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第三章

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 驚いた顔をしたジェラルドと、少しの間視線が絡む。
 先に動いたのは彼の方で、顎を掴んでいた手を離され、巻き付かれていた腕から解放された。
 大樹の影から出てきたジェラルドは、ベンチに座るアシュリーの前に身を屈めた。
 
「ご無礼を申し訳ありません、アシュリー嬢」
 
 突然の謝罪に、そして彼が自分の名前を知っていたことにアシュリーは驚いた。
 彼の目には先ほどまで浮かんでいた、試していると言わんばかりの愉悦の色はない。
 
「あれだけ浮かれたヴィルヘルムを見たのは初めてだったから、彼が好きになった女性がどんな人なのか気になっていたんだ。そうしたらたまたま君を見つけたので、少し試すようなことを言ってしまった。彼女たちから逃げたかったのは、事実だしね」
 
 そして楽しげに、ジェラルドは笑う。
 
「まさか惚気られた上、あんな反撃を受けるとは思わなかったけど」
 
 アシュリーが何も言えず視線を逸らしていると、「まったく」と、ジェラルドが呟いた。
 
「両思いの相手と婚約できるなんて、羨ましいよ、君とヴィルヘルムが」
 
 肩を竦めて、ジェラルドは切なげな表情をして微笑んだ。苦しげに吐き出された言葉に、先ほどまでの彼とは違う雰囲気を感じてアシュリーは続ける言葉が出てこなかった。
 そこへ、ジェラルドの背後から足音が聞こえてくる。
 アシュリーは顔を上げると、足音の方へ視線を向けた。
 
「アシュリー?」
 
 彼が着ている団服はジェラルドと似通ったデザインの、まったく真反対な色合いのもので。そしてアシュリーにとっては彼の着ている団服の方が見覚えがあり、愛おしいものだった。
 その深紫色の瞳を見開いたヴィルヘルムが、アシュリーとその前にしゃがみ込んでいるジェラルドを交互に見つめていた。
 
「これは、一体……」
 
 近付いてくる彼の疑問に何と答えるのが正解なのかわからず、アシュリーは言葉に詰まる。
 そんなアシュリーの代わりに、ヴィルヘルムの質問に答えてくれたのは立ち上がったジェラルドだった。
 
「ご令嬢たちから逃げているときに、たまたま彼女に──最近のお前のご機嫌の理由に会ってね。匿ってくれたんだが、そのときに俺が彼女を試すようなことを言ってしまって……そのお詫びをしていたところで、やましいことは何もないよ」
 
 てっきり誤魔化すかと思っていたら、ジェラルドはきちんと説明をしてくれて、アシュリーは内心で感心する。
 少なくともアシュリーの知る貴族は、尊大でプライドが高く、人を不愉快にさせても謝るどころか、そのことを認めない人ばかりだった。
 だから謝られたこともそうだし、そのことを素直に認めてきちんと話せるジェラルドのことを少しだけ見直した。だからと言って、脅されたことや先ほど言われた言葉が帳消しになるわけではないけれど。
 ヴィルヘルムに、そうなのか? と問い掛けるような視線を向けられる。アシュリーが頷くと、安心したように彼は僅かに頬を綻ばせた。
 言葉で伝えるのが苦手だというヴィルヘルムは、あの告白の日以来、言葉は少ないけれど、表情で、行動で好意を伝えてくれている。
 嬉しいけれど、無理をさせていないかと、たまにアシュリーは不安になる。
 ──それ以上に、嬉しいのも確かで。
 ヴィルヘルムの笑みに、アシュリーの胸がとくりと高鳴る。
 
「……見つめ合うならふたりきりのときにやってくれる? 俺まだここにいるからね?」
 
 ジェラルドのその声で、アシュリーは我に返った。ヴィルヘルムに見惚れていて、ジェラルドの存在をすっかり忘れていた。
 
「そ、そう言えば、ヴィルヘルム様は何か用があってこちらに? 館長なら、今日は研究室の方にいるので、図書館にはいませんけれど……っ」
 
 立ち上がって慌てて話を変えたけれど、言ったあとでローウェルに用があるのなら、こちらに来る前にすでに研究室へ寄っているはずだと気付く。
 公私混同を避けるために、名前も「ラインフェルト副団長」と呼ぶと決めていたのに、動揺のあまり普通に名前で呼んでしまった。
 恐らくヴィルヘルムも、アシュリーの動揺に気付いただろう。僅かに目を見開いて、アシュリーを見つめる。
 
「仕事で使いたい本があったので、図書館へ行こうとしていた。それと……い、いや、何でもない」
 
 ヴィルヘルムが向かっていた先にある主な建物は、アシュリーの職場でもある図書館ぐらいしかない。
 彼の答えは当たり前で、そこまで考えが及ばなかったことにいかに自分が動揺していたのかを思い知る。
 付け加えられて否定された言葉が気になったけれど、これ以上口を開いたらヴィルヘルムの前だけでなくジェラルドにも醜態を晒すと思い、アシュリーは口を噤んだ。
 そんなふたりの様子を見たジェラルドが、軽い口調で口を挟んでくる。

「ヴィルヘルム、こう言うときは何でもないじゃなくて、ちゃんと言わなきゃ駄目だよ。本を借りたかったのはついでで、本当は好きで好きで堪らない、可愛い婚約者に少しでも会いたかったんだって」
「ッジェラルド!」
 
 ぱちくりと目を瞬かせてヴィルヘルムを見ると、珍しく冷静さを欠いた彼がジェラルドの名前を呼んでいた。
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