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第二章 僕と死神さんと、それから……
第14話 将棋部に入らない?
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放課後。体操服姿でランニングする集団を横目に学校から出た僕。そのまま、すぐ近くの本屋へと足を運びました。
自動ドアを抜けると、本屋独特の紙の香りが僕を包み込みます。同時に、レジに座っていたお姉さんが、僕に向かって「いらっしゃいませー」と優しく告げました。
お姉さんに軽く会釈を返し、目的の場所へ。本棚がズラリと並ぶ一角。本棚の上には、『ボードゲーム』と書かれたプレート。囲碁、オセロ、麻雀。いろいろなボードゲームの本が収められているそこには、もちろん将棋の本も並んでいます。
「やっぱりないか」
肩を落としながら僕はそう呟きました。
僕が探していたのは、死神さんにプレゼントするための将棋の本。ただし、何でもいいというわけではなく、『鬼殺し』について解説された本でなければなりません。彼女は『鬼殺し』しか指しませんからね。
ですが、並べられた本の中にそれらしいものは見当たりませんでした。そもそも、『鬼殺し』はマイナー戦法です。そうそう解説書が出版されるわけがありません。『鬼殺し向かい飛車』というプロが使用したこともある戦法の本ならあるかもと期待したのですが。
―――ねえ。
昔見たマイナー戦法の解説書には、鬼殺しについて載ってたっけ。でも、あの本も相当古いやつだからなあ。探すなら古本屋かな。
―――ねえってば。
いや、やっぱり、本を買うよりもスマホで戦法について調べた方が早いのでは? それなら、いろいろな情報が載っていて……。
「ねえ。さっきから呼んでるんだけど」
「え? は、はい」
ハッとする僕。どうやら誰かに声をかけられていたようです。全く気づきませんでした。
顔を向けた先に立っていたのは、僕と同じ高校の制服を着た女生徒。背は、僕より少し低いくらい。一見年下のように見えましたが、胸のあたりにある黄色いリボンが、彼女が三年生の先輩であることを示しています。黒髪短髪。鋭い目つき。いかにも強気といった様子の先輩は、腕組みをしながら僕のことをまじまじと見つめていました。
「えっと……すみません。ちょっと考え事してて」
僕は、先輩にペコリと頭を下げました。こういう時すぐに謝った方がいいというのは、過去の生々しい経験から嫌というほど理解しています。
「別にいいわよ。ところで、あんた一年生よね?」
先輩は強気の姿勢を崩さず、僕に尋ねました。
「はい」
「将棋の本見てたようだけど、将棋好きなの?」
「そうですね。一応」
「ふーん……」
先輩は、僕に一歩近づき、先ほど以上に僕のことをまじまじと見つめます。まるで、僕を値踏みしているかのよう。初対面の人にこんなことをされるなんて初めての経験です。
まあ、ついこの間、死神という摩訶不思議な存在に出会ってしまいましたから。それに比べれば、こんなもの全く緊張しな…………すいません、嘘です。心臓が張り裂けそうなほどバクバクいっています。何とかごまかそうとしましたが、やっぱり駄目ですね。
数秒後。値踏みを終えたのでしょう。先輩は、一歩後ろに下がりました。そして、腕組みをしながら僕に告げます。
「よし、決めた。あんた、将棋部に入らない?」
「あ、お断りします」
「…………」
「…………」
「な、何で即答なのよ!?」
目を大きく見開く先輩。まさか、自分の提案があっさり拒否されるとは思っていなかったのでしょう。
それにしても、いつの間に僕は、こんなにはっきりとものを言えるようになったのでしょうか。それも、初対面かつ年上の異性に。もしかしたら、死神さんとの生活が僕を変化させているのかもしれません。
「まあ、いろいろとありまして」
「いろいろって何よ」
「いろいろはいろいろです」
僕の頭の中には、とある光景がよみがえっていました。それは、死神さんと同棲を始めてから一週間後のこと。いつも料理は僕が担当していたのですが、その日だけは違いました。突然、死神さんが、自分が代わりに晩御飯を作ると宣言したのです。「私のマ……お母さん直伝の味を教えてあげる」とドヤ顔で言う死神さん。自信満々の様子に、これなら大丈夫だろうと全て任せていたら……。
「暗黒物質……ダークマター……う、頭が」
「ちょっと、急に頭抑えてどうしたのよ」
「な、何でもないですよ、先輩。ハハハ」
もうあんなものは食べたくありません。絶対に。
部活動に入部してしまえば、帰宅時間が遅くなってしまうことは確実です。そうなれば、死神さんが帰宅する前に晩御飯を準備することができません。「お腹すいたよー」なんて言いながら僕の帰りを待つ死神さんの姿が目に浮かびます。
「と、とにかくお断りします。では、失礼しますね」
僕は、先輩にペコリと頭を下げて、足早にその場を後にしました。宗教勧誘なんかもそうですけど、ズルズルと話を長引かせるのはよくありませんからね。三十六計逃げるに如かずです。
「ちょ、ちょっと! 私、まだ諦めてないから!」
僕の背中に向かってそう告げる先輩の声は、ほんの少し焦っているように感じました。
自動ドアを抜けると、本屋独特の紙の香りが僕を包み込みます。同時に、レジに座っていたお姉さんが、僕に向かって「いらっしゃいませー」と優しく告げました。
お姉さんに軽く会釈を返し、目的の場所へ。本棚がズラリと並ぶ一角。本棚の上には、『ボードゲーム』と書かれたプレート。囲碁、オセロ、麻雀。いろいろなボードゲームの本が収められているそこには、もちろん将棋の本も並んでいます。
「やっぱりないか」
肩を落としながら僕はそう呟きました。
僕が探していたのは、死神さんにプレゼントするための将棋の本。ただし、何でもいいというわけではなく、『鬼殺し』について解説された本でなければなりません。彼女は『鬼殺し』しか指しませんからね。
ですが、並べられた本の中にそれらしいものは見当たりませんでした。そもそも、『鬼殺し』はマイナー戦法です。そうそう解説書が出版されるわけがありません。『鬼殺し向かい飛車』というプロが使用したこともある戦法の本ならあるかもと期待したのですが。
―――ねえ。
昔見たマイナー戦法の解説書には、鬼殺しについて載ってたっけ。でも、あの本も相当古いやつだからなあ。探すなら古本屋かな。
―――ねえってば。
いや、やっぱり、本を買うよりもスマホで戦法について調べた方が早いのでは? それなら、いろいろな情報が載っていて……。
「ねえ。さっきから呼んでるんだけど」
「え? は、はい」
ハッとする僕。どうやら誰かに声をかけられていたようです。全く気づきませんでした。
顔を向けた先に立っていたのは、僕と同じ高校の制服を着た女生徒。背は、僕より少し低いくらい。一見年下のように見えましたが、胸のあたりにある黄色いリボンが、彼女が三年生の先輩であることを示しています。黒髪短髪。鋭い目つき。いかにも強気といった様子の先輩は、腕組みをしながら僕のことをまじまじと見つめていました。
「えっと……すみません。ちょっと考え事してて」
僕は、先輩にペコリと頭を下げました。こういう時すぐに謝った方がいいというのは、過去の生々しい経験から嫌というほど理解しています。
「別にいいわよ。ところで、あんた一年生よね?」
先輩は強気の姿勢を崩さず、僕に尋ねました。
「はい」
「将棋の本見てたようだけど、将棋好きなの?」
「そうですね。一応」
「ふーん……」
先輩は、僕に一歩近づき、先ほど以上に僕のことをまじまじと見つめます。まるで、僕を値踏みしているかのよう。初対面の人にこんなことをされるなんて初めての経験です。
まあ、ついこの間、死神という摩訶不思議な存在に出会ってしまいましたから。それに比べれば、こんなもの全く緊張しな…………すいません、嘘です。心臓が張り裂けそうなほどバクバクいっています。何とかごまかそうとしましたが、やっぱり駄目ですね。
数秒後。値踏みを終えたのでしょう。先輩は、一歩後ろに下がりました。そして、腕組みをしながら僕に告げます。
「よし、決めた。あんた、将棋部に入らない?」
「あ、お断りします」
「…………」
「…………」
「な、何で即答なのよ!?」
目を大きく見開く先輩。まさか、自分の提案があっさり拒否されるとは思っていなかったのでしょう。
それにしても、いつの間に僕は、こんなにはっきりとものを言えるようになったのでしょうか。それも、初対面かつ年上の異性に。もしかしたら、死神さんとの生活が僕を変化させているのかもしれません。
「まあ、いろいろとありまして」
「いろいろって何よ」
「いろいろはいろいろです」
僕の頭の中には、とある光景がよみがえっていました。それは、死神さんと同棲を始めてから一週間後のこと。いつも料理は僕が担当していたのですが、その日だけは違いました。突然、死神さんが、自分が代わりに晩御飯を作ると宣言したのです。「私のマ……お母さん直伝の味を教えてあげる」とドヤ顔で言う死神さん。自信満々の様子に、これなら大丈夫だろうと全て任せていたら……。
「暗黒物質……ダークマター……う、頭が」
「ちょっと、急に頭抑えてどうしたのよ」
「な、何でもないですよ、先輩。ハハハ」
もうあんなものは食べたくありません。絶対に。
部活動に入部してしまえば、帰宅時間が遅くなってしまうことは確実です。そうなれば、死神さんが帰宅する前に晩御飯を準備することができません。「お腹すいたよー」なんて言いながら僕の帰りを待つ死神さんの姿が目に浮かびます。
「と、とにかくお断りします。では、失礼しますね」
僕は、先輩にペコリと頭を下げて、足早にその場を後にしました。宗教勧誘なんかもそうですけど、ズルズルと話を長引かせるのはよくありませんからね。三十六計逃げるに如かずです。
「ちょ、ちょっと! 私、まだ諦めてないから!」
僕の背中に向かってそう告げる先輩の声は、ほんの少し焦っているように感じました。
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