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一章
五話
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……誰だ、こいつ?
肺が圧迫されて、ひどく息苦しい。身体を冷たいアスファルトに置いていたからだ。
地面での寝覚めは最悪だった。アルバイトが終わった後、そのまま居眠りしてしまったのだ。おれ、柿市翼はゆっくりと身体を起こした。
みんなの笑い声が聞こえる。クソ、馬鹿にしているのか。
「なんだよ、見せ物じゃねぇんだぞ、死ね!」
大きな声で言うと、周囲は異様なほどしんと静まり返った。
くそったれ、どうせ今は静かでも、後で陰口を叩くんだろ?
おれは起き上がり、握りっぱなしだったビラを地面に撒き散らした。ビラの端は手汗で少し濡れて、歪んでいた。
歪んでいた部分の文字を辿る。人探しをしているらしい。「神崎東華」。名前は知らなかったが、何故か懐かしい気もする。ビラには写真も添付されていたが、涙を垂らしたようにぼやけていてよく見えなかった。
「凛奈」
名前を呼んでから思い出す。彼女は今日のバイトを休むと言っていた。
だから知り合いは岸本しかいない。いずれにせよ、高校が一緒だから二人で行動することになりそうだが。
おれはどうにも彼が苦手だ。別に岸本が悪いわけではないはずだ。きっとおれが悪いのだ。
凛奈に会いたい。彼女ならきっと、おれに優しい言葉をかけ、劣等感をも拭いさってくれるはずだ。凛奈。なんでいないんだ凛奈。
凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈。何度か呟くが、彼女がその天使のような笑みを見せることはなかった。
ストッパーがいないことで怒りが加速していく。
岸本が夢に向かって努力していると腹が立つ。岸本が陰でおれを見下している気がして腹が立つ。岸本が大層な理念を持っていることに腹が立つ。岸本が自分の過去に挫けないことに腹が立つ。岸本のしゃべり方に腹が立つ。そのくせおれよりも明確な将来の展望を持っていることに腹が立つ。勉強ができないことすら割り切っている岸本に腹が立つ。岸本の方が凛奈に似つかわしい気すらして腹が立つ。岸本の顔を見るだけで腹が立つ。才能がないくせに夢を諦めない岸本に腹が立つ。
……自分が恐くなってきた。おれはなんて醜い人間なんだ。岸本のいいところを思い出そう。
岸本のいいところ?身長が低いからおれの引き立て役になってくれる。どちらかといえばおれより不細工だし。あと馬鹿だ。あいつは死んだ方がいいレベルの馬鹿だ。
うん、そうだ。いくらビジョンがあろうと実現できなきゃ意味がない。よって岸本は馬鹿だ。馬鹿すぎて話にならねぇ。なんだよ、なにをおれはこんな思い詰めていたんだ。なにも心配いらないじゃないか、馬鹿馬鹿しい。
これも噂をすれば影がさすと言うべきか、アホみたいにダサい金ぴかパーカーを羽織った岸本が来た。
「ビラをポイ捨てしちゃいかんぞ、柿市よ」
ウルセー、シネ!おれより下のくせして偉そうな口を利くんじゃねぇ。
イライラしたが、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「さ、学校行くか。途中でジュース買っていい?」
赤い自販機が目に入る。
飲みたかった緑茶がある。硬貨を入れ、横長のボタンを押す。機械の内部でペットボトルが暴れ、取り出し口を揺らした。
岸本はコーラを購入した。
二人でその場にしゃがみ、飲み物を口にする。小さい頃から緑茶は好きだ。渋みもお茶の葉の僅かな甘みも、全て落ち着く要素となって吸収される。
「そういえば、柿市は最近流行っている噂を聞いたか?」
「噂?」
「そうじゃ」
岸本はうなずくと、おれを焦らすかのようにコーラを飲んで一呼吸置いた。
「パーカーを着た人間の噂だ」
肺が圧迫されて、ひどく息苦しい。身体を冷たいアスファルトに置いていたからだ。
地面での寝覚めは最悪だった。アルバイトが終わった後、そのまま居眠りしてしまったのだ。おれ、柿市翼はゆっくりと身体を起こした。
みんなの笑い声が聞こえる。クソ、馬鹿にしているのか。
「なんだよ、見せ物じゃねぇんだぞ、死ね!」
大きな声で言うと、周囲は異様なほどしんと静まり返った。
くそったれ、どうせ今は静かでも、後で陰口を叩くんだろ?
おれは起き上がり、握りっぱなしだったビラを地面に撒き散らした。ビラの端は手汗で少し濡れて、歪んでいた。
歪んでいた部分の文字を辿る。人探しをしているらしい。「神崎東華」。名前は知らなかったが、何故か懐かしい気もする。ビラには写真も添付されていたが、涙を垂らしたようにぼやけていてよく見えなかった。
「凛奈」
名前を呼んでから思い出す。彼女は今日のバイトを休むと言っていた。
だから知り合いは岸本しかいない。いずれにせよ、高校が一緒だから二人で行動することになりそうだが。
おれはどうにも彼が苦手だ。別に岸本が悪いわけではないはずだ。きっとおれが悪いのだ。
凛奈に会いたい。彼女ならきっと、おれに優しい言葉をかけ、劣等感をも拭いさってくれるはずだ。凛奈。なんでいないんだ凛奈。
凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈凛奈。何度か呟くが、彼女がその天使のような笑みを見せることはなかった。
ストッパーがいないことで怒りが加速していく。
岸本が夢に向かって努力していると腹が立つ。岸本が陰でおれを見下している気がして腹が立つ。岸本が大層な理念を持っていることに腹が立つ。岸本が自分の過去に挫けないことに腹が立つ。岸本のしゃべり方に腹が立つ。そのくせおれよりも明確な将来の展望を持っていることに腹が立つ。勉強ができないことすら割り切っている岸本に腹が立つ。岸本の方が凛奈に似つかわしい気すらして腹が立つ。岸本の顔を見るだけで腹が立つ。才能がないくせに夢を諦めない岸本に腹が立つ。
……自分が恐くなってきた。おれはなんて醜い人間なんだ。岸本のいいところを思い出そう。
岸本のいいところ?身長が低いからおれの引き立て役になってくれる。どちらかといえばおれより不細工だし。あと馬鹿だ。あいつは死んだ方がいいレベルの馬鹿だ。
うん、そうだ。いくらビジョンがあろうと実現できなきゃ意味がない。よって岸本は馬鹿だ。馬鹿すぎて話にならねぇ。なんだよ、なにをおれはこんな思い詰めていたんだ。なにも心配いらないじゃないか、馬鹿馬鹿しい。
これも噂をすれば影がさすと言うべきか、アホみたいにダサい金ぴかパーカーを羽織った岸本が来た。
「ビラをポイ捨てしちゃいかんぞ、柿市よ」
ウルセー、シネ!おれより下のくせして偉そうな口を利くんじゃねぇ。
イライラしたが、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「さ、学校行くか。途中でジュース買っていい?」
赤い自販機が目に入る。
飲みたかった緑茶がある。硬貨を入れ、横長のボタンを押す。機械の内部でペットボトルが暴れ、取り出し口を揺らした。
岸本はコーラを購入した。
二人でその場にしゃがみ、飲み物を口にする。小さい頃から緑茶は好きだ。渋みもお茶の葉の僅かな甘みも、全て落ち着く要素となって吸収される。
「そういえば、柿市は最近流行っている噂を聞いたか?」
「噂?」
「そうじゃ」
岸本はうなずくと、おれを焦らすかのようにコーラを飲んで一呼吸置いた。
「パーカーを着た人間の噂だ」
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