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第三章
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驚きで動けないアシュリーの頬にヴィルヘルムの指先が伸ばされ、そっと涙を掬う。
「……それともやはり、俺は《あなたに》嫌われてしまったのだろうか」
その声はどこか悲しげな音をしていて、慌ててアシュリーは首を横に振った。
「良かった」
ほっとしたように、ヴィルヘルムの頬が僅かに緩む。その表情はどこか可愛らしくて、どきりとした。
けれどアシュリーの心はまだ困惑で揺れていて、どう返事をするのが正しいのかわからず、言葉に詰まる。
──だってこれではまるで、ヴィルヘルムの想い人がアシュリーなのだと言われているようなもので。
「あの、ええと……」
可能性を考えてしまい、アシュリーの頬が赤くなる。
「な、なんか誤解してしまいそうですね、この流れ。ラインフェルト副団長が好かれているのか悩んでいた相手がわたしだって聞こえる気がして……自意識過剰なのに。変なこと言ってごめ、んな……さ……い」
落ちてきてしまった後れ毛を耳に掛けながらヴィルヘルムを見つめたら、彼の頬もまた僅かに紅潮していて、アシュリーの言葉尻が途切れ途切れになる。
目線を逸らし、口元と頬を隠すようにヴィルヘルムが手のひらで顔を覆う。
それはまるで、アシュリーの言葉を肯定しているような反応だった。
「自意識過剰では、ない」
口元を押さえたヴィルヘルムがしっかりとした声で言った。
「アシュリー嬢、俺が好きなのは、あなただ」
逸らされていた目がアシュリーを迷いなく見つめる。飾った言葉は何もなく、真っ直ぐに想いを告げられて、驚きで何も考えられなくなった。
「……っ」
やっとのことでヴィルヘルムの言葉を飲み込んだアシュリーは、我に返った自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
どくん、どくん、と心臓の音が大きくなって、触れられている腕がより一層熱くなっていく。
想いを寄せていた人から告白されたことは、願ってもない喜びだ。これ以上ない、幸せだろう。
けれど、自分はヴィルヘルムには相応しくないという思いが湧いてしまい、素直に頷けなかった。
それに先日までならともかく、アシュリー自身は承知していないが、婚約者という存在ができてしまっている。どんな相手なのかは知らないけれど、それでも伴侶以外の相手と付き合うなんてことはしたくないし、その伴侶以外がヴィルヘルムであっても気持ちは変わらない。
ヴィルヘルムを傷付けることになるのはわかっている。彼の恋の成就を願いながらも、彼の手を取らず、振り払うことを選ぶのはアシュリーのエゴだ。
それでも、婚約者ができてしまったアシュリーとでは、ヴィルヘルムに幸せは訪れない。
そのことを考えたら、嫌われてでもここで突き放すのが最善に思えた。
──部屋に戻ったら、婚約の話を前向きに進めたいと実家に手紙を書こう。
そうしたら両親はきっと、そう遠くないうちに相手に会う機会を設けてくれるはずだ。そのときに相手の方にはきちんと処女ではないことを伝えて、その上で改めて考えてもらおう。
婚約の話が破談になったときは、家を出て修道院に行く。
掴まれていない方の手をぎゅうと強く握ると、爪が少しだけ食い込んで痛んだ。
ヴィルヘルムにとっては望まない答えだろうけれど、アシュリーは返事をするべく、口を開いた。
……けれど口を開くのと同じタイミングでどこかの扉が開く音がして、アシュリーは開きかけた口を閉ざしてしまう。
音の方向にある部屋は、ひとつだけだ。視線を向けると、いつものだらしない格好であくびをしたローウェルが館長室から出てくるところだった。
彼は廊下の真ん中にいるアシュリーとヴィルヘルムに気付くと、掴まれたアシュリーの腕を見るなり目を細める。
「良いところを邪魔しちゃったかな」
含みのある笑みでそう言われて、冷めかかっていたアシュリーの頬が再び赤くなっていく。
「……アシュリー嬢」
羞恥心のあまりアシュリーが何の反応も返せないでいるとヴィルヘルムに名前を呼ばれて、思わず、びくりと肩が揺れた。
「……それともやはり、俺は《あなたに》嫌われてしまったのだろうか」
その声はどこか悲しげな音をしていて、慌ててアシュリーは首を横に振った。
「良かった」
ほっとしたように、ヴィルヘルムの頬が僅かに緩む。その表情はどこか可愛らしくて、どきりとした。
けれどアシュリーの心はまだ困惑で揺れていて、どう返事をするのが正しいのかわからず、言葉に詰まる。
──だってこれではまるで、ヴィルヘルムの想い人がアシュリーなのだと言われているようなもので。
「あの、ええと……」
可能性を考えてしまい、アシュリーの頬が赤くなる。
「な、なんか誤解してしまいそうですね、この流れ。ラインフェルト副団長が好かれているのか悩んでいた相手がわたしだって聞こえる気がして……自意識過剰なのに。変なこと言ってごめ、んな……さ……い」
落ちてきてしまった後れ毛を耳に掛けながらヴィルヘルムを見つめたら、彼の頬もまた僅かに紅潮していて、アシュリーの言葉尻が途切れ途切れになる。
目線を逸らし、口元と頬を隠すようにヴィルヘルムが手のひらで顔を覆う。
それはまるで、アシュリーの言葉を肯定しているような反応だった。
「自意識過剰では、ない」
口元を押さえたヴィルヘルムがしっかりとした声で言った。
「アシュリー嬢、俺が好きなのは、あなただ」
逸らされていた目がアシュリーを迷いなく見つめる。飾った言葉は何もなく、真っ直ぐに想いを告げられて、驚きで何も考えられなくなった。
「……っ」
やっとのことでヴィルヘルムの言葉を飲み込んだアシュリーは、我に返った自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
どくん、どくん、と心臓の音が大きくなって、触れられている腕がより一層熱くなっていく。
想いを寄せていた人から告白されたことは、願ってもない喜びだ。これ以上ない、幸せだろう。
けれど、自分はヴィルヘルムには相応しくないという思いが湧いてしまい、素直に頷けなかった。
それに先日までならともかく、アシュリー自身は承知していないが、婚約者という存在ができてしまっている。どんな相手なのかは知らないけれど、それでも伴侶以外の相手と付き合うなんてことはしたくないし、その伴侶以外がヴィルヘルムであっても気持ちは変わらない。
ヴィルヘルムを傷付けることになるのはわかっている。彼の恋の成就を願いながらも、彼の手を取らず、振り払うことを選ぶのはアシュリーのエゴだ。
それでも、婚約者ができてしまったアシュリーとでは、ヴィルヘルムに幸せは訪れない。
そのことを考えたら、嫌われてでもここで突き放すのが最善に思えた。
──部屋に戻ったら、婚約の話を前向きに進めたいと実家に手紙を書こう。
そうしたら両親はきっと、そう遠くないうちに相手に会う機会を設けてくれるはずだ。そのときに相手の方にはきちんと処女ではないことを伝えて、その上で改めて考えてもらおう。
婚約の話が破談になったときは、家を出て修道院に行く。
掴まれていない方の手をぎゅうと強く握ると、爪が少しだけ食い込んで痛んだ。
ヴィルヘルムにとっては望まない答えだろうけれど、アシュリーは返事をするべく、口を開いた。
……けれど口を開くのと同じタイミングでどこかの扉が開く音がして、アシュリーは開きかけた口を閉ざしてしまう。
音の方向にある部屋は、ひとつだけだ。視線を向けると、いつものだらしない格好であくびをしたローウェルが館長室から出てくるところだった。
彼は廊下の真ん中にいるアシュリーとヴィルヘルムに気付くと、掴まれたアシュリーの腕を見るなり目を細める。
「良いところを邪魔しちゃったかな」
含みのある笑みでそう言われて、冷めかかっていたアシュリーの頬が再び赤くなっていく。
「……アシュリー嬢」
羞恥心のあまりアシュリーが何の反応も返せないでいるとヴィルヘルムに名前を呼ばれて、思わず、びくりと肩が揺れた。
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