標識上のユートピア

さとう

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二章

二十九話

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 外の風はいっそう冷たく、春の季節すらよそよそしく感じられた。
勢いに任せて家を出たところまでは良かったが、行くあてはもちろんない。 
どうしよう。近くにカプセルホテルかネットカフェはないだろうか? 
スマートフォンを取り出し、近場を検索する。安いカプセルホテルが見付かった。
ここにするか。
決定しかけるも、ある懸念が脳裏をよぎる。
この時間帯に高校生一人は明らかにおかしい。一発で家出少年だとバレてしまうのではないか。血まみれの相乗効果で、不良少年だと思われてしまうかもしれない。とにかく、警察のお世話になるのだけは御免だ。ネットで検索すれば通報されるのかどうか分かるかもしれない。再びスマートフォンに助けを求める。
「高校生 カプセルホテル」までキーボードを押したところで、画面が暗くなった。言うまでもなく充電切れだ。 
役に立たないスマートフォンめ。苦笑を通り越して失笑ものだ。 
さて、どうしようか。ふと、帰り際に通りかかった商店街を思い出した。板垣のことも。行ったところでどうにもならないことは分かっていたが、それでも足は商店街の方に向かっていた。
客がいるかはともかく、スナックは元気に営業中だった。まあ妥当だ。とはいえ、夜の方が栄える商店街も如何なものかと思う。
地縛霊みたいにさ迷っていると、ある場所が目に止まった。白い街灯。それとは対照的に、薄暗い路地裏。板垣が謎の男と消えていった場所だ。
こんな所、危ないに決まっている。板垣だってもういないはずだ。
分かってはいたが、自分の好奇心に抗うことができなかった。
白い街灯の脇を通り、路地裏に入る。いくつか店もあるが、いずれも大分前に閉店したようだ。錆びたシャッターには、幼稚なタギングが殴り書きされている。商店街の闇を垣間見るようで、胸がむかむかする。引き返そうとも思ったが、先に進むことにした。
行き着いたのはなんてことはない、ただの行き止まりだった。街灯はなく、ひたすら暗闇が広がっている。
ここにいても時間の無駄だ。もういい。カプセルホテルにでも行こう。
引き返そうとした時だった。 
カツン、と小石を蹴るような音がした。続いて、なにかが暴れるような音。
空気が引き締まった気がした。危険を顧みるな。今起きている何かを放置してはいけない。直感が告げていた。
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