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一章
八話
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違う。こんなの、誰も望んじゃいない。
肺が圧迫されて、ひどく息苦しい。身体を冷たいアスファルトに置いていたからだ。
地面での寝覚めは最悪だった。あの後、眠ってしまったのだ。おれ、柿市翼はゆっくりと身体を起こした。
みんなの声が聞こえる。おれを責め立て、嘲笑い、追放しようとする声が。
「嗤うな! おれを放逐するな! おれは間違ってなんかいない!」
大きな声で言うが、嗤い声は止まらない。なおもおれを蝕み、奈落の底へ貶めようとする。
何故だ。
おれの何が悪いというんだ。
おれは、ただ……。ただ…………。
ただ、なんだ?
路上でうずくまる。吐き気がした。
下を見ると、無機質なアスファルトがおれを待ち受けていた。昨日、岸本は更に近い距離でこの光景を見たのだろう。更に吐き気が強くなる。
肩を叩かれた。
なんだよ、こんな時に。一言文句を言ってやろうと顔を上げる。
そのままおれは、硬直した。
「あ……」
凛奈がしゃがみ、不安そうにおれの顔を覗き込んでいた。
「りん……な……」
「翼、大丈夫?」
凛奈はおれの肩に手を置いた。小さく、冷たい手。嗤い声をかき消すように、さすってくれる。
自分の中で、何かがぷつりと切れた。
軽くえずいたつもりだったが、出てきたのは嗚咽だった。涙がとどめなく溢れてアスファルトを濡らす。自分が惨めで仕方がない。
「凛奈、おれは……」
「大丈夫、私がいるからね。大丈夫」
暖かい感触が染み渡った。凛奈がおれを抱き寄せたのだ。
彼女の腕の中でおれは泣いた。
凛奈は何も言わなかった。責めもせず、問いかけもしなかった。
「みんなが、おれを責めるんだ。おれは考えただけなのに」
「大丈夫。あなたは悪くない。悪い夢を見たの」
凛奈は、潤いを帯びた目でおれを見つめ、『大丈夫』と繰り返す。
ほんの少しだけ、おれの胸には安寧が戻ってきた。
「立とう、翼。大丈夫だから」
促されて、ゆっくりと立ち上がる。しかし、次の瞬間、微かな安心感は音を立てて崩れ去った。
壁という壁、フェンスというフェンスに貼られた指名手配犯の紙。
警告色を彷彿とさせる黄色の背景に、赤いパーカーを深々と被った人物が写っている。
紛れもなく、昨日見た、アイツ。
「性別不明、身長百六十五から百七十センチ前後……」
無意識の内に、指名手配の文字を読み上げていた。
「目撃者がいたんだって。怖いよね」
凛奈が言う。何気ない口調だった。
「被害者とかは?」
さりげなく尋ねる。声が震えていなければいいのだが。
凛奈は首をかしげた後、横に振った。
「分かんない。特にそういう話は聞いていないけれど」
「そうか」
おれは胸を撫で下ろした。
「そういえば翼、学校はないの?」
「……学校? ああ」
そういえば、今日も学校はある。
正直気乗りはしない。まだ具合が悪いし、岸本のこともあり、学校に行くのは気が引ける。
しかし、ここで行かなければ、凛奈の不信感を買ってしまうかもしれない。
作品の展示会もあるので、作業は進めないといけないのだ。メールまで送っといて、肝心の作品が完成していないなどという醜態を晒したくはない。
仕方がなくおれは、凛奈に向かいうなずいてみせた。
肺が圧迫されて、ひどく息苦しい。身体を冷たいアスファルトに置いていたからだ。
地面での寝覚めは最悪だった。あの後、眠ってしまったのだ。おれ、柿市翼はゆっくりと身体を起こした。
みんなの声が聞こえる。おれを責め立て、嘲笑い、追放しようとする声が。
「嗤うな! おれを放逐するな! おれは間違ってなんかいない!」
大きな声で言うが、嗤い声は止まらない。なおもおれを蝕み、奈落の底へ貶めようとする。
何故だ。
おれの何が悪いというんだ。
おれは、ただ……。ただ…………。
ただ、なんだ?
路上でうずくまる。吐き気がした。
下を見ると、無機質なアスファルトがおれを待ち受けていた。昨日、岸本は更に近い距離でこの光景を見たのだろう。更に吐き気が強くなる。
肩を叩かれた。
なんだよ、こんな時に。一言文句を言ってやろうと顔を上げる。
そのままおれは、硬直した。
「あ……」
凛奈がしゃがみ、不安そうにおれの顔を覗き込んでいた。
「りん……な……」
「翼、大丈夫?」
凛奈はおれの肩に手を置いた。小さく、冷たい手。嗤い声をかき消すように、さすってくれる。
自分の中で、何かがぷつりと切れた。
軽くえずいたつもりだったが、出てきたのは嗚咽だった。涙がとどめなく溢れてアスファルトを濡らす。自分が惨めで仕方がない。
「凛奈、おれは……」
「大丈夫、私がいるからね。大丈夫」
暖かい感触が染み渡った。凛奈がおれを抱き寄せたのだ。
彼女の腕の中でおれは泣いた。
凛奈は何も言わなかった。責めもせず、問いかけもしなかった。
「みんなが、おれを責めるんだ。おれは考えただけなのに」
「大丈夫。あなたは悪くない。悪い夢を見たの」
凛奈は、潤いを帯びた目でおれを見つめ、『大丈夫』と繰り返す。
ほんの少しだけ、おれの胸には安寧が戻ってきた。
「立とう、翼。大丈夫だから」
促されて、ゆっくりと立ち上がる。しかし、次の瞬間、微かな安心感は音を立てて崩れ去った。
壁という壁、フェンスというフェンスに貼られた指名手配犯の紙。
警告色を彷彿とさせる黄色の背景に、赤いパーカーを深々と被った人物が写っている。
紛れもなく、昨日見た、アイツ。
「性別不明、身長百六十五から百七十センチ前後……」
無意識の内に、指名手配の文字を読み上げていた。
「目撃者がいたんだって。怖いよね」
凛奈が言う。何気ない口調だった。
「被害者とかは?」
さりげなく尋ねる。声が震えていなければいいのだが。
凛奈は首をかしげた後、横に振った。
「分かんない。特にそういう話は聞いていないけれど」
「そうか」
おれは胸を撫で下ろした。
「そういえば翼、学校はないの?」
「……学校? ああ」
そういえば、今日も学校はある。
正直気乗りはしない。まだ具合が悪いし、岸本のこともあり、学校に行くのは気が引ける。
しかし、ここで行かなければ、凛奈の不信感を買ってしまうかもしれない。
作品の展示会もあるので、作業は進めないといけないのだ。メールまで送っといて、肝心の作品が完成していないなどという醜態を晒したくはない。
仕方がなくおれは、凛奈に向かいうなずいてみせた。
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