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第四章 いなくなった死神さん

第41話 トレードならどうかしら? 

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「じゃあ、私は帰るから」

「はい。今日はありがとうございました」

 あれからしばらくして。時計の針が午後七時を指し示したのを合図に、先輩は帰宅することとなりました。

「もしお姉さんが帰って来た時は、ちゃんと私にも報告しなさいよね」

「はい。分かってます。あ、そうだ。死神さん、先輩とリベンジ戦ができないこと申し訳なく思ってたみたいです。手紙に書いてました」

「そう。別に、気にしなくても。まあ、将棋好きのお姉さんらしいわね」

 先輩は、そう言って苦笑いを浮かべます。

 その時、ふと気になったことがありました。

「先輩。死神さんのこと、どうしてまだ『お姉さん』って呼ぶんですか?」

 今日、僕は、死神さんの正体を先輩に打ち明けました。それすなわち、死神さんが僕の姉ではないということを、先輩は理解しているはずです。それなのに。

「別に深い理由はないわよ。この呼び方で慣れちゃっただけ。急に呼び方変えるっていうのも、違和感あるしね」

「ああ。なるほど」

 確かに、いきなり人の呼び方を変えるのは抵抗がありますよね。僕もこれまで、先輩の前で死神さんのことを『姉さん』と呼んできましたが、違和感しかありませんでした。まあ、死神さんの正体を打ち明けたことで、その違和感からは解放されたのですが。

 ……こんな形で、解放されたくはなかったなあ。



♦♦♦



 翌日。昼休みを迎えた学校。

 自分の机でお弁当を食べていた僕。その前に、カサリという音をたてながらレジ袋が置かれました。顔を上げると、そこには先輩の姿。

「お昼、一緒にいいかしら?」

「はい」

 そう返事をすると、先輩は、僕の机の前にあった椅子をこちらに向けて座ります。そして、レジ袋の中からサンドイッチを取り出し、ムシャムシャと食べ始めました。

「今日、ちゃんと来れたのね」

「先輩のおかげです」

「私は何もしてないわよ」

 先輩は、特に表情を変えることもなくそんな言葉を口にします。

 何もしてないわけないじゃないですか。

「ねえ」

「何ですか?」

「あんたのそれ、おいしそうね」

 僕の弁当に人差し指を伸ばす先輩。その指の先には、豚の生姜焼き。

「……あげませんよ」

 これを取られてしまっては、お弁当のメインが無くなりますからね。

「じゃあ、トレードならどうかしら?」

「トレード?」

「そうよ。あんたの生姜焼きと、私のサンドイッチに挟まれてるこのレタスで」

「理不尽すぎます!」

 そのトレードはいくら何でもつり合いが取れていません。僕は、自分の弁当箱を抱え、先輩から遠ざけます。

「冗談よ」

 先輩は、そんな僕を見てクスクスと笑っていました。

 雑談をしながらの食事。将棋のこと。授業のこと。先輩の愚痴。いろいろ話をしましたが、死神さんの話題はなし。もしかしたら、先輩が気遣って話をそらしてくれていたのかもしれません。その可能性に思い至ったのは、昼休み終了五分前の予鈴が鳴った頃でした。

「さて、私はそろそろ戻るわね。また部活で」

「……先輩」

「ん?」

「僕、ちゃんと前を向けてますかね?」

 本当にこのままでいいのか。僕にはもう死神さんを待つしかできないのか。もしかしたら、僕はまた自殺という道を選んでしまうのではないか。そんなことを考える度に、僕の心の中にある黒いものが、ますますその黒さを増していくのです。

 だからこそ、こんな情けない質問をしてしまったのでしょう。

 僕の言葉に、先輩はピタリと動きを止め、こちらをまっすぐに見つめます。そして、優しく微笑みながら言葉を紡ぎました。

「それは、自分で判断することよ」

「自分で、ですか」

「そうよ。自分が前を向けてるかどうかなんて、人に聞いたって仕方ないでしょ。ま、あんたがまた後ろ向きになった時はいろいろ教えてあげるわよ」

「……はい。すいません。変なこと聞いて」

 僕は、ゆっくりと先輩に頭を下げました。

 おそらく、これが先輩の優しさ。本当に助けが必要な時には全力で助け、そうでない時には、あえて軽く突き放して見守ってくれる。これまでいろいろと辛い経験をしてきた僕だからこそ、先輩の優しさはとてつもなくありがたいものに思えました。

「それじゃあね。部活、ちゃんと来るように。遅れたら許さないから」

「了解です」

 ありがとうございますと心の中でお礼を言いながら、僕は、先輩の言葉に頷くのでした。
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