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第一章 元魔王の目覚め
第二話 魔族にとって、人間の“死”は……
しおりを挟むアスティを引き連れて、来た道を戻っていく最中に、鼻をかすめた何かが燃える臭いに自然と眉間にしわがよる。
まさか……数時間離れただけで?
――嫌な予感が、脳裏によぎった。
「アスティ、少し急ぐ」
「そうした方が、よろしいかと…」
アスティもどうやら何か嫌な予感がしているらしく、俺の言葉に同意を示した。
それを確認した俺は、走るスピードを上げて村へと急いだ。
「……」
村に戻って目に飛び込んできた景色に、呆然と立ち尽くしてしまった。
魔物に襲われたんだろう…家は燃え、畑は更に荒らされていた。
道端には、血を流して倒れている人が、いた。
「最近、魔王の命令で魔物が活性化しているとは聞きましたが……」
「ふふふ……今回の魔王は、随分と非道なようだね」
アスティと話しながら村だった場所を歩き、ミルの気配を辿り、ミルを探す。
村を見渡しながらミルの気配を辿ってたどり着いた場所は、一軒の家だった。
扉は破壊され、窓も粉々に壊されている。
中にゆっくりと足を踏み入れて、視線に真っ先に入った光景は、予想していた通りのモノだった。
ミルの両親だったモノのであろう、二つの死体…魔物に食われて原形を留めていない。
その二つの死体の下に、小さな手が見えていることから、ソレはミルの手であることが分かった。
「こうも……低俗な魔物如きが、俺を怒らせるとは……」
「スティア様…魔力を抑えてください。魔力に惹きつけられて、魔物たちが集まってきてしまいます。それに、魔族にもバレてしまいますから……」
俺を後ろから抱きしめ、落ち着かせるように声を掛けてくる。
どうやら俺は、思った以上にミルのことを気に入っていたらしい。
無意識に魔力を放出していたようだ。
「アスティ……すまない。どうやら、人間に情が湧いてしまったらしい」
「スティア様は元から人間を嫌ってはいなかったですしね…」
「無駄な争いは嫌いだからね…。まぁ、人間は魔族は“悪”と決めつけて、“勇者”なんてモノを生み出す始末だ…。俺たちがどんなに否定しても受け入れてはくれないだろうけどね…」
「スティア様……人間という生き物は、そういう生き物なのです」
アスティの言葉に、それもそうだと頷きながら、大きなため息を漏らした。
どうしても人間は、誰かを“悪”に仕立て上げ、自分たちの行いを“善”としなければ生きていけない生き物なのだ。
魔族が魔物を使って、人間たちを襲わせていると思い込んで生きているのだ。
否…今はその通りなのだ。現に、今の魔王は魔物を使って人間の国を滅ぼそうとしているのだから。
「ここで俺達がどんなに考えても、現魔王が何を考えているのかは不明だ。だから、ゆっくりと情報を集めながら魔王に会いに行こうか」
「そうですね。スティア様がこのまま大人しく傍観するなんてこと、ないですよね」
何より、自分自身が一番許せないのだ。
起きたばかりだからと言って、魔物の気配にすら気づけないなんて…情けない。
眠りにつく前の自分だったら、魔物の気配に気づき、制圧をしたはずだ。
(ああ……まだ寝ぼけているのかな?……こんなに苛立つのは何年振りかな)
「スティア様……私がおります。だからどうか、気を鎮めてください」
「…っ、俺としたことが…知人を失った程度で、こんなに動揺するなんて…まだまだ未熟だね」
アスティの悲痛の顔を見て、ハッと我に返って苦笑いを浮かべる。
起きたばかりで、まだ自身の気持ちを制御出来ていないらしい。
自分のことながら、呆れてしまう。
こんな未熟者が、元魔王なんて…いい笑い話だ。
「目覚めたばかりなのですから、反応が鈍いのは仕方ありません。……弱っているスティア様なんて、見たくない、です」
「アスティ……。心配かけてしまって、すまない。俺らしくない姿を見せてしまった」
「私はこうして、スティア様の傍で支えられることが生きがいですので」
アスティの声が徐々に弱弱しいものになっていくのに気づき、俺らしくない姿を晒したことに、顔を歪める。
100年の間待たせてしまったアスティに対して、このような姿を見せてしまったのは、俺の失態だ。
一つ謝罪を述べ、にこりと微笑みを見せた。
(しっかりしないと、ね)
自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
「さて、そろそろ行こうか」
家から外に出て、そのまま村の外へと歩いて行く。
一切振り返ることもせずに。
そして、村の外に出たところで振り返り…左手を軽く一振りした。
その途端、村は炎に包まれて燃えて灰と化していく。
その様子を無表情で眺めている俺は、魔王に怒りを覚えたとしても、どこかで人間が許せないのかもしれない。
ただ、魔王が無差別に魔物を使って襲わせているのが気に入らないのだ。
勿論、ミルを殺したことに対しても、怒りを覚えてはいるが。
「スティア様、そろそろ離れた方がよろしいかと思います。人間の気配がこちらに近づいてきております」
「…そうだね。まだ人間と深く関わるつもりはないし」
全て燃えきったのを確認してから、俺は村だったモノに背を向けて歩き出した。
その俺の後ろを追うようにアスティがゆったりとした足取りで付いてくる気配を感じながら、人間の気配がする方向とは逆へと歩みを進めて行った。
スティア達が去った数分後に、村跡地には王国の騎士団に所属する者たちが灰と化した村を呆然と眺めていた。
「村が…消えている」
つい先日に見回りに来た時には、確かにここにあったのだ。
村があったと分かるように、灰だけが残されている。
たとえ魔物に襲われたとしても、残骸は残っているものだ。だが、それさえも無いのだ。
ただ村だった場所に、灰だけが残されており、まるでこれは……全てを無かったことにしようと、誰かが燃やし尽くしたみたいに見て取れる。
「魔物が村を焼き尽くすなんて聞いたことが無いな…。魔道士にも、ここまでの大きな魔法を使える者は見たことが無いが…」
つまり……未だ見たことが無い魔族の仕業と言うことになる。
「こんな……ッ、ひどい」
何故王国の騎士団がこんな辺鄙な村まで来たかと言うと、国王が王国近辺の村を見回るように言いつけているからである。
流石に週に1回とかだと騎士団の負担が大きいため、月一で村の様子を騎士団が確認するようになっているのだ。
今回も何の異常がないと思っていた騎士団の動揺は大きい。
確かに、最近は魔物も活性化しており、多くの村が襲われているが、村丸ごと消されたことなどないのだ。
「――静まれ!!誇り高き騎士が、この程度で動揺するな!!」
先頭に立っていた一人の青年が、凛とした声で言い放つと、騎士団はすぐにシンっと静まり返った。
その様子を見た青年は、表情を引き締め、生唾をゴクリと呑み込む。
「この件は、私から国に報告する。その前に、他の村が無事かの確認をするために、今から少数にチームを分ける」
青年の言葉に、ザワリと騎士たちの中で動揺が走った。
だが、青年は訂正などせず、淡々とチームを分けていく。
「――そして、ウルスは私と来い」
「――はっ!」
青年はどうやらこの騎士団の中で、一番位が高いらしい。
団長なのかもしれない。そんな青年から指名されたのは、ウルスと言って、まだ幼さが残る顔立ちをしている青年だった。
「ネーベル団長が俺を指名してくれるとは思いませんでした」
「お前の腕は信用しているからな」
命令をしていた青年はどうやら、この騎士団を率いている団長だったらしい。
ネーベルは茶色の髪を持ち、オレンジ色の鋭い瞳を持つ。
見た目は好青年であるが、瞳が鋭く、雰囲気も威圧的なため、どこかの王族か?と噂されているとか。
なにより騎士としての有り方に誇りを持っている。だからこそ、団長としても実力も申し分ない。
そして、そんなネーベルに指名されたウルスは、ネーベルとは真逆の容姿をしている。
ネーベルが男の理想を描いたような容姿に対し、ウルスはどちらかと言うと中性的だ。
腰まであるアイボリー色の髪をポニーテールにしており、瞳はベージュカラーのたれ目である。
そして、右目尻には泣きボクロが一つ。
ネーベルからは男の色気があるが、ウルスからは妖しげな色気がある。
ネーベルもウルスも騎士団に所属している以上、もちろん剣の腕は確かだ。
ただ、二人とも魔力が無く、魔法はからっきしだ。
その代り……二人は、精霊から力を借りることが出来る存在なのだ。
だからこそ、この二人は気が合うのかもしれない。
「では、皆…村の確認でき次第、王国に各々帰還してくれ。――散開」
各々騎士たちが散っていたのを確認してから、ネーベルたちも馬を走らせた。
その走らせた先は…スティアたちが去って行った方だった。
勿論この時、スティア達もネーベル達も…この先に待ち受けていることに気づきはしなかった。
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