」
夜11時
座席専用車両にて
アレンは天井の点検口、からではなく
レストラン車両の扉から、普通に出てきました。
「お待たせしました、貴方の言っていた通りでした
上の空間を通るよりも、腰を低くしてかがみながら
テーブルの下を潜り抜けて進む方法の方が、簡単で良いですね」
「あんなに狭くて高い場所の空間、普通は通れないし、登れないし
そもそも、通ろうとはなかなか考えないと思うよ?
それに今日は、座席車両の使用許可も取ってもらえたんだから
隠れながら来なくても、堂々と来て大丈夫だったのに」
深い緑色の長い髪を一つに結んだ少年、テトラ・アクエリオスはそう言って
アレンの膝に付いた埃を、一緒にはらってくれました。
テトラ・アクエリオスという、12歳の少年は
アレンと同じく、国立魔法職養成学校<ログリウム>への入学を目指す、受験生の一人でした。
この国に存在する〈十二宮の守手〉という、特別な貴族の1つである
アクエリオス家の四男として、生を受けた彼は
己の後学と社会勉強の為、従者の人工精霊を一体連れて
遠路遥々、遠く離れたアクエリオス家の領地から単身一人
学園都市を目指してやってきた、とのこと。
「そこまでは良かったんだ、そこまでは
空中鉄道に乗って、学園都市に向かう
指定されたホテルにチェックインさえすれば、何とか一息つける
あとちょっとだったんだよ、なのに………」
アクエリオス家では、産まれた赤子に、宝石を一つ贈る習わしがあるとのこと。
深く深く、青々と茂る山の緑の様な
濃く深い、青緑色の特別な魔法石を贈り
言葉が話せるようになった頃には、その宝石を飾りに加工し
いつも肌身離さず、身に付けておくのだそう。
「何かのお守りでしょうか?」
「うん、大体そんな感じ
アクエリオス家の先祖は、精霊だという伝説が伝えられていて
うちの領地からしか発掘されない、その深緑色の宝石には
強い精霊の加護がかけられているんだ
だから、ご先祖様の精霊から、加護をもらい、守ってもらえますようにって
その特別な魔法石を加工して、身に付けておくんだけど……」
列車に乗り込む前までは、座席に座って、外の景色を眺める前までは
確かに首に、ペンダントの鎖はかかっていました。
次第に、人の数も増えてゆき、そろそろ客室に移動しようとした、その時……
カシャン、ゴトッ!カツ、コツ、コツ
鎖の切れる音と
石がどこかへと転がる様な、そんな音が聞こえ
首にかかっていたはずのペンダントは、どこかへと姿を消してしまったといいます。
「すぐにその場を探したんだけど、なにせ混む時間帯だったから
人でもみくちゃにされちゃって、後々駅員さんにも手伝ってもらって
もう一度、探してはみたんだけど、見つからなくて
それでもあきらめられなくて、昨日こっそり、ここに来て一人で探してたんだよ」
聞けば、昨日の体調不良の原因も
今まで肌身離さず付けていた、魔法石のペンダントを紛失したことにより
体内に流れる魔力の制御が、一時的におかしくなってしまったからだそうでした。
そんな身の上話を聞いたアレンは
「貴方のおかげで、上から降ってきたケーキに加えて
その後、店員さんからお詫びにと
パフェ という、大変美味しい物までごちそうになったので」 という
微妙にずれた、理解しがたい理由から
ペンダント探しへの手伝いを申し出た事で
場面は現在、乗車二日目の夜11時、座席専用車両の入り口に戻ります。
「深夜、勝手に外出した事などは、もちろん怒られましたが
そのかわり、捜索の為の外出許可もいただきました
駅員さん方には、状況を師匠から説明してもらい
本日は堂々と捜索を行えます、それに加え……」
ジャジャーン、と、アレンが斜めに掛けていたポシェットから
透明な宝石を先端に取り付けた、銀色の長い鎖を取り出します。
「 ペンデュラム という道具を用意してもらいました
本日は、こちらの魔法道具を使用して捜索を行います
師匠は諸事情により、調査への同行は無理との事ですが
代わりに、いろいろお話は聞いてきましたので、準備はばっちりです
午前二時以降は危険度が増すとのことなので、それまでに切り上げるよう言われています
それでは早速、捜索を始めましょう」
「ありがとう、アレン・フォートレスさん!
僕のせいで、頭からケーキを被ることになったのに
こんなに協力してもらえるなんて、どうお礼をしていいか……」
「その、頭からケーキを被るきっかけとなった事へのお礼なので、大丈夫です
そして、僕の事はアレンと呼んで下さい」
「あ、そ、そう、なんだ
……じゃあ、アレン君って、呼ばせてもらうね
僕のことも、テトラって呼んでもらって大丈夫だよ」
「はい、ではテトラ
早速捜索を始めましょう」
ちなみに、今回ライルが同行不可となった理由について
アレンを含めた、王女様への贈り物のご依頼自体が
王から直接、魔法師団長ライルに下された、内密なご依頼であった為
国で強い権限を持つとされる十二大貴族〈十二宮の守手〉の1つ、アクエリオス家の四男に
今、魔法師団長のライルと人形アレンを取り巻く状況が、バレてしまうのは非常にまずい、という
政治がバリバリ絡んでくる、ややこしい事情からくるものだという事を
今の彼らは知る由もないのでした。
「テトラ、ペンデュラムへ魔力を注ぐ作業には、慣てきましたか?」
「うん、だいぶ慣れてきたかも
うちの家では、道具を使った魔法をほとんど習わなかったから、最初は戸惑ったけど
だんだんコツ?みたいなものが分かってきた気がするよ」
「予備のペンデュラムも製作してもらっていて良かったです
ペンダントに染みついている、テトラの魔力を頼りに捜索する考え自体は、良かったのですが
まさか、魔力の注ぎ量が分からず、ペンデュラムが大破するとは思っていませんでした」
「うん、僕もびっくりしちゃった
宝石ってあんなに、風船が割れるみたいに、内側から破裂するような壊れ方出来るんだね」
貴族特有の、高い魔力からくるものなのか
精霊の血をひく、アクエリオス家独特の性質なのか
人形アレンと少年テトラは、捜索開始から30分足らずで
すでに、6個目のペンデュラムを破壊していました。
何とか勝手を覚えたテトラが、その手に持っている7個目のペンデュラムも
彼の膨大な魔力量に耐えかねて、既に大破寸前といった様子
なのに彼の落としたペンダントの痕跡は
一向に見つかる気配がありません。
「せめて何番目の車両に座っていたか、思い出せればよかったんだけど
慌てていたのもあって、どの車両に座ってたのかおぼろげなんだ」
「座席専用車両は全部で6車両です、頑張れば今晩中に見て回れると思います
まずは一両目の捜索は完了、二両目に向かいましょう」
「うん、駅員さんにも廊下や接合部分の捜索を手伝ってもらって迷惑もかけているし
少しでも早く見つけ出さなくちゃ!」
パンっ!!
力強く答えたテトラの魔力に反応し、7個目のペンデュラムが命尽きました。
8個目、心なしか震えている様に見えるペンデュラムを、鎖の先端に付け直して捜索再開です。
座席専用車両の2車両目、テトラの魔力を受け、淡く緑色に光る宝石は
1両車目から比べると、微かに左右に揺れはじめていました。
「まだ反応は薄いですが、変化はありました
ペンダントはやはり、座席専用車両のどこかに
具体的に言うと、1両車目よりも奥の方向にあるようです」
「よかった! あるという事が分かっただけでも進歩だよ
アレン君行こう! ここまでやってもらったんだ、絶対に見つけないと」
「はい、このまま座席の下や車両の角を探しつつ進みましょう
テトラ、あまり力み過ぎると8個目も破裂しそうです」
「う、うん、気を付けるよ
ごめんね、いっぱい壊しちゃって……」
大丈夫、予備がまだ2つあります。
そう言って、一人と一体は先へ先へと進み続けました。
2車両目を通り過ぎ、3車両目、4車両目、と捜索を行い
はじめは小さかったペンデュラムの揺れも、次第に大きく激しくなっていきました。
5車両目の捜索を終わらせ、時刻は午前1時を過ぎた頃
彼らは最後の車両、6車両目の捜索をはじめます。
ペンデュラムはこれまでで一番大きく揺れ続けており、透き通った逆三角形の透明な宝石からは
これまでとは比べ物にならない程、強く鮮やかな緑の光が発せられています。
「いよいよ最後です、時刻は現在、午前1時12分
師匠の決めたタイムリミットも迫っていますし、急ぎましょう」
「うん! 今までで一番強く反応しているし、この車両のどこかにあるはず! 」
アレンとテトラは、ペンデュラムの光と照明の灯りを頼りに、ペンダントを探します。
座席の下、床の角、非常用具機器の隙間まで隅々と
灯りを頼りに探すテトラとは対照的に
今回こっそりと、魔力探知に優れた眼球パーツに取り替えていたアレンは
テトラの魔力から発せられる、色の濃い痕跡を頼りに、捜索を続けていきます。
魔法士ライルにより製作された、魔力探知に優れたその真っ赤な瞳には
床や壁にべっとりと残された魔力の痕跡を、色や光でしっかり視認できていました。
(テトラが座っていた座席はおそらく、すでに取り過ぎた4両目の前方から10番目左側の席のはずです
あの場所にテトラの魔力が最も色濃く残されていました
でも、だとすると、この6両目にも僅かにテトラの魔力が付着している箇所が存在するのはなぜでしょう?
彼は、こんなに後ろの車両までは、さすがに来ていないとはっきり覚えていたのに)
訪れていないはずの車両内に残された
床や壁に、点々と残る不可解な形状の魔力跡
手のひらサイズの丸い形から察するに、きっとペンダントトップの形状ではあるのは確かなのでしょうが
どうしてそれが、床だけならまだしも、壁や天井に至るまで
点々とあちこちに付着しているのでしょうか?
加えてテトラの持つペンデュラムの反応から、彼のペンダントがこの車両のどこかにあることは間違いないはず
人にぶつかり、紛れて、転がったとしても
こんなに遠く離れた、一番最後の座席専用車両まで、ペンダントが転がってくるものでしょうか?
そこでアレンはもう一つ、テトラについて気になることを思い出しました。
それはアレンが、ライルから車内徘徊に対しての説教を受けた後
共に今晩の捜索に使用するペンデュラムの製作と調整を行っている最中の
何気ない、ライルとの雑談で出たとある話題について。
「そういえば、アクエリオス家が子息を、国立の魔法職学校に入れるなんて珍しいな」
「? 貴族はその、国立や、魔法職? の学校に入れないのですか? 」
「いや、入れるは入れるよ
規則上は何も問題ないはずだ
入学条件として、学校側が提示している内容は
入学試験への合格、という条件が主だし
難易度は高いけど、国立だけあって生徒の受け皿や学べる事の巾の広さ、たくさんある就職先への伝手
それがあの学校の強みだからな、貴族だから入れないなんて決め事はない
むしろ貴族の方があまり入りたがらないというか、別の魔法学校に行かせたがる場合が多いんだ」
ライルは続けて説明します。
それは、この国の平民と貴族による、魔法に対しての意識の違いに関する話でした。
「一般の平民にとって魔法っていうのは、生活を便利にしてくれたり、助けてくれるような
道具とまでは言わないけど、すごい技術や便利な手段の1つっていう認識が強い
だから、魔法職学校に行って学ぶ事は主に 魔法を何かをする為に役立てる術
魔法を使って何かを作ったり、掃除をしたり、身を守ったり、な?
だから学校の名前にも 魔法職学校とあるんだ
対して貴族は、それぞれの家に特別な魔法を引き継いでいる場合も多く
そのほとんどが、魔法に対して、特別な感情を思っている事が多い
誇りとか栄光とか、あとその家の象徴、とかな
もっと具体的に例えるとしたら、自分たちの持っている、又は育てて引き継いでいる魔法そのものが
その家の家宝や宝物であり、その家やその人たちが素晴らしいと証明してくれる
宝石や勲章の様な、特別な物としての扱いをしている家が多い
それゆえに、魔法は決して、生活を便利にするための道具や術ではなく
魔法それそのものが奇跡、自分たちの誇り、どんな宝よりも価値のある存在として扱うから
魔法を、目的の為に使う技術として身に着ける、魔法職学校ではなく
奇跡や宝に等しい価値を持つ、魔法という存在の研究を行う、魔法研究学校に進みたがる
どちらも同じく、魔法学校というくくりには当てはまるけど
2つの学校の目的は、だいぶ違うのが分かるよな
あと、貴族は基本的に、学費の高額さも気にする必要があまりないから
学費の高い私立の魔法研究学校に子供を進学させて
その学校に通っている事、そのものを
家やその子のステータスとする考えの人も少なくないらしい
特に、この国の十二大貴族にあたる〈十二宮の守手〉は
それだけの存在だけあって、発言力も大きいから
そういった傾向に偏るし
その中でも、精霊の血を引き継ぐアクエリオス家は、他の貴族とはだいぶ異質な雰囲気がある
屋敷で家庭教師を雇い
その一生を領地内で過ごすことも少なくない一族だって聞いている
だから、四男とはいえ
その大貴族の御子息が
国立の魔法職養成学校の入学試験を受けに来ているとは、夢にも思わなかった
俺も調査不足だったよ」
それに加えて、その大の貴族が
従者として連れてきたのは、たった一体の人工精霊のみ、という点も含めて
テトラ という、この少年が
なんらかの、明確な理由や目的をもって
国立魔法職養成学校<ログリウム>への入学を目指しているという事は、確かだといえるでしょう。
(どんな理由なのでしょう、それは、僕と似ている物だったりするのでしょうか? )
王女様への贈り物になる為、などという
滅多にない事例には、きっと該当しないでしょうが
何かの使命、強い思い、与えられた役目や定められた役割など
他人の事情であるにもかかわらず、アレンは妙にそれが気になりました。
「テトラ、あの……」
「アレン君!! あった! あったよ、こっち来て!!! 」
突然の知らせに、アレンは今まで気になっていた疑問が
頭の中からすべて吹っ飛びました。
あった、とはつまり、ペンダントが見つかったという事。
アレンは慌てて、テトラの姿を探します。
車両の一番奥、貨物車両との出入りを行う為の、扉付近に設けられた座席の下を覗き込む様に
テトラは椅子の下に落ちているであろうペンダントに、必死で手を伸ばしています。
駆け寄ったアレンも、その椅子の下を見て驚きました。
深く濃い、青緑色の丸い宝石があしらわれたペンダント
銀色の古びたチェーンに通された、暗闇でも淡く光るその魔法石は
テトラと同じ、鮮やかな緑色の魔力を強く帯びています。
「やった! あった! あったよアレン君! ありがとう」
「おめでとうございます、テトラ
もうすぐ2時です、早くあれを取って、宿泊車両に戻りましょう」
なかなか手の届かないテトラに代わり
人形のアレンが、指や腕の関節を少し伸ばして、輝くペンダントを取ろうした、その瞬間……
「 コ レ ハ モ ウ ワ タ シ ノ ヨ ー 」
6車両目の座席の下
人なんて入れる隙間も、ほとんど無い様な空間の奥から
突如として現れた
見たこともない女の顔が、深い闇から浮かび上がりました。
「「 !? 」」
細く長い白い腕が、ひょろひょろと蛇のように伸びたかと思った矢先
ひょいと、白く生気のない薄っぺらな手の平が
緑色のペンダントを、無造作に掴み取ってしまいます。
そして、透けるような白い肌の、不自然に目の黒い、不気味な女は
通気用の細いダクトの中へと、するすると吸い込まれて行ってしまいました。
アハハハハ、カラン、コロン、コロコロコロ アハハハ カラ コロ
狭い金属製のダクトを通じて
白い女の笑い声と、小石が転がる様な軽い音が、貨物列車の方向へと遠のいていきます。
ジリリ! ジリリリリリリリリ!! ジリリリリリリリリリリリリ!!!
呆気にとられていたアレンとテトラは、持って来ていた懐中時計から鳴り響く
目覚まし用のけたたましいベルの音に飛びのいて、再び意識をこちらに戻しました。
設定していた時刻は、午前2時ちょうどです。
「……………戻ろっか」
彼らは、進んできた車両を、とぼとぼと引き換えして行きました。
「僕が、魔法職学校へ入りたい理由?
……まあ、貴族が魔法職学校へ行く事なんて、事例が少ないから、そりゃ気になるよね」
白い女に、大切なペンダントを奪われた彼らが
辿って来た車両を、一つ、また一つと戻っていく途中
いたたまれない空気を壊すように、アレンがテトラへ
道中に気になっていた疑問を投げかけます。
直球な質問に戸惑ったのか
はたまた、先ほどの衝撃体験から、いまだに抜け出せていないのか
テトラは口をつぐみ、しばしの沈黙が、2人の間を満たしていきました。
座席専用車両の1両目
やっと入り口まで戻ってきたところで、テトラはぽつりと言葉を零しはじめます。
「……………数年前の、誕生日の夜からね
すごく長くて、とても苦しい、怖い夢を
毎晩、見てしまうようになったんだ」
長く果てしない、終わりの見えなかった悪い夢は、毎夜、彼を苦しめ続け
悪夢の様な一年が過ぎた後、次の誕生日の夜を最後に、ぱったりと見なくなったそう。
夢は夢であり、真実ではない
それは理解していると、緑色の少年は続けます。
「でも、もし、その夢がもしも、現実になってしまうとしたら……
たとえばの話でね、もしそうなった時に……
貴族としての魔法や誇り、そういった、産まれた時から、誰かに与えられたものが
すべて、他の誰かに取り上げられて、何も無くなってしまった時
果たして僕には、何が残るかなって、考えちゃって」
今のままじゃ、何も残らないなって気が付いて
とても怖かったんだよ
泣きそうな様な、抜け殻の様な姿をした今のテトラからは
ペンダントの捜索に意気込んでいた時の、あの活発さも
アレンと共に、ペンデュラムの使い方を練習していた時の、あの熱量も、何も感じられませんでした。
アレンが、彼の返答に対して
どう答えればいいのか、その答えを出せないまま
彼らは、座席専用車両の最後の扉を抜け、レストラン車両へと差し掛かります。
「だから、たとえ、その夢で起きたみたいに
与えられた使命や誇っていた魔法なんかが、たとえ全てが、突然、奪われてしまったとしても
何かが僕の中に残るように、自分で何かを選んで、身に付けられればと思ったんだけど
大切なペンダントも失くしちゃうような奴に、そんなこと、出来るわけがなかったのかもね」
賑やかなレストラン車両を、伝言を受けていた店員に誘導してもらいながら
きらびやかな車両を通り抜けた彼らは、無言で三等車両の扉をくぐり抜けました。
「お前ら遅かったな、もう二時過ぎだぞ?
ガキはとっとと寝てる時間だろ」
「…………お兄さん、待っててくれたんですか? 」
行きがけに、挨拶と世間話をかわした、三等車両のお兄さんが
先程と同じその場所で
先程と同じ服装で、先程と同じように立っていました。
アレンの問かけに、彼が答えることはなく
青年はごそごそと自身のポケットをまさぐって
「ほい、これ」
深い青緑色の宝石、さきほど奪われたはずの、テトラのペンダントを差し出してきました。
突然の出来事の連続に、彼らは状況が呑み込めず
なにげない言葉の一つすら、ひねり出す事が出来ません。
「銀には魔を祓う力がある、なんて言い伝えあるけどよ
こんなに古くなったチェーンじゃ、さすがに効果も薄まりそうじゃないか?
せっかく綺麗な宝石なんだから、また新しい鎖に取り替えてやれよ」
青年から、深い緑色のペンダントを受け取ったテトラは
少し鼻をすすりながら、なんとかお礼だけは伝えます。
どうしてお兄さんが、取られたはずのペンダントを持っているのかも
どうしてお兄さんが、昨日といい今日といい、三等車両のこんな片隅でずっと突っ立っていたのかも
ただ立ちすくむだけの人形アレンには、何も分かりませんでした。
「じゃあな、坊主ども
もう、あんまり夜遊びするんじゃねーぞ」
青年に背中を見送られながら、アレンとテトラは自らに割り当てられた宿泊室に向かいます。
二等車両にて、一等車両を利用しているテトラをアレンは見送ります。
「アレン君、なんだか、いろいろありがとう
君がいなくちゃ、僕はあそこまで探し続けることは出来なかったと思う、とても助けられたよ」
「いえ、結局一番すごかったのは、三等車両のお兄さんでしたし
でも、僕が少しでもお役に立てたのならば、良かったです
それと、あの………」
珍しく口ごもったアレンは
しばしもごもごと、口の中で言葉をこね繰り返した後
ボロボロと、まとまりの付かない言葉を話し始めました。
「貴方の、全部を失くしても何か自分の中に残る物を探す、という目的を聞いて
親近感?といわれる様な感覚を覚えた、ような気がしました
僕も師匠から、与えられたメインの役割の他に
たくさんの好きを見つけて欲しい、や、心のよりどころになる様な物に出会ってほしい、という
役割とは別の、抽象的で形としては現れない、形の無い願いの様なものも、一緒に与えられています
だから、僕たちは目的が同一、というわけではないですが
形にないものを探すという点に置いては、類似した目的を持っているのではないか、と考えました
ゆえに、僕たちは世間一般でいうところの〈同志〉にあたると考えます
なので……、僕は、貴方の願いが叶うことを、願っています」
「…………うん、ありがとう
僕も、どこまでできるか頑張ってみるよ
アレン君、お互い頑張ろうね」
こうして、長かった夜は終わりを迎えてゆくのです。
たった二晩の、短い冒険を終えた彼らは
あたたかな毛布にくるまり、朝の知らせを告げる、喧しい目覚ましの音が鳴り響く、その時まで
夢を見る事すら忘れて、久しぶりにゆっくりと睡眠をとりました。
空中鉄道の旅、3日目
穏やかに各々の時間を過ごしながら、列車は予定通り走行を続けます。
食事をとる為に、レストラン車両へと足を運び
二等車両の宿泊室に戻っては、師匠のライルと窓の外を眺めながら、他愛のない会話を交わします。
その間、三等車両のお兄さんにも、初めての同志であるテトラにも
アレンは一度も、会う事はありません。
彼らの短かった旅行の最終日は、静かに幕を下ろしていきました。
そして4日目の朝
「アレン、こっちに来て窓の外を見てみろ」
列車の旅行も今日で終わり
降車の準備を進めていた人形アレンは、師匠のライルに呼ばれ、窓の方へ駆け寄ります。
小さな体で座席の上に乗り、ライルと共に、大きな窓の外を覗き見たアレンは
「……………………お城を出てから、驚いてばかりのような気がします」
「いい事じゃないか
新しい事を知っていくのは楽しいだろ?」
ほんの少しだけ開けた、窓の隙間から吹き込む潮風を顔に受けながら
アレンは今、目の前に現れた光景を理解していきます。
彼らの眼前に広がるのは
青い空、広い海、賑わいを見せる大きな港町と
海を越えてやって来たであろう、様々な形状の船の大群達、そして
太く長い、いくつもの鎖と
上下を行き来し続ける、複数の昇降機により、地上に繋ぎ止められた
人が作り上げたとは、到底信じられない程
巨大な都市と思われる人工物が、空中に浮遊している姿でした。
「あの空に浮いてるのが、この国が所有する、国内最大級の人工浮遊都市
そして、管理や維持を行っているのが
あの都市の中心に位置する、国立魔法職養成学校〈ログリウム〉
だから国内外問わず、今までになかった規模の空飛ぶ巨大学園都市だってことで
一躍有名になった町でもあるらしい
だから学問を志す人たちだけじゃなくて、観光客なんかもかなり多くて
劇場や娯楽施設なんかの観光業にも力を入れてるんだってさ」
楽しみだな、と笑うライルに対して
アレンは、相変わらずの無表情ながら、コクリと1つ、相槌を打って答えます。
降車の時間まで、あまり時間は残されていませんでしたが
一人と一体は、空中に浮かべられた街並みを、もう少しだけ眺めておく事にしたのでした。
(おまけ)
〔誰かの日記より抜粋〕
●月✕日 晴れ
今日は僕の誕生日だった。
検査の結果も良好で、この調子であれば予定通り
15歳の成人の儀には、遺産の引き継ぎを行えるらしい。
先生や母様もとてもうれしそうで僕もうれしかった。
訓練をたくさん頑張ってきたから、精霊様がご褒美をくれたんだよと
母様に言ってもらえて少し泣いてしまった。
これまでいっぱい頑張ってきたことが報われている気がして、ほこらしいと思った。
夜は母様や弟のペンタがお祝いの歌を歌ってくれてすごく楽しかった。
モノル兄様やジグリ兄様は、やはり会いには来てくれなかったけど
トリル兄様からはお手紙が届いていた。
成人の儀式まで何があるか分からないから
気を引き締めて日々を過ごすようにと書いてあった。
離れていても心配してくれていているのがよく分かる
いつかまた、兄様達に会いたいな。
●月◇日 晴れ
少し嫌な夢を見た。
昨日は浮かれすぎていて、体が疲れていたのかもしれない。
でも今日の検査も順調で、体内の魔力も増えつづけているようで安心した。
遺産を体内に相続するには、たくさんの質のいい魔力のある体である事が大切だから
このまま頑張っていきたい。
ペンタが精霊様に興味を示している様子だったので一緒に勉強をした。
夢は夢だから現実には関係ない、ペンタは僕の可愛い弟。
●月◎日 晴れ
また嫌な夢を見た。昨日の夢の続きな気がする。
こういった夢が続くと、どうしても不安になってくる。
気持ちが落ち着かなかったので、今日は精霊様の為の訓練にいつもより没頭した。
訓練は苦しくて辛いけど、成人の儀を終えればもうしなくて済むそうだから
成人までの辛抱だ。
夢のせいもあって、ペンタとうまくしゃべれなかった。
ペンタは何も悪くないのに、かわいそうな事をしてしまった。
◇月〇日 曇り
夢の内容が、どんどん悪くなっていって怖い。
ペンタはいつも通りなのに夢のせいでペンタに接するのが辛くなってきた。
内容もだんだん鮮明になってきて忘れられない。
眠るのが怖い。
▲月◎日 雨
とても悲しい夢を見た。
悲しいのに、それと一緒にすごく怒ってる夢だった。
ペンタは夢の中でも何も悪くないのに
彼が無意識に、僕が貰うはずだった物を横取りしていっちゃう夢だった。
気持ちの整理がつかなくて、ペンタにどんな顔をして会えばいいのか分からない。
あれは本当にただの夢なんだろうか。
精霊様にたくさん祈っているのに、精霊様は答えてくれない。
□月✕日 雨
まだ夢の中の気持ちが消えなくて苦しい。
全部取られたことも、今までの頑張りが無駄になったことも、全部が悲しくて
何より、僕の代わりに弟がすごくうれしそうにしていることが
夢の中の僕はすごく悔しくて憎かった。
その為に頑張ってきたのに、弟の才能がすべてをかすめ取っていくように感じて
可愛かったペンタが憎くてたまらなくて
そんな夢の中の僕が嫌で悲しかった。
この夢はなんなんだろう。早く終わってほしいのに
全く終わる気配はない。
▽月■日 晴れ
ペンタが僕を心配して見舞いに来てくれたのに
夢の中の光景と重なって、あまり話していられなかった。
夢の中の僕が成長するにつれ、どんどん怒りは増していき
弟に怒るその僕を、見続けることが一番辛い。
今までたくさん頑張ってきたと思っていたけど
夢の中の僕は、何も持ってはいなかった。
●月✕日 曇り
夢の終わりが近いことがなんとなく分る。
あれからもうすぐ一年がたつ
さすがにもうどんな終わり方をするのかは、見る前からなんとなく分かってしまう。
弟は今日も楽しそうに母様と共に過ごしているようだった。
僕はやっぱり弟も母様も兄様たちも大好きだ。
だから、夢の中みたいな思いを、家族に向けたくない。
兄様達が僕らから離れていったのも、今みたいな感情が理由だったのかもしれない。
いつかまた会いたいけど、今は遠くにいてすぐには会えないから今度にする。
僕が夢の中の僕みたいにならない為にはどうすればいいのか
最近はそればかり考えている。
●月◇日 晴れ
夢の中の僕が終わった。
僕は最後まで悔しくて怒っていて、最後まで空っぽのままだった。
ああならない為に僕は何をしたらいいのか
空っぽじゃないようになる方法を、もう少し考えて探してみることにした。
嫌な夢だったけど
こうなる前に知れて良かったと、今は少しだけ感謝してる。
(この日記はここで終わっている)
「はい! こちらの見回り終了しました!
先輩も、お疲れ様です~もう春なのに、夜はまだまだ冷えますね
早く戻って、コーヒー淹れてもらいましょうよ!
あ、先輩はカフェイン飲んだらダメでしたね、お腹を壊しちゃうんでした
なら、また僕がホットミルク作ってあげますよ!
ホットミルクは、たしかお好きでしょ? 」
「うるさいぞ、大きい声を出すな、お客様を起こしたらどうするんだ
チャッティー2号にでもなりたいのか、お前は
一等車両の見回りをしている、デックと合流してから戻るぞ
あと、お前にこの間ホットミルク作らせたら、沸騰させ過ぎて鍋から吹きこぼしただろ
俺は自分で作るから、お前は俺の手本を見て学んでおけ」
「ちぇー、失敗は成功のもとなのに、先輩は頭が固いんだぁ~
あ、そうだ! デック先輩、たしかチョコレート持ち込んでたはずですよ!
ちょっともらって、牛乳に溶かして~ ホットチョコレートにするのはどうですか? 」
喋ってないで早くいくぞ、と
駅員の制服の上からコートを着込んだ、二人組の持つランプの灯りは
狭い通路をコツコツと進んでいき、やがて他の車両へと消えていきました。
「………………………………もう、さすがに大丈夫ですよね」
そう言って、先程からずっと列車の天井にへばり付き、隠れ忍んでいたアレンは
身をひるがえすようにして、床へと着地します。
「夜中でも皆さん、お仕事を頑張っていたんですね、すごいです
危うく見つかるかと思いましたが
貴重な業務内容の一部を知れて、良い経験になりました」
赤いチェック柄の毛布を肩にかけ直すと
アレンは、壁にかけかけられている、車両内見取図へと目を移します。
金色に揺らめく、普段と異なる二つの瞳は
魔法士ライルによる特別製。
たとえ、闇夜の中であろうとも
金色の眼球に、パーツを取り替えたアレンであれば
昼間と変わらず、周りの光景が鮮明に見ることが可能でした。
「エコーさんとの鬼ごっこの経験は
こういった隠密行動の必要な場面などで、役立ってくるのですね
てっきり僕は、ただ僕の口にからしを塗りたくるのが楽しくなって
遊んでいたのかと思っていましたが
城に戻ったら、お礼を言わなければ」
特製の激辛からしを突っ込まれた記憶を、懐かしそうに思い返すアレン
しかしこの記憶、つい数日前の出来事である為
懐かしむような、そんな遠い過去の記憶ではもちろんありません。
比較的、新しめの辛い思い出でした。
さて、話を見取図に戻して
「二等車両内は、一通り見て回れました
次に見て回るとしたら、二等車両に隣り合う、一等車両か三等車両ですが
一等車両は、これから警備の方々が集合して
先頭の車両に移動するそうなので、後にした方が良さそうですね
なので、先に三等車両
続けて、レストラン車両に座席車両、貨物車両などを見て回ることにします
夜明けまでに、どこまで見て回れるかは分かりませんが
いけるところまで行ってみましょう」
今後の探検ルートを定めたアレンは
ガタガタと揺れ続ける、列車内の散策を続けていきました。
・三等車両にて
「小さなたくさんの部屋が、厚手のカーテンで仕切られています
簡易的個室って、こういう事だったのですね
ここの車両は、二等車両と違って、まだ電気の付いている個室が多いようですが……
カーテン越しに見える、人影の様子から
読書や荷物整理など、各々の過ごし方をされているようです」
「お? 三等車両に子供がいるなんて、珍しいな
おい坊主、お父さんやお母さんはどうしたんだ? もう真夜中だぞ」
「こんばんは、お邪魔しています
僕は今、こっそりこの車両内を探検しています、宿泊はもっと前の方の車両です」
「なんだ、ガキの探検ごっこかよ
やんちゃなのも良いけどな、いくら警備がしっかりしているとはいえ
危ない奴なんて、そこら辺にごろごろいるんだぜ?
怖い思いをする前に、さっさと切り上げて寝ちまいな、遊ぶなら昼間に遊べ
明日はレストラン車両で、楽器の演奏があるらしいぞ、どうだ? 楽しみだろ? 」
「楽器…それはとても楽しみです、是非、僕も師匠と見に行きたいです
あぶないやつ、というのは……
危険人物、という意味でしょうか? 危険なのは、良くないです
わかりました、もう少し見て回ったら、早めに宿泊部屋へ戻ります
教えてくださりありがとうございます」
「そうしとけ
レストラン車両は、午前4時までの営業中だし
その隣の座席専用車両までなら、見回りも行われているから
比較的安全だろう、行くならそこまでにしろ
貨物車両の方は、いろんなもんあってあぶねーから、寄り付くんじゃねーぞ」
「ありがとうございます
そういえば、お兄さんはご旅行ですか?」
「いや? 俺はここに永住なんだ」
親切な青年に手を振り返して
アレンは次の車両へと進みます。
・車両接合部のお手洗いスペースにて
「……dousite,hairenaino?」
「…………………」
「……ireteyo,izimenaide
iziwarusuruyatuha,kiraidayo?」
「…………………」
「oreha,erainnda,sugoinnda,bokuha,tokubetunasonnzainannda
nanoni,mawarihasorewomitomenai,omaemoorenisiltutositeirundarou?」
「…………………」
「orehaokasikunai,mawarigaokasiinda
namaikinamedana,eguridasiteyarouka?
orenohougatuyoinda,zultutoomaeyorituyoindayo!!」
「…………………」
背の高い男が
壁に装飾されている、花の模様に向かって話し続けています。
アレンにはわからない言語であったため、その内容を理解する事は出来ませんでした。
(…………あぶないやつ、なるほど、理解しました)
物音を立てないように
人形アレンは、そそくさとその場を後にします。
・レストラン車両にて
扉の横に設置された看板
『深夜営業中 未成年の方はご入場をお控えください』
この国の成人年齢は15歳
そして、アレンは製造から、まだ一年たっていない為
15歳どころか1歳にすらなっていません。
アレンは少し悩んだ後、辺りをよく観察しながら考えます。
車両内の天井部付近には、電気設備や換気設備の点検用に設けられた
小さな蓋が、取り付けられていました。
「…………よし」
人形アレンは、自身の手足や肩などの
一部のパーツを体から取り外し、非常用に|隠《ルビ》し持っていたロープを、お腹の収納から取り出します。
そして、そのロープを使用して、外したパーツを本体の腰辺りからぶら下げてみる事にしました。
手足の短い子供の体が、ロープでつながれた手足を引きずっているという
大変、恐ろしい見た目にはなってしまいましたが
この形状ならば、なんとか、あの小さな空間に体をねじ込めそうです。
アレンは指先のパーツで、蓋のネジを回し、天井内の空間へ器用に侵入していきました。
「清掃が困難な場所のせいでしょうか、クモの巣と埃がすごかったです
でも、換気用の隙間から見える光景は、きれいでした
成人と思われる方々が、様々な色の飲み物を、小さなグラスに入れて楽しそうに飲んでいました
せっかく楽しそうなのに、成人していないと入れないなんて、残念です」
カチャカチャと、取り外していたパーツを元の位置にはめ直し
衣服に付いた埃や蜘蛛の巣をはらいとります。
賑やかな光に背を向けて
人形アレンは、次の扉に手を掛けました。
・座席専用車両にて
広い窓、並ぶ座席に、チラチラと天井からぶら下げられた広告用ポスター
座席専用車両の名にふさわしく、そこは座って待つ為の空間そのものでした。
「………」
途中下車までの待ち時間を、快適に過ごす為の待機場所。
その使用目的の都合上
使用時間は早朝5時から夜8時までの時間に限られます。
この列車が、こんな真夜中に停止する必要のある駅なんて
路線のプログラムには、組み込まれていないからです。
「………………」
その為、深夜である今の時間帯に、この車両が使用されることはありません。
人など本来はいるはずもありませんでした。
「……………………ここにも無い、どこにいったんだろう」
「何か探しモノですか?」
「はい、なかなか見つから…………っ!!!??!」
座席と座席の間、暗い隙間に片腕を突っ込みながら、床にはいつくばっている
いるはずのない子供に、アレンは声をかけました。
驚きのあまり、言葉を失い
後ろ側へと飛びのいて、壁に背中を打ち付けてしまった
緑髪の少年を、アレンはちゃんと覚えています。
彼は、アレンが大きなピスタチオのケーキを頭からかぶるという
美味しい経験のきっかけを作ってくれた
体調の悪そうだった、緑髪の少年その人だったのですから。
翌日の深夜、アレンは再び二等車両を抜け出し、三等車両に向かいました。
昨日の親切な青年は
昨日と同じ場所に、昨日と同じ服装で、同じように立っています。
「こんばんは、お兄さん
昨日は危ないことや楽しそうなことを、教えて下さりありがとうございました
お昼に師匠と楽器の演奏を聞いてきました
静かなものから、賑やかなものまで、様々な楽器の演奏を聴くことが出来て、とても面白かったです」
「おぉ、昨日のくそ坊主じゃねーか
なんだよ、わざわざ礼を言いに来てくれたのか?
楽しそうでよかったな
それともなんだ? 今日も探検か?
昼間に遊べって言ってんのに、最近のガキはなかなか反抗的だな
そのポシェットの中身はなんだ? 昨日はそんなもん、持ってなかっただろ?
探検だけじゃ飽き足らず、おもちゃでも持って行って遊ぶのか? 」
「これの中身はおもちゃではなく
師匠から教えてもらって。一緒に作った魔法道具です
|急《ルビ》なことだったため、簡単な物とのことなのですが
これを持っていると、糸の先に付けた宝石が揺れて、探し物の手助けになるそうなのです
なので今日は探検ではなく、探し物に行くんです」
「……なんか、落とし物でもしたのか? 」
「はい、僕ではなく知り合いが
大切にしている物を、座席専用車両のどこかに落としてしまったとの事で
探すのをお手伝いすることになりました」
「…………怖そうな奴がいたら、すぐに逃げるか、隠れるかするんだぞ
ところで、そいつはいったい、何を失くしたんだよ? 」
「はい、ペンダントを落としてしまったそうです」
夜11時
座席専用車両にて
アレンは天井の点検口、からではなく
レストラン車両の扉から、普通に出てきました。
「お待たせしました、貴方の言っていた通りでした
上の空間を通るよりも、腰を低くしてかがみながら
テーブルの下を潜り抜けて進む方法の方が、簡単で良いですね」
「あんなに狭くて高い場所の空間、普通は通れないし、登れないし
そもそも、通ろうとはなかなか考えないと思うよ?
それに今日は、座席車両の使用許可も取ってもらえたんだから
隠れながら来なくても、堂々と来て大丈夫だったのに」
深い緑色の長い髪を一つに結んだ少年、テトラ・アクエリオスはそう言って
アレンの膝に付いた埃を、一緒にはらってくれました。
テトラ・アクエリオスという、12歳の少年は
アレンと同じく、国立魔法職養成学校<ログリウム>への入学を目指す、受験生の一人でした。
この国に存在する〈十二宮の守手〉という、特別な貴族の1つである
アクエリオス家の四男として、生を受けた彼は
己の後学と社会勉強の為、従者の人工精霊を一体連れて
遠路遥々、遠く離れたアクエリオス家の領地から単身一人
学園都市を目指してやってきた、とのこと。
「そこまでは良かったんだ、そこまでは
空中鉄道に乗って、学園都市に向かう
指定されたホテルにチェックインさえすれば、何とか一息つける
あとちょっとだったんだよ、なのに………」
アクエリオス家では、産まれた赤子に、宝石を一つ贈る習わしがあるとのこと。
深く深く、青々と茂る山の緑の様な
濃く深い、青緑色の特別な魔法石を贈り
言葉が話せるようになった頃には、その宝石を飾りに加工し
いつも肌身離さず、身に付けておくのだそう。
「何かのお守りでしょうか?」
「うん、大体そんな感じ
アクエリオス家の先祖は、精霊だという伝説が伝えられていて
うちの領地からしか発掘されない、その深緑色の宝石には
強い精霊の加護がかけられているんだ
だから、ご先祖様の精霊から、加護をもらい、守ってもらえますようにって
その特別な魔法石を加工して、身に付けておくんだけど……」
列車に乗り込む前までは、座席に座って、外の景色を眺める前までは
確かに首に、ペンダントの鎖はかかっていました。
次第に、人の数も増えてゆき、そろそろ客室に移動しようとした、その時……
カシャン、ゴトッ!カツ、コツ、コツ
鎖の切れる音と
石がどこかへと転がる様な、そんな音が聞こえ
首にかかっていたはずのペンダントは、どこかへと姿を消してしまったといいます。
「すぐにその場を探したんだけど、なにせ混む時間帯だったから
人でもみくちゃにされちゃって、後々駅員さんにも手伝ってもらって
もう一度、探してはみたんだけど、見つからなくて
それでもあきらめられなくて、昨日こっそり、ここに来て一人で探してたんだよ」
聞けば、昨日の体調不良の原因も
今まで肌身離さず付けていた、魔法石のペンダントを紛失したことにより
体内に流れる魔力の制御が、一時的におかしくなってしまったからだそうでした。
そんな身の上話を聞いたアレンは
「貴方のおかげで、上から降ってきたケーキに加えて
その後、店員さんからお詫びにと
パフェ という、大変美味しい物までごちそうになったので」 という
微妙にずれた、理解しがたい理由から
ペンダント探しへの手伝いを申し出た事で
場面は現在、乗車二日目の夜11時、座席専用車両の入り口に戻ります。
「深夜、勝手に外出した事などは、もちろん怒られましたが
そのかわり、捜索の為の外出許可もいただきました
駅員さん方には、状況を師匠から説明してもらい
本日は堂々と捜索を行えます、それに加え……」
ジャジャーン、と、アレンが斜めに掛けていたポシェットから
透明な宝石を先端に取り付けた、銀色の長い鎖を取り出します。
「 ペンデュラム という道具を用意してもらいました
本日は、こちらの魔法道具を使用して捜索を行います
師匠は諸事情により、調査への同行は無理との事ですが
代わりに、いろいろお話は聞いてきましたので、準備はばっちりです
午前二時以降は危険度が増すとのことなので、それまでに切り上げるよう言われています
それでは早速、捜索を始めましょう」
「ありがとう、アレン・フォートレスさん!
僕のせいで、頭からケーキを被ることになったのに
こんなに協力してもらえるなんて、どうお礼をしていいか……」
「その、頭からケーキを被るきっかけとなった事へのお礼なので、大丈夫です
そして、僕の事はアレンと呼んで下さい」
「あ、そ、そう、なんだ
……じゃあ、アレン君って、呼ばせてもらうね
僕のことも、テトラって呼んでもらって大丈夫だよ」
「はい、ではテトラ
早速捜索を始めましょう」
ちなみに、今回ライルが同行不可となった理由について
アレンを含めた、王女様への贈り物のご依頼自体が
王から直接、魔法師団長ライルに下された、内密なご依頼であった為
国で強い権限を持つとされる十二大貴族〈十二宮の守手〉の1つ、アクエリオス家の四男に
今、魔法師団長のライルと人形アレンを取り巻く状況が、バレてしまうのは非常にまずい、という
政治がバリバリ絡んでくる、ややこしい事情からくるものだという事を
今の彼らは知る由もないのでした。
「テトラ、ペンデュラムへ魔力を注ぐ作業には、慣てきましたか?」
「うん、だいぶ慣れてきたかも
うちの家では、道具を使った魔法をほとんど習わなかったから、最初は戸惑ったけど
だんだんコツ?みたいなものが分かってきた気がするよ」
「予備のペンデュラムも製作してもらっていて良かったです
ペンダントに染みついている、テトラの魔力を頼りに捜索する考え自体は、良かったのですが
まさか、魔力の注ぎ量が分からず、ペンデュラムが大破するとは思っていませんでした」
「うん、僕もびっくりしちゃった
宝石ってあんなに、風船が割れるみたいに、内側から破裂するような壊れ方出来るんだね」
貴族特有の、高い魔力からくるものなのか
精霊の血をひく、アクエリオス家独特の性質なのか
人形アレンと少年テトラは、捜索開始から30分足らずで
すでに、6個目のペンデュラムを破壊していました。
何とか勝手を覚えたテトラが、その手に持っている7個目のペンデュラムも
彼の膨大な魔力量に耐えかねて、既に大破寸前といった様子
なのに彼の落としたペンダントの痕跡は
一向に見つかる気配がありません。
「せめて何番目の車両に座っていたか、思い出せればよかったんだけど
慌てていたのもあって、どの車両に座ってたのかおぼろげなんだ」
「座席専用車両は全部で6車両です、頑張れば今晩中に見て回れると思います
まずは一両目の捜索は完了、二両目に向かいましょう」
「うん、駅員さんにも廊下や接合部分の捜索を手伝ってもらって迷惑もかけているし
少しでも早く見つけ出さなくちゃ!」
パンっ!!
力強く答えたテトラの魔力に反応し、7個目のペンデュラムが命尽きました。
8個目、心なしか震えている様に見えるペンデュラムを、鎖の先端に付け直して捜索再開です。
座席専用車両の2車両目、テトラの魔力を受け、淡く緑色に光る宝石は
1両車目から比べると、微かに左右に揺れはじめていました。
「まだ反応は薄いですが、変化はありました
ペンダントはやはり、座席専用車両のどこかに
具体的に言うと、1両車目よりも奥の方向にあるようです」
「よかった! あるという事が分かっただけでも進歩だよ
アレン君行こう! ここまでやってもらったんだ、絶対に見つけないと」
「はい、このまま座席の下や車両の角を探しつつ進みましょう
テトラ、あまり力み過ぎると8個目も破裂しそうです」
「う、うん、気を付けるよ
ごめんね、いっぱい壊しちゃって……」
大丈夫、予備がまだ2つあります。
そう言って、一人と一体は先へ先へと進み続けました。
2車両目を通り過ぎ、3車両目、4車両目、と捜索を行い
はじめは小さかったペンデュラムの揺れも、次第に大きく激しくなっていきました。
5車両目の捜索を終わらせ、時刻は午前1時を過ぎた頃
彼らは最後の車両、6車両目の捜索をはじめます。
ペンデュラムはこれまでで一番大きく揺れ続けており、透き通った逆三角形の透明な宝石からは
これまでとは比べ物にならない程、強く鮮やかな緑の光が発せられています。
「いよいよ最後です、時刻は現在、午前1時12分
師匠の決めたタイムリミットも迫っていますし、急ぎましょう」
「うん! 今までで一番強く反応しているし、この車両のどこかにあるはず! 」
アレンとテトラは、ペンデュラムの光と照明の灯りを頼りに、ペンダントを探します。
座席の下、床の角、非常用具機器の隙間まで隅々と
灯りを頼りに探すテトラとは対照的に
今回こっそりと、魔力探知に優れた眼球パーツに取り替えていたアレンは
テトラの魔力から発せられる、色の濃い痕跡を頼りに、捜索を続けていきます。
魔法士ライルにより製作された、魔力探知に優れたその真っ赤な瞳には
床や壁にべっとりと残された魔力の痕跡を、色や光でしっかり視認できていました。
(テトラが座っていた座席はおそらく、すでに取り過ぎた4両目の前方から10番目左側の席のはずです
あの場所にテトラの魔力が最も色濃く残されていました
でも、だとすると、この6両目にも僅かにテトラの魔力が付着している箇所が存在するのはなぜでしょう?
彼は、こんなに後ろの車両までは、さすがに来ていないとはっきり覚えていたのに)
訪れていないはずの車両内に残された
床や壁に、点々と残る不可解な形状の魔力跡
手のひらサイズの丸い形から察するに、きっとペンダントトップの形状ではあるのは確かなのでしょうが
どうしてそれが、床だけならまだしも、壁や天井に至るまで
点々とあちこちに付着しているのでしょうか?
加えてテトラの持つペンデュラムの反応から、彼のペンダントがこの車両のどこかにあることは間違いないはず
人にぶつかり、紛れて、転がったとしても
こんなに遠く離れた、一番最後の座席専用車両まで、ペンダントが転がってくるものでしょうか?
そこでアレンはもう一つ、テトラについて気になることを思い出しました。
それはアレンが、ライルから車内徘徊に対しての説教を受けた後
共に今晩の捜索に使用するペンデュラムの製作と調整を行っている最中の
何気ない、ライルとの雑談で出たとある話題について。
「そういえば、アクエリオス家が子息を、国立の魔法職学校に入れるなんて珍しいな」
「? 貴族はその、国立や、魔法職? の学校に入れないのですか? 」
「いや、入れるは入れるよ
規則上は何も問題ないはずだ
入学条件として、学校側が提示している内容は
入学試験への合格、という条件が主だし
難易度は高いけど、国立だけあって生徒の受け皿や学べる事の巾の広さ、たくさんある就職先への伝手
それがあの学校の強みだからな、貴族だから入れないなんて決め事はない
むしろ貴族の方があまり入りたがらないというか、別の魔法学校に行かせたがる場合が多いんだ」
ライルは続けて説明します。
それは、この国の平民と貴族による、魔法に対しての意識の違いに関する話でした。
「一般の平民にとって魔法っていうのは、生活を便利にしてくれたり、助けてくれるような
道具とまでは言わないけど、すごい技術や便利な手段の1つっていう認識が強い
だから、魔法職学校に行って学ぶ事は主に 魔法を何かをする為に役立てる術
魔法を使って何かを作ったり、掃除をしたり、身を守ったり、な?
だから学校の名前にも 魔法職学校とあるんだ
対して貴族は、それぞれの家に特別な魔法を引き継いでいる場合も多く
そのほとんどが、魔法に対して、特別な感情を思っている事が多い
誇りとか栄光とか、あとその家の象徴、とかな
もっと具体的に例えるとしたら、自分たちの持っている、又は育てて引き継いでいる魔法そのものが
その家の家宝や宝物であり、その家やその人たちが素晴らしいと証明してくれる
宝石や勲章の様な、特別な物としての扱いをしている家が多い
それゆえに、魔法は決して、生活を便利にするための道具や術ではなく
魔法それそのものが奇跡、自分たちの誇り、どんな宝よりも価値のある存在として扱うから
魔法を、目的の為に使う技術として身に着ける、魔法職学校ではなく
奇跡や宝に等しい価値を持つ、魔法という存在の研究を行う、魔法研究学校に進みたがる
どちらも同じく、魔法学校というくくりには当てはまるけど
2つの学校の目的は、だいぶ違うのが分かるよな
あと、貴族は基本的に、学費の高額さも気にする必要があまりないから
学費の高い私立の魔法研究学校に子供を進学させて
その学校に通っている事、そのものを
家やその子のステータスとする考えの人も少なくないらしい
特に、この国の十二大貴族にあたる〈十二宮の守手〉は
それだけの存在だけあって、発言力も大きいから
そういった傾向に偏るし
その中でも、精霊の血を引き継ぐアクエリオス家は、他の貴族とはだいぶ異質な雰囲気がある
屋敷で家庭教師を雇い
その一生を領地内で過ごすことも少なくない一族だって聞いている
だから、四男とはいえ
その大貴族の御子息が
国立の魔法職養成学校の入学試験を受けに来ているとは、夢にも思わなかった
俺も調査不足だったよ」
それに加えて、その大の貴族が
従者として連れてきたのは、たった一体の人工精霊のみ、という点も含めて
テトラ という、この少年が
なんらかの、明確な理由や目的をもって
国立魔法職養成学校<ログリウム>への入学を目指しているという事は、確かだといえるでしょう。
(どんな理由なのでしょう、それは、僕と似ている物だったりするのでしょうか? )
王女様への贈り物になる為、などという
滅多にない事例には、きっと該当しないでしょうが
何かの使命、強い思い、与えられた役目や定められた役割など
他人の事情であるにもかかわらず、アレンは妙にそれが気になりました。
「テトラ、あの……」
「アレン君!! あった! あったよ、こっち来て!!! 」
突然の知らせに、アレンは今まで気になっていた疑問が
頭の中からすべて吹っ飛びました。
あった、とはつまり、ペンダントが見つかったという事。
アレンは慌てて、テトラの姿を探します。
車両の一番奥、貨物車両との出入りを行う為の、扉付近に設けられた座席の下を覗き込む様に
テトラは椅子の下に落ちているであろうペンダントに、必死で手を伸ばしています。
駆け寄ったアレンも、その椅子の下を見て驚きました。
深く濃い、青緑色の丸い宝石があしらわれたペンダント
銀色の古びたチェーンに通された、暗闇でも淡く光るその魔法石は
テトラと同じ、鮮やかな緑色の魔力を強く帯びています。
「やった! あった! あったよアレン君! ありがとう」
「おめでとうございます、テトラ
もうすぐ2時です、早くあれを取って、宿泊車両に戻りましょう」
なかなか手の届かないテトラに代わり
人形のアレンが、指や腕の関節を少し伸ばして、輝くペンダントを取ろうした、その瞬間……
「 コ レ ハ モ ウ ワ タ シ ノ ヨ ー 」
6車両目の座席の下
人なんて入れる隙間も、ほとんど無い様な空間の奥から
突如として現れた
見たこともない女の顔が、深い闇から浮かび上がりました。
「「 !? 」」
細く長い白い腕が、ひょろひょろと蛇のように伸びたかと思った矢先
ひょいと、白く生気のない薄っぺらな手の平が
緑色のペンダントを、無造作に掴み取ってしまいます。
そして、透けるような白い肌の、不自然に目の黒い、不気味な女は
通気用の細いダクトの中へと、するすると吸い込まれて行ってしまいました。
アハハハハ、カラン、コロン、コロコロコロ アハハハ カラ コロ
狭い金属製のダクトを通じて
白い女の笑い声と、小石が転がる様な軽い音が、貨物列車の方向へと遠のいていきます。
ジリリ! ジリリリリリリリリ!! ジリリリリリリリリリリリリ!!!
呆気にとられていたアレンとテトラは、持って来ていた懐中時計から鳴り響く
目覚まし用のけたたましいベルの音に飛びのいて、再び意識をこちらに戻しました。
設定していた時刻は、午前2時ちょうどです。
「……………戻ろっか」
彼らは、進んできた車両を、とぼとぼと引き換えして行きました。
「僕が、魔法職学校へ入りたい理由?
……まあ、貴族が魔法職学校へ行く事なんて、事例が少ないから、そりゃ気になるよね」
白い女に、大切なペンダントを奪われた彼らが
辿って来た車両を、一つ、また一つと戻っていく途中
いたたまれない空気を壊すように、アレンがテトラへ
道中に気になっていた疑問を投げかけます。
直球な質問に戸惑ったのか
はたまた、先ほどの衝撃体験から、いまだに抜け出せていないのか
テトラは口をつぐみ、しばしの沈黙が、2人の間を満たしていきました。
座席専用車両の1両目
やっと入り口まで戻ってきたところで、テトラはぽつりと言葉を零しはじめます。
「……………数年前の、誕生日の夜からね
すごく長くて、とても苦しい、怖い夢を
毎晩、見てしまうようになったんだ」
長く果てしない、終わりの見えなかった悪い夢は、毎夜、彼を苦しめ続け
悪夢の様な一年が過ぎた後、次の誕生日の夜を最後に、ぱったりと見なくなったそう。
夢は夢であり、真実ではない
それは理解していると、緑色の少年は続けます。
「でも、もし、その夢がもしも、現実になってしまうとしたら……
たとえばの話でね、もしそうなった時に……
貴族としての魔法や誇り、そういった、産まれた時から、誰かに与えられたものが
すべて、他の誰かに取り上げられて、何も無くなってしまった時
果たして僕には、何が残るかなって、考えちゃって」
今のままじゃ、何も残らないなって気が付いて
とても怖かったんだよ
泣きそうな様な、抜け殻の様な姿をした今のテトラからは
ペンダントの捜索に意気込んでいた時の、あの活発さも
アレンと共に、ペンデュラムの使い方を練習していた時の、あの熱量も、何も感じられませんでした。
アレンが、彼の返答に対して
どう答えればいいのか、その答えを出せないまま
彼らは、座席専用車両の最後の扉を抜け、レストラン車両へと差し掛かります。
「だから、たとえ、その夢で起きたみたいに
与えられた使命や誇っていた魔法なんかが、たとえ全てが、突然、奪われてしまったとしても
何かが僕の中に残るように、自分で何かを選んで、身に付けられればと思ったんだけど
大切なペンダントも失くしちゃうような奴に、そんなこと、出来るわけがなかったのかもね」
賑やかなレストラン車両を、伝言を受けていた店員に誘導してもらいながら
きらびやかな車両を通り抜けた彼らは、無言で三等車両の扉をくぐり抜けました。
「お前ら遅かったな、もう二時過ぎだぞ?
ガキはとっとと寝てる時間だろ」
「…………お兄さん、待っててくれたんですか? 」
行きがけに、挨拶と世間話をかわした、三等車両のお兄さんが
先程と同じその場所で
先程と同じ服装で、先程と同じように立っていました。
アレンの問かけに、彼が答えることはなく
青年はごそごそと自身のポケットをまさぐって
「ほい、これ」
深い青緑色の宝石、さきほど奪われたはずの、テトラのペンダントを差し出してきました。
突然の出来事の連続に、彼らは状況が呑み込めず
なにげない言葉の一つすら、ひねり出す事が出来ません。
「銀には魔を祓う力がある、なんて言い伝えあるけどよ
こんなに古くなったチェーンじゃ、さすがに効果も薄まりそうじゃないか?
せっかく綺麗な宝石なんだから、また新しい鎖に取り替えてやれよ」
青年から、深い緑色のペンダントを受け取ったテトラは
少し鼻をすすりながら、なんとかお礼だけは伝えます。
どうしてお兄さんが、取られたはずのペンダントを持っているのかも
どうしてお兄さんが、昨日といい今日といい、三等車両のこんな片隅でずっと突っ立っていたのかも
ただ立ちすくむだけの人形アレンには、何も分かりませんでした。
「じゃあな、坊主ども
もう、あんまり夜遊びするんじゃねーぞ」
青年に背中を見送られながら、アレンとテトラは自らに割り当てられた宿泊室に向かいます。
二等車両にて、一等車両を利用しているテトラをアレンは見送ります。
「アレン君、なんだか、いろいろありがとう
君がいなくちゃ、僕はあそこまで探し続けることは出来なかったと思う、とても助けられたよ」
「いえ、結局一番すごかったのは、三等車両のお兄さんでしたし
でも、僕が少しでもお役に立てたのならば、良かったです
それと、あの………」
珍しく口ごもったアレンは
しばしもごもごと、口の中で言葉をこね繰り返した後
ボロボロと、まとまりの付かない言葉を話し始めました。
「貴方の、全部を失くしても何か自分の中に残る物を探す、という目的を聞いて
親近感?といわれる様な感覚を覚えた、ような気がしました
僕も師匠から、与えられたメインの役割の他に
たくさんの好きを見つけて欲しい、や、心のよりどころになる様な物に出会ってほしい、という
役割とは別の、抽象的で形としては現れない、形の無い願いの様なものも、一緒に与えられています
だから、僕たちは目的が同一、というわけではないですが
形にないものを探すという点に置いては、類似した目的を持っているのではないか、と考えました
ゆえに、僕たちは世間一般でいうところの〈同志〉にあたると考えます
なので……、僕は、貴方の願いが叶うことを、願っています」
「…………うん、ありがとう
僕も、どこまでできるか頑張ってみるよ
アレン君、お互い頑張ろうね」
こうして、長かった夜は終わりを迎えてゆくのです。
たった二晩の、短い冒険を終えた彼らは
あたたかな毛布にくるまり、朝の知らせを告げる、喧しい目覚ましの音が鳴り響く、その時まで
夢を見る事すら忘れて、久しぶりにゆっくりと睡眠をとりました。
空中鉄道の旅、3日目
穏やかに各々の時間を過ごしながら、列車は予定通り走行を続けます。
食事をとる為に、レストラン車両へと足を運び
二等車両の宿泊室に戻っては、師匠のライルと窓の外を眺めながら、他愛のない会話を交わします。
その間、三等車両のお兄さんにも、初めての同志であるテトラにも
アレンは一度も、会う事はありません。
彼らの短かった旅行の最終日は、静かに幕を下ろしていきました。
そして4日目の朝
「アレン、こっちに来て窓の外を見てみろ」
列車の旅行も今日で終わり
降車の準備を進めていた人形アレンは、師匠のライルに呼ばれ、窓の方へ駆け寄ります。
小さな体で座席の上に乗り、ライルと共に、大きな窓の外を覗き見たアレンは
「……………………お城を出てから、驚いてばかりのような気がします」
「いい事じゃないか
新しい事を知っていくのは楽しいだろ?」
ほんの少しだけ開けた、窓の隙間から吹き込む潮風を顔に受けながら
アレンは今、目の前に現れた光景を理解していきます。
彼らの眼前に広がるのは
青い空、広い海、賑わいを見せる大きな港町と
海を越えてやって来たであろう、様々な形状の船の大群達、そして
太く長い、いくつもの鎖と
上下を行き来し続ける、複数の昇降機により、地上に繋ぎ止められた
人が作り上げたとは、到底信じられない程
巨大な都市と思われる人工物が、空中に浮遊している姿でした。
「あの空に浮いてるのが、この国が所有する、国内最大級の人工浮遊都市
そして、管理や維持を行っているのが
あの都市の中心に位置する、国立魔法職養成学校〈ログリウム〉
だから国内外問わず、今までになかった規模の空飛ぶ巨大学園都市だってことで
一躍有名になった町でもあるらしい
だから学問を志す人たちだけじゃなくて、観光客なんかもかなり多くて
劇場や娯楽施設なんかの観光業にも力を入れてるんだってさ」
楽しみだな、と笑うライルに対して
アレンは、相変わらずの無表情ながら、コクリと1つ、相槌を打って答えます。
降車の時間まで、あまり時間は残されていませんでしたが
一人と一体は、空中に浮かべられた街並みを、もう少しだけ眺めておく事にしたのでした。
(おまけ)
〔誰かの日記より抜粋〕
●月✕日 晴れ
今日は僕の誕生日だった。
検査の結果も良好で、この調子であれば予定通り
15歳の成人の儀には、遺産の引き継ぎを行えるらしい。
先生や母様もとてもうれしそうで僕もうれしかった。
訓練をたくさん頑張ってきたから、精霊様がご褒美をくれたんだよと
母様に言ってもらえて少し泣いてしまった。
これまでいっぱい頑張ってきたことが報われている気がして、ほこらしいと思った。
夜は母様や弟のペンタがお祝いの歌を歌ってくれてすごく楽しかった。
モノル兄様やジグリ兄様は、やはり会いには来てくれなかったけど
トリル兄様からはお手紙が届いていた。
成人の儀式まで何があるか分からないから
気を引き締めて日々を過ごすようにと書いてあった。
離れていても心配してくれていているのがよく分かる
いつかまた、兄様達に会いたいな。
●月◇日 晴れ
少し嫌な夢を見た。
昨日は浮かれすぎていて、体が疲れていたのかもしれない。
でも今日の検査も順調で、体内の魔力も増えつづけているようで安心した。
遺産を体内に相続するには、たくさんの質のいい魔力のある体である事が大切だから
このまま頑張っていきたい。
ペンタが精霊様に興味を示している様子だったので一緒に勉強をした。
夢は夢だから現実には関係ない、ペンタは僕の可愛い弟。
●月◎日 晴れ
また嫌な夢を見た。昨日の夢の続きな気がする。
こういった夢が続くと、どうしても不安になってくる。
気持ちが落ち着かなかったので、今日は精霊様の為の訓練にいつもより没頭した。
訓練は苦しくて辛いけど、成人の儀を終えればもうしなくて済むそうだから
成人までの辛抱だ。
夢のせいもあって、ペンタとうまくしゃべれなかった。
ペンタは何も悪くないのに、かわいそうな事をしてしまった。
◇月〇日 曇り
夢の内容が、どんどん悪くなっていって怖い。
ペンタはいつも通りなのに夢のせいでペンタに接するのが辛くなってきた。
内容もだんだん鮮明になってきて忘れられない。
眠るのが怖い。
▲月◎日 雨
とても悲しい夢を見た。
悲しいのに、それと一緒にすごく怒ってる夢だった。
ペンタは夢の中でも何も悪くないのに
彼が無意識に、僕が貰うはずだった物を横取りしていっちゃう夢だった。
気持ちの整理がつかなくて、ペンタにどんな顔をして会えばいいのか分からない。
あれは本当にただの夢なんだろうか。
精霊様にたくさん祈っているのに、精霊様は答えてくれない。
□月✕日 雨
まだ夢の中の気持ちが消えなくて苦しい。
全部取られたことも、今までの頑張りが無駄になったことも、全部が悲しくて
何より、僕の代わりに弟がすごくうれしそうにしていることが
夢の中の僕はすごく悔しくて憎かった。
その為に頑張ってきたのに、弟の才能がすべてをかすめ取っていくように感じて
可愛かったペンタが憎くてたまらなくて
そんな夢の中の僕が嫌で悲しかった。
この夢はなんなんだろう。早く終わってほしいのに
全く終わる気配はない。
▽月■日 晴れ
ペンタが僕を心配して見舞いに来てくれたのに
夢の中の光景と重なって、あまり話していられなかった。
夢の中の僕が成長するにつれ、どんどん怒りは増していき
弟に怒るその僕を、見続けることが一番辛い。
今までたくさん頑張ってきたと思っていたけど
夢の中の僕は、何も持ってはいなかった。
●月✕日 曇り
夢の終わりが近いことがなんとなく分る。
あれからもうすぐ一年がたつ
さすがにもうどんな終わり方をするのかは、見る前からなんとなく分かってしまう。
弟は今日も楽しそうに母様と共に過ごしているようだった。
僕はやっぱり弟も母様も兄様たちも大好きだ。
だから、夢の中みたいな思いを、家族に向けたくない。
兄様達が僕らから離れていったのも、今みたいな感情が理由だったのかもしれない。
いつかまた会いたいけど、今は遠くにいてすぐには会えないから今度にする。
僕が夢の中の僕みたいにならない為にはどうすればいいのか
最近はそればかり考えている。
●月◇日 晴れ
夢の中の僕が終わった。
僕は最後まで悔しくて怒っていて、最後まで空っぽのままだった。
ああならない為に僕は何をしたらいいのか
空っぽじゃないようになる方法を、もう少し考えて探してみることにした。
嫌な夢だったけど
こうなる前に知れて良かったと、今は少しだけ感謝してる。
(この日記はここで終わっている)
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