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孤児院編

018 既に手遅れだった………とは!

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「お兄様。ロックはもう戻ってこないかもしれません」

「そうか」

 孤児院で、明日以降の予定を決めた後、すぐに宿へと戻ってきたのだが、すでに終わっていたようだ。

 何となく宿に入った時点で従業員の態度から何かあるとは思っていたが………。そうか、終わったのか。 

「マリー。その机の花は良い香りだね」

 私は出かける前にはなかった中央のテーブルに飾られている。………明らかに飾るにしてはボリュームの多い花束を見て、マリーに問いかける。

「えぇ。奥様に粗相したあの男が謝罪にと渡してきました。飾るには趣味が悪いですが、花に罪はありませんので、飾らせて頂きました」

 なるほど、予想していたとはいえ、残酷な結末である。告白の為に用意した花が謝罪の為の花としか認識されていなかった。
 心残りがあるとすれば、その現場を見れなかった事だろう。

 ロック。お前の告白はマリーの耳にすら届かなかったようだぞ………。

「今後の予定が決まったので、話をしたい。マリー。お茶の用意を頼めるかい?」

「はい。クロム様」

 マリーの様子を見る限り、気にしているような事は全くないようだ。普段どおりの態度過ぎて、涙も出そうにない。
 この件で、私では力になる事は出来ないし、そもそもあのような魔窟に同行しないような奴に同情などしない。

 そういう個人的な理由もあって、仕方がなくロックを外して、孤児院へ移り住む事を告げる。

 1週間くらいは用意をする時間を設けたので、こちらも明日から落ち着いて暮らす為の用意を始めるを決めると、あっさり家族たちとの話し合いは終わった。

 今までは旅のための最低限の物しか用意していなかったので、この公国の首都と呼べる街を出歩いても問題ない普段着など、多くの物が物入りになる。
 それに、気まぐれ草の栽培をまずは種から苗になるまで育てる必要もある。時間の掛かるものは平行して作業を進める必要がありそうだ。

 そうして、無事、話し合いは終わったが………………その日、ロックは宿に戻ってこなかった………。




 ロックの事が気になったが、いつか来る日が来ただけだったので、自分たちの事を優先してさっさと眠る事にした。
 その次の日の朝。

「朝食の支度が出来ました。お部屋へお持ちいたしますか?」

 普段は何も言わずとも、部屋に持ってきて貰くれているのが今日に限って確認をしてくる。いつも部屋に持ってきて貰う理由は、マリーが機嫌よく、母に食事の世話をする為だ。

「いや、私は食堂の方で頂こう。他の者の分はいつも通り部屋へ頼む」

「かしこまりました」

 用件を告げにきた宿屋の従業員に、呼び出しを了承する旨を伝えて、共に食堂へ向かう。
 食堂に到着したが、この食堂で食事を取るのは私だけのようだ。

「ロック様の所在について、ご報告致します」

 今の状況で呼び出されるとしたら、用件はそれしかないだろう。
 また迷惑を掛けている可能性しか思いつかないが………。

「たびたび迷惑を掛けてすまない」

 ロックの事に関しては、全て私たちの方に非がある。放置して貰っても構わないのだが、客人扱いの現在は相手もそういう訳にはいかないのだろう。

「いえ、我々も好きでしておりましたので」

 どうやら、ロックの結末については、この宿の皆が興味があったようだ。

「今は私の個人的な知り合いの元で保護させて頂いております」

 その食堂へ案内してくれた従業員に、改めて謝罪を告げる。

「その者は、私の昔馴染みらしいので、ロック様には、しばらくそちらで気持ちを切り替えて頂けるように手配してございます」

 うん? 昔馴染みらしい・・・
 とりあえず、気になる単語があったが、素直にロックについてはお任せした。
 
 その後は、普通に食事を済ませて、普段は顔を合わせなかった料理人たちにお礼を告げて、本日も孤児院へと顔を出した。




「追い出さないだけではなく、治療までして頂いて、申し訳ありません」

 ロックのヘタレは完治不能な病であるが、エイシアさんの体調は回復可能だ。
 私は、気まぐれ草だけじゃなくって、他の薬草にも精通している。具体的には、腰痛や肩こり・眼精疲労など、庶民向けの症状に限定したものだが。

「私の住んでいた場所は、医者という専門に治療を施す人材がおりませんでしたので、領主の一族として、領民を守る為に学んだのが役に立ちました」

 昨日、決意したとおりに今日は、今後の同居人となるエイシアさんの体調を含めて、子供たちの体調管理を中心に対処した。
 子供たちは、エイシアさんが自分の食事を分け与えていた事で、深刻な症状ではなかったが、肝心のエイシアさんが、やはりというか、あちこちを痛めていた。

「それにこういう時は、ありがとうございます。っていうものですよ」

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 エイシアさんを心配して、治療中もずっと付き添っていた子供の1人が、エイシアさんの代わりにお礼を言ってくれる。
 うん。これぞ、求めていたスローライフ!!

「そうですね。ありがとうございます」

 子供の純粋な反応を見て、エイシアさんも優しい微笑みで感謝の言葉を返してくれる。
 これだけのやりとりであったが、守るべき領民を失くした私は、今度はこの孤児院を守っていこうと思うには十分であった。

「薬草による治療は続けますが、食事も重要です。今日から食事を1回増やします。っと言っても、外で大工の方々が用意している食事の匂いがここまで漂って来てしまってますね」

 私の言葉に反応したのはエイシアさんより子供の方だった。
 鼻をくんくんと鳴らすような動作をして、ようやく食事の匂いに気付いたようだ。

 他の子供たちは、もっと早く気付いて、外の食事が用意されている場所に張り付いている。
 私を信用していて、そっちに張り付いているのか、ただの食い気なのか、判断に困るところだ。

「大丈夫だよ。来週からは新しいお姉ちゃんたちも来るから、毎日ちゃんとご飯が食べれるよ」

 外に行こうか、それともここに居ようかと迷っているエイシアさんの心配をしていた子供の頭を撫でながら話しかける。
 この子は、頭を撫でられた事を嫌がる事もなく、にぱっとした笑顔を返してくれた。

 どうやら、私へのエイシアさんからの信頼は、程々に高くなったのだろう。
 そういうところに敏感な子供たちを通した触れ合いで、何となくだが分かった。

「旦那、昼食をお持ちしました」

 タイミングを見計らっていたのだろうかと思える程、良いタイミングで食事を持ってきてくれたのはバッカスさん………親方であった。

 うん。ロックと違って出来る男は違うね。
 しっかりと自分の分も含めて、ここにいる人数分を用意してくれていた。

「エイシアさん、すみません。外の子供たちの視線に耐え切れずに、先に与えてしまいました」

 親鳥に餌をねだるようなピーチクパーチク言っている雛鳥たちのような視線を向けられては、それもいた仕方がない。

「食事のマナーに関しては、我が家にずっと仕えてくれていたマリーという侍女がおりますので、来週から気をつけさせるようにしましょう」

 親方のフォローのつもりで口にしたが、親方はマリーという名前に反応した。
 どうやら、私たちの事情は親方にも伝わっているらしい。

 私のフォローに何も言えなくなったエイシアさんと子供を含めて、4人で食事を取る。
 大きなテーブルがさらに大きく感じる。

「ほら、子供は遠慮しないで、どんどん食べろ」

 親方も子供が可愛いのか、自分の食事を分けて与えている。
 その様子から、親方の方が子供たちの信頼を勝ち取っているのが分かった。

 ま、負けないんだからね!

 食事が終わったタイミングで、親方と目が合う。どうやら話をしたい事があるらしい。

「では、食器は私たちが片付けます」

「いえ、そこまでして頂くわけには………」

 私が親方と話をする為に、席を立った事に気付かなかったエイシアさんが、遠慮がちに声を掛けてくる。

「食事の後は、特にゆっくりして下さい。出ないと身体は治りませんよ?」

 そう告げると、一緒に食事をして、エイシアさんを母のように慕うシルキーが心配そうに見上げる。
 子供を使うのはちょっと汚い事だが、聞かせられない話もあるので仕方がない。

 私に対して頭を下げたエイシアさんが、シルキーの面倒を見始めたのを確認して、食器を持って部屋を出る。

 そのまま洗い場に、直行して食器を洗いながら親方から話を聞く事にした。

 一家に一台の水道代わり「クロムウェル」君は、今日も元気に、便利魔法を使った。

 その様子に親方は驚いていたが………ほら、井戸で水を汲むのって面倒じゃない?
 ついでに水瓶にも水を追加したところで、ようやく親方が話を切り出してくる。

「実は、ロック様を保護している者については、良くない噂が………」

 そう私に告げる親方の表情は、不安であるが、さほど重要ではないように見える。
 まあ、命の心配はないって事だろう。

「その噂っていうのが、いわゆる男色ってやつでして………」

 なるほど、命の心配はなさそうだな。


 それにしても、ロック。お前の心は女性には癒せないという事なのか?

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