標識上のユートピア

さとう

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一章

二十一話

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  木刀の狙いは大きくそれ、空振りに終わった。
パーカーの刃物もまた、空間を切り裂いたに過ぎなかった。
リーチが長い分こちらの方が有利であるはずだ。しかし今、おれは片目しか使えない。元の身体能力でもパーカーに劣るだろう。
それでもパーカーを殺さなければならない。最初に感じた親近感など今は微塵も湧かなかった。ただただ、手の痺れを殺して木刀を振るい続けた。
パーカーの放つ攻撃が、幾度となくおれを掠める。溶解しきった皮膚に触れ、その度に痛みは激化した。
木刀は、一度もパーカーにダメージを与えることができなかった。渾身の攻撃は全て避けられ、捌かれ、ちっぽけな刃物に返り討ちにされた。 
傷だけが増えていく。地面に血が飛び散る。
パーカーは身を乗りだし、刃物を突き出してきた。木刀で防ごうとしたが、距離感が掴めず反応が遅れた。
反射的に顔を逸らしていたためか、致命傷は免れた。ただれた頬に、もろに刃物が突き刺さる。麻痺と疼痛に鋭い痛みが重なり、三重苦が咆哮しておれを締め付けた。地獄に突き落とされた気分だった。
パーカーは刃物を乱暴に引き抜き、距離をとる。鮮血が吹き出し、パーカーは赤色を吸収した。未だにフードがぬげないのは、余裕の表れだろうか。
畜生。
木刀をかざして突進する。あっさり手首を蹴りあげられた。木刀は手を離れて空中をさまよい、落ちたところをまたパーカーに蹴り飛ばされた。
パーカーが深く息をついたのが分かった。一仕事終えたとでも言いたげだ。
自分の敗北を認めたくなかった。今から殺されることが分かっていても、膝をつきたくはなかった。凛奈にカッコ悪いところを見せたくなかった。
パーカーはゆったりとした足取りでこちらに歩いてくる。後退すると、背中がぴたりと壁に張り付いた。絶望的なまでの冷たさが、背筋に広がる。
みんなの嘲りが聞こえる。悪魔の嗤いが。 
「全て、お前のせいだ」
 パーカーが低い声で囁いた。
「お前は地獄にすら受け入れられない。一人で苦しむがいい」 
 憎悪の一言では片付けられないほどに、悪意をはらんだ言葉だった。
パーカーの感情が露になるにつれて、徐々に自分の動揺が失せていくのが分かった。頭の中では、既に次の一手を打っていた。 
所詮パーカーも人間だということだ。当たり前の事実が、おれに平静をもたらした。みんなが一人、また一人と沈黙に還っていく。
パーカーが刃物を構える。死が迫ってくるその瞬間は、スローモーションのようにひどく遅緩だった。
落ち着いて、ズボンに手をやる。それ・・をスムーズに取り出した。 
歪んだ柔らかい音と、のめり込むような深い音が、同時に耳に入る。
捻るような呻き声が上がった。
パーカーのものだ。
おれは壁からずり落ち、地面に座り込んだ。身体に力が入らない。横腹に刃物が深々と突き刺さっているのだ。先ほどの浅い刺し傷など話にならないレベルだった。
苦しい。それでも笑いが止まらない。
パーカーに一矢報いたのだ。ズボンにしまっていたハンマーで、パーカーの喉元を潰してやった。密着するタイミングでないとできないことだった。
「…………」
 パーカーは仰向けになったまま、痙攣していた。口をパクパク開閉する様は、さながらまな板にのせられた鯉だった。 
刃物が刺さったまま、パーカーの元に這いずる。フードは脱げており、その顔がはっきりと見えた。
「哀れだな」
 おれは言った。皮肉などという、馬鹿げた意味合いはない。心からの言葉だ。 
パーカーは悔しそうな表情をしていた。憤怒の眼差しで、おれを睨み付けてくる。噴水のように喀血しているが、そんなことはお構い無しだった。
ハンマーをパーカーに振り下ろす。
顔が潰れ、形が崩れ、ただの肉塊になるまで何度もハンマーで殴り続けた。
無我夢中でやっていたのだろう。顔に血がしみて、我に返る。
ぽっかり穴があいたパーカーを見下ろすと、なんだか奇妙な気持ちになった。
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