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第二章 僕と死神さんと、それから……
第15話 今日、何かあった?
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その日の夜。
「なんか、変」
「変って、この野菜炒めの味ですか?」
「いや、そうじゃないよ。いつも通りすごくおいしい。でもさ」
モシャモシャと野菜炒めを食べながら、死神さんは何かを訝しんでいるようでした。その綺麗な赤い瞳が、じっと僕を見つめています。
「な、何でしょう?」
「君さ。今日、何かあった?」
「……へ?」
そう尋ねられて真っ先に思いつくのは、本屋での出来事。先輩との出会い。先輩からの将棋部への勧誘。そして、「まだ諦めてないから」という先輩の言葉。
「何もなかったならいいんだけど」
「あー。一応変わったことはありましたね」
今日あった出来事を説明する僕。ちょっとだけ特別な日常の一幕。その全て話し終えた時、死神さんは、「そっか」と小さく呟きました。
「君、少しボーっとしてたから、ちょっと気になって聞いてみたんだけど。そんなことが……」
「僕、そんなにボーっとしてましたか?」
「うん。してたよ」
確信を持った大きな頷き。きっと、気のせいという言葉では誤魔化せそうにありません。
先輩の誘いをすぐに断ってしまった僕でしたが、本当は少しだけ未練がありました。中学生の時は、いじめのせいで部活動に入っていなかった僕。高校生になったらという期待がなかったわけではありません。正直に言うと、アパートに向かって歩いているときや晩御飯を作っているとき、何度も本屋での出来事が脳裏をかすめていたのです。死神さんの言う「ボーっとしてた」というのも、あながち間違いではないでしょう。
「まあ、興味はありますけどね。学校で将棋を指すっていうのも面白そうですし。ただそれよりも、死神さんが仕事から帰ってくるまでに晩御飯の準備ができないことの方が問題ですよ。部活動に入部したら、何時に帰ってこられるのか分かりませんから」
「…………」
僕の言葉に、とても曖昧な表情を浮かべる死神さん。嬉しいような、それでいて、どこか不満があるような。しばらくの間無言で僕を見つめていた彼女は、やがてボソリと呟きました。
「私、君の負担になっちゃってる」
「負担?」
「君の大切な人になるって決めたのに」
持っていた箸を茶碗の上に置き、死神さんはテーブルの上に視線を落とします。彼女の綺麗な白銀色の髪が、ほんの少しすすけて見えました。
「…………」
「…………」
僕たちの間を、居心地の悪い沈黙が支配します。
もちろん部活動への未練はありますが、入部できないことを気に病むほどではありません。せいぜい、機会があればくらいの軽いもの。ですが、死神さんにとっては気になって仕方がないことなのでしょう。そういえば、同棲が始まる前にも、死神さんは僕の負担になることを嫌がってましたっけ。
もしここで、僕が「気にしてませんよ」と言っても、おそらくただ無理をしているようにしか受け取られないに違いありません。
だから。
「死神さん。僕、今日は甘いものが食べたい気分なんですよね。食事が終わったら、コンビニでシュークリームでも買ってきてもらっていいですか? 一番安いやつでいいですから」
「え? ああ、うん。別にいいけど」
「もちろん、死神さんも何か欲しいものがあれば買ってください。これ、お金です」
そう告げて、僕は財布から五百円玉を取り出し、テーブルの上に置きます。
その瞬間、死神さんの目がキラキラと輝き始めました。
「い、いいの!?」
「はい」
「三百円くらいするパフェとか買っても?」
「いいですよ」
「や、やったー!」
死神さんは、両手を上げて喜びます。その顔には百点満点、いや、百二十点満点の笑顔が浮かんでいました。
「じゃあ、早速行ってこようかな。ふふふ。楽しみー」
「ストップです。ちゃんとご飯全部食べてから行ってください」
「は! そうだった。まだ食べてる途中だった」
ご飯とおかずを勢いよく口に詰め込む死神さん。途中、喉を詰まらせたようで、胸のあたりをドンドンと叩いていました。お茶を飲み、「ふー」と一息。
「やばい。ちょっと死にかけちゃった」
「死神が死にかけるってなんかシュールですね」
やっぱり、死神さんには元気な姿が一番よく似合います。
「なんか、変」
「変って、この野菜炒めの味ですか?」
「いや、そうじゃないよ。いつも通りすごくおいしい。でもさ」
モシャモシャと野菜炒めを食べながら、死神さんは何かを訝しんでいるようでした。その綺麗な赤い瞳が、じっと僕を見つめています。
「な、何でしょう?」
「君さ。今日、何かあった?」
「……へ?」
そう尋ねられて真っ先に思いつくのは、本屋での出来事。先輩との出会い。先輩からの将棋部への勧誘。そして、「まだ諦めてないから」という先輩の言葉。
「何もなかったならいいんだけど」
「あー。一応変わったことはありましたね」
今日あった出来事を説明する僕。ちょっとだけ特別な日常の一幕。その全て話し終えた時、死神さんは、「そっか」と小さく呟きました。
「君、少しボーっとしてたから、ちょっと気になって聞いてみたんだけど。そんなことが……」
「僕、そんなにボーっとしてましたか?」
「うん。してたよ」
確信を持った大きな頷き。きっと、気のせいという言葉では誤魔化せそうにありません。
先輩の誘いをすぐに断ってしまった僕でしたが、本当は少しだけ未練がありました。中学生の時は、いじめのせいで部活動に入っていなかった僕。高校生になったらという期待がなかったわけではありません。正直に言うと、アパートに向かって歩いているときや晩御飯を作っているとき、何度も本屋での出来事が脳裏をかすめていたのです。死神さんの言う「ボーっとしてた」というのも、あながち間違いではないでしょう。
「まあ、興味はありますけどね。学校で将棋を指すっていうのも面白そうですし。ただそれよりも、死神さんが仕事から帰ってくるまでに晩御飯の準備ができないことの方が問題ですよ。部活動に入部したら、何時に帰ってこられるのか分かりませんから」
「…………」
僕の言葉に、とても曖昧な表情を浮かべる死神さん。嬉しいような、それでいて、どこか不満があるような。しばらくの間無言で僕を見つめていた彼女は、やがてボソリと呟きました。
「私、君の負担になっちゃってる」
「負担?」
「君の大切な人になるって決めたのに」
持っていた箸を茶碗の上に置き、死神さんはテーブルの上に視線を落とします。彼女の綺麗な白銀色の髪が、ほんの少しすすけて見えました。
「…………」
「…………」
僕たちの間を、居心地の悪い沈黙が支配します。
もちろん部活動への未練はありますが、入部できないことを気に病むほどではありません。せいぜい、機会があればくらいの軽いもの。ですが、死神さんにとっては気になって仕方がないことなのでしょう。そういえば、同棲が始まる前にも、死神さんは僕の負担になることを嫌がってましたっけ。
もしここで、僕が「気にしてませんよ」と言っても、おそらくただ無理をしているようにしか受け取られないに違いありません。
だから。
「死神さん。僕、今日は甘いものが食べたい気分なんですよね。食事が終わったら、コンビニでシュークリームでも買ってきてもらっていいですか? 一番安いやつでいいですから」
「え? ああ、うん。別にいいけど」
「もちろん、死神さんも何か欲しいものがあれば買ってください。これ、お金です」
そう告げて、僕は財布から五百円玉を取り出し、テーブルの上に置きます。
その瞬間、死神さんの目がキラキラと輝き始めました。
「い、いいの!?」
「はい」
「三百円くらいするパフェとか買っても?」
「いいですよ」
「や、やったー!」
死神さんは、両手を上げて喜びます。その顔には百点満点、いや、百二十点満点の笑顔が浮かんでいました。
「じゃあ、早速行ってこようかな。ふふふ。楽しみー」
「ストップです。ちゃんとご飯全部食べてから行ってください」
「は! そうだった。まだ食べてる途中だった」
ご飯とおかずを勢いよく口に詰め込む死神さん。途中、喉を詰まらせたようで、胸のあたりをドンドンと叩いていました。お茶を飲み、「ふー」と一息。
「やばい。ちょっと死にかけちゃった」
「死神が死にかけるってなんかシュールですね」
やっぱり、死神さんには元気な姿が一番よく似合います。
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