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第三章
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どうして、知っているの。
誰から聞いたの。
──いつから、気付いていたの。
聞きたいことは山ほど溢れてくるのに、言葉にならない。
ローウェルは確か、話をして欲しくて場を設けたと言っていた。ならば──。
「初めから、知ってたんですか……?」
ならば、ヴィルヘルムも最初から知っていた可能性も十分にある。
頭を過ぎった嫌な予感に、アシュリーの瞳が揺れた。
恐る恐る、声を絞り出す。
だが、ヴィルヘルムはアシュリーの問い掛けに考える間もなく首を横に振った。
「いや、ローウェルと……話を聞いていたらしい殿下はご存知だったが、ジェラルドと俺は何も知らされていない。だからあいつの隣に別人に成りすましたあなたの姿があったときには、驚いた」
そう言って、ヴィルヘルムは僅かに眉根を寄せる。
どうしてそんな、険しい顔をするのか。その理由を問い掛けるより先に、ヴィルヘルムは言葉を畳み掛けてきた。
「例え髪や瞳の色が違っても、いつもと雰囲気が違っても、あなたのことを見間違えるはずがない」
ふ、と頬を緩めたヴィルヘルムがアシュリーを情熱的な目で見つめてくる。
「ローウェルにも、揶揄われた。どれだけあなたのことを見ているのかと。だがまさか一目見た瞬間に《シェリー・ダンフォード》が《アシュリー・マクブライド》嬢だと見抜くとは、思わなかったらしい」
ヴィルヘルムの言う通り、あの日のアシュリーは髪の色も目の色も異なっていたし、ドレスの形や色合いは、普段彼女が好まないようなものを身に付けていた。
言葉遣いや雰囲気も変え、ローウェルの隣に立っているのが、アシュリー・マクブライドが変装した姿だと気付かれないように努力をして。
人間は不思議なもので、容姿が普段と違っていると、イコールで結び付けることを止める傾向にある。
加えてアシュリーがあまり華やかな場に出ていなかったことも功を奏したのだろう。
シェリーがアシュリーだと気付かれた様子は、今のところはなかった。
……ヴィルヘルムの、つい今し方の告白までは。
「最初から……ラインフェルト副団長には、気付かれていたんですね」
ぽつりと、アシュリーのくちびるから呟きが溢れる。
言葉にしたことで事実を咀嚼しやすくなって、知られているのだから、もう気張らなくていいんだと思うと、肩の荷が少し下りた気がした。
張っていた糸がぷつりと切れて、気が付いたら緩んだ涙腺から溢れた涙がアシュリーの頬を伝っていた。
「……っ」
言葉を繕わなければと思うのに、声が出ない。
節くれ立ったヴィルヘルムの手が戸惑いがちに伸びてくる。指先がそっと頬に触れ、伝う涙を拭った。
「……アシュリー嬢」
優しい声が、アシュリーの名前を呼ぶ。
「っごめ、なさ……」
「謝るのは、俺の方だ。きちんと話さなかった所為で、あなたをここまで悩ませてしまった。すまない」
彼の所為ではないと首を左右に振って否定すると、ヴィルヘルムは僅かに笑みを浮かべてくれた。
泣き顔まで晒して、呆れられていてもおかしくないと思ったけれど、見つめてくる瞳はひどく優しく、そして決意を秘めていた。
「アシュリー・マクブライド嬢」
はい、と返事をしたつもりだったけれど、うまく音にならなかった。
「改めて、言わせて欲しい。俺はあなたを愛している。あなたを妻にもらえる願いが叶ったなら、この命が尽きるまで……否、尽きても、あなた以外を愛すことはないと誓おう。だから婚約の件、前向きに考えてくれないだろうか」
告げられた告白と、求婚の言葉にアシュリーの頭は驚きでいっぱいになる。いち早く言葉の意味を理解した心臓は早鐘を打ち始めた。
遅れて、ぽろぽろと新たな涙が溢れてくる。
手のひらが頬を包み込むように撫で、親指がそっと、涙の伝う瞳の下を拭ってくれた。
誰から聞いたの。
──いつから、気付いていたの。
聞きたいことは山ほど溢れてくるのに、言葉にならない。
ローウェルは確か、話をして欲しくて場を設けたと言っていた。ならば──。
「初めから、知ってたんですか……?」
ならば、ヴィルヘルムも最初から知っていた可能性も十分にある。
頭を過ぎった嫌な予感に、アシュリーの瞳が揺れた。
恐る恐る、声を絞り出す。
だが、ヴィルヘルムはアシュリーの問い掛けに考える間もなく首を横に振った。
「いや、ローウェルと……話を聞いていたらしい殿下はご存知だったが、ジェラルドと俺は何も知らされていない。だからあいつの隣に別人に成りすましたあなたの姿があったときには、驚いた」
そう言って、ヴィルヘルムは僅かに眉根を寄せる。
どうしてそんな、険しい顔をするのか。その理由を問い掛けるより先に、ヴィルヘルムは言葉を畳み掛けてきた。
「例え髪や瞳の色が違っても、いつもと雰囲気が違っても、あなたのことを見間違えるはずがない」
ふ、と頬を緩めたヴィルヘルムがアシュリーを情熱的な目で見つめてくる。
「ローウェルにも、揶揄われた。どれだけあなたのことを見ているのかと。だがまさか一目見た瞬間に《シェリー・ダンフォード》が《アシュリー・マクブライド》嬢だと見抜くとは、思わなかったらしい」
ヴィルヘルムの言う通り、あの日のアシュリーは髪の色も目の色も異なっていたし、ドレスの形や色合いは、普段彼女が好まないようなものを身に付けていた。
言葉遣いや雰囲気も変え、ローウェルの隣に立っているのが、アシュリー・マクブライドが変装した姿だと気付かれないように努力をして。
人間は不思議なもので、容姿が普段と違っていると、イコールで結び付けることを止める傾向にある。
加えてアシュリーがあまり華やかな場に出ていなかったことも功を奏したのだろう。
シェリーがアシュリーだと気付かれた様子は、今のところはなかった。
……ヴィルヘルムの、つい今し方の告白までは。
「最初から……ラインフェルト副団長には、気付かれていたんですね」
ぽつりと、アシュリーのくちびるから呟きが溢れる。
言葉にしたことで事実を咀嚼しやすくなって、知られているのだから、もう気張らなくていいんだと思うと、肩の荷が少し下りた気がした。
張っていた糸がぷつりと切れて、気が付いたら緩んだ涙腺から溢れた涙がアシュリーの頬を伝っていた。
「……っ」
言葉を繕わなければと思うのに、声が出ない。
節くれ立ったヴィルヘルムの手が戸惑いがちに伸びてくる。指先がそっと頬に触れ、伝う涙を拭った。
「……アシュリー嬢」
優しい声が、アシュリーの名前を呼ぶ。
「っごめ、なさ……」
「謝るのは、俺の方だ。きちんと話さなかった所為で、あなたをここまで悩ませてしまった。すまない」
彼の所為ではないと首を左右に振って否定すると、ヴィルヘルムは僅かに笑みを浮かべてくれた。
泣き顔まで晒して、呆れられていてもおかしくないと思ったけれど、見つめてくる瞳はひどく優しく、そして決意を秘めていた。
「アシュリー・マクブライド嬢」
はい、と返事をしたつもりだったけれど、うまく音にならなかった。
「改めて、言わせて欲しい。俺はあなたを愛している。あなたを妻にもらえる願いが叶ったなら、この命が尽きるまで……否、尽きても、あなた以外を愛すことはないと誓おう。だから婚約の件、前向きに考えてくれないだろうか」
告げられた告白と、求婚の言葉にアシュリーの頭は驚きでいっぱいになる。いち早く言葉の意味を理解した心臓は早鐘を打ち始めた。
遅れて、ぽろぽろと新たな涙が溢れてくる。
手のひらが頬を包み込むように撫で、親指がそっと、涙の伝う瞳の下を拭ってくれた。
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