人形弟子の学習帳

シキサイ サキ

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1章 誕生日から旅立ちまで

7話 青い人形と旅支度 5日目~10日目

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5日目 

午後1時、昼 魔法師団長室のリビングにて、アレン自宅学習中

「問題集を繰り返すのもきたので師匠のノートをあさりましょう」

問題集に付属ふぞくされた
解説用の人工精霊魔法じんこうせいれいまほうは、不満ふまんげにアレンをたしなめます。

やめたほうがいいよ、人の部屋に勝手に入ってはいけない
しかも何かすごい魔法の計画書や
精密せいみつな魔法道具が置いてあるかもしれない、危ないよ?

しかし人形もめげません。

「大丈夫です、たとえノートの山がくず雪崩なだれが起きようと
 頑張ればみなおせることが先日せんじつ分かりました

 それに、たとえ失敗したとしても
 そこから学べばいい、という教訓を教える物語が、童話集の中にもありました

 なので今日も僕は、師匠の部屋をあさってノートを見ます

 あと室内で、練習できそうな参考資料があれば、そちらも見ます
 問題集の解説魔法さんも、是非ぜひ一緒に来てください
 僕では手が届かない場所も多いのです」

不安だ、という表情を浮かべながらも
渋々しぶしぶとその提案ていあん了承りょうしょうした解説魔法。

こうして、一体の人形と空飛ぶ魔法の問題集は
主人のいない、物だらけの寝室へと安易あんいに足をれるのでした。

夜、午後8時30分のライル自室にて

「さすがに、今日は特別訓練は中止ね……まぁ仕方ないか」

「? エコー何か言ったか? 」

「何でもないわよ

 それよりもライル
 これは貴方でも、さすがにちょっときびしいんじゃないかしら? 」

「うん、厳しいよ
 さすがに、まだ建築系の造形ぞうけいはあまり経験がない
 ほんの数回しか、やってみた事がない

 でもな~、このまま放置もできないだろ

 今のこの時期に、もめ事を起こして
 またお貴族様方から、やいのやいの言われるのはけたいし

 夜明けまでには、せめて外観がいかんだけでも取りつくろいたいところだ」

「師匠、廃材所はいざいじょから使えそうな材料を頂いてきました
 あと、管理人さんに首のボードを見られて笑われました」

「おう、そのままたくさん笑われて、そして反省しなさい
 朝までには外観の修繕しゅぜんまではなんとしても済ませたいから
 今日は夜鍋でがんばるぞ、アレン
 
 お前のやりたがった〈造形魔法〉の練習も一緒にしてやる」

「はい、頑張って反省して笑われます」


とんちんかんな返答のアレン
そのか細い首には、これまたとんちんかんな事が書かれた
白いボードがぶら下げられていました。

【僕は師匠の自室をあさり、研究記録を引っ張り出した挙句あげく
 まだ使ったこともない魔法を無断で試し
 部屋を巨大な鉄柱てっちゅうつらぬ半壊はんかいさせました】

〔アレンの反省文より抜粋〕

人の私物や自室を勝手にあさってはいけませんでした。

魔法はとても危険な技術でもあるので、子供だけで練習してはいけませんでした。

好奇心と無謀むぼうは違うので、慎重しんちょうに物事を計画しなければいけませんでした。

問題集に付属している解説魔法さんを共犯者にしました、おそらくそれもいけませんでした。

師匠が部屋に隠していた、辛くてしょっぱいお菓子を
少しづつ食べていたのもいけなかったかもしれません。

ライルからのコメント:最後のは初耳です。


6日目

午前10時 城下町にて

「今日は正式にライルから、貴方のお世話を任されました、エコーです
 ではなぜ私は、この晴れた日に、わざわざ貴方のお世話を任されたのでしょうか?」

「はい

 お仕事の都合つごうで帰りが明日のお昼頃になる師匠が
 昨晩、部屋を鉄柱で半壊させた弟子を、さすがに一人にはしておけない

 とおっしゃったからです」

「正解、こんなに忙しく慌ただしいタイミングで
 隣町の会議に、出向かなければいけなくなるなんて、ライルもかわいそうよね

 ま、これで私は今日一日
 お人形さんに堂々と指導を行えるわけだから、別に悪いわけでは無いのだけれど
 
 さ、せっかくお昼から町を歩けるのだもの
 いつもは出来ない学習をしましょう

 そうね、町を散策さんさくしながら、人々が使う魔法を観察してみましょうか

 建物や物にかけられたもの
 人が手ずからかけるもの
 精霊や使い魔の力を借りるものまで

 幸い、この国は魔法と密接みっせつに関わってきた歴史があるから
 人の生活と魔法との距離が、他の国よりも身近なの

 いたるところで参考に出来るものがあるはずよ」

「はい、たくさん見て回ります
 城の敷地外しきちがいに出るのは初めてです」

銀色のメイドと青色の人形は
二人仲良く手をつないで、平日の城下町へと繰り出していきました。

うららかな春の日差しを浴びながら
師匠からもらったお小遣いをポシェットに詰め込んで
魔法に満ちあふれた星のみやこ堪能たんのうします。

〔アレンの学習ノートより抜粋〕

連れて行ってもらった城下町という場所は、どこもとても興味深かったです。
師匠にも是非教えたいので、こうしてメモをしておく事とします。

・ワゴン式移動販売店

 人工精霊が物品を販売してくれる移動式の無人販売店で
 ワッフルに珈琲コーヒー、焼き串やサンドイッチのような軽食などが販売されていました。

 他にも色とりどりの風船をくばる物やシャボン玉を出しながら音楽をかなでる物まで
 色、形状、移動法など様々なワゴンが街を彩っていました。

 人工精霊の安定した生産方法が確立した事で
 町の在り方は、大きく変わったとエコーさんは教えてくれました。

 アイスクリームという物も食べました。

 僕はバニラ、チョコレート、キャラメルの三段アイスを
 エコーさんはベリーミックスのアイスサンドを選択しました。美味しかったです。

・街灯、洗浄機、案内板をはじめとした魔法機器

 こちらも城にある物とはずいぶん違うつくりをしていて驚きました。

 眼球を切り替えて、中身をスキャンしてみると
 設備内に組み込まれた魔法陣まほうじんは、比較的ひかくてきシンプルな作りをしているようでした。

 以前読んだ師匠の設計ノートの一文に

 維持管理いじかんりや老朽化した時の修理取替しゅうぜんとりかえがしやすいよう
 消耗品しょうもんひんに組み込む魔法は、単純さと耐久性を優先する、と書いてあったので

 おそらくこの設備達もそういった目的なのだと考えられます。

 城の仕掛け扉や設備にかけられた、複雑な魔法との違いも含めて興味深いです。
 
・仕事と魔法

 エコーさんの言った通り、町を行きう人々の生活と魔法の密接性みっせつせい
 参考書や絵本で読んだものよりも、ずっとずっと身近なものでした。

 しかし同時に、そのほとんどが
 販売されている魔法道具をもちいた方法で、使用されている事にも気が付きました。

 その事については、師匠へのお土産を探し中
 市場を見て回っているさいに、チラシくばりの少年と話す機会きかいがあったため
 非常用に持って来ていたクッキーを交換条件に、色々と教えてもらいました。

 いわく、この国は昔から
 強い星の加護に守られているため
 この国で産まれる人間は、一般的な人間が体内に保有するとされる量よりも
 ずいぶん多くの魔力を宿やどして産まれてくるそうなのです。

 しかし、魔法を自由自在にあつかうには
 豊富ほうふな魔力量だけでなく、たくさんの知識やきびしい鍛錬たんれん
 そして、魔法についての専門的な教育を受ける必要があるらしく

 魔法を、日常生活で少し使うくらいの人々は
 教会が教えてくれる、基礎魔法しか使えないという事も多いとのこと。

 そのため、複雑化された高度な魔法を、一時的に使用したいなどの際には
 自分でいちから学ぶより、専門の魔法師が制作し、販売してくれている
 魔法道具にたよった方が楽なのだとか。

 少年はそういって、最近教会で教わったという
 紙吹雪を出す魔法を見せてくれました。

 とてもきれいで、感想をそのまま伝えると
 少しだけ顔を赤くして笑ってくれました。

 師匠のお土産は、その子がくばっていたチラシに書かれていた
 風車印ふうしゃじるしのチョコレート店で購入しました。


7日目

午後2時 仕立て屋近くのカフェにて

正装一式せいそういっしきに作業服、下着類はもう用意してあるから
 あとは一個だけ持ち込みが許可されている、試験用の魔法道具を作る材料を探して帰ろう

 使い魔も、一体なら可能とは書いてあったが
 道具と違って使い魔は制御せいぎょが難しいから、今回はやめておいたほうが妥当だとうかな」

「モグモグ……ゴクン、参考書の案内魔法さんは、持ち込んではだめなのですか?」

「あれは出版社が出してる、既製品きせいひんの人工精霊だから

 試験とかへの使用や転用、改造は基本的に禁止なんだよ
 著作権は、その本を作った作者や出版社にあるから、定められた使用目的以外に使ってはいけない

 だからアレンの使い魔は、また今度考える事にしよう

 ほら、ほっぺたにソースがいてるぞ
 いてやるから、こっち向いてみろ」

「ムグムグっ、なるほど、わかりました

 ところで師匠、あのセイソウ?
 という、きらびやかな服は何の為の物なのですか?」

「正式な場や大切な日にていく、いわゆる、勝負服しょうぶふく? みたいなものだよ
 こういったものを一着用意しておくと、いざ必要になった時に助かるんだ

 俺も入団試験の面接とかで困った経験があったのに、すっかりその事を忘れてた
 エコーが教えてくれて良かったよ、ああいうところに気が回るのすごいよな」

「すごいです……モグモグ、師匠、このお肉もすごくすごいです」

「豚肉にころもを付けて油でげた物に、上からトマトソースをかけた料理らしい

 俺もはじめて食べたけど、たしかに美味いな
 今日は少し時間取れたから、久しぶりにゆっくりしていこうか」

「はい! モグモグ」

せわしなく通り過ぎる人々を横目に

二人は、セットメニューで付いてきた、温かいお茶のおかわりを注文することにします。

人形と青年の師弟していコンビは
久方ひさかたぶりの、のんびりとした昼食ちゅうしょくを楽しむのでした。

午前1時 城内訓練場にて

「マナーとは、作法とは
 意識することなく、息をするように、自然と行えてこそ価値がある

 やるわよアレン!ライルにも教えたメイド式地獄のマナーレッスン
 あなたの無機質ボディーにも叩き込んであげる!」

「エコーさん、背中に入れられた長い物差しが邪魔で動きずらいです
 手足をしばなわも動きを阻害そがいしています」

「やかましい!
 今は私の事を呼ぶ時はエコー様とお呼びなさい!!

 そんな障害しょうがいすらものともせず
 突き進み自身のこころざしつらぬいてこそ、真の淑女しゅくじょへの第一歩なのです! 」

「僕は淑女になるのですか?」

かくして、深夜の訓練場では

銀髪メイドと青い人形による、ひどい絵面のマナーレッスンが
空が白み始める早朝まで繰り広げられました。

〔アレンの学習ノートより抜粋〕

僕の体は人形なので
生き物でいうところの痛みなどは感じません。

しかし、関節がきしんだり、体を縄やむちなどで強くしばりつけられ
可動困難かどうこんなんな方向に、手足を動かされることは
大変窮屈きゅうくつで違和感の強いものなのだと感じました。

この違和感やなんともいえない嫌な感覚のことを
人形の体で感じる、特有の痛みという事にしておこうと思います。

エコー様のマナーレッスンは痛いです。


8日目

午前10時 修理の進んだ魔法士団長室のリビングにて

「ランク5までの魔法と言えば
 教会が一般向いっぱんむけに教えている基礎魔法と
 書店にて販売されている教本でも習得可能な、初級魔法の二つが大まかな範囲はんいだな
 
 この中から、どんな魔法をどの道具に仕込んでいくか計画していく

 市販品ではなく、材料から選んで作るのは、その方が色々と小細工こざいくが出来るからだ

 作ってる時はめんどくさいけど、この計画を立てる段階は楽しいんだよな~
 あれも組み込もう、これもできるようにしようとか」

「なるほど?」

「ま、まぁここら辺の感覚は人それぞれだから
 さて、魔法を組み込む道具の形は何にしよう? 」

「お鍋ですか? フライパンですか? 」

「いや、俺は別に鍋やフライパンが好きなわけじゃないぞ!?
 ただ汎用性はんようせいが高くて使うことが多いだけで

 もっとかっこいいのも沢山作れるからね!?」

午後11時 王宮の中庭にて

「で?結局どんな形にしたのよ」

問われたアレンは
自身のふところから取り出した
棒状ぼうじょうの魔法道具を、エコーの前に突き出して見せました。

「………魔法陣まほうじんえ式のぼうにしました

 しました、というよりも

 師匠は剣や盾、ロープやスコップなど様々な物を作れるそうですが

 僕がこの数日間で、自由に作れるようになった形は
 まっすぐな円柱えんちゅうのみでした

 なので、こういった棒状の魔法道具にする他、選択肢せんたくしがありませんでした

 自由にあつかえる形を選んでおかないと
 いざこわれた時などに修理したり、替えを作れなくて困るそうなので」

「……そう、そうなの、まあ、いいんじゃない?
 なんだかんだ、シンプルな道具が使いやすいのは確かだし

 そういえば、部屋を半壊はんかいさせた時も鉄柱てっちゅうだったものね
 あれも、形状だけでいえば確かに円柱だわ」

長さ20cmほどの、木製と思われる円柱状の棒をにぎりしめ
無表情ながらもどこか不服ふふくそうに
アレンはその棒を、ブンブンと無意味にり回してみるのでした。

〔ライル材料メモより抜粋〕

アレンの魔法道具用に買いこんだ素材だったんだが

結局けっきょく、使ったのはトネリコの古枝6本とニスを少々しょうしょう
湖の眠り石3粒だけだったので、だいぶあまった。

まあこれから、もっと使える魔法が増えるたびに
材料なんていくらあっても足りなくなるだろうから
必要になるその時まで、こちらで保管しておけば大丈夫だろう。

・火打ち鳥の羽・青緑色の光苔ひかりごけ・深海魚の八重歯やえば・夕焼け色の合わせ貝・ドライアドのツタ
・虫入りの琥珀こはく・銅の短剣 ・お徳用とくよう青銅せいどう ・中古の宝石6種類   etc.


9日目 

午後1時すぎ つぎはぎだらけの魔法士団長室のリビングにて

届いたばかりの作業服の調整と、持ち物への防護魔法の付与ふよを行いながら
若き魔法師団長と人形の弟子は、雑談に花を咲かせています。

「これで最後だな、よしっ!

 フフッ、最初はあんなに魔法陣で失敗してたアレンも
 持って行く道具全てに、魔法陣を描ききった今となっては
 最初の頃とは比べ物にならないくらい上達したな、すごいぞ! 」

「………しかし師匠、僕の体は人形で、特別製で
 他の人よりも、魔法を行使こうしする事にてきした機能をいただいています

 なのに
 苦手な事がこんなにあって、良いのでしょうか?

 魔法陣の作成も、テキストから形を記憶するのと
 様々な形状の物体に書き込む作業は全くの別物で、実際じっさいにすごい数の失敗をしています

 この数日間に、やりたいと思っていた事や出来ると思っていた事も
 全部は出来るようになれませんでした

 僕はもしかしたら
 魔法が不得手なのでしょうか? 向いていなかったりするのでしょうか? 」

「大丈夫だよ、俺の覚えはじめの頃はもっと遅かったし
 とにかく覚えも悪くてへたくそで、目も当てられないような有様ありさまだったんだ

 アレンは素直だし、勉強熱心べんきょうねっしんだから、上達も早い方だよ、十分上手だ

 でもアレンの言う通り、才能や素質そしつ、センスなんかは、やっぱり個人差がある

 だけどな、そういった天性てんせいの物って
 あくまで、最初のハンデみたいなものだから
 ハンデが有るのか無いのかの違いで、結局けっきょくゴール自体はあまり変わらなかったりする

 大切なのは、そこを目指してつづける事

 ハンデが有ろうが無かろうが
 ゴールが遠くても近くても
 ほんの少しづつの前進ぜんしんを、毎日かさねていければ

 目指しているゴールに、少しは近づけるはずなんだ

 ま、まあ、その続ける事が一番しんどいし
 難しい事だったりするんだけどな! 」

なるほど、とうなずくアレンに
ライルは声をひそめて、自身の弟子に問いかけました。

「……………なぁ、アレン
 まだお前と過ごして、そんなに長い時間たってはいないけれど

 教える事にも慣単語れてなくて
 失敗ばっかりで、頼りのない師匠ししょうで申し訳なくはあるけれど

 どうだ? 好きな物とか、できたか?
 毎日過ごしていて、楽しいなって思うことはあるか?

 …………………くるしかったり、する?
 ……いやに、思う事が、あったりするか?」

お手製のリュックをアレンの背丈に合わせながら
ライルは弱々しくたずねました。

思えば全てがこちらの都合つごう
彼の目的の為に人形を作り
その人形に、あまつさえ考える知能や、つぎはぎの命まであたえてしまって

そして今、学ばせている魔法、技術、知識のすべてにいたるまで全て

人形アレンの意思いしに関係なく
魔法士団長ライルに与えられた仕事の都合による、勝手きわまる理由から生まれた成果物せいかぶつぎず

あらためて思い返してみれば
嫌でないと、苦じゃないと、不満など何一つなく

与えられた命令に何の疑問も抱かないと言う方が、無理のある状況じょうきょうなのです。

そしてライルは考えます。

もし今ここで、アレン自身の口から
「嫌だ」という言葉が出たならば……

その時、自分はどうするのだろう?

ここで苦しいと、本当はこんな事したくないと言われたとしたら

自分は、やめてやれるのか?

もし万が一の可能性として
例えばの話としての事で、もしもの話として仮説かせつを立てたらの場合として

彼の為に何かをやめるとしたならば
それはいったい、何をどこまでどうやってやめてやればいいのだろう?

贈り物にするのをやめる?
魔法の勉強をやめる?
弟子をやめる?
師匠をやめる?

もしも、自分が

王からの命令も、任された仕事も

やっと手に入れたこの生活の、ゆたかさも、おだやかさも、絶対的ぜったいてき安定あんてい

我が身の為にうばった、魔法師団長としての地位すらも

無責任に、全てを放り投げたとして、その時

みずからが作り出した、今、命あるこの人形を
守っていけるだけの力量が、はたしてライルという男にはそなわっているのだろうか?


この数日、彼が悶々もんもん
頭の片隅かたすみでいつもいだいていた不安。

いまさら後悔したって、すべてが遅すぎる悩みではありました。
そんな今更な師匠からの質問に対して

作り物の命を貰って、勝手な都合で起動された人形弟子はというと

「できました」

「………え? 」

師匠の真剣な質問への配慮はいりょも何もなく
あっけらかんとした、いかにも簡単そうに当たり前のように、あっさりと軽めの返答を返してきました。

ライルの悩みなど、どこ吹く風のごとく、人形アレンは淡々たんたんと答えます。

「ぼくは、食べることが好きなようです

 一日に三回の食事と二回のおやつが
 毎日楽しみで仕方しかたがありません

 本を読むのも好きなのだと思います
 師匠からいただいた本を、すべて読んだ今でなお、日に何度も読み返しています

 魔法も、特別へたくそというわけではないようでほっとしました

 師匠の部屋のノートには、道具だけでなく
 一時的に身をまもるための簡易的な隠れ家や防護壁ぼうごへきの設計図なども記載きさいされている所を見ました

 つまり、僕はまだ円柱しか作れませんが
 師匠の言うように、これからも鍛錬たんれんを続けていけば

 先日、エコーさんや師匠と見て回った城下町に並び建つ
 様々な形状の建築物達のような、巨大で立派ですごい物も
 瞬時しゅんじに建ててみせる事が出来るようになる、かもしれないという事です

 これから学ぶ生活魔法と合わせて、そんなすごい魔法も覚えられれば

 僕はきっと、王女様の贈り物として
 魔法士ライル・クラフトの弟子として、もっとすごい人形になれると思うのです、楽しみですね、師匠」

「…………いやじゃないのか?」

「 ? なにがですか? 」

人形アレンは答えました。

無表情ながら、抑揚よくようのない平坦へいたんな音声で

しかし、その言葉の端々はしばしに、どこかはずんだような、楽しそうな声色こわいろが含まれている事は

自身の事を ”頼りのない師匠” と言い表したライルにすら
手に取るようにわかってしまうのです。

「………なんでもない
 うん、きっとなれるよ

 今でもこんなに、すごい弟子なんだ
 アレンならもっとすごい人形になれるし、なれるように一緒に頑張ろう

 ライル・クラフトの名にかけて
 俺も一緒に頑張るってちかうから」

「はい! 師匠

 ところで師匠、気になっていたことがあります
 質問してもよいですか? 」

「なんだ?
 造形魔法の技術とか、魔法陣の質問なら少し時間をくれ
 今、ちょっと視界が悪いから、手とか指先とかくるわせて事故とか起こしそうだから」

魔法師団長のローブに、都合つごうよく取り付けられている
目の深いフードで、顔の半分を隠すライルに対して

違います、と否定の意をとなえたアレンは
つい先ほど、自身の名前と魔法陣を一通り書き終えたばかりの道具の中から
一本の小さな小刀を取り出し、名前の刻まれた持ち手部分を指差して問い始めます。

「エコーさんから、この国の名前の仕組みについては聞きました

 前側に来る方の名前が、各個人区別して呼ぶための名前で
 後側に来る方の名前は、家族名や家名であったり、親から子に贈る願いや思い
 祝福しゅくふくの意味があったりするのだと

 親がいない場合などは、自身で決めた好きなものを
 自ら名乗ったりする事例も少なくないのですよね?」

「あぁそうだ、俺も親がいなかったから自分で付けたよ

 首都しゅとであるこの地区に来る前までは、以前保護されていた教会の名前を
 同じく孤児として教会で暮らしていた、他の子供達と一緒に名乗っていたけど

 こっちに来てから、魔法士団に入団するのを機会に
 一番得意だった創作魔法から意味をとって、クラフトのめいを名乗り始めたんだ

 いわゆる たいあらわす ではなく、目指すを付けてたいう っていう
 この国独特の風習らしい」

「なるほど

 そして、僕の名前はアレン・フォートレスです
 師匠が僕につけてくださった名前です

 先日、フォートレスという単語を辞書で調べたところ
 要塞ようさいとりで、という意味であることを知りました

 ライル様はこの名前に、いったいどういった願いや思いを込められたのですか? 」


ライルは少しだまった後、隠すことなく本当のことを答えました。


「昔、戦場で
 古い要塞に助けられた事があるんだ

 ただそこにあるだけの、誰も使ってない廃棄はいきされた要塞を
 俺が勝手に忍び込んで、勝手に使っていただけなんだけど

 その時すごく苦しくて、とても辛い状況だったから

 ただそこにあるだけのその要塞の存在が、すごくたのもしくて
 ありがたくて、とっても助けられたんだ

 だから、いつかアレンにも……」


そんな、心のり所みたいな、安心できる存在が
出来たらいいなって、思ったんだよ。


10日目

午前5時30分 魔法師団長室 玄関扉前

「着替え、書類、道具一式、参考書……
 師匠、トランクの中の荷物に不足はありません」

「チケット二枚に、財布も持った
 よしっ! じゃあ行くか」

買ったばかりの新しいキャスケットを深々とかぶり
ポンチョ型の春用のコートを羽織はおったアレンと
しっかりとした作りのトレンチコートを着込んだライルは

2人分の旅行鞄りょこうかばんを持ち
明け方の城下町へと繰り出します。

王都から出発する空中鉄道で3日間

目指す場所は国立魔法職養成学校こくりつまほうしょくようせいがっこうのある
この国で最も巨大な学園都市がくえんとしです。



(おまけ)

〔いつかの特集記事より抜粋〕

星に祝福された王国、その首都から遠く西の果てに離れた国境付近こっきょうふきん
長らく隣国との小競こぜり合いが続く紛争地域ふんそうちいき一体には

いくつかの奇妙きみょうな形をした要塞ようさいが、今なおその地に多く点在てんざいしている。

高くそびえ立つとうような形状の物から
四方しほうに手足を伸ばした様な歪な形をした物まで様々に

無数に造られ、廃棄はいきされた
築年数ちくねんすう施工者せこうしゃ、施工理由にいたるまで全てが謎の要塞達。

見た目や、発掘はっくつされた機能から、要塞やとりでといった役割であったのでは、と
推測すいそくされている無数の巨大な建築物についての詳細しょうさいな記録は
今なお考古学者達こうこがくしゃたちの努力もむなしく、不明なままとなっている。

しかし近年、この謎多き要塞の1つをきっかけに
とある事件が巻き起こった。

点在要塞てんざいようさい小規模型しょうきぼがたNO.58-1192
紛争地域のやや北側、寒冷地帯かんれいちたいぞくする土地にある要塞の1つから

ある時を境に
早朝5時から7時の間にかけて、発信者不明の無線信号むせんしんごうが確認されるようになったのである。

「ザーーー………こち………きゅう、ザザッ、がいしま、
      ザッこちら要塞NO.ごぉはっ……きゅっビビビィッ…………………」

雑音にまぎれて送られてくる、来るはずの無い信号の受信

最初こそ、職員たちも不可解に思いはしたものの

きっと何かの不具合だろう
機会が古くなり故障こしょうでもしたのだろう、と

勝手な予想と楽観的な憶測おくそくですまされてしまったらしい。

やがてそれは、来ることが当たり前となり
はては何かの怪奇現象かいきげんしょうなのかもしれないなどとささやかれ

だれもが雪におおわれた土地にある
見たこともない要塞から送られてくる
怪電波かいでんぱを聞き流していたという。

通信を受信しはじめて7年と少し
長く続いていた紛争が、時代の発展と共に落ち着きだした頃の事。

長きにわたる苦しい遠征を生き残り、命からがら帰還きかんした
騎士達の口からは、驚くべき事実が告げられる。


それは、悲惨ひさんな戦場での血にまみれた惨状さんじょう

ち果てた要塞の1つに立て籠り
一人兵士たちへの支援を行い続けた孤児がいる、という話。


「聞けば、都市外にあった教会に住んでいた子供の一人だったらしい」

「爆発なんかも多かったから、吹っ飛んだ建物なんていちいち覚えていない」

「あんなとこでガキ1人が生きていけるわけがねえと思うだろ?

 そうだよ、生きていけるわけがないってのに
 そのガキ、生意気なことに生きのびていやがったんだよ」

亡骸なきがらや崩れた建物の瓦礫などから物資をかき集めていたらしい
 彼とあの要塞にはとても助けられた」

「なんにも知らねー子供ではあったけど、これがなかなかしぶとくてな

 魔法を使って武器なんかも作れるもんだから
 傷の手当てをしてくれた礼に、わなを利用した狩りの仕方や
 
 動物の解体方法なんかを教えてやったさ」

「いつも目を覚ますと一番に、要塞の機器をいじって救援要請きゅうえんようせいを飛ばしていました
 ずっと飛ばしているの?って聞いたら、そうだと答えてくれて……あの

 こうして自分達だけ助かって、帰ってきた僕らが、言えた義理ぎりじゃないんですけど
 どうにかして助けに行ってあげられませんか?」


争いの落ち着いた国内では、この事件をきっかけに様々な論争ろんそうが繰り広げられた。

どうして助けを求める子供の無線を、長年にわたって無視し続けたのか。

紛争の続く危険な土地とはいえ、何か救助の手立てはなかったのか。

騎士達はなぜ、子供を保護して国へ連れ帰らなかったのか。


無線記録を確認し続けていた、担当者数名がその後に降格処分こうかくしょぶんとなり

騎士団は戦後の復旧と仕組みの見直しを行っていくと公式に発表

それから半年後に救助部隊を編成、要塞の孤児を無事保護し
国立中央病院に入院させる流れとなったそうだ。


朽ち果てた要塞で一人
長きにわたり戦火の中を生き延びた少年の話は国中に広がり
様々な物議ぶつを起こすきっかけとなった。

しかし……
私は、一人の元騎士団員がこぼしたなにげない言葉を
今でも忘れることが出来ないでいる。


「今こうして騒いでいるやつらは、誰一人、
 あの戦場に立ったことのない人間ばかりだ

 だけど、幸福に満ちたあいつらも、幸福な場所に生きて帰ってこれた俺達も
 だれもあいつを助けなかったことに変わりはない
 何も違いはない、ただ自分の事を守るのに精一杯なだけだ


 あいつを助けたのは結局、あの小さな、古びて捨てられた要塞一つだった


 私は………そんなあいつに、助けられたんだ」


両目を大きく負傷した青年は
それだけ言い終えると、窓から聞こえるさわがしい城下町の風景に背を向けて
手で壁をつたいながら、自らに割り当てられた病室へと戻っていった。



(この記事はここで終わっている)

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