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第二章 僕と死神さんと、それから……
閑話 風邪ひき死神さん②
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「死神さん。お粥できましたよ」
「ありがとう。コホ、コホ」
ベッドの上で上半身だけを起こした死神さんに、僕は、お粥の入ったお椀とスプーンを手渡しました。
「…………」
「死神さん?」
どうしたことでしょう。死神さんは、目の前のお粥を食べようとはしません。じっとお椀の中を見つめ、何かを考えているようでした。リクエスト通り、卵粥にしたはずなのですが。もしかして、僕が作っている途中で気が変わってしまったとか?
「はい、これ」
「へ?」
数秒後。死神さんは、お椀とスプーンを僕に返しました。そして、そのまま大きく口を開けます。
「あー」
「……何してるんですか?」
「あー。あー」
何かを訴える死神さん。
「えっと。もしかして、食べさせろってことですか?」
「正解」
そう答えて、死神さんは、「あー」と再び大きく口を開けます。その姿は、まるで餌を待つ雛鳥のよう。
恥ずかしさで目を左右に動かす僕。断りたいのはやまやまなのですが、おそらくどう断ったとしても、死神さんは後には引かないでしょう。それくらいのことは予想がつきます。だから。
「……あ、あーん」
小さな声でそう告げながら、僕は、死神さんの口の中に、スプーンに載せたお粥を運びました。
死神さんは、勢いよくスプーンを口にくわえます。お粥が少し熱かったのでしょう。ハフハフと口を動かしていました。やがて、ゴクンとお粥を飲み込み、一言。
「味、分かんない」
「でしょうね」
風邪のせいで鼻詰まりになっている死神さんにとって、お粥の味はないも同然です。もともと薄味に作ってもいますし。
「でも」
「ん?」
「ニヒヒ。なんかいいね、こういうの」
死神さんは、そう言って笑っていました。その後、僕は何度も何度もお粥を死神さんの口の中に運ぶのでした。
♦♦♦
「ごちそうさまでした。君、ありがとうね。味分かんなかったけどおいしかったよ」
「矛盾してますね、それ」
「さて、もうひと眠りしようかな」
そう言って、死神さんは、再びベッドに横になりました。
もしかしたら「元気になったしそろそろ将棋したい」と言い出すかもと思っていたのですが。どうやら杞憂だったようですね。よかった、よかった。
僕は、お皿洗いのためにキッチンへ。お皿洗いを終えて部屋へ戻ると、こちらをじっと見る死神さんと目が合いました。
「どうかしましたか? 死神さん」
ベッドの傍に腰を下ろす僕。そんな僕を、死神さんはただ黙って見つめます。
「…………」
「…………」
開いた窓の外から聞こえる車の音。カーテンを優しく押し上げる風。時計の針が、カチカチと確実に時を刻んでいきます。
「あのさ」
どれほど時間が経った頃でしょうか。死神さんがゆっくりと口を開きました。
「はい」
「私ってさ……その……」
「何ですか?」
「……君の大切な人に、ちゃんとなれてるのかな?」
弱々しく告げられたその言葉に、僕の頭は一瞬活動を停止してしまいました。まさか、いきなりそんなことを言われるとは思ってもみなかったのです。風邪をひいたときは弱気になってしまうと言いますが、今の死神さんも同じような状況なのでしょう。
「えっと」
「お願い。教えて」
死神さんは、畳み掛けるようにそう告げます。死神さんの綺麗な赤い瞳が、僕を捉えて離しません。
『私、君の大切な人になろうと思う』
今でも脳裏に焼き付いている言葉。僕に生きる意志を与えてくれた言葉。きっと、死神さんと出会わなければ、僕はすでにこの世にいなかったことでしょう。僕が選択した生きるという道。その先にどんなことが待っているのか、今はまだ分かりません。不安だってまだ残っています。けれど、こうも思うのです。この選択は、間違ってなかったんじゃないかと。
だって。
「大切に決まってるじゃないですか。もし大切じゃなかったら、学校休んでまで看病なんてしませんよ」
僕の傍に、死神さんがいてくれるのですから。
死神さんに背を向ける僕。顔が熱くて仕方がありません。『あなたのことが大切です』なんて、ほとんど愛の告白のようなもの。いや、僕は死神さんに本心を伝えたかっただけであってですね。別に、愛の告白がしたいなんて……。したい、なんて……。
「……ありがとうね」
背後から聞こえた死神さんの声。そこに、先ほどの弱々しさは微塵も感じられませんでした。ベッドの反対側を向いている僕の目に、死神さんの顔は映っていません。ですが、きっと優しく微笑んでいるのでしょう。そんな気がするのです。
再びの沈黙。
不意に、僕の頭の中には、ある疑問が浮かんできました。
僕、死神さんにとって大切な人なのかな?
死神さんは、僕にとって大切な人です。ですが、その逆はどうでしょうか。もし死神さんが僕のことを大切な人だと思っていないのだとしたら、僕は死神さんの負担でしかありません。そんな関係、僕は嫌なのです。絶対に。
「あの、死神さん」
「…………」
「……死神さん?」
僕は後ろを振り向きました。僕の目に映ったのは、スヤスヤと眠る死神さんの姿。その表情はとても穏やかでした。まるで、何かから解放されたかのように。
「まあ、いいか」
今はまだ、知らなくてもいいことなのかもしれません。きっと時がたてば、答えは見えてくるでしょうから。
「さて、今から何しようかな」
その答えを知った時、果たして僕は何を思うのでしょうか。
「ありがとう。コホ、コホ」
ベッドの上で上半身だけを起こした死神さんに、僕は、お粥の入ったお椀とスプーンを手渡しました。
「…………」
「死神さん?」
どうしたことでしょう。死神さんは、目の前のお粥を食べようとはしません。じっとお椀の中を見つめ、何かを考えているようでした。リクエスト通り、卵粥にしたはずなのですが。もしかして、僕が作っている途中で気が変わってしまったとか?
「はい、これ」
「へ?」
数秒後。死神さんは、お椀とスプーンを僕に返しました。そして、そのまま大きく口を開けます。
「あー」
「……何してるんですか?」
「あー。あー」
何かを訴える死神さん。
「えっと。もしかして、食べさせろってことですか?」
「正解」
そう答えて、死神さんは、「あー」と再び大きく口を開けます。その姿は、まるで餌を待つ雛鳥のよう。
恥ずかしさで目を左右に動かす僕。断りたいのはやまやまなのですが、おそらくどう断ったとしても、死神さんは後には引かないでしょう。それくらいのことは予想がつきます。だから。
「……あ、あーん」
小さな声でそう告げながら、僕は、死神さんの口の中に、スプーンに載せたお粥を運びました。
死神さんは、勢いよくスプーンを口にくわえます。お粥が少し熱かったのでしょう。ハフハフと口を動かしていました。やがて、ゴクンとお粥を飲み込み、一言。
「味、分かんない」
「でしょうね」
風邪のせいで鼻詰まりになっている死神さんにとって、お粥の味はないも同然です。もともと薄味に作ってもいますし。
「でも」
「ん?」
「ニヒヒ。なんかいいね、こういうの」
死神さんは、そう言って笑っていました。その後、僕は何度も何度もお粥を死神さんの口の中に運ぶのでした。
♦♦♦
「ごちそうさまでした。君、ありがとうね。味分かんなかったけどおいしかったよ」
「矛盾してますね、それ」
「さて、もうひと眠りしようかな」
そう言って、死神さんは、再びベッドに横になりました。
もしかしたら「元気になったしそろそろ将棋したい」と言い出すかもと思っていたのですが。どうやら杞憂だったようですね。よかった、よかった。
僕は、お皿洗いのためにキッチンへ。お皿洗いを終えて部屋へ戻ると、こちらをじっと見る死神さんと目が合いました。
「どうかしましたか? 死神さん」
ベッドの傍に腰を下ろす僕。そんな僕を、死神さんはただ黙って見つめます。
「…………」
「…………」
開いた窓の外から聞こえる車の音。カーテンを優しく押し上げる風。時計の針が、カチカチと確実に時を刻んでいきます。
「あのさ」
どれほど時間が経った頃でしょうか。死神さんがゆっくりと口を開きました。
「はい」
「私ってさ……その……」
「何ですか?」
「……君の大切な人に、ちゃんとなれてるのかな?」
弱々しく告げられたその言葉に、僕の頭は一瞬活動を停止してしまいました。まさか、いきなりそんなことを言われるとは思ってもみなかったのです。風邪をひいたときは弱気になってしまうと言いますが、今の死神さんも同じような状況なのでしょう。
「えっと」
「お願い。教えて」
死神さんは、畳み掛けるようにそう告げます。死神さんの綺麗な赤い瞳が、僕を捉えて離しません。
『私、君の大切な人になろうと思う』
今でも脳裏に焼き付いている言葉。僕に生きる意志を与えてくれた言葉。きっと、死神さんと出会わなければ、僕はすでにこの世にいなかったことでしょう。僕が選択した生きるという道。その先にどんなことが待っているのか、今はまだ分かりません。不安だってまだ残っています。けれど、こうも思うのです。この選択は、間違ってなかったんじゃないかと。
だって。
「大切に決まってるじゃないですか。もし大切じゃなかったら、学校休んでまで看病なんてしませんよ」
僕の傍に、死神さんがいてくれるのですから。
死神さんに背を向ける僕。顔が熱くて仕方がありません。『あなたのことが大切です』なんて、ほとんど愛の告白のようなもの。いや、僕は死神さんに本心を伝えたかっただけであってですね。別に、愛の告白がしたいなんて……。したい、なんて……。
「……ありがとうね」
背後から聞こえた死神さんの声。そこに、先ほどの弱々しさは微塵も感じられませんでした。ベッドの反対側を向いている僕の目に、死神さんの顔は映っていません。ですが、きっと優しく微笑んでいるのでしょう。そんな気がするのです。
再びの沈黙。
不意に、僕の頭の中には、ある疑問が浮かんできました。
僕、死神さんにとって大切な人なのかな?
死神さんは、僕にとって大切な人です。ですが、その逆はどうでしょうか。もし死神さんが僕のことを大切な人だと思っていないのだとしたら、僕は死神さんの負担でしかありません。そんな関係、僕は嫌なのです。絶対に。
「あの、死神さん」
「…………」
「……死神さん?」
僕は後ろを振り向きました。僕の目に映ったのは、スヤスヤと眠る死神さんの姿。その表情はとても穏やかでした。まるで、何かから解放されたかのように。
「まあ、いいか」
今はまだ、知らなくてもいいことなのかもしれません。きっと時がたてば、答えは見えてくるでしょうから。
「さて、今から何しようかな」
その答えを知った時、果たして僕は何を思うのでしょうか。
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