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第三章

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 初めてヴィルヘルムに会ったとき、彼はそのときすでに剣の立つ騎士として名を馳せていて、次期騎士団副団長の呼び声も高かった。
 だから当然アシュリーも、ヴィルヘルムの名前を知っていた。
 対してアシュリーは、しがない図書館司書で、ローウェルの部下の間では彼の面倒を見る不憫な子ということで有名だったが、外部にまでその話が届いていたかはわからない。
 ただローウェルと顔馴染みだったヴィルヘルムなら、その話を知っていた可能性はある。
 もしくは、貴族の令嬢が自分で働いている場合は訳ありのことがほとんどだ。だから訳ありの令嬢として名前ぐらいは知っていたのかもしれない。
 そう考えたのだが、ヴィルヘルムの話は予想外の方へ進んだ。

「あなたを初めて見たのは、ローウェルから紹介される前の日のことだった。俺は城から兵舎へ戻る途中、図書館から一番近い庭で、あなたを見かけた。ベンチに座ってあなたは本を読んで……泣いていたんだ」

 大事な思い出を辿るようにローウェルは言葉を紡ぐ。

「俺はあまり女性の泣き顔に良い印象を持ったことがなかった。この仕事をしていると色んな人間に会う所為か、どうしても疑り深くなってしまう。その中で女性の涙は、男を油断させるためのものという印象が強かった。だからあなたの涙を見たときに、こんなに美しく涙を流す人がいるのかと衝撃を受けた」
「あ、え、その……ありがとう、ございます……?」

 泣き顔を見られていたということにアシュリーは顔を真っ赤にする。
 頭の中が絡まって、どんな言葉を返せばいいのかわからず、何故か出てきたのはお礼の言葉だった。

「あなたはその後すぐに去ってしまったが、俺はその場から動けなかった。動悸はするし、顔は熱いし、何より泣き顔が目に焼き付いて離れなかった。──また会いたいと、あんなにも強く思ったことはない」

 僅かに目尻を赤くして、ヴィルヘルムは頬を緩めている。
 けれどその表情を注視する余裕はアシュリーにはなかった。ヴィルヘルムの口から飛び出す言葉が、予想外のことが多過ぎたからだ。

「城で見かけたのなら探し出せるだろうと、そう思っていた。──まさかその翌日にローウェルの研究室で会えるとは思わなかったが」

 いっぱいいっぱいの頭で辛うじて言葉を拾い、繋ぎ合わせる。そうしてアシュリーの記憶が数年前──ヴィルヘルムと顔を合わせた日までに戻るのも、簡単なことだった。
 同時に、思い出す。その前日に彼の言う場所で本を読んで、泣いてしまったことも。
 ──その日読んでいた本は人に勧められたものだった。だが思った以上に面白くて世界観にのめり込んでしまい、あと残り数ページで訪れる結末が気になったのだ。
 だから休憩を利用して図書館から近い中庭で最後まで読み、そのあまりの優しいハッピーエンドに、気付いたら涙が出てきていた。
 借りた本だったから涙で濡らしたらいけないとすぐに我に帰り、涙を拭う。泣き顔をどうにかしなければと慌ててその場から離れたが、まさかそこをヴィルヘルムに見られていたとは。

「ローウェルの部下として働くあなたは、前の日に見た姿とは違っていた。表情を顰めて呆れた顔をしたり、困ったように笑って、嬉しいときには表情が明るくなる。くるくると変わる表情に目を奪われた」
「……っ」
「あなたの色んな顔が見たい。そのことを自覚したときに、あなたに惹かれているのだと気付いた。結婚したくないがためにあなたが職を得たとローウェルから聞いていたから、気持ちは押し殺すべきだと、わかってはいたのだが……」

 ヴィルヘルムはそこで一度言葉を切って、肩を竦めた。
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