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第三章 僕の知らない死神さん
第25話 …………なんだか、すごくモヤッとする
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あちらこちらから絶えず聞こえ続ける駒音。そして、チェスクロックのボタンを押す音。話し声は会場外の廊下からしか聞こえません。会場にいる人は皆、目の前の盤面に集中しているのです。
ですが数分後。聞き覚えのある声が僕の耳に届きました。
「ま、負けました。うう」
あ。死神さん、負けちゃったんだ。
どうやら、第一局目で最初に決着がついたのが、死神さんの対局のようです。本当なら、今すぐにでも死神さんの所に行って声をかけてあげたいのですが、まだ僕の方は対局が終わっていません。自分の対局が終わっていないのに、他の人に声をかけに行くなんてマナー違反です。僕は唇を軽く噛み、立ち上がりそうになる自分の体を椅子に押さえつけました。
「ここを……すれば……こうなって……」
「な、なるほどー」
それでも死神さんのことが気になってしまうのは事実。向こうの方から聞こえる会話声につられて、僕は、次の一手を考えるふりをしながら顔を上げました。
見えたのは、感想戦を行う死神さんの姿。感想戦とは、対局の良かったところや悪かったところ、自分の指した手の意図などを言い合うこと。これを行わなければ将棋は上達しないと言っても過言ではありません。死神さんの対局相手である若い男性は、盤上の駒を移動させながらいろいろな説明をしています。
「それで……」
「ふむふむ」
「こっちに移動させると……」
「そっかー。全然気付かなかったよ。君、すごいね!」
死神さんは、男性に向かって微笑みます。男性は、「いえいえ、そんな」と言いながら、少し照れたように首をポリポリと掻いていました。
…………なんだか、すごくモヤッとする。
パチ!
その音に、ハッと我に返る僕。顔を盤上に戻すと、局面が変化しています。僕の対戦相手であるおじさんが、駒を一つ動かしたのです。
いけない、いけない。集中しないと。
一応、優勢なのは僕。ですが、気を抜いてはいけません。僕が出場しているクラスはS級。いきなりこちらの思ってもみない逆転手を指されてもおかしくはないのですから。
僕は、ゆっくりと深呼吸を二回。数秒後、盤上の駒に手を伸ばしました。
♦♦♦
「二人とも、今日はお疲れ様」
「お疲れ様です」
「お疲れ様だよー」
大会後。会場の外。ほんのり汗ばんだ体に、気持ちの良い風。夕日が空を赤く染め上げ、通りには何台もの車がヘッドライトを照らしながら走り去っていきます。
「先輩、すごいですね。準優勝なんて」
「いや、まだまだ。変なところでミスしちゃったのが痛かったわ。あれがなかったら勝ててたかも。数日は夢に出ちゃう負け方ね」
「と、トラウマってやつですね」
「ふ。冗談よ。私、気持ちの切り替えだけはいい方だし」
今日の大会は、先輩が準優勝、僕が三回戦負け、死神さんが一回戦負けという結果に終わりました。自分自身、もう少し先に進めるかと思っていたのですが。やっぱりブランクは大きいですね。将棋に限ったことではありませんが、流行は変化するもの。古い戦法の知識しか持たない自分が勝ち続けるなんて無茶があります。今後はもう少し流行の戦法を勉強する必要がありそうです。
「まあ、あんたもすごいじゃない。S級で二回も勝つなんて。私じゃ一回戦でボロ負けしちゃうわよ」
「ありがとうございます」
僕は、先輩に向かってペコリとお辞儀をしました。こういったところでしっかりと褒めてくれるのは先輩らしいですね。
「私も! 私も頑張ったよ!」
「…………うん。まあ、そうね。頑張ってたわ……よ?」
「フフフ。でしょ!」
先輩の言葉にドヤ顔を浮かべる死神さん。困ったように顔を歪ませる先輩。
確か、死神さんの対局が終わった時、先輩はまだ対局をしていたはずです。つまり先輩は、死神さんの対局を見ていません。死神さんが頑張っていたかどうかは知らないはずです。
……深く考えない方がいいのかな?
「それにしても」
不意に、先輩がニヤリと笑いながら僕に視線を向けます。
「何ですか?」
「あんたって、お姉さんが他の男の人と話してる時、あんな顔するのね」
「…………へ!?」
先輩の言葉に、僕の心臓がドキリと大きく跳ねました。顔の温度がだんだんと高くなっていきます。
ど、どんな顔? い、いや、そもそも、死神さんをチラ見してたことがばれて?
「ん? どういうことなの? 先輩ちゃん」
「さーてね。自分の弟から直接聞いたら?」
「はあ。で、君。どういうこと?」
「さ、さあ。な、何でしょうねー? あ、あはは」
ですが数分後。聞き覚えのある声が僕の耳に届きました。
「ま、負けました。うう」
あ。死神さん、負けちゃったんだ。
どうやら、第一局目で最初に決着がついたのが、死神さんの対局のようです。本当なら、今すぐにでも死神さんの所に行って声をかけてあげたいのですが、まだ僕の方は対局が終わっていません。自分の対局が終わっていないのに、他の人に声をかけに行くなんてマナー違反です。僕は唇を軽く噛み、立ち上がりそうになる自分の体を椅子に押さえつけました。
「ここを……すれば……こうなって……」
「な、なるほどー」
それでも死神さんのことが気になってしまうのは事実。向こうの方から聞こえる会話声につられて、僕は、次の一手を考えるふりをしながら顔を上げました。
見えたのは、感想戦を行う死神さんの姿。感想戦とは、対局の良かったところや悪かったところ、自分の指した手の意図などを言い合うこと。これを行わなければ将棋は上達しないと言っても過言ではありません。死神さんの対局相手である若い男性は、盤上の駒を移動させながらいろいろな説明をしています。
「それで……」
「ふむふむ」
「こっちに移動させると……」
「そっかー。全然気付かなかったよ。君、すごいね!」
死神さんは、男性に向かって微笑みます。男性は、「いえいえ、そんな」と言いながら、少し照れたように首をポリポリと掻いていました。
…………なんだか、すごくモヤッとする。
パチ!
その音に、ハッと我に返る僕。顔を盤上に戻すと、局面が変化しています。僕の対戦相手であるおじさんが、駒を一つ動かしたのです。
いけない、いけない。集中しないと。
一応、優勢なのは僕。ですが、気を抜いてはいけません。僕が出場しているクラスはS級。いきなりこちらの思ってもみない逆転手を指されてもおかしくはないのですから。
僕は、ゆっくりと深呼吸を二回。数秒後、盤上の駒に手を伸ばしました。
♦♦♦
「二人とも、今日はお疲れ様」
「お疲れ様です」
「お疲れ様だよー」
大会後。会場の外。ほんのり汗ばんだ体に、気持ちの良い風。夕日が空を赤く染め上げ、通りには何台もの車がヘッドライトを照らしながら走り去っていきます。
「先輩、すごいですね。準優勝なんて」
「いや、まだまだ。変なところでミスしちゃったのが痛かったわ。あれがなかったら勝ててたかも。数日は夢に出ちゃう負け方ね」
「と、トラウマってやつですね」
「ふ。冗談よ。私、気持ちの切り替えだけはいい方だし」
今日の大会は、先輩が準優勝、僕が三回戦負け、死神さんが一回戦負けという結果に終わりました。自分自身、もう少し先に進めるかと思っていたのですが。やっぱりブランクは大きいですね。将棋に限ったことではありませんが、流行は変化するもの。古い戦法の知識しか持たない自分が勝ち続けるなんて無茶があります。今後はもう少し流行の戦法を勉強する必要がありそうです。
「まあ、あんたもすごいじゃない。S級で二回も勝つなんて。私じゃ一回戦でボロ負けしちゃうわよ」
「ありがとうございます」
僕は、先輩に向かってペコリとお辞儀をしました。こういったところでしっかりと褒めてくれるのは先輩らしいですね。
「私も! 私も頑張ったよ!」
「…………うん。まあ、そうね。頑張ってたわ……よ?」
「フフフ。でしょ!」
先輩の言葉にドヤ顔を浮かべる死神さん。困ったように顔を歪ませる先輩。
確か、死神さんの対局が終わった時、先輩はまだ対局をしていたはずです。つまり先輩は、死神さんの対局を見ていません。死神さんが頑張っていたかどうかは知らないはずです。
……深く考えない方がいいのかな?
「それにしても」
不意に、先輩がニヤリと笑いながら僕に視線を向けます。
「何ですか?」
「あんたって、お姉さんが他の男の人と話してる時、あんな顔するのね」
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ど、どんな顔? い、いや、そもそも、死神さんをチラ見してたことがばれて?
「ん? どういうことなの? 先輩ちゃん」
「さーてね。自分の弟から直接聞いたら?」
「はあ。で、君。どういうこと?」
「さ、さあ。な、何でしょうねー? あ、あはは」
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