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旅立ち編

005 実は最初からいるマリーの初発言回

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 キーマン商会を出た私は、普通に馬車で家族が泊まっている宿まで送って貰った。
 現時点では、まだ話し合いの余地は残されているという事だろう。

「そうですか。商会との話し合いは破談となりましたか」

 宿に着いた私は、まずは話し合いの結果と内容を母と妹。そしてロックとマリーも含めて全員に報告した。
 巻き込まれる可能性があるからね。それに付いて来てくれているのだ。話すべき事はしっかりと話さないといけないと思う。

「それでキーマン会頭という方はどうなったのかしら?」

 ちなみにこの発言をしているのは母だ。母の生まれは貴族出身ではない。
 領内で父が見初めて婚姻を結んだ元農民という身分だ。まあ、その当時に母を見初めたのは父だけではないが、これは言わなくても良い事だろう。

「恐らく何かしらの処分が下ると思いますが、その話も含めて次回の話し合いで聞く事になります」

「そうなのですね」

 母は基本的に私の考えた方針や報告を聞くだけだ。
 そこで自分が納得できない事に関してのみ、反論を告げる。

 亡国の貴族になってから反論されたのは、もし、自分たちが人質に取られた時の話をした時だけだ。
 最初は脅しに従うことを提案したが、私の足手まといになりたくないとして見捨てるように言われた時は、相当な口論になったものだ。

 だが、私は結局母に勝てなかった。

「次回の話し合いも決裂する事があれば、予定通り今度は共和国を目指します」

 この世界の共和国は、民主主義ではあるが、貴族に代わってお金持ちたちが国を治めているだけで、あまり他の国とは違わない。
 だが、権力の庇護下にない私たちが行ける土地など限られているから消去法で選んだだけだ。

 最悪の場合は、どこかの田舎の村にでも住み着けば良い。
 私は狩りも出来るし、本格的ではないが農業も出来る。むしろ、転生知識がある分、かなり有利な分野だ。

 そして、私の話を聞いたそれぞれの反応は様々だった。

 母は特に私に対して何もないらしく、現状をそのまま受け入れていた。
 妹は逆に次回の話し合いを待たずに、さっさと他へ行きたいような印象を受ける。天然であるが、観察力はあるので何かしらの勘みたいなものが働いているのかもしれない。
 マリーは母の意志を最優先にしているようだが、人質にしようとした強欲ピーマンに憤慨しているようだった。

 最後のロックは、何と言うか………。

「先はどうなるか分からないのだから、さっさと言った方が良いよ?」

 そして、さっさと散れ。その思いを込めて、ロックに話しかける。
 話し合いの報告は終了だ。強欲ピーマンの相手で溜まったストレスを発散しなくてはならないのだ。

「な、何をおっしゃっているのですか! 坊ちゃん!」

 いや、旅が続くかと思って安心してただろ?

「そうですね。旅はひと段落と言っても良いのではないでしょうか? ねぇ、ロック」

 このコールウィン公国の首都が一応は目的地と言える。
 ただ、旅の道中に母がロックを弄った事はない。

 母は母なりの考えがあって、ロックに話しかけているようだ。

「約束は守らないといけないって私は思うよ? ロック」

 妹は………………年頃らしい好奇心のみで告げたっぽい。他意がまったく感じられない。

「お、奥様にお嬢様まで、な、何をおっしゃっているのですか!?」

 いや、マリーも知っているから。さっさとしろ。

 あたふたしているロックを見守りつつ、肝心のマリーの様子を探ってみると………無表情だ。
 今想いを告げても、スッパリとバッサリと一刀両断という言葉が似合うであろうお返事しか思い浮かばない。

 今日もヘタレっぷりのロックを弄った事で、少しだけストレスが発散できたという事にしておこう。

 妹に弄り回されているロックを眺めつつ、今後の予定や話し合いの場での自身の立ち位置や、気まぐれ草の価値について考えていると、次回の話し合いの日時の知らせが届いた。

「明後日ですか、かなり早いですね」

 母が私と同じ感想を持った。
 気まぐれ草の価値が高いのか、それとも何かしら急ぐ必要があるのか。
 現状では判断する為の材料がない。

 こちらとしては、宿泊費等は先方で全て面倒を見てもらっている身である為、断れないので2日後で了承するしかなかった。

「しかも、公爵様も自らいらっしゃる? ご用件は何でしょう?」

 母はきっと公爵という立場が良く理解出来ない。きっと凄く偉い貴族程度の認識だったはずだ。
 我々は所詮、田舎者だ。我々の認識度を舐めて貰っては困るぞ?

「おそらく、クロム様の価値に気付かれたのだと思います。奥様」

 まあ、その足りない認識度を補ってくれるのがマリーだ。
 
「お手紙の宛名に家名が書かれているようですので、私は傍仕えとして話し合いの場でクロム様の後ろで控えさせて頂いた方が良いと思います」

 これは貴族同士の面倒なやりとりの1つだ。
 話し合いの際に「あれを持ってきてくれ」「はっ!」っというようなやり取りをする為に、常に1人控えているのがこの世界の常識らしい。

 ちなみに、田舎貴族にはそんなやり取りなど存在しなかった。

「分かりました。マリー、お願いね」

「はい。奥様」

 マリーは基本無表情だが、母のお願いの際には笑顔になる。
 貴族間のマナーなど、私でも曖昧にしか分からない事を良く知っているほど優秀ではあるが、色々と不安になるのも事実だ。

「そんなに見惚れているのなら、さっさと言えば良いのではなくって?」

 声の方向に顔を向けると、ロックがマリーに見惚れていた。
 どうやら妹の声も聞こえない程のようだ。

 そして、これで分かって頂けただろうか。
 母はマイペース。そんな母に尽くすマリー。さらにそのマリーに惚れているロック。最後にそんなロックを弄る妹。

 まともに交渉など出来る人材が、私しかいない事を!
 
 という訳で考える。
 さらに追加された情報の公爵自身が話し合いの席にやってくる意味を………。まあ、考えても分からないんだけどね。




 状況がさらに変化したのは翌日だった。
 マリーが母の好物を買いに出かけた際に、それは起こった。

 あ、ロックは当然付いて行ったけど、何も起こってないよ?

 それに起こったという表現も間違っているな………。
 
 端的に言うと、マリーが買い物に出た際に、噂を拾ってきた。

「キーマン商会の代表が誘拐未遂で拘束されたとの噂になっておりました」

 何か対処するだろうとは思っていたが、昨日の今日では色々と早すぎるというのが私の素直な感想だ。
 ちなみに母は「まあ、そうなんですか?」とだけ。そして、マリーの返事は「そうなんですよ。奥様」と何だか楽しそうにしている。

 ロックについては、いつも通りに自分から動けなかった事を悔やんでいるようにしか見えないので放置するとしても、噂の方は何も考えない訳にはいかない。

「マリー。聞いた噂を全部教えて貰えるだろうか?」

「はい。クロム様」

 ちなみに私に対してのマリーは好意的だ。妹に対しても同じで、父には大変に厳しい。
 まあ、ただの余談だ。忘れても構わない。

「なんでも誘拐しようとした相手はクロム様ではなく、この国の第1公子の婚約者とも婚約者候補とも言われているお方だとの事ですが、相手のお名前までは分かりませんでした」

 噂が今朝から広がっているとすれば、事が起こったのは昨日の事と推測出来る。
 強欲ピーマンはあの後すぐに、豚箱送りになったという事だろう。

「ロック。悪いけど、夜になったら酒場へ行って、この国の第1公子の婚約者が誰なのか情報を集めて欲しい」

 たぶん、宿の掃除のおばちゃんとかに聞いても教えてくれると思うし、状況から考えてあのお嬢様しかいないのは分かっているのだが………。念には念を入れておこう。知っていると知らないでは天と地ほどの差がある。
 
「クロム様。申し訳ありませんでした」

 マリーが私の必要な情報を集めなかった事に対して謝罪する。

「ありがとう。マリー。持ってきてくれた情報だけでも十分だよ。ロックには確認に行ってもらうだけだ」

 そして、酒を飲んで自分のヘタレっぷりを再認識してくると良い。

 それにあれだ。マリーは早く母に好物の果物を食べさせてあげたかったのだろう。

「マリーが買ってきてくれた果物はいつも美味しいわ。ありがとう」

「マリー! 私にも頂戴!!」

 一応、報告も謝罪もしてくれてはいたが、口以外は全て餌付けの為に動かされている。好意的と言っても、マリーの私に対する扱いはこんなものだ。

 明日の話し合いは断って、さっさとこの国を出た方が賢明だったのかもしれない。
 だが、この国以外の伝手は完全にない。あの時の選択肢としては最善だったとも思っている………。まあ、今考えても結論は出ないか。


 どっちにしても権力抗争や陰謀の匂いの他に、何か面倒ごとに巻き込まれる予感しかしない………。軍人じゃないから敵前逃亡はオーケー?

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