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第一章

美湖

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真っ暗な空間。時計の秒針だけが刻々と時間を刻み、その音が不気味に響く。どこまでも続く暗闇の中に、わたしはひとりぼっち。いつからここにいるのか、覚えていない。ただ、意識がある。
ふと、記憶が蘇ってくる。幼い頃の記憶、学校の記憶、友達との楽しい日々。でも、どこか違う。これらの記憶は、わたしのものではないような気がする。記憶の中に出てくる少女は、わたしとは違う。黒髪が肩までかかり、大きな瞳をした、どこか懐かしいような、でもどこか遠い存在の少女。
少女は、古い家に住んでいた。庭には大きな桜の木があり、春には満開の花を咲かせていた。少女は、その桜の木の下でよく本を読んでいた。好きな本は、冒険物語。遠い国へ旅立つ話や、不思議な生き物が出てくる話。少女は、そんな物語の世界に憧れていた。
少女の記憶は、まるで映画のように、鮮やかに、そして長く続く。わたしは、その少女の目を通して世界を見ているような気がする。少女の喜び、悲しみ、怒り、すべての感情を、わたしは感じている。
少女の最後の記憶は、病院の白い壁だった。窓の外には、満月が輝いていた。春の夜、満月の光が部屋の中を照らしていた。少女は、とても痛そうで、顔が真っ白だった。
この記憶を見たとき、わたしは何度目かも分からない恐怖を感じた。この少女は、わたしではない。わたしは、美湖だ。でも、なぜ、わたしはこの少女の記憶を見ているのだろう?
暗闇の中で、わたしは叫びたかった。誰かに助けを求めたい。でも、声が出ない。ただ、この暗闇の中に閉じ込められているだけ。
時間だけがゆっくりと流れ、記憶はどんどん深くなっていく。少女の記憶とわたしの記憶が、少しずつ混ざり合っていく。わたしは、一体誰なのだろう?
もしかしたら、わたしはもう、美湖ではないのかもしれない。この少女こそが、わたしなのかもしれない。そんな考えが、わたしの頭をよぎる。
暗闇の中で、わたしは永遠にこの少女の記憶を見続けるのだろうか。それとも、いつか、この暗闇から抜け出すことができるのだろうか。
わたしは、ただ、祈るしかない。
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