56 / 64
第三章
(18)
しおりを挟む
「わかってはいたが、視線はあなたを追ってしまう。接点を作ろうと、用がないのに図書館へローウェルを訪ねて、呆れられたこともある」
ヴィルヘルムの言葉に、スカートを握る手の力がより、強くなる。
「真剣に仕事をするあなたの横顔に何度も見惚れた。ふとしたときに和らぐ表情が可憐な花が綻んだときのようで、可愛らしいなと思った」
家族から言われる褒め言葉とは違う。ローウェルから、揶揄い交じりに言われる褒め言葉とも違う。
熱が籠もったヴィルヘルムの言葉。
あまりに顔が熱くなってくるものだから、アシュリーは顔が上げられなかった。
「あなたが隣りで笑っていてくれたならどれだけ幸せかと、そう思った回数は数えられない。だが、俺と一緒にいて、アシュリー嬢は果たして幸せなのか。そう考えたら、怖くなった」
想いをすべて言葉にしてくれるヴィルヘルムから、目が離せない。
「──だけど、あの男にあなたを取られると聞いて、我慢ならなかった。……結婚したくないと言うあなたにこんな申し出をすれば、軽蔑されるだろう。だが、それであなたの人生をもらえるならば、それでもいいと思った」
ヴィルヘルムの言葉がアシュリーの頭の中を回る。
思い当たる節のないことばかりで混乱した。
あの男にあなたを取られると聞いて?
結婚したくないと言うあなたに、こんな申し出をすれば軽蔑される?
それであなたの人生をもらえるなら?
──それじゃあ、まるで。
弾かれたように、顔を上げる。真剣な眼差しのヴィルヘルムと、視線が合った。
「アシュリー・マクブライド嬢」
「は、い」
緊張で、上手く声が出せない。
ヴィルヘルムから、目が逸らせない。
「あなたの家に、あなたとの婚約を望む手紙を送ったのは俺だ」
意味を理解して、驚きでアシュリーの呼吸が一瞬止まる。
先ほどの言葉から、ヴィルヘルムがアシュリーとの結婚を望んでくれているんだろうなと言うことは、わかつていた。
だがさすがに、すでに求婚されていたとは思わない。
ただ考えれば、彼の言葉が過去形で話されていることに疑問を持てたはずなのに。
──否、思わないように、考えないように、していたのだろう。
もしもただの遊びだと知らされたときに、傷付くことが怖かった。
「う、そ」
辛うじて絞り出した声は、ひどくか細い声だった。
好きな人が好きと言ってくれて、その上求婚までしてくれていて。
嘘、と口にしたのは、信じられないからだ。
けれど、こんな不誠実な嘘を吐く人だとは思えないから、夢の続きでも見ているのだろうか?
「嘘ではない。ご両親に確認してもらって構わないし、今は手元にないが、やり取りの手紙も残っている」
ヴィルヘルムの表情を見れば、声を聞けば、彼の言葉が嘘ではないことはわかった。
嬉しいけれど、それ以上に頭と心が混乱している。
何を言えばいいのかわからなくて、口を開けたり閉じたりして言葉を探すが、的確な言葉が見つからない。
だがヴィルヘルムは言葉を急かしたりせず、ただアシュリーの言葉を待っていてくれた。
夕日の赤が入り込む室内に、静寂が広がる。
「あ、の」
そして、どれくらい経っただろうか。
やっとのことで言葉を言えるくらいまで混乱が落ち着いたアシュリーは、後れ毛を耳にかけながら口を開いた。
「……ラインフェルト副団長がわたしのことをここまで想っていてくれたなんて思わなくて、まだ戸惑ってはいるのですが、お気持ちは、とても嬉しいです。色々と気遣って頂いていたことも有難く思っています。ありがとうございます」
僅かでも、笑みを浮かべられているだろうか?
アシュリーは礼を口にしながら頭を下げ、膝の上に重ねた手のひらをぎゅっと握り込んだ。
彼の告白を断った理由である婚約の話は、その相手がヴィルヘルムであったことで解決している。
けれどもうひとつ、婚約する相手に言わなければならなかったことがあった。
──ラインフェルト副団長は知らない。あの夜抱いた娘がわたしだと言うことを。
「ですが、やはりわたしは……お気持ちには、答えられません。ラインフェルト副団長の隣りに立つには、相応しくありません、から」
怖くて目を合わせられず、アシュリーの視線は下に落ちる。
目尻がじわりと熱くなってくるけれど、ここで泣くべきではないとアシュリーは自分に言い聞かせた。
ヴィルヘルムの言葉に、スカートを握る手の力がより、強くなる。
「真剣に仕事をするあなたの横顔に何度も見惚れた。ふとしたときに和らぐ表情が可憐な花が綻んだときのようで、可愛らしいなと思った」
家族から言われる褒め言葉とは違う。ローウェルから、揶揄い交じりに言われる褒め言葉とも違う。
熱が籠もったヴィルヘルムの言葉。
あまりに顔が熱くなってくるものだから、アシュリーは顔が上げられなかった。
「あなたが隣りで笑っていてくれたならどれだけ幸せかと、そう思った回数は数えられない。だが、俺と一緒にいて、アシュリー嬢は果たして幸せなのか。そう考えたら、怖くなった」
想いをすべて言葉にしてくれるヴィルヘルムから、目が離せない。
「──だけど、あの男にあなたを取られると聞いて、我慢ならなかった。……結婚したくないと言うあなたにこんな申し出をすれば、軽蔑されるだろう。だが、それであなたの人生をもらえるならば、それでもいいと思った」
ヴィルヘルムの言葉がアシュリーの頭の中を回る。
思い当たる節のないことばかりで混乱した。
あの男にあなたを取られると聞いて?
結婚したくないと言うあなたに、こんな申し出をすれば軽蔑される?
それであなたの人生をもらえるなら?
──それじゃあ、まるで。
弾かれたように、顔を上げる。真剣な眼差しのヴィルヘルムと、視線が合った。
「アシュリー・マクブライド嬢」
「は、い」
緊張で、上手く声が出せない。
ヴィルヘルムから、目が逸らせない。
「あなたの家に、あなたとの婚約を望む手紙を送ったのは俺だ」
意味を理解して、驚きでアシュリーの呼吸が一瞬止まる。
先ほどの言葉から、ヴィルヘルムがアシュリーとの結婚を望んでくれているんだろうなと言うことは、わかつていた。
だがさすがに、すでに求婚されていたとは思わない。
ただ考えれば、彼の言葉が過去形で話されていることに疑問を持てたはずなのに。
──否、思わないように、考えないように、していたのだろう。
もしもただの遊びだと知らされたときに、傷付くことが怖かった。
「う、そ」
辛うじて絞り出した声は、ひどくか細い声だった。
好きな人が好きと言ってくれて、その上求婚までしてくれていて。
嘘、と口にしたのは、信じられないからだ。
けれど、こんな不誠実な嘘を吐く人だとは思えないから、夢の続きでも見ているのだろうか?
「嘘ではない。ご両親に確認してもらって構わないし、今は手元にないが、やり取りの手紙も残っている」
ヴィルヘルムの表情を見れば、声を聞けば、彼の言葉が嘘ではないことはわかった。
嬉しいけれど、それ以上に頭と心が混乱している。
何を言えばいいのかわからなくて、口を開けたり閉じたりして言葉を探すが、的確な言葉が見つからない。
だがヴィルヘルムは言葉を急かしたりせず、ただアシュリーの言葉を待っていてくれた。
夕日の赤が入り込む室内に、静寂が広がる。
「あ、の」
そして、どれくらい経っただろうか。
やっとのことで言葉を言えるくらいまで混乱が落ち着いたアシュリーは、後れ毛を耳にかけながら口を開いた。
「……ラインフェルト副団長がわたしのことをここまで想っていてくれたなんて思わなくて、まだ戸惑ってはいるのですが、お気持ちは、とても嬉しいです。色々と気遣って頂いていたことも有難く思っています。ありがとうございます」
僅かでも、笑みを浮かべられているだろうか?
アシュリーは礼を口にしながら頭を下げ、膝の上に重ねた手のひらをぎゅっと握り込んだ。
彼の告白を断った理由である婚約の話は、その相手がヴィルヘルムであったことで解決している。
けれどもうひとつ、婚約する相手に言わなければならなかったことがあった。
──ラインフェルト副団長は知らない。あの夜抱いた娘がわたしだと言うことを。
「ですが、やはりわたしは……お気持ちには、答えられません。ラインフェルト副団長の隣りに立つには、相応しくありません、から」
怖くて目を合わせられず、アシュリーの視線は下に落ちる。
目尻がじわりと熱くなってくるけれど、ここで泣くべきではないとアシュリーは自分に言い聞かせた。
0
お気に入りに追加
3,410
あなたにおすすめの小説
異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました
空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」
――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。
今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって……
気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
【R18】副騎士団長のセフレは訳ありメイド~恋愛を諦めたら憧れの人に懇願されて絆されました~
とらやよい
恋愛
王宮メイドとして働くアルマは恋に仕事にと青春を謳歌し恋人の絶えない日々を送っていた…訳あって恋愛を諦めるまでは。
恋愛を諦めた彼女の唯一の喜びは、以前から憧れていた彼を見つめることだけだった。
名門侯爵家の次男で第一騎士団の副団長、エルガー・トルイユ。
見た目が理想そのものだった彼を眼福とばかりに密かに見つめるだけで十分幸せだったアルマだったが、ひょんなことから彼のピンチを救いアルマはチャンスを手にすることに。チャンスを掴むと彼女の生活は一変し、憧れの人と思わぬセフレ生活が始まった。
R18話には※をつけてあります。苦手な方はご注意ください。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる