標識上のユートピア

さとう

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二章

二十三話

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   急降下するような、感覚。
瞼と瞳孔が同時に開いた。 
ひどく悪い夢を見ていた気がする。
肺が圧迫されて息苦しい。猫のように丸まった背中を、冷や汗がひっきりなしに流れていた。
寝覚めは最悪だった。夢の内容はよく覚えていないが、おぞましいものだったのは確かだ。
俺、柿市翼はゆっくりと身体を起こした。 
趣味の悪い金時計が目に入る。いつかは忘れたが、父親が持って帰ってきたものだ。一日の最初に出会う色が、こんなけばけばしい金色では困る。しかも、形まで刺々しい。あたかも「ぼくたちは成金です」と強調しているみたいではないか。
では、どんな時計がいいのだろう。そうだな……形は出来る限りシンプルなものがいい。丸みのある形がいいな。
色はどうしようか。爽やかで、かつ品のある色。個人的に青系が好きだから、フェルメールブルーなんてどうだろう。「真珠の耳飾りの少女」が巻いているターバンみたいな色だ。
真ん丸な目覚まし時計に、フェルメールブルーを塗りたくる。頭の中で仕上がったのは、北欧で手作りしたかのようなセンスのいい時計だった。ちょっと気分がよくなった。
せっかくいい時計が出来上がったのだ。いっそのこと、部屋ごと新調してしまおう。 
空想すること数分。脳内では、小綺麗なコテージが完成していた。
整然と並べられたヴィンテージの家具は、華美さこそないものの、木特有の素朴な安心感を与えてくれる。
ハンドメイドのレンガ積み暖炉の中では、暖かな炎が揺れていた。時折響く、小さく薪が割れる音には、えもいわれぬ風情が感ぜられる。
ベッドは白鳥のような白一色で、清潔な印象を与えてくれる。柔らかく、全身が沈みそうなくらいふかふかだ。傍らには、フェルメールブルーの目覚まし時計。朝の相棒だ。
おれは爽やかに起床し、まずカーテンを開ける。そこには深い森が広がっているのだ…………。
自動車の走行音で、おれは我に返った。空想の動きとリンクして、いつの間にか自室のカーテンを開けていたのだ。無論深い森など広がっていなかった。味気ないねずみ色の道路を、これまた味気ないねずみ色の車が走行している。
部屋を見渡す。木のぬくもり溢れるコテージなどなかった。古めかしいヴィンテージがあったはずの場所には、いかにも機械で設計しましたといった風の、薄汚れた現代的な家具が鎮座している。
暖炉はエアコンに置き換わっていたし、ベッドにはなんだかよくわからない黄色いシミがついている。傍らには、金色の尖った時計。
自分で自分が情けなくなってしまった。いったいどこまで現実から逃げれば気が済むのだろう。
重い足取りで、部屋を出る。床はひどく冷たかった。
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