標識上のユートピア

さとう

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一章

十八話

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  凛奈がおれに変装して逃げている。
厭な予感が的中してしまった。やはりあの足音は凛奈のものだったのだ。 
――嘆いても仕方がない。一刻も早く凛奈を見つけ出すのが先決だ。
 もう一人のおれが冷静に言った。
コイツはなんなんだ? おれの覚悟を司る存在だろうか。それとも、おれ自身がおれを死に導こうとしているのだろうか。
いずれにせよコイツの言う通りなのは確かだ。
モップを機銃のように構え、慎重に、それでいて素早く一階を進んでいく。途中で剣道部の部室に辿り着いたので、モップと木刀を交換した。ずっしりと重い。いい武器が手に入った。
一階に凛奈はいなかった。 
駆け足で二階に上がる。二階もやはり静寂に包まれていた。木刀を振り上げながら歩を進めると、あることに気付いた。床の一部分がやけにてらてらと光っているのだ。濡れているに違いなかった。 
滑って転ぶことを期待したのだろうか? だとしたらパーカーもなかなかの馬鹿だ。追いかけられていたなら、気付かず引っかかる可能性もあったが。
近付くと汚水のニオイがしたので、少し遠のいて観察する。まきびしのように細かく画ビョウが撒き散らしてあるのが見えた。金ぴかの派手なものではなく、プラスチック製の透明タイプである。そういえば近くには用具室があったな。にしても、幼稚なヤツだ。
足跡などは見当たらなかった。水を踏んでいれば足跡がつくはずだ。だから凛奈はここを通っていない。 
二階にはいないことが分かった。用具室を覗いたところ小型のハンマーを発見したので、ズボンのポケットに引っかけて携帯用とした。
三階に上がることにした。さっきの足音でどちらの方向に行ったかは分かる。迷わずそちらの方向に階段を上がる。
なんとしてでも今日決着をつけなければならない。
四階は真っ暗だった。カーテンまで閉められている。少し困惑してしまう。まるでこの学校だけが世界から切り離されたみたいじゃないか。
そうか。みんなおれを嫌忌しているのか。そんなにおれが怖いのか? 
孤立無援という現状が、かえって都合のいいように感じられた。
凛奈に危機が迫っている恐怖感が、彼女を救うという正義感に昇華される。
意気揚々と廊下を突き進んでいく。何かが足首に引っかかった。また罠だろうか? 舌打ちして振り切ろうとした時、鈍い痛みと顔に焼けつくような痛みを同時に感じた。
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