リング上のエンターテイナー

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28話☆前田陽菜vs高山美優

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「陽菜、緊張してる?」
「うーん、どうかな。でもしてたとしても良い緊張感だよ、きっと」

Fグループ最後の試合。ついに高山美優と対戦だ。
ここまでFグループは桜が1勝2敗、石井百合が0勝3敗で、高山美優と私が2勝0敗。グループ首位に何かあるわけではないけど、これでFグループの一位が決まる。

「高山さんの試合って、いっつも人多いよね」
「うん。今回はさっきよりも多いね。やっぱ陽菜も注目されてるんじゃない?中学の時は有名人だったじゃん」
「うそー。ないない。覚えてる人そんないないって」

と言いながらも、石井百合は私のことを覚えていた。己惚れるわけじゃないけど、無くもない話なのかも。俄然やる気が湧いてくる。

でも私はさておいて、高山美優の試合は毎回ギャラリーが多い。さすがはプロの団体が注目する選手だ。たぶんこの中にも関係者がいるんだろう。
私を目当てに観に来てくれているのは全試合を終えた咲来くらいじゃないだろうか。

咲来は2勝1敗。結局負けたのは2試合目の柔道経験者だけで、3試合目は1試合目と同じように打撃で圧勝した。
ワンパターンな攻撃で相変わらずプロレスらしさはなかったけど。もうちょっといい試合ができるようにまだまだ練習だ。

前の試合が終わってリングに上がった。反対側からも高山美優がロープをくぐってリングに入ってきた。

目が合った瞬間、周りの景色が消えたかのような感覚に襲われた。
リングの外の気配が消える。高山美優が全神経を私に向けているのがわかる。否応なしに私の全神経も高山美優に向けさせられる。

こうやってリング上で向かい合うとさっきよりも大きく見える。オーラがもの凄い。まるで本物の女子プロレスラーを相手にしているみたい。

「お願いします!」
「よろしくお願いします」

握手を交わした高山美優の手は力強かった。
ゴングが鳴って手四つで組み合った。うわ、力強っ!だめだ、押し込まれる!体全体で押さなきゃ。あっ、勢い流された。上手いな。痛ぁ!何このドロップキック!?打点高っ!顔狙ってきたよ。私だって...!手ごたえはあるけど、このくらいじゃ平気なの?

強い。少しやり合っただけでわかる。これが1年生で南関東大会ベスト4まで進んだ選手。技の一つ一つが重い。ラリアット一発で咽そうになる。組んでから技に入るのも早い。こっちが技を仕掛けようとしても先に脚を取られてボディスラムを食らう。脚を取らせないよう腰が引けると技に入れなくなる。

何よりとにかく反応が速い。まるで私の攻撃が読まれているみたいに。
ローキックは打つ瞬間にはガードされるのがわかるし、タックルは距離を取って全部切られる。ボディスラムに入るのもバレてるみたいに躱される。とにかく技が気持ちよく決められない。

それでいて高山美優の技は全部重い。ラリアットやボディスラム、キックもずっしりと身体に響いてくる。ラリアットはガードしていてもその上から叩きこまれるし、相手の様子を見ようと一瞬動きが止まったタイミングを捕まえられる。キックだってガードの間を狙われているみたいに一発一発にひやひやさせられる。

それでもこのままサンドバッグになるつもりはない。強引にタックルに入った。

よし、左足取れた!絶対逃がさない!右足も取れたら逆エビ極めたいけど、させてくれないか。やばっ、逃げられる!逃すくらいならこの片足キープしてアキレス腱固めか!

美優の足首を脇に挟み込んで後ろに倒れ込んだ。ギブはしないだろうけどちょっとでも削っておきたい。でもすぐにロープブレイクされた。いい。攻撃の形はできてる。これの積み重ねでチャンスを作るんだ。

激しい攻防が続いた。一瞬でも気を抜くと敗北があるのを肌で感じる。
高山美優のキックは重かった。スウェーでかわさないとガードの上からでも叩きこまれる。一方で私の攻撃は徹底的に出鼻をくじかれていい形で決まらない。
高山美優を相手にスキができるのを待っていたってダメだ。そんなものは無い。無いから自分で作るしかない。技ひとつひとつのダメージは小さくても、その中から糸口を見つけるんだ。

高山美優がタックルを狙ってくる。これは読めた。素早く距離を取って足を取らせない。このスキに間合いを詰めて組み合う。バックにはまだ周れなさそう。だったらこのままボディスラムだ。しかし脚に手をかけるとこまではいっても体重をかけられて持ち上げられない。

だめだ、上がらない。一回立て直して…痛っ、エルボー。からの懐に入り込んでくる…しまった、ベアハッグだ!くっ!振りほどけない!

そのまま持ち上げられた。足がリングから離れてより苦しくなる。逃げられない。腰のあたりでがっちりバインドしている高山美優の手は解けない。そしてもがけばもがくほど苦しい。しっかり締め上げられた後、ようやくリリース。それも真っ直ぐは下ろしてもらえず、仰向けに倒された。

しまった!両足取られた!やばい!ロープは…あぁっ、リング中央に引きずられる!両足しっかり脇に挟み込まれた。逆エビ?だめだ、体捻っても逃げられない。ステップオーバー踏ん張れるかな。全身の力で持ちこたえて早くロープに向かうしか…

「ここで逆エビ仕掛けてもだめそうですね。ではこれで」

え、何?回って……え、うそ、ジャイアントスイング!?体が浮いた、どんどん回っていく、苦しい!い、息が!苦しい!やばい!

中学の時は背は高い方で自分より大きい相手が少なかったからこの技をかけられたことはなかったけど、完全に目が回った。投げ捨てられてからもすぐには起き上がれない。立たなきゃ。相手の前で倒れてるなんて。

足を取られる感触。また引っ張られる。私、今うつ伏せ?仰向け?視界が傾きどうなっているのかわからなくなる。

「これで終わりです。レフェリー!」

え、何?まだ焦点が合わないけど高山美優が見える。仰向けか私。いやそれどころじゃない!両脚がしっかり絡められてホールドされてる!痛ぁっ!脚極められてる!?うつ伏せに返された!逆エビじゃない、サソリ固めだ!このまま反らされたらやばい!でも脚がびくともしない!振りほどけない!ロープは…だめだ遠い!でも進むしかない!あぁっ、角度つけられてきた…うぁっ!苦しい......!体が反っていく、息が……!

「前田ギブ!?ギブアップ!?」

レフェリーが問いかけてくる。這って進もうと思った腕が自分の体の下敷きになって動かせない。苦しい。身動きが全く取れない。負けてたまるか、負けて…。

「ぁっ…!ギブ、アッ...プ...」
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