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九話
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長い髪の女が大口を開け、首筋に噛みつこうと身を乗り出している。
女性の声が、今度こそはっきりと聞こえた。
「危ない」
うつぶせの体勢を立て直し、手足をばたつかせる。だが、男性である聖二の力をもってしても、女をどけることはできなかった。
パニックになって暴れるほどに、自分と女の手足がもつれあい、動くことすら困難になってくる。
「助けてくれ!」
必死に叫ぶ。
視界の端に大柄が入り込む。彼は腰を抜かし、地面に尻餅をつき、怯えきった表情でこちらを見ている。助ける気力は毛頭感じられなかった。
聖二は両手で女の肩を掴み、上に押し上げた。極限まで開かれた女の口から、涎が糸を引いた。聖二の頬に何かが落ちる。生ぬるく、嫌なニオイの液体。
女の涎だった。
恐怖と嫌悪のあまり、聖二の力が緩んだ。
女が再びのし掛かってくる。その口から洩れる熱気が、臭気を帯び、聖二の首筋にかかる。
すぐそばで息絶えているホームレスの姿が、生々しさを保ったまま脳裏をよぎった。
死を覚悟して、聖二は目を閉じる。
家族、友人、真美。近しい人間に別れを告げる。
鈍い音がした。
続けて、鈍い音が何発か炸裂する。
不意に体が軽くなった。
聖二は、ゆっくりと目を開ける。
女性が息を荒くしてこちらを見ている。その手には、空の酒瓶が握られていた。瓶底は割れている。どうやらホームレスの住まいから持ってきたらしい。
長い髪の女が自分の真横にいるのに気付き、聖二はパッと身を起こす。
改めて凝視すると、女の頭部はパックリと割れ、赤黒い断面が覗いていた。
動きは完全に停止している。
久志は未だに前進と後退を繰り返しており、こちらに向かってくる様子は見受けられなかった。
「逃げましょう」
瓶を持ったまま女性が促す。
先ほど落としてしまった久志のカバンを拾い、聖二はうなずいた。
女性の声が、今度こそはっきりと聞こえた。
「危ない」
うつぶせの体勢を立て直し、手足をばたつかせる。だが、男性である聖二の力をもってしても、女をどけることはできなかった。
パニックになって暴れるほどに、自分と女の手足がもつれあい、動くことすら困難になってくる。
「助けてくれ!」
必死に叫ぶ。
視界の端に大柄が入り込む。彼は腰を抜かし、地面に尻餅をつき、怯えきった表情でこちらを見ている。助ける気力は毛頭感じられなかった。
聖二は両手で女の肩を掴み、上に押し上げた。極限まで開かれた女の口から、涎が糸を引いた。聖二の頬に何かが落ちる。生ぬるく、嫌なニオイの液体。
女の涎だった。
恐怖と嫌悪のあまり、聖二の力が緩んだ。
女が再びのし掛かってくる。その口から洩れる熱気が、臭気を帯び、聖二の首筋にかかる。
すぐそばで息絶えているホームレスの姿が、生々しさを保ったまま脳裏をよぎった。
死を覚悟して、聖二は目を閉じる。
家族、友人、真美。近しい人間に別れを告げる。
鈍い音がした。
続けて、鈍い音が何発か炸裂する。
不意に体が軽くなった。
聖二は、ゆっくりと目を開ける。
女性が息を荒くしてこちらを見ている。その手には、空の酒瓶が握られていた。瓶底は割れている。どうやらホームレスの住まいから持ってきたらしい。
長い髪の女が自分の真横にいるのに気付き、聖二はパッと身を起こす。
改めて凝視すると、女の頭部はパックリと割れ、赤黒い断面が覗いていた。
動きは完全に停止している。
久志は未だに前進と後退を繰り返しており、こちらに向かってくる様子は見受けられなかった。
「逃げましょう」
瓶を持ったまま女性が促す。
先ほど落としてしまった久志のカバンを拾い、聖二はうなずいた。
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