ニゲナイデクダサイ

さとう

文字の大きさ
上 下
2 / 10

二話

しおりを挟む
時間帯もあってか、喫茶店に客の姿はほとんどなかった。悠々と窓際の席を確保し、ホットの抹茶ラテを口にする。
再びポケットのスマートフォンが振動する。
また久志だろうか ?スマートフォンを取り出す。
表示されている名前は「真美」だ。
「もしもし」
『……もしもし』
 真美の声はどことなく暗かった。くぐもっているような気もする。
「どうしたの」と聞く前に、真美は早口で喋りだした。だが、いつもの明るさは鳴りを潜めたままだ。
明るい彼女に似つかわしくない。
『どうしてるのか気になっちゃって。明後日だよね、聖二が山形行っちゃうの』
「ああ」
 聖二が入学する大学は山形県にある。明後日の今頃にはもう大学の寮にいるはずだ。
『急に寂しくなっちゃって』
 真美の声が暗い理由が分かった。急に彼女のことが愛しくなり、応える声が甘くなる。
「おれも寂しいよ」
『ありがとう。でも、聖二は夢を叶えに行くんだよね。寂しいけど、我慢しなきゃ』
「大丈夫。たまには会いに行くから。約束するよ」
『約束といえば、覚えてる ?』
 わずかながら、彼女の声が弾む。
『私たち二人の家を設計するって約束』
「もちろん、覚えているよ」
 真美との約束。
高校二年生の夏。公園のベンチに腰掛け、指切りげんまんをした。
「夢を叶えて建築士になったら、最初に真美と二人だけの家を建てる」と。
あの時の真美の笑顔は、何ものにも代えがたいほど眩しかった。ふっくらとした白い頬にえくぼが刻まれ、薄い紅色の唇が美しかった。
「真美」
 また彼女の笑顔が見たい。聖二は決意を込めて話しかける。
「大学で勉強して、真美との家を建ててみせるよ」
『待ってる。待ってるからね』
 受話器の向こうから嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。
『でも、無理しないでよ。あんた、一度熱中すると寝食を忘れるタイプなんだから』
 今度はからかうような声だ。すっかりいつもの真美に戻ったようだ。
「分かった。気を付ける」
 真美も大学頑張れよ、と告げて電話を切った。
抹茶ラテを手にしたまま、自然と頬が緩む。
思えば真美とは恋人らしい会話をほとんどしてこなかった。菓子を取り合って喧嘩をしたり、漫画を一緒に読んだりと、そのやり取りは恋人のそれよりも親友に近かったのだ。
「『急に寂しくなっちゃって』か……」
 思い出すとやはりにやついてしまう。今のやり取りをリフレインしながら久志を待った。
二十分が経過する。
久志はまだ来ない。電話もかかってこない。
いくらなんでも遅すぎる。苛立ちよりも不安が先行する。
聖二は久志に電話をかけた。
虚しくコールが響き、お決まりのメッセージが流れた。
『ただいま電話にでることができません。ピーッという発信音のあとにお名前とご用件をお話しください』
「久志、どうしたんだ ?これを聞いたら折り返し電話をくれ」
 電話を切った後も、不安は収まらなかった。
たまたま見ていないだけならまだましだが、ここまでくると久志の身に起きたことを勘繰ってしまう。
車にでもはねられたのか、不良に捕まったのか、はたまた突然体調を崩して倒れたのか。
いてもたってもいられなくなり、聖二は会計を済ませて店を出た。
久志が乗るはずの電車は分かっている。
エレベーターを下り、駆け足でホームに向かう。駅構内にたむろしている四人の不良が目に入った。
下手に走って絡まれるのも嫌だが、ここはさっさと通過したいところだ。
駆け足のまま一本道を通り越そうとする。が、視界の片隅に何かが引っ掛かり、自然と足が止まった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon
ホラー
元特殊作戦群の隊員が親友の娘「詩織」を連れてゾンビが蔓延する世界でどのように生き、どのように死んでいくかを語る

いつもと違う日常

k33
ホラー
ある日 高校生のハイトはごく普通の日常をおくっていたが...学校に行く途中 空を眺めていた そしたら バルーンが空に飛んでいた...そして 学校につくと...窓にもバルーンが.....そして 恐怖のゲームが始まろうとしている...果たして ハイトは..この数々の恐怖のゲームを クリアできるのか!? そして 無事 ゲームクリアできるのか...そして 現実世界に戻れるのか..恐怖のデスゲーム..開幕!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員

眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/8:『いま』の章を追加。2025/3/15の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/7:『しんれいしゃしん』の章を追加。2025/3/14の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/6:『よふかし』の章を追加。2025/3/13の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/5:『つくえのしたのて』の章を追加。2025/3/12の朝4時頃より公開開始予定。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

処理中です...