リング上のエンターテイナー

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背中にも軽く風を感じながら、乗り慣れた自転車で街を駆け抜ける。
4月の朝はまだ肌寒いけど、自転車を漕げばひんやりした風が心地良い。
道路脇の桜の花もピークを過ぎ、優雅に舞い落ちていく。
淡いピンクの花びらが道を彩り、私の心にも春の息吹が広がっていく。

私は前田陽菜(まえだひな)。
この春に都立朝日丘高校に入学した一年生だ。
まだちょっと違和感が残る新しい制服を身にまとい、ようやく覚えてきた通学路をすいすいと進んで行った。

自転車が高校の門をくぐると見慣れた後ろ姿を見つけて声を掛ける。

「あかね、おはよう」
「お、陽菜おはよー。今日もぎりぎりじゃん」
「人のこと言えないでしょー」

彼女は小山あかね。
小学校からの幼馴染みで家も近所だ。
中学2年間は別々の学校だったけど、定期的に会っていたし、私があかねの通う地元の中学に転校してからも運良く同じクラスで、また毎日顔を合わせるようになった。

「ねぇ、昨日のドラマ観た?ちょーおもしろかったくない!?もう来週まで待てないわー。いよいよ不倫ばれそうなとこまで来ててさ...」
「ドロドロしたの観てるのね。いよいよってまだ今期のドラマ始まったばっかりなのにもう佳境なの?」

駐輪場に自転車を止める私の背中にあかねが話しかけてくる。
それを肩越しに返事をする。小学生の頃から変わっていないように感じるけど、私たちももう高校生だ。

あかねは流行に明るくていろんなことを知っている。
今どきの子という感じで、この3年間はしっかりと華の女子高生を謳歌するつもりらしい。
少し前から韓国ドラマにもハマっていて、高校受験終わりに新大久保に連れて行ってくれた。というより、連れていかれた。

一見テキトーにやってるように見えるのに実は入試をトップで合格した成績優秀者。
もっと上を狙えるって、この高校を受けるのも中学の担任に随分止められていた。
受ける理由が家から電車一本だからとか言うからなおさらだ。

「いいドラマは序盤から展開盛沢山なんですぅー。で、昨日どうだったの?プロレス部作るって話。先生のとこ行ったんでしょ?」

そう。私はこの高校で女子プロレス部を作ろうとしている。
昨日担任の先生に部活を作りたいと職員室まで行って相談したところだ。
入学したばかりでほとんど喋ったことのない先生に突拍子もない話をしに行ったのでかなり驚かれた。

「一応オッケーもらったよ。5人以上いないと部にはならないらしくて、とりあえずサークルってことになったんだけどね。今年着任した先生が顧問になってくれるだろうって言ってた。まだ会ってないけど」
「ふーん。5人かぁ。人集まるといいね。でなきゃ練習もままならないでしょ」

女子プロレス部?そんな危ないこと学校じゃちょっと…。と昨日職員室で言われた。
怪我しないために受け身の練習だってやるし、柔軟もしっかりやる。他
のスポーツでもそれなりに怪我が起こっているはずなのに、マイナースポーツは何となくのイメージで判断されこういう扱いを受けやすい。慣れっこだけど。

「これから仲間集め大変だよ。でも場所は柔道場使っていいって。今年度で柔道部も5人切ってサークルに降格して、活動自体あんまりしてないみたい。だから結構自由に使えそう」

あかねがうわーという顔をする。
柔道部が廃部寸前ってどんな学校だよって私も思った。

「うちが普通に部活盛んな学校だったら練習場所もなかったかもじゃん。これで部員集まらないだけじゃなくて全然練習できなかったら、聖華辞めたの悔やまれるとこだったね」

あかねが何気なく口にした聖華とは聖華女学園のことで、私が転校前に通っていた私立学校だ。
中高一貫校で女子プロレス部の強豪校。学費は決して安くはなかったと思う。
でもどうしてもここに入ってプロレスをやりたいというわがままを両親は叶えてくれた。
なのに私は辞めた。
もうあそこにはいられなかった。

「部員はこれから集めるんですぅ!いいチーム作るんですぅ!今に見てろっ」

あかねにはいろいろあったことを全部話している。
だから深妙にならないよう明るく応えた。
辞めたことを悔やんではいない。
散々考えて、嫌というほど考えて、それで決めたことだから。
何より、これからやることがたくさんあって後ろを向いてる暇なんてない。

「もう今月ブロック大会だから、早く練習しなくちゃ!」

高校に入ってまだ間もない春先。
4月末から全国大会路線の大会が始まる。
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