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第四章 いなくなった死神さん
第43話 僕が選ぶべき道は……
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「えっと。お母さん、もう一度、言ってくれませんか?」
幻聴化か。はたまた聞き間違いか。そのどちらなのかが分からなくて、僕はお母さんに問いかけました。
いや、分からなくてというのは語弊があります。正しくは、どちらかであってほしいと願って、でしょうか。
「あなたが死ねば、今すぐにでもあなたを死神世界に連れていってあげる」
彼女から返ってきたのは、僕の願いを否定する言葉。
「どういう、ことですか?」
「簡単よ。生きた人間をそのまま死神世界に連れていくには、いつ完了するかも分からない手続きが必要。でも、死んだ人間の魂なら話は別。そもそも私たちの仕事は、死んだ人間の魂を回収して死神世界に送ることなんだから」
お母さんは、口角を上げたままそう口にします。その姿は、まるで、アニメや漫画に出てくる悪魔のように見えました。
お母さんの言っていることが分からないというわけではありません。ですが、受け止めきれないのです。死神さんに会うために、死ななければならないということが。
「それ以外の方法はないんですか?」
「ええ。それ以外の方法で、今すぐあなたを死神世界に連れていくなんて無理よ。あなた、さっき、あの子に会うためならどんなことでもするって言ったわよね」
「それは……」
「大丈夫。魂になっても会話くらいならできるわ。だから、あの子を元気づけるために言葉をかけることもできる。まあ、肉体がないせいで自由に行動するとかは難しいけれど」
「…………」
「あの子に会いたくないの? 今すぐにでも」
死神による死への誘い。畳み掛けるように、お母さんの口から紡がれる言葉。その一つ一つが、僕の死を引き寄せているように感じます。そして、それはもう、僕の背後まで迫っていました。
「…………」
「帰って来られるかも分からないあの子を、待っているだけなんてつらいでしょう」
「…………」
「さあ、あなたの答えを聞かせて頂戴」
お母さんは、ジッと僕を見つめます。ここで答えを出さなくてはならない。答えを保留するなんてことは許さない。そんな、無言の訴えとともに。彼女の赤い瞳に、僕は完全に捕らわれてしまっていました。
「僕は……僕は……」
死神さんに会いたい。
今すぐ会いたい。
その方法は、もうすぐそこにある。
死ぬ。
ただそれだけ。
できないことじゃない。むしろ、僕はそれを一度やろうとした。
できる。
死ねば、死神さんに会えない苦しさから解放される。
死ねば、楽になれる。
それなら、僕が選ぶべき道は……。
『ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ』
その時でした。彼女の言葉を思い出したのは。
あまりにも唐突に蘇った記憶が、僕の脳内を埋め尽くします。何かに気づかせようとするかのように。
僕と死神さんが初めて会った日。彼女が、僕にそう言った理由。僕の自殺を止めた理由。それは確か……。
…………
…………
そっか。
「お母さん」
「覚悟は決まったかしら?」
「はい」
「そう。じゃあ早速」
「僕、やっぱり死ねません。死ぬことは、できません」
きっと、死神さんがいなくなったすぐ後にお母さんの誘いを受けていたならば、僕は死を選んだかもしれません。ですが、先輩の言葉通り、前を向いていたからでしょう。本当にするべきことは何か、僕ははっきりと理解していました。
そう。僕は、生き続けなければならないのです。
僕の言葉に、お母さんの口角がスッと下がりました。
「どうして? 死ねば、すぐにあの子に会えるわよ」
「確かにそうかもしれません。けど、死神さんが、僕が死ぬことを望んでいるなんて思えないんです。だって……」
それは、死神さんが死ぬ前の将棋にこだわった理由。あの日、彼女が僕に語ってくれたこと。
「僕が死んで魂になっちゃったら、死神さんと将棋ができないですから」
僕と死神さんをつないでくれた将棋。僕が死ぬことは、同時に、将棋というつながりを失うこと。そんなの、絶対に嫌なのです。きっと、いや必ず、死神さんも僕と同じように思ってくれるはず。
部屋の中がしんと静まり返ります。ポカンと口を開けて僕を見つめるお母さん。全身に力を入れながら彼女を見つめる僕。そこに会話はありません。まるで、僕たちの間だけ時が止まってしまったかのようでした。
幻聴化か。はたまた聞き間違いか。そのどちらなのかが分からなくて、僕はお母さんに問いかけました。
いや、分からなくてというのは語弊があります。正しくは、どちらかであってほしいと願って、でしょうか。
「あなたが死ねば、今すぐにでもあなたを死神世界に連れていってあげる」
彼女から返ってきたのは、僕の願いを否定する言葉。
「どういう、ことですか?」
「簡単よ。生きた人間をそのまま死神世界に連れていくには、いつ完了するかも分からない手続きが必要。でも、死んだ人間の魂なら話は別。そもそも私たちの仕事は、死んだ人間の魂を回収して死神世界に送ることなんだから」
お母さんは、口角を上げたままそう口にします。その姿は、まるで、アニメや漫画に出てくる悪魔のように見えました。
お母さんの言っていることが分からないというわけではありません。ですが、受け止めきれないのです。死神さんに会うために、死ななければならないということが。
「それ以外の方法はないんですか?」
「ええ。それ以外の方法で、今すぐあなたを死神世界に連れていくなんて無理よ。あなた、さっき、あの子に会うためならどんなことでもするって言ったわよね」
「それは……」
「大丈夫。魂になっても会話くらいならできるわ。だから、あの子を元気づけるために言葉をかけることもできる。まあ、肉体がないせいで自由に行動するとかは難しいけれど」
「…………」
「あの子に会いたくないの? 今すぐにでも」
死神による死への誘い。畳み掛けるように、お母さんの口から紡がれる言葉。その一つ一つが、僕の死を引き寄せているように感じます。そして、それはもう、僕の背後まで迫っていました。
「…………」
「帰って来られるかも分からないあの子を、待っているだけなんてつらいでしょう」
「…………」
「さあ、あなたの答えを聞かせて頂戴」
お母さんは、ジッと僕を見つめます。ここで答えを出さなくてはならない。答えを保留するなんてことは許さない。そんな、無言の訴えとともに。彼女の赤い瞳に、僕は完全に捕らわれてしまっていました。
「僕は……僕は……」
死神さんに会いたい。
今すぐ会いたい。
その方法は、もうすぐそこにある。
死ぬ。
ただそれだけ。
できないことじゃない。むしろ、僕はそれを一度やろうとした。
できる。
死ねば、死神さんに会えない苦しさから解放される。
死ねば、楽になれる。
それなら、僕が選ぶべき道は……。
『ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ』
その時でした。彼女の言葉を思い出したのは。
あまりにも唐突に蘇った記憶が、僕の脳内を埋め尽くします。何かに気づかせようとするかのように。
僕と死神さんが初めて会った日。彼女が、僕にそう言った理由。僕の自殺を止めた理由。それは確か……。
…………
…………
そっか。
「お母さん」
「覚悟は決まったかしら?」
「はい」
「そう。じゃあ早速」
「僕、やっぱり死ねません。死ぬことは、できません」
きっと、死神さんがいなくなったすぐ後にお母さんの誘いを受けていたならば、僕は死を選んだかもしれません。ですが、先輩の言葉通り、前を向いていたからでしょう。本当にするべきことは何か、僕ははっきりと理解していました。
そう。僕は、生き続けなければならないのです。
僕の言葉に、お母さんの口角がスッと下がりました。
「どうして? 死ねば、すぐにあの子に会えるわよ」
「確かにそうかもしれません。けど、死神さんが、僕が死ぬことを望んでいるなんて思えないんです。だって……」
それは、死神さんが死ぬ前の将棋にこだわった理由。あの日、彼女が僕に語ってくれたこと。
「僕が死んで魂になっちゃったら、死神さんと将棋ができないですから」
僕と死神さんをつないでくれた将棋。僕が死ぬことは、同時に、将棋というつながりを失うこと。そんなの、絶対に嫌なのです。きっと、いや必ず、死神さんも僕と同じように思ってくれるはず。
部屋の中がしんと静まり返ります。ポカンと口を開けて僕を見つめるお母さん。全身に力を入れながら彼女を見つめる僕。そこに会話はありません。まるで、僕たちの間だけ時が止まってしまったかのようでした。
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